一同は風紀委員会の本拠地を疾走する。先ほど増援を呼ばれていたはずだが、不思議なほどに誰とも会わない。その事を横で走る彼女に伝えると、彼女は豪快に笑いながら説明してくれた。
「ハーハッハッハ! 私だっていたずらに捕まっているわけじゃないさ。こういう時に風紀委員会がどのルートを使って向かうか既に調べてあるからな。流石にここで正面切って突っ走るわけにもいかない」
「貴公思ったより頭が回るのだな」
「そうでなければ部長などできないからな! そういえばまだ名前を言っていなかったな。私は温泉開発部部長の鬼怒川カスミだ。お嬢ちゃんの名前は?」
「私は狩人。ただの狩人だ」
「狩人? まあ、今はそれでいいか。よろしく狩人」
「私は下倉メグ。よろしくね狩人」
「よろしく。して押収室とやらにはまだつかないのか」
「そう慌てるな。もうすぐ着く」
カスミの言葉を信じて走り続ける事数分。「あそこだ」という声と共に指されたのは長い廊下に一つだけある扉だった。扉の前で番をしていた風紀委員がこちらに気づき、銃を抜くがこちらも同様に銃撃戦の態勢に入った。
メグを先頭に温泉開発部の部員二人が前に出た。見たことも無いほどいかつい銃からはガトリングのように弾が出た。加えてメグが持っていたのは火炎放射器である。銃撃戦とは名ばかりの的あてだった。数秒後には風紀委員が倒れていた。たった一人で番をしていたというのに、それでも立ち向かった勇気は認めよう。所詮はただの蛮行であるが。
私は扉の目の前にやってくるとノブに手をかけた。しかし引っかかったような感触がして動かない。
「鍵がかかっている」
「少し離れたまえ」
カスミは先ほど鉄格子を吹き飛ばしたものと同じものを素早く扉に付けた。そして持っていたボタンを押すと派手な音が鳴り響く。みると扉は見事に吹き飛んでいた。
「さ、これで入れるぞ」
中は広く薄暗い。だが大量の銃器やその他様々な物が保管されているのが見える。
「広いな。時間がかかりそうだ」
「お探しの物は?」
「杖とガトリングだ。これぐらいの大きさの」
そう言って私は自身の腰と胸の間を指した。
「よし、じゃあ皆でさっさと見つけるとしよう。杖とガトリングだろう? どっちも目立つだろうからきっとすぐ見つかるはずさ」
カスミが号令をかけると、メグたち温泉開発部数人が押収室へ散らばった。私も彼女たちを追おうと一歩踏み出した。すると突然部屋全体が明るくなった。慌てて後ろを見ると、カスミが何かのスイッチを入れていた。
「まずは部屋の電気を入れないと。だろ?」
押収室に並んでいるのは銃ばかりで、どれもガトリングに比べれば小型なものだ。だからすぐに見つかると思っていたが、銃が多すぎるがゆえにそれ以外のものが何処に保管されているのか分からない。風紀委員の追手が来るかもしれないし、血晶石だってそこまで厳選したものじゃない。諦めた方がいいのかもしれない。
鍛え直しを視野に入れ始めたころ、部屋の中でメグの声が響いた。
「あった!」
彼女の元へ行くと、一本の杖と一丁のガトリングを持っていた。まさにそれは私が持っていた仕込み杖とガトリングである。
「多分これだよね?」
「ああ。正にそれだ。感謝する」
「用事はこれで終わりか? 終わりなら今度こそ脱出だ」
「うん。早くしないと委員長が来ちゃう」
「そんなことはさせない。この場で全員捕まえるから」
不意に誰のでもない声が会話に乱入してきた。その声が聞こえた瞬間、全員がまずいという顔をし、カスミに至っては小動物のように怯えている。
声の主は押収室の入口に立っていた。カスミと同じくらいかそれよりも低い。だが、背負っている銃は彼女の身長と同じくらいあった。加えて多数の風紀委員を後ろに携えている姿とその服装、極めつけにはおおよそヘイローとは思えないほどの立体的なヘイローから、一目見て彼女がただものでないのが分かった。
