神秘狩りの夜   作:猫又提督

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そろそろお話を動かしたいかなと


第12話

 やることのない私は、いますぐ飛び出したい気持ちを押さえて、外から聞こえる声に耳を傾けた。

 

「放課後新しくできたケーキ屋に行こうよ」

「いいんじゃない。丁度気になってたし」

「ふむ。では開店と同時に向かわねば」

「何言ってんの。放課後って言ったじゃん」

「新しくできたのに開店と同時に入らないとは、まるで意味がないではないか?」

「なにその理屈……ていうかそれなら放課後に行かないと意味が無いでしょ。私たちがそう名乗ってるんだから」

「はっ、確かに」

 

 私はその会話を聞いて「呑気だな」と思わずつぶやいた。やはりここに獣はおらず、夜はただ一日の一部に過ぎない。日が沈むのと同じように、夜も明けていく。夜を止める獣も上位者にもここはいないのだ。そうであるならば狩人の存在理由は無い。なぜ私はこんなところで目覚めたのだろう。なぜあの日の夜が戻らず、新しい日が始まってしまったのだろう。理由があるのだろうか。

 

「見つけましたよ杏山カズサ! 覚悟!」

「うわ! 朝っぱらから勘弁してよ!?」

 

 耳を傾けていた会話は誰かによって中断されたらしい。僅かに見える窓の風景からは恐らく先ほどの会話の登場人物の一部であろう二人が走り去っていくのが見える。それから少ししてその二人の後を追う三人の姿が見えた。

 

「魔女を即刻退学させろ!」

「魔女を許すな!」

「裏切り者に鉄槌を!」

「トリニティの裏切り者を決して許してはならない!」

 

 平和だと思っていた矢先、不穏な声が飛び込んでくる。姿は見えないが、楽しそうな声に交じって、明らかに不満を呈する声が入ってくる。耳を傾けても最初に聞こえたセリフを大人数がずっと繰り返しているようだ。

 

「あれは、何だ」

「ん……ああ、あれは気にしないでほしい。君には関係の無いことだ」

 

 セイアは私の言葉に反応し、一瞬目をこちらに向けた。しかしすぐに眉をひそめてまた目線を戻した。どうやら彼女にとって気分のいいものではないらしい。

 あれだけ声を張り上げていると、気にしなくていいとは言われても勝手に耳に入ってくる。裏切り者――その言葉には聞き覚えがあった。たった二日前の出来事、思い出すのに時間は要らなかった。

 

「裏切り者……あの檻にいた少女のことだろうか」

 

 窓を見ながら姿の見えない民衆を想像して、私は先日の少女のことを思い浮かべた。

 

「君、ミカに会ったのかい?」

 

 セイアはそう言って私の向かいに座った。机の上にはあの日記が置かれた。

 

「全部読んだのか?」

「ああ、とても興味深い内容だ。正直興奮までしている」

「そのようには見えないが」

「自分で言うのもなんだが、あまり感情は出てこないタイプでね」

「上位者を見た時はあんなにおびえていたというのに」

「あれはだって……命に関わるものだ。流石にああなるだろう」

「まあ、そんなことはどうだっていいんだ。で、日記の中身は」

「どうだってって……はあ、そうだな。説明しよう」セイアは私の向かいの席に座り、私の目の前に日記を置いた。「説明する前に一つ。君にこの日記の内容を教えるのは、君がゲマトリアに内容を話さないと約束してくれる条件付きだ」

「私が条件付きで渡したというのに、そちらも条件を付けるのか。まあいい、もし話したら?」

「先生に君がゲマトリアであることを告げる。先生と敵対すれば、君はこのキヴォトスの中を大っぴらに歩けないだろうな。もちろん君の言い分も分かる。更にこちらから情報を出そう。もし話さないのであり、かつ、この件に最後まで協力してくれれば私の予知夢を取り去った相手を教えよう。勿論それもゲマトリアに話さないことが条件だが」

