「あのそちらの方は?」
少女は私を見て尋ねる。私が答えるよりも先にセイアが代わりに答えた。
「彼女は狩人。私の知り合いだ」
「えっと、狩人様、ですか?」
「訳あって名前を言えなくてね、身分は私が証明するから怪しい者じゃない。安心してくれ」
「そうでしたか。初めまして、伊落マリーと申します。シスターフッドに所属している一年生です。どうぞよろしくお願いしますね、狩人様」
聞き慣れた呼び名に、私も一言「よろしく」とだけ返した。
「来て早々に悪いが、本題に入りたい。こっちに座ってくれ」
セイアはそう言って、マリーを椅子に座るよう、促した。私は先ほどと同じ席に座る。セイアは席に座らず、ティーセットに向かった。
「紅茶で大丈夫かな」
「あ、はい。お構いなく」
セイアは少しして私にも顔を向けた。
「君も飲むかい?」
「そうだな。いただこう」
セイアは妙に手慣れた手つきで紅茶を淹れると、私とマリーの前に差し出した。そして自分の物も用意するとようやく席に座った。
「さて、君に来てもらったのは他でもない。これについてだ」
セイアはあの日記をマリーに見せた。マリーは日記を一瞥して「それは?」とセイアに聞いた。
「日記だ。一先ずここから読んでくれ」
セイアは真ん中あたりの頁を開くと、マリーに手渡した。マリーは日記を受け取ると、セイアの指した頁から日記を読みはじめた。
マリーが日記を読み終わるまでの間、私はセイアの淹れた紅茶を堪能していた。一口飲むとすぐに先日夢で飲んだ紅茶とは味が違うことに気づいた。私のような素人でもすぐにわかるほど違うのだ。思わず私はセイアにそれを伝えた。
「美味いな。人形が淹れたものとはまた違う」
「そうだろう? 少しいい茶葉だ。最高級とまではいかないが……まあ200年前のものと比べてもしょうがないかもしれないが」
セイアは顔こそ平静を保っているが、声色は誇らしそうだった。
「流石200年先の未来だな」
どこかで言った感想を言って、私はもう一口飲んだ。やはり美味い。
マリーが日記を読み終えるより先に、紅茶を飲み干してしまった。空になったティーカップを見てセイアは言う。
「もう一杯、どうだい?」
「せっかくだ。いただくとしよう」
セイアは珍しく上機嫌で私に接した。それほどまでに自分が入れた紅茶を褒められるのが嬉しかったらしい。セイアが持つポットから紅茶が注がれる様子を見ながら私はふと尋ねた。
「そういえば貴公、ティーパーティだと言っていたな。どのような組織だ」
「突然どうしたんだい。藪から棒に」
「以前そう言っていただろう。あの時は詳しく話を聞けなかったからな。丁度貴公が紅茶を淹れていることだし、聞いておこうかと」
「言っておくが、紅茶を淹れる組織じゃないからな。ティーパーティっていうのはトリニティの生徒会、つまりトリニティ総合学園をまとめているんだ」
「ほう、貴公そんなに上の立場だったのか」
「そうだ。どうだい、見直してくれたかい?」
「その立場でいながら自ら紅茶を淹れるとは。てっきり上の立場に立つものは淹れてもらうばかりだと」
「ああ、まあ。そうだけどね。普段はそうさ。流石に客人を招いた時は私が自ら淹れることもあるさ。私はこの学園のトップの一人。トップがトップらしく人を使うことも重要だが、時には自ら行動することも必要さ。あとは……友人の影響もあるだろうか」
「友人?」
「その、ムカつく話だが、小ばかにされたことがあってね。見返してやろうと思って練習したんだよ」
「くっくっく。仲が良いのだな」
「今思えばあまりにも幼稚な理由だ。おかげでこうして人様に出すには十分な技術を持てたのだが……あと頼むからその笑い方だけは止めてくれ」
「む、何かおかしいか?」
「黒服を思い出す」
「おっとこれは失礼」
三杯目を飲み終えるころ、マリーが日記を置いて机に置いた。
「どうだった」
セイアが尋ねる。マリーは困った顔をして答えた。
「どう、と言われましても。この日記に書いていることは本当のことなのですか?」
「分からない。だから君を呼んだんだ。どうだ、その日記に該当する教会が何処にあるのか知らないか」
「もしこの日記の内容が本物だとして、ユスティナ聖徒会が現役の時代に使われていた教会となると、そのほとんど……いえ、全てが遺跡と化していると言っても過言ではありません。現在発見、調査されている教会跡地の全てを私が知っているわけではありません。そして私が知るかぎり、この日記と該当するような教会はありません」
「情報は教会と地下があることだ。情報が少ないゆえに上がる候補はたくさんあるんじゃないかい?」
「ですが、セイア様が探している教会は巨大な獣がいる教会ですよね。そのようなものがあればすぐに知れ渡るはずです」
「だが君たちシスターフッドのことだ。時にはティーパーティに隠すこともあるだろう」
「もし巨大な獣が見つかったとすればシスターフッド内で何らかの動きがあるはずです。外にならともかく、内にはもう少し露骨に動きが出るはず。現状そのような動きはありません」
