【TS】クラス全員ドラゴン娘にされて異世界転生したった!【共学】 作:星野林(旧ゆっくり霊沙)
5月に入り暖かくなるとミシシッピの調子もさらに良くなり、マクロマイルカップを完勝。
ただミシシッピはレース後に角にヒビが入るというユニコーンやバイコーンにとっては命に関わる状態に陥り、レースプランは白紙の上で引退となった。
ミシシッピは早期にヒビ入りが見つかったお陰で傷薬を塗り、固定して包帯を巻いて安静にしたため一命は取り留め、繁殖牝馬として大きな牧場に売られていった。
そして2週間後の公国ダービーにガイアの姿があった。
青鹿毛の惚れ惚れする馬体はピカピカに光っており、公表されたオッズも1.1倍と1番人気に支持された。
多くの騎手がダービーを獲りたいと願う中で和田はそのプレッシャーや周囲の圧力に屈すること無くガイアを操った。
スタートをバッチリ決めると先頭に並びかけてくる馬達を地力の差で先頭を譲らず、時計が出にくい晴れのダートでも59秒で駆け抜ける。
ラップタイムは11.3、11.3、11.7、11.7、12.0で1000メートルを通過し、その後は12.1、12.3、12.0、12.0、12.7と2000メートル目のキツイコーナーで少しタイムが落ちたの以外は一定のペースを走り続けられた。
2000メートル通過タイムは2分00秒1であり、2000メートル戦の古馬のタイムを超えていた。
この時点で後続とは10馬身を引き離し、最後の登り坂に入る。
鞭を1発入れてラストスパート。
坂路トレーニングと元々ユニコーンとしてバイコーンよりも積んでいるエンジンが良いためガンガンと坂を登り、直線に入り、後続とは10馬身以上の大差を付けて勝利。
実況からも3冠確実と言われていた。
そしてクラシック最後の3000メートルの長距離戦はスタミナが他の馬の数倍あるガイアにとっては更に有利になる。
駆け引きもスタートさえ失敗しなければ逃げて差すが出来るユニコーンなので何も問題は無い。
『同世代に我に勝てる馬はおらんな!』
「次の3000メートルのレースを勝てれば種牡馬としての価値も上がるから頑張りましょ」
『OKだMs.ワダ。我は貴女の指示に従おう』
「よろしくね」
ダービー馬の馬主になれた前田先生はトロフィーを貰っていたが凄まじい汗をかいて緊張していた。
和田は4年目という短期間でダービー騎手となり、名実共に名騎手の仲間入りを果たす。
そして年間10頭も生産していない新米牧場のカネダ牧場もこの件で有名になり、金田は牧場拡張の為に大きな決断をすることに繋がるのだった。
夏場になると和田も少し不調に陥り、月に10勝いかない事もあった。
ただ新馬教育という側面が強く、他の騎手からも
「ワダが乗った馬は走る」
と呼ばれるようになり、事実和田は未勝利や1勝クラスを突破した他厩舎の馬はその厩舎に所属する騎手に乗り替わりでも馬の特徴を交代する騎手に丁寧に教えてから交代するし、馬の方も気性が落ち着いたり、レースを理解してくれる為、乗りやすくなると騎手や他厩舎からの信頼も勝ち得ることに繋がった。
ガイアの方は夏場は前田先生と契約している委託牧場に預けられ、ゆっくり休養を行い秋に戻ってきた時には更に1回りデカくなって帰ってきた。
馬体重は570キロを超えており、明らかに太り過ぎなのでクラシック最終戦の賢者ステークス(3000メートル)の前に1度適当なレースで叩くことに決まった。
馬体重を絞っていったがまだ太すぎで仕上がり緩めであり、スピードが全然乗ってこない。
案の定叩きの重賞レースで押しても押してもスピードが全然つかずに、逃げ粘れずに2着に敗戦してしまう。
『ごめん』
「大丈夫、本番まで1ヶ月あるから絞るよ」
ほぼ毎日川で遠泳を繰り返し、痩せてきて脚への負担が軽くなったと思ったら坂路や練習コースでの追い切りを繰り返す。
日を追う事に馬体重は落ちていき、休み明けから30キロも絞ることに成功し、540キロまで落としきった。
前走からマイナス25キロ表示で観客からは3冠に赤信号灯っていると最初オッズが2.8倍になっていたが、後から聞いたが金田が大金をぶっ込みオッズは急落、1.9倍まで下落し、2冠馬らしいオッズとなった。
ちなみにライバルになりそうな馬は前哨戦でガイアに勝利した馬と夏場に調子を上げて4連勝してきた馬でオッズが3つに割れていた。
ただこのレースは伝説となった。