「分かった。約束しよう」

 

 そしてセイアは読ませるように頁をめくるのだが、いきなり十数頁を飛ばしてしまった。

 

「おい、随分と飛ばしたが」

「最初の方はなんて事のない平凡な内容だ。重要なのはここから」

 

 そう言ってセイアはある頁を指示した。当然私には何一つ読めない。

 

「何が書いてある?」

「簡単に言えば、ゲヘナのとある生徒、この日記の著者がトリニティに潜入するように命令されたらしい」

「わざわざ潜入という方法を取る理由は?」

「君にも話したが、ゲヘナとトリニティの仲は最悪だ。今でこそエデン条約のおかげで表面上だけでも関係は改善されたが、ついこの間まで顔を合わせればその場で喧嘩が起こるような関係だったんだ。昔はそれ以上だっただろう。いつ全面戦争が起こってもおかしくなかったはずだ。それを避ける為か、はたまたもし戦争が起こった際に有利に事を進める為か、この生徒はトリニティの弱みを握るために潜入させられたらしい」

 

 セイアは頁を一枚めくる。

 

「彼女はトリニティでの潜入を始めた。様々な機関を探っていたらしいが、彼女は中でもユスティナ聖徒会を中心に探っていたらしい。そしてこのユスティナ聖徒会という文字が相当重要なキーワードになる」

「ユスティナ聖徒会か。もしかして聖職者の格好をして変なマスクを被った青白い肌の奴らか?」

「その通りだが、なぜ君が知っている?」

「何度か対峙したからな。しかしそれがどうした?」

「現代においてユスティナ聖徒会は歴史に等しい存在だ。彼女たちが現役で活動しているとなると、この日記は相当昔に書かれたという事になる」

「その割には日記は綺麗だな」

「そう。廃校舎で見つかったにしては不可思議なことだが……今は関係ない。それよりも日記の内容だ」セイアはそう言って数枚分の頁をめくった。「彼女はある日ユスティナ聖徒会が保有する教会の一つにやって来た。その教会には地下階があった。その先には大きな扉が付いていた様だが、彼女が下りた時には開いていた。中へ入ると、そこもまた教会だったようだ。しかし地上よりも巨大で荘厳だった。ここはどうやら彼女にとって相当印象に残ったようだ。細かい描写は省くが、数行に渡ってこの地下教会の描写が語られている。彼女はこの地下教会がメインの建物であり、地上の教会はここを隠すためのカモフラージュであると、そう結論付けた。この地下教会の最奥には人が座るには大きすぎる玉座があった。そしてその玉座に座っていたのは、一匹の、巨大な、”獣”だった」

 

 セイアがその言葉を強調したのはきっと、私がその言葉に強く反応すると思ったからだろう。彼女の目論見通り、私は彼女に視線を向け、復唱した。

 

「獣だと?」

「日記には巨大であることと獣であること以外に記述が無い。私の憶測だが、彼女は書かなかったのではなく、書けなかった。”巨大な獣”。この二つの特徴を書くだけで精一杯だったんだ。これからというもの、彼女はこの獣のことを思い出すたびに強い恐怖心に駆られるようになり、悪夢も見るようになった。その後もトリニティに対して潜入調査を行っていたが、ユスティナ聖徒会にばれてしまったようで命からがらゲヘナに逃げた。一度顔がバレてしまった以上、潜入調査は難しいということで二度と行うことは無かったよ」

 

 セイアはそこで口を閉じた。しかし、見るに日記はまだ頁が残っているようだ。

 

「日記の最後は? まだ頁が残っている」

「白紙だよ。何も書かれていない」

 

 セイアは「ほら」といって残った頁をめくった。彼女の言う通り、そこには何も書かれていなかった。

 

