異様に明るい室内。窓は無く、石でできた壁は堅牢さと圧迫感を押し付けた。そして目の前には見事な鉄柵、私は牢屋の中にいた。
ガトリングで群れる雑魚を一掃したのは良かった。ただその瞬間階段から同じ数の雑魚が湧いて来たのだ。私はすぐにまずいと思った。だがしかし、既に戦闘は始まってしまい、私は飛んでくる銃弾をやせ我慢で耐えながら引き金を引いていた。耐えきれると思っていたからだ。階段下にまだいたとは思いもしなかった。
私の抵抗はそれほど長く続かなかった。浴びすぎた銃弾に私は引き金を引く体力も無くなり、崩れ落ちた。その瞬間私の体は四方八方から押さえつけられた。そうしてここまで連行されたという事だ。
私は対人が苦手だ。大型の敵ももちろん厄介だが、体躯が大きい分攻撃も多少遅い。だから見極めやすい。人となると途端に素早くなってよけにくくなる。そしてそれよりも苦手なのが、群れである。数が多いというだけで強力だ。一度避けたら別方向から攻撃が飛んでくる。それを繰り返されたら私は一生反撃できない。弾が尽きたら、武器が壊れたら、輸血液がきれたら、それでもなお数がいるというのなら、私はもはや死ぬしかない。
私は牢屋の中で静かに息を吐いた。牢に閉じ込められるのはいつぶりだろう。初めて人さらいにヤハグルへ連れてこられた時を思い出す。だが残念なことに牢の鍵は開いてないらしい。
コツコツと足音を鳴らして誰かが階段を下りてきた。私の前に立ったのは腹と頭に一発ずつぶち込んだ銀髪の少女だった。
「お前のせいでこんな夜更けに仕事をする羽目になったんだが!」
彼女は開口一番私に不満をぶつけた。私に言われても何もできない。彼女もそれは知っていたのだろう、私が返答する前に牢を離れ、後ろで座って何かしていた少女に声をかけた。
「こんな夜更けにごめん。少しだけ尋問したら後は明日やるからもう少しだけ付き合って」
「はい!」
声をかけられたものは景気よく返事をして立ち上がった。そして銀髪の彼女は一つのボードを受け取り、またあの不満そうな目で私に尋問とやらと始めた。
「まずお前の氏名だが……名前は?」
彼女はボードに挟まれていた紙をめくる。探していた情報が見つからず、後ろに立つ少女に尋ねた。
「えっとそれが、この人名前がわかる物を持っていなくて」
「学生証は」
「無いんです」
「は? はぁ……おい、お前名前は?」
「狩人」
「なんて?」
「狩人」
「ふざけてるのか?」
「ふざけてなどいない」
「じゃあ早く名前を言え」
「狩人、さっきからそう言っているだろう」
「あのなぁ……はあ、もういい。じゃああそこで何してた」
「何も?」
「生徒二人気絶させておいて何もしてないは無いだろ」
「私の姿を見るなり襲ってきたのはあっちだ。故に応戦した」
私がそう言うと、彼女は後ろに立っている同伴者を見る。
「二人はまだ気絶したままなので、そこはどうにも」
「じゃああの二人のことは後にする。廃校舎に行った理由は」
「なんとなくだ。何かありそうだった」
「なんとなくぅ? なんとなくで廃校舎に行くわけないだろ。どうせ肝試しかなんだろうが。いいか、あそこは立ち入り禁止! 幽霊も何も出ない。床が抜けるかもしれないから二度と行くなよ! はあ、今日はもう夜遅いから続きは明日にしよう。いいか、明日はもっとちゃんと聞くからな」
彼女はそう言って同伴者を連れて私の前を去った。続いて階段を上がる音が聞こえた。牢屋には誰もいない。