「ひ、ひえええぇぇええええ!?」
カスミがものすごい勢いでメグの後ろに隠れて震えだした。
「やばい来ちゃった!?」
「押収室の扉は一つだけ。袋の鼠よ、諦めなさい」
押収室の入口にいる少女に対するカスミたちの反応は異様だ。彼女がメグの言っていた委員長とやらなのだろうか。
「彼女が委員長という奴なのか?」
「そ、そうだよ!? ヒナ委員長。え、狩人知らないの?」
「生憎ゲヘナは初めてでな」
「すっごく強いんだから。ゲヘナで一番強いんだよ。どうしよう追い詰められちゃった!」
「ま、まままだあわあああわてる時間じゃない! こ、こここんなこともあろうかと準備しておいたからな」
一番慌てているカスミがメグに隠れながらボタンを取り出した。いよいよ何をしようとしているのか察してきたが、一体どこを爆破するつもりなのだろうか。
カスミがボタンを押すと轟音と共に押収室の壁が崩れた。数人分の穴からは外が見えている。
「ハーハッハッハ! こんなこともあろうかと逃げ道は用意した。は、はははやくに逃げるぞ!」
温泉開発部の面々は出来た穴から逃げようとしたが、先行した一人が「まずい!」と声を上げた。彼女はカスミに向かって外に風紀委員がいることを告げる。
「念のため外に人を回しておいて正解ね。そのまま足止めして。その間に片付ける」
ヒナは自身の身長ほどもある銃を抜いた。見るからに火力がありそうだ。私は一歩踏み出して彼女に対峙する。
「狩人?」
「奴は私が足止めしよう。貴公らはその間に逃げると良い」
「でも相手は風紀委員長だよ?」
「十分手伝ってもらった。この状況は私が招いたようなものだ。貴公らに逃げてもらわなければ意味が無いだろう」
私はメグが反論する前に、ヒナの前に立ちはだかった。
「大人しく捕まってくれるのかしら」
「貴公を足止めして彼女たちを逃がす」
ヒナは後ろの風紀委員に「先に外へ回り込んで」と言った。風紀委員はそれに了承し、みるみる散っていった。やがてヒナだけが残る。
「さっさと終わらせて温泉開発部を捕まえるから」
先手はヒナが取った。引き金が引かれるとガトリング並みの物量の弾丸が襲い掛かる。しかも両脇は押収品の棚で回避ができない。結果的に銃弾に吹き飛ばされた。
「うぐっ、これはかなわないな」
私は壁に叩きつけられ、よろよろと立ち上がった。視線をヒナに移すと、すぐに隣の通路へ移り射線からずれた。全力で走り、ヒナの側面に出たがすでに彼女は銃口を向けている。間一髪で銃撃を避け、ヒナの懐に入る。要はバルバラと対処法は同じだ。懐に入り続け銃による攻撃を避け続ける。
ヒナと目が合い、彼女の動向がはっきりと見える。予想通りヒナは後ろに下がるが、すかさず追従する。スタミナの続く限り、杖で打ち付けたが全く怯まない。最後の一撃で杖を掴まれた。
「これで動けないわね」
「だが銃口は私の後ろだ。当たるまい」
「銃だけが私の武器じゃないわ」
突然横から衝撃が加わった。体勢を崩されるには十分な力であり、回る視界から見えたのはヒナの腰から生える翼だった。その隙に距離を取られ再び射線に入り込む。数秒後には殺人的な量の銃弾が飛んできた。無理にでも躱そうとしたが、多数の銃弾の一つに引っかかり、反動で体が後ろへ引っ張られた。そのまま被弾を続け、後ろに押され続け遂に足が絡まってすっ転ぶ。
動かぬ体と歪む視界の中輸血液を探したが、昨晩の内に全て使い果たしていた。空っぽの懐を弄り数秒の猶予も使い果たして私は力尽きた。
ひどい悪夢から覚めた感覚だ。息が乱れ、体に倦怠感が残る。頭を押さえてそれらが収まるのを待った。
視線を上げると、セイアがベッドに座ったままこちらを見ていた。
「それはワープ装置か何かかい?」
「何の話だ」