「不自然だな。トリニティの潜入調査を止めた直後に日記の記述を止める。色々と詮索できる」

「そうだ。だがそんなことはどうでもいい。重要なのはこの獣についてだ。君も気になるだろう?」

「そうだな。非常に興味がある」

「ユスティナ聖徒会について分かっていることは非常に少ない。この獣は今となっては白骨と化しているだろうが、それでも彼女たちの軌跡を追うには十分な資料となる」

「貴公はこの日記に記されている場所を知っているのか?」

「いや、私の知識ではこの日記に該当する場所は分からない。しかしユスティナ聖徒会の後身であるシスターフッドならば恐らく」

「ではそのシスターフッドとやらに話を聞いてみれば良いな」

 

 私の提案にセイアは首を縦に振らなかった。彼女は腕を組み、何かを考える素振りを見せた。なので私は「どうかしたのか」と尋ねた。

 

「いや、シスターフッドは以前に比べればまだマシだが、依然として独立した組織で、生徒会であるティーパーティとは別の判断基準を持っている。加えて今の指導者は何というか……何を考えているのか良く分からなくてね。手放しに彼女に相談すればいいという訳にもいかなそうなんだ。折角回復してきたナギサの胃をまた痛めるわけにもいかないし」

「だが、シスターフッドに話を聞かなければ場所は分からないのだろう? 聞くしかないのではないか」

「情報源を聞かれたときにゲヘナの廃校舎で見つけてきたと言う訳にもいくまい。それに日記を見つけた君のことをいう訳にもね。色々と面倒になりそうだから全て秘密裏に進めたいんだ」

「難儀なものだな」

「全く、誰のせいだろうね」

 

 セイアは私を忌々しそうに見た。私はその視線の意図に気づきながらも反応することは無かった。

 セイアは一人で考え込んだ。都合のいい人物を見つけるのに難儀しているようだ。しかししばらくして彼女は思いだしたように顔を上げた。

 

「そうだ、彼女ならきっと協力してくれるはずだ」

 

 セイアはどこかで見た板を取り出して、耳に当てる。そして独り言をつぶやいた。その姿は滑稽であり、誰もいない場所を見ながら話す姿は少し不気味でもある。私が見えないだけで、そこに誰かいるのだろうか。

 セイアは一分もしないうちに話すのを止めた。そして耳から板を離し、仕舞った。私はとうとうその板について彼女に聞いてみることにした。

 

「その、貴公は何をしている? さっきの姿、アリウス自治区でも同じことをしている者を見た」

「ん? 何を言っている」

「していただろう。何か、板のようなものを持って」

「板……もしかしてスマホのことを言っているのか? ただ電話をしていただけだが、まさか君電話を知らないとかいうんじゃないだろうね」

「電話? どこにも繋がってはなさそうだが」

 

 セイアは何も答えなかった。感情を変えず私をただじっと見つめて、しかし目は様々な所を見ている。少しして彼女はようやく口を開いた。

 

「君がいた世界ってここより文明が進んでないということか」

「黒服が言うには200年ほど離れているかもしれないらしい」

「なるほど、そういうことか。まあ、なんだこれが今の電話だ。私は簡単なことしか言えないがこれ一つで色々と出来るんだよ」

 

 そう言ってセイアはさっきの板、スマホを見せてくれた。

 

「キヴォトスに来て何度も思うが200年で技術は随分と進化したものだな」

「確かにそうかもしれない。人生10年もすれば環境は変わってくるものさ」

「そういうものか」

「君だって10年前と比べれば元の世界でも周りは変わっていたんじゃないか?」

「そう、かもしれないな」

「一先ず、待っててくれ。今回の件で協力してくれそうな人を呼んだから」

「私はここに居ていいのか。貴公は私を秘密にしないといけないのではないか?」

「呼んだのはシスターフッドの人間だ。正義実現委員会とは関係ない」

 

 しばらくしてドアがノックされた。そして「セイア様、マリーです」という声が聞こえた。

 

「入ってくれ」

 

 セイアの合図の後、ドアが丁寧に開かれた。入って来たのは正に聖職者という格好をした少女であった。彼女は部屋に入り、セイアに向かって頭を下げた。

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