前走とは違い、スタートの出もよく、ロケットスタートを決めたガイアは3000メートルのレースにも関わらずぐんぐんと逃げで差を広げていく。
ダービーの再現を恐れた他の馬達もガイアのペースについていくが1000メートル60秒、2000メートルは1分1秒で通過し、残り600メートルになる頃には後続はバテバテ。
レースにほぼ参加していなかった最後尾の馬だけは通常ペースで走っていたのでバテていなかったので壊滅した馬群を抜け出せたが、抜け出した遥か前方……具体的には25馬身以上離れてゴール板をガイアが通過していた。
1番人気と最低人気の20番人気の馬が来たので差し引いても100倍を超える高額馬券となった。
ガイアは3冠を達成し、次のレースとして公国カップ(2000メートル)を選択。
公国カップと公国の名前が付いたレースなのだが、古馬は基本古馬中距離最強を決めるファイナルレースに出場しており、やや空き巣レースになってしまっているのだが、公国カップもガイアが勝利、そして年内最終日に行う勇者カップ(2600メートル)は古馬も相応の面子がそろった為に苦戦したものの、逃げ粘り2馬身差で勝利し、今年は7戦6勝、重賞6勝うちG1を5勝という素晴らしい成績を収めた。
和田は年間勝利数は225勝、乗鞍は1015鞍、重賞18勝で最多勝、最高勝率、最多獲得賞金、最多騎乗の騎手4冠に加え、フェアプレイ賞と騎手大賞という2つの賞も頂いた。
和田の関係者だとヴィザ厩舎が最多獲得賞金を獲得し、馬としてはガイアが3歳最優秀牡馬と年度代表馬を、ミシシッピが3歳最優秀牝馬の称号を貰っていた。
騎手として凄まじい名誉な事であり誇らしく思う和田であり、王子にさらなる活躍を期待すると言われて本当に期待以上の活躍をするのだった。
1流騎手の仲間入りをした和田はフリーでもやっていけるとヴィザ先生から言われたが、ヴィザ先生が厩舎を畳むまではヴィザ厩舎でやると言い、フリー騎手の権利は行使しなかった。
5年目も2月終わりまでは順調に進んでいたが、国王が崩御し、それに伴う次の国王選定で揉めてしまい、とある貴族達が選定された国王に不満を持ち反乱を起こした。
公爵の爵位を継承した元王子は新王に忠誠を誓い、反乱鎮圧に参加。
レースの騎手達も軍人なので招集されて反乱軍鎮圧に参加。
和田はヴィザ厩舎で軍馬として預かっていたエレキという馬に跨り、前線で騎兵兼魔法使いとして反乱鎮圧を行い、反乱に加担した英雄を3人倒し、コニーほど強くない勇者1人の足止めを成功し、王宮魔法使いの副隊長になっていた里崎と協力してその勇者を葬った。
反乱は規模が大きかった割に半年程度で収束し、反乱に加担した兵は奴隷落ち、首謀者達は斬首、そして7家にも及ぶ貴族が爵位取り消しかつ財産没収の刑に処された。
和田は多大な戦功ありとして爵位が更に上がり世襲出来る男爵になることが決まり、家紋となる紋章を公的な場所で身に付ける事や子爵で大規模な牧場を経営しているスタンダード卿の長男と婚約しないかという話が持ち上がった。
スタンダード卿は王国中各地の競馬場に馬を降ろしている大馬主であり、オーナーブリーダーとしてオイルという冠名(馬名の前か後ろに付ける名前 例 オイルブラック スターターオイルみたいな)で知られていた。
普通異国出身者……しかも竜人が結婚できる相手ではないが相手側がどうしてもということもありお見合いをすることとなる。
そこで紹介されたスタンダード卿の息子のテルが和田の好みの顔立ちであり、話せば話すほど好みや気が合う事が分かり、当分騎手として公国で生活しなければいけないと説明すると、自分が和田の宿り木になれればそれでいいと言い出し、心を奪われた和田はそのまま婚姻することとなる。
競馬の方では秋競馬から再開になり、調整は続けていたガイアがG1のファーストステージ(2000メートル)、セカンドステージ(2200メートル)、ファイナルステージ(2400メートル)の秋古馬中距離3連戦を見事勝利し、短縮シーズンながら和田は140勝を達成し2年連続リーディングを獲得。
ガイアは公国には敵が居ないとなり、来年からは王都のレース場で走ることが決まり、公国の馬主資格しか持ってなかった前田先生は和田と結婚し義父になったスタンダード卿にガイアの権利を売却し、スタンダード卿の持ち馬として王都レース場所属になるのだった。
ガイアは翌年王都レース場で8戦6勝、大レースを5つ勝利し、王都でも年度代表馬に選出されて引退し、スタンダード卿の牧場で種牡馬として余生を送ることになるのだった。