「君の前にあるそれだよ」
「灯りのことか」
「昨日からずっと気になってたんだ。四六時中光るし、近づいたら使者だったか? それが現れるんだよ」
「貴公の言うワープが何のことか分からないが、そういうものだ」
「分からないのかい。まあいい、ところで君ゲヘナに行ったんだろ。何で私の部屋に現れるんだい」
「死んだ。ゲヘナに灯りが見つからなくてな。最後に使った灯りがこれだった」
「今さらっととんでもないことを口にしなかったかい」
「風紀委員に捕まったが、ヒナとかいうやつは強いな。弾も血も切らしてたとは言え瞬殺だ」
「彼女か。彼女はキヴォトス最強と言われているからな」
「道理で。おかげでゲヘナを全く探索できなかった」
「もう一度行くのかい」
「どうしたものか。ゲヘナまでは遠かろう?」
「ああ、遠いな」
「ふむ……収穫が何もなかったわけでも無い。一度黒服に会うか」
「わざわざ私の前でその話をするのかい。いい度胸をしているね。一体何を拾ったんだい」
「恐らく日記」
「読ませてくれ」
「貴公、興味があるのか?」
「目の前でゲマトリアが何か行動を起こそうとしているんだ。先に情報を握りたいのは当たり前だろう」
「そうか。まあ別に構わん」
私は懐から例の日記を取り出し、セイアに手渡した。セイアは日記を受け取るとその場で頁をめくりだした。
「ただの日記だな。書いてあることが実にゲヘナ生らしい。トリニティにも様々な部活があるが、ゲヘナの部活も色とりどりだな」
セイアはそこまで中身に興味が無いのか、斜め読みしながら頁をめくっている。しかし真ん中あたりでぴたりと動きを止めた。一頁一頁を食い入るように読み込んでいる。私はセイアが日記を返してくれるのを待っていたが、やがて彼女は顔を上げて言った。
「なあ、この日記を私にくれないだろうか」
「はあ?」
「勿論ただでとは言わない。君にもこの日記の内容を教えよう」
「何か貴公にとって有益な情報でもあったか」
「ああ。もしかしたら君も興味を持つかもな」
「それは興味深いな。ぜひ教えてほしい」
「まだすべて読んでいないんだ。全部読んでから伝えるから少し待ってくれないか」
「分かった」
そうしてセイアは机に向かい、私は向かいのソファに座り、彼女が読み切るのを待つことにした。
空には日が昇り、外からは人の声が良く聞こえた。正直言って体調が少しすぐれない。この位置は窓から陰になっているが、それでも体が重く感じる。直接日光を浴びてしまえば先日のように倒れてしまうのだろう。それほどまでに私は夜に順応してしまったし、むしろ夜そのものになってしまった。夜明けからはとうに見放されてしまったのだ。
「貴公は外に出ないのか」
部屋の中にいるセイアに向けて私は声をかけた。読む邪魔をしてはいけないだろうかとは思いつつも、外を歩く人たちに対して、自室にいる彼女が気になった。
「今日は体調がすぐれなくてね」
セイアは日記から目を離さずに答えた。
「そうには見えないが」
「今は落ち着いている。予知夢が見れていたころはその力の代償故か、たびたび体調を崩していた。失った今はかなりマシになったが、それでもたまに体調を崩すんだ」
「それは難儀な体をしているな」
「君ほどじゃないさ。小耳にはさんだが、君トリニティに来た時に倒れたそうじゃないか」
「あれは……私も気づかなかったがどうやら太陽に弱いらしい。今も体が重い」
「ほうそれは良いことを聞いたな。もし君が私に襲い掛かっても外に出れば大丈夫というわけだ」セイアは日記から目を離し、私に向かってニヤリとした。しかしそれもすぐに止め、また日記に向き直る。「だがまあ、体調が良くないなら大人しくしておきたまえ。好き勝手動いて倒れられても私は何もできないぞ」
私は肩をすくめて応えた。無論セイアがそれに答えることなどなかった。