鉄柵に触れる。ひんやりとした感触を感じた。ちょっとやそっと押しただけではびくともしない。仕込み杖とガトリングは取られてしまった。ついでにあの明かりも取られてしまった。懐中電灯というらしい。だが懐にしまっていた道具は無事だ。彼女たちは私の全身をくまなく探していたが、その程度で見つかるような半端な納め方はしていない。あの廃校舎で見つけた日記も、依然私の手の中にある。あの亡霊たちがこの日記を守っていた理由が気になる。中は読めないから、誰かに代わりに読んでもらうか、英語に書き直してもらう必要がある。私は脳裏に協力してくれそうな人物を思い浮かべた。セイア……は恐らく協力してくれないだろう。ならば黒服のみか。彼なら英語に翻訳してくれるぐらい容易いだろう。となればさっさとここから脱出するべきだ。ついでにここにも何かないか探索しよう。
私は懐から脱出に使えそうな道具が無いか探った。出てきたのは一匹のナメクジ。これで彼方から呼びかけて牢屋を吹き飛ばすか。いや、そもそも爆発したところで物を壊せるほどのエネルギーは持っていない。
私はナメクジを納め、別なものを探し始めた。
「あ」
私は思わず声を出した。私の手元にあるのは一枚の紙きれ。そこには逆さに吊り下げられたルーンが描かれている。狩人の徴、このルーンを思い浮かべることで、目覚めをやり直すことが出来る。さらにこの紙切れを代価に何ら損失無くやり直すことが出来る。これがいちばん静かで、確実に脱獄できる手段だろう。しかし私が最後に目覚めたのはセイアの寝室、トリニティである。またゲヘナに来るのは骨が折れる。黒服に出会える可能性も低いだろう。それに杖とガトリングを取られた。血の岩まで使ったし、血晶石もそれなりにいいものを組み込んでいる。諦めて手放すにはあまりにも惜しい。せめてあの廃校で灯りを見つけることが出来ればすぐにでも使ったというのに。
私は紙切れをしまい、牢の壁にもたれた。しかしまあ、時間に追われているわけでも無い。今夜ぐらい無駄にしても構わないだろう。キヴォトスに獣狩りの夜は訪れないのだから。
折角の夜を何もせずに過ごすというのは、初めて知ったが非常に苦痛を感じた。狂ってしまいそうだった。壁に頭でも打ち付けたい衝動を抑えて座っていた。ようやく落ち着いてきた頃、誰かが階段を下りてくる音がしたのだ。私は立ちあがり、鉄柵を掴んだ。そして私の前に人が現れるのを待った。
姿を現したのはあの彼女だった。最後に見た時よりかは幾分か顔色がよさそうだ。
「ああ、私を出してくれるのか」
私は淡い期待を込めてそう言った。彼女は私の言葉を無視するかのように後ろについて来た三人の部下らしき少女たちに告げた。
「もう一度身体検査しろ」
「了解です」
牢の鍵が開き、三人が中に入った。無論私は外に出られない。三人の内二人が私の腕をつかんだ。
「これはどういうことか」
私は鉄柵の向うにいる彼女に問いかけた。
「昨晩身体検査をした時、お前からは手に持っていたもの以外何も見つからなかった。でも監視カメラには昨晩お前が懐から何か出しているのが映っていた。だからもう一度身体検査をする」
私が言葉を返す前に残った一人が私の体を弄り始めた。装束の中に腕を通し、肌を撫でられてい
る。女の体でありながら、弄ってるのもまた女であるせいなのか、胸部だろうと股間だろうとお構いなしに弄っている。
やがて腕が引き抜かれ、少女は彼女に報告する。
「何も見つかりません」
彼女は困惑した表情を見せた。人間には無いはずの尻尾がゆらゆらと揺れていた。
「ほんとに全身くまなく探したか?」
「はい、重ね着をしていることは無く、この服の下は素肌でしたのでポケット以外に隠すところはないはずですが……下着の下にも何もありませんでした」
