【TS】クラス全員ドラゴン娘にされて異世界転生したった!【共学】   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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和田春奈の騎手人生 終わり

 6年目……ガイアやミシシッピといった有力お手馬が居なくなったことで重賞に時々乗るけれど、未勝利戦や1勝クラスの馬に乗ることが去年に比べて多かった。

 

 まぁ去年が短縮シーズンだったので、夏の新馬未勝利戦が使えずに翌年にずれ込んだのが原因であったが……。

 

 そんな中でも軍馬として戦場を共に駆けた5歳馬のバイコーンのエレキが長距離重賞を2勝し、G1冒険者ステークス(3600メートル)で3着に入る大健闘。

 

 春G1戦線はエレキくらいしか乗鞍が無かったが、存在感を示すことには繋がった。

 

 そして新馬の季節になったが、今年は2頭バイコーンで大物が出てきており、オイルクラッシュとマイライフオイルというバイコーン達で、スタンダード卿の持ち馬で、有力な馬をこちらに流してくれた。

 

 未勝利戦から物凄いパフォーマンスを連発し、どちらも3戦目で重賞を勝利。

 

 マイライフオイルはその後1戦敗戦してしまうものの、立て直してジュベナイルマイル(1600メートル)に出場し、G1を勝利。

 

 オイルクラッシュは叩き良化型なのでG4重賞を更に2戦挟み、G1のフューチュリティマイル(1600メートル)に出場し、首の差で勝利を掴み、和田は4年連続G1勝利の記録と2歳G1完全制覇を達成する。

 

 そしてこの年は205勝を記録し、最多勝を3年連続で受賞。

 

 最多賞金は逃したものの、それでも3位に付け、来年は更により良い成績を残せるようにすることを誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ表彰式の日の夜にテルと発情する薬を飲んで性行為をしたためか、体調不良が数日続き、7年目となった初週から2週間の間騎乗自粛及び療養することになる。

 

 2週間目に体内から大きな卵(有精卵)が産まれると体調は良くなり、旦那のテルに卵を預けて騎手生活に戻る。

 

 2月には復調して1日1勝ペースに乗せて、エレキを同じ長距離重賞の連覇を達成させたり、落馬事故で緊急の乗り替わりになったG1冬季マイルカップ(1600メートル)で勝利し、5年連続G1勝利に記録を伸ばすとクラシック戦線でもマイライフオイルが公国オークスを、オイルクラッシュがプリンスカップと公国ダービーを制覇し、2冠を達成。

 

 前半シーズンを終えて重賞10勝G1を4勝と素晴らしい成績を残す。

 

 夏場にはノーブルロックの初仔の牝馬ノーブルビビッドがデビューし、勝ち上がりに苦戦したものの、3戦目で初勝利、そこから1勝クラス、2勝クラスを勝ち上がっていく。

 

 馬体が未熟なので本格化はまだ先と見通しを立てて、この年は8戦してノーブルビビッドの1年は終わる。

 

 一方でマイライフオイルとオイルクラッシュの秋シーズンはマイライフオイルはクラシック最終戦の聖女記念カップに出場したものの雨が響き5着に敗れ、次のG1クイーンカップ(2200メートル)で古馬の牝馬達を蹴散らして勝利を掴む。

 

 ノーブルビビッドは賢者ステークス(3000メートル)は距離が長すぎて掲示板ギリギリの5着に何とか残し、空き巣レースの公国カップに出場。

 

 これを勝利し1年を終えた。

 

 そして公国カップを勝った日と同じ日に特注の孵卵器で温めていた和田の卵が孵り、元気な竜人っぽいドラゴンが産まれる。

 

 ステータス的にもドラゴンと書かれており、ドラゴニュートでは無くドラゴンであった。

 

 孵化した時には1歳児くらいの赤ん坊であり、産まれた時からドレスを着用していた。

 

 和田と同じく金色の髪に青い瞳、翼も尻尾も金色で、目の形や鼻の高さ等の一部が父親の面影を感じるに至る。

 

 ちなみに男の子であり、祖父のスタンダード卿は大喜びし、名前をスタンダード家初代の名前からディープと付けるのだった。

 

 和田はヴィザ先生や他の厩舎の人達に言って子供を育てる必要があるので毎日の騎乗はできないと説明し、子供がある程度大きくなる年まではヴィザ厩舎の管理馬の一部のみに絞ることを言うのだった。

 

 他の先生やヴィザ先生も了承し、8年目から和田の乗鞍は激減し、数年間は乗鞍が年間80鞍程度になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 和田は7年目のシーズンを終えて自己ベストの1127鞍、271勝、重賞21勝をし、最多勝、最多賞金、最高勝率、最多騎乗の4冠を2度目の受賞を達成し、ヴィザ厩舎は最多勝厩舎と最優秀調教師に選ばれ、スタンダード卿も最多賞金馬主に選ばれることになるのだった。

 

 これが向こう10年の和田の最多騎乗となり、子育て期間に入る。

 

 産まれたばかりのディープはミルクを飲むことを好み、ディープが孵化して和田の乳をしゃぶるようになり、和田はスキルで母乳を出るようにし、乳離れするまで母乳を与え続けた。

 

 ディープの飲む量は半端ではなく、スキルで母乳を作っているので脱水症状になることは無かったが、1回の授乳で2リットル、1日5回以上飲むので10リットル以上飲み干し、孵化から2ヶ月程度で歩き始め、5ヶ月経つ頃には翼を使って飛び始めた。

 

 父親のテルはディープにユニコーンやバイコーンを見せてやる事が多く、馬達も子供のディープにはよく懐き、ディープは毎日馬のヨダレでベタベタになるまで舐め回されたが、馬と遊ぶのを辞める事は無かった。

 

 和田はそのまま第二子を妊娠し、産卵。

 

 というのもスタンダード卿からスタンダード家とワダ家は2重の爵位がある状態で、スタンダード家は子供がテルしか居ないため、テルを和田の婿にすることはできず、スタンダード卿に何かあれば夫婦で爵位持ちになってしまうらしい。

 

 王国の継承ルールで夫婦での爵位持ちは認められていない為、スタンダード家とワダ家を継がせる為に最低2人……予備を含めると4人は子供を産んで欲しいと懇願されており、和田は貴族って大変だなぁと思いながらもテルと相性抜群なので産めるだけ産もうと思うのだった。

 

 結局和田は10年間で6人の子供を産卵し、男子2人、女子4人を産むのだった。

 

 その間、和田はヴィザ厩舎の馬しか乗らなかったが、ノーブルロックの子供や孫には毎回乗り、その中でもノーブルビビッドの子供で金田がオーナーブリーダーとして送り込んだ牝馬のマリアは牝馬G1完全制覇及びスリーステージ(秋の3つのステージレース)2連覇の偉業を達成し、G1を12勝する名馬となる。

 

 そしてヴィザ厩舎が解散する頃には和田の子育ても一段落し、和田はフリー資格を行使してフリー騎手となり、公国だけでなく王都でも騎乗をし、マリアの子供のネオンが王都3冠を和田の騎乗で達成し、和田は25年間騎乗し、子供達が騎手を目指し始めた頃に引退して調教師に転身するのだった。

 

 調教師になった和田は金田と友好な関係を続け、馬をよく預けて貰う関係になっているのだった。

 

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