報告を受けた彼女は牢の中に入ると、おもむろに私の装束を掴み、めくった。露わになった腹に僅かに風を感じた。
「おい、何処に隠した」
「貴公が離れた後は誰も来なかったはずだが、どこで隠し見ていたのだ?」
「カメラだって言っただろ。早く隠し場所を言え」
「言って貴公らに何の得があるのだ」
「お前自分の立場分かってるのか? お前は今身柄を捉えられてるんだぞ。おまけにお前が何者なのかこっちは何も知らない。お前がこちらの言い分を否定する権利はない。大人しく言え」
「言ったらここから出してくれるのか?」
「お前の身元が分かるまではこのまま抑留だ」
「それでは言っても変わらないではないか――」
私の眉間に銃口が押し付けられる。銃を突きつけた彼女の眼は鋭く、険しい。
「あまり風紀委員を舐めるなよ。これ以上私たちの手間をかけさせるようなら実力行使に出るからな」
「分かった、出す。だからその銃口を下したまえ」
額に銃口を押し付けられるのは二度目だろうか。額に受けた銃弾にはあまりいい思い出が無い。彼女も冗談を言っているような雰囲気では無かったので、私は大人しく従うことにした。
「昨日出していたものを出せばいいのだろう? 右手だけでも放してくれないだろうか」
彼女は右腕を掴む部下に目配せをした。すぐに右腕は自由になった。
「ゆっくり出せ。いいな、少しでも不審な動きを見せたら撃つ」
銃口を押し付けられながら、私はゆっくり腕を背中に回した。そしてゆっくりと彼女の前に狩人の確かな徴を差し出した。彼女はそれをひったくり、広げた。
「なんだこれ……落書き?」
「それは私たち狩人にとってとても大事なシンボルなのだ。ただの落書きではない」
「昨日出してたのはこれか……あ、いや。もう一つ出してただろ。それも出せ」
「分かった」
私は再び背中に手を回し、彼女の差し出す手に、ナメクジを置いた。
「ん、何か冷た――」
その瞬間、彼女は声にならない悲鳴を上げ、ナメクジを放り投げた。私は宙を舞うナメクジを目で追い、右手で受け止める。私の額には再び銃口が付きつけられた。
「お、おお、おい、なんてものを渡すんだ!」
「持っていたものを出せと言ったのは貴公だろう」
「なんでナメクジなんて持ってるんだ! というかそれナメクジか? なんか……角生えてないか?」
「貴公らに言っても恐らく分かることは無いだろう。私ですらその全てを理解はしていないのだから」
「何言ってんだお前?」
「して、貴公の言う通り持っていたものを全て取り出したわけだが、やはりここから出してはもらえないのか?」
「当たり前だろう。身元が分かるまで大人しくいろ」
「そうか……それは残念だ。致し方あるまい。そうだ。このナメクジの使い方を教えよう」
ナメクジに驚いたのか、両手を押さえていた二人は離れていた。私はナメクジを握り上に掲げる。ナメクジを中心に発光し、宇宙が発生する。呼びかけに応えた無数の光弾が宇宙から飛び出した。光弾は床や壁、人に触れるやいなや爆発を起こした。いつもより光弾の数が少ないが、三人を吹き飛ばすには十分だった。その隙に不用心にも開け放たれたままの牢から逃げ出した。
「ま、待て!」
後ろから弱々しい声が聞こえるが、そんな命令に耳を貸すはずがない。私は階段を駆け上がった。
仕掛け武器は途中で別の部屋に持っていかれた。残念ながらどこかまでは把握できなかったが、恐らくこの建物内のどこかにあるはずだ。しらみつぶしに探すしかあるまい。
上がった先もまた牢が連なっていた。ここには置いてないだろう。さっさと上がるべきだ。
「おーい! そこのお嬢ちゃん!」
階段を駆け上がろうとした時、不意に声をかけられた。まさか私だと思わず、無視して上がろうと思ったが、もう一度声をかけられる。
「無視しないでくれたまえ!」
声の方を向くと、一番奥の牢から白衣がはみ出ていた。
「もしかして私のことを言っているのか?」
「そうそう! お嬢ちゃんのほかに誰もいないさ!」
「急いでいるのだが」
「逃げているのだろう? 私は君の助けにきっとなる。だからそこの机にあるボタンを持ってきてくれ」
彼女の言う通り、机の上にはボタンが置かれている。彼女は私を助けるというが果たしてその言葉を信じるべきか、己のみを信じるべきだろうか。
「約束しよう。きっと君の助けになる」
脚は既に階段に向かっていたが、そこまで言われて私はしぶしぶボタンを持って一番奥の牢まで行った。
一番奥の牢には一人の少女が捕らわれていた。悪魔のような角と尻尾を持った小柄な少女だ。セイアと同じくらいだろうか、それとも彼女より高いだろうか。
「ボタンというのはこれでいいのか」
「ああ、それだそれ。渡してくれ」
彼女は鉄格子の隙間から腕を差し出した。私は彼女にボタンを渡した。それと同時に下の階からあの三人が、上の階から大勢の風紀委員が下りてきた。あの程度では傷も負わないか。
「いた! 動くな!」
先頭にいた褐色の少女は銃口を向ける。横目にボタンが押されたのを見た。
突如轟音が鳴り響き、同時に顔面の横を銃弾が通り抜けた。轟音の原因に見回すが、風紀委員もそれは同じである。遠くから音が聞こえだしたかと思えばその音はどんどん大きくなり、ついに私と風紀委員の間から何かが飛び出してきた。
巨大なドリルのようなそれは瞬時に引っ込み、出来た穴から次々と人が這い出てくる。その内の一人が牢まで走って来た。
「部長! 助けに来たよ!」
「うむ、ご苦労」
「今爆破するから」
そう言って突然現れた彼女は手際よく牢の鉄格子に恐らく爆発物を取り付け始めた。
「くそっ、下からってことは階段からも……もっと応援を! 委員長も呼んできて!」
風紀委員は突然現れた群衆にパニックでも起こしたのか慌てふためくが間もなく両陣営の熾烈な銃撃戦が始まった。時折流れ弾が横を通り抜ける。たまらず伏せた。
「危ないからこっち寄って」
赤髪の彼女は私の腕を引いて鉄格子から距離を取った。ボタンを取り出し、押すと鉄格子が爆発して煙が上がる。そして煙の中からあの少女が出てきた。
「ハーハッハッハ! 皆ご苦労。撤収するぞ! 君も一緒に来るといい。手伝ってくれたお礼だ」
「待て。私にはまだ用事が残っている」
「ふむ。何かな?」
「ここに連れてこられるときに武器を奪われてしまった。逃げるにしても取り返してから出なければ」
「いいだろういいだろう! 助けになると約束したんだ。とことん付き合おうじゃないか。ついて来たまえ。押収室まで案内しよう」
「でも部長。さっき風紀委員長呼びに行ったからすぐに来ちゃうんじゃない?」
赤髪の少女が呟くと彼女は動きをぴたりと止め、ヒュッと息を漏らして声を震わせた。
「い、急いでいくぞ。ま、まま、まだ時間はあるはずだ」
それまでの自信たっぷりな態度から急に怯え始めてしまって、私は思わず「大丈夫か?」と声をかけた。
「だ、だだ、大丈夫さ。さ、さあ早く行くぞ!」
彼女は群衆から何人か呼び出した。赤髪の少女に何か指示を出すと、先ほど床を貫いた巨大なドリルがもう一度現れ、今度は天井まで貫いた。私と角の少女、それと数人は巨大なドリルを足場にして一個上の階に上がった。
元々次回分をすでに用意していたのですが、展開を変えたため間を埋めるために現在追加分を書いています。もしかしたら来週までに間に合わないかもしれませんがご了承ください。