「そうか――」
一通り問答を終えて、セイアは黙った。その様子にマリーはまた声をかける。
「セイア様はどうしてこの獣に執着するのですか?」
「え、あ……いや、実際にこんなものがあったら驚くだろう? ユスティナ聖徒会時代の物だし、何か歴史的権威があるかもしれないと思ってね」
「そう、ですか。分かりました。サクラコ様に聞いてみます。あの方なら知っているかもしれません」
「いや、サクラコにはこのことは言わないでくれ。できれば内密に事を進めたいんだ」
「ですがサクラコ様でないと教会跡といった遺跡の場所を把握している人はいないと思うのですが」
「じ、実はこの日記の信頼性がちょっと低くてね、わざわざサクラコに話して事態を大事にするというのも申し訳ないんだ」
「え、この日記はどこから見つけられたのですか?」
「ゲヘナ学園の廃校舎だ。彼女が見つけてきてくれた」
そう言ってセイアは私を見た。私は思わずセイアに言い返した。
「おい、ゲヘナで見つけたことは言わないはずじゃなかったのか?」
「しょうがない。まあ彼女になら大丈夫だ」
「えっとゲヘナでこれを?」
「ああ、だから信憑性に欠けるんだ。その日記の主人公もゲヘナの学生だったろう?」
「え、ええ。確かにそうでしたが、どうやってゲヘナからこの日記を?」
「それは……どうやって持ってきたんだ?」
セイアはそこまで言って私に説明を求めた。私は息を一つ吐いて疑問に答えた。
「忍び込んだ。まあバレて風紀委員とやらに見つかって捕まったが何とか逃げて来た」
「えっと……その、どうやって逃げて来たんでしょう?」
「ふむ……貴公、あれが見えるか?」
私はセイアの部屋の奥、灯りを指さした。
「え……えっと、棚……でしょうか? 後は花瓶、とか?」
マリーが答えたのは、灯りの後ろにある花瓶の乗った棚であった。私は彼女の回答を聞いて自身の回答を決めた。
「じゃあ頑張って逃げた」
「はい?」
「頑張って逃げたのだ。言葉で表すならこれが最適解だろう」
「は、はあ」
「ともかく、そういう訳だ。現状君にしか頼めない。なんとかこの日記に書かれている教会を見つけてくれ。もし見つかったら私に連絡してほしい。話は以上だ」
要領を得ないマリーに対してセイアは強引に話を打ち切ろうとした。マリーはセイアの勢いに押され、彼女の要望を受け取って部屋から退出した。
「私も夜のうちに探してみよう」
「頼むよ」
「一つ聞いても良いか?」
「なんだい」
「何故貴公は獣に執着する」
「言っただろう。歴史的権威だ」
「本当にそうか?」
私が問いかけると、セイアは答えず、視線があちらこちらへ移動していた。口が開いたり閉じたりしているのは何かを話そうか迷っている合図だろうか。しかしやがて、彼女は観念したかのように話し始めた。
「まあ君になら話してもいいだろう。私が最後に見た予知夢だ。キヴォトスに降りかかる未曽有の災害、空は赤く染まり、不気味な塔が現れる。そうしてもたらされるキヴォトスの終焉。私はそれをどうにかして防ぎたいと思っている」
「災害……もしかして色彩というやつか?」
「知っているのか?」
「黒服から話を聞いた。少しだけではあるが、ゲマトリアは色彩に対抗しようとしているらしい」
「ゲマトリアが色彩に? 初耳だ」
「それ以上は知らん。して、貴公がいう色彩と獣に何の関係があるのか?」
「日記の内容が本当であれば、この獣はユスティナ聖徒会時代の産物。荒唐無稽な考えだが、その時代の産物であれば色彩に対しても有効なんじゃないかと勝手に思っているんだ。現状私たちは色彩のことを何も知らない。ただキヴォトスの外から訪れる災厄。聞いた話では色彩がキヴォトスを見つける可能性は限りなく零に近いらしいが、あのゲマトリアの一人が儀式で色彩の力を使おうとしていた。結果的に不完全な儀式は失敗に終わったが、そのせいで色彩がキヴォトスを観測した可能性は高い」
「獣を色彩に対抗するための戦力にするつもりか?」
「端的に言えばそうだ。色彩がいつ訪れるのかは分からないが、今は藁にもすがりたい。たとえ嘘でも少しは乗ってみたいのさ」
「そういう事か。貴公がそう考えているなら私もそのようにしよう」
「ああ、助かるよ。そうだ、もう一度言っておくがこの日記の内容は決してゲマトリアには言うな。私が君に協力する条件だからな」
「分かっている。もう一つの約束も決して忘れるな」
「ああ、日記の真偽が明らかになった暁には君に話そうじゃないか」
「私は一度夢に戻る。夜になったら出歩く故」
「おかしな表現だな。寝る気ならそこのソファで寝ればいい」
「大丈夫だ。灯りで戻るから」
「灯りってあれか?」
「ああ」
私は灯りに跪く。使者が灯りを崇めるように群がっていた。目を閉じればすぐに夢に入る感覚を覚える。もう一度目を開ければそこは既に夢の中だ。
人形が水盆の前に立って、背を向けていた。横の坂を登ると、彼女が水盆の前に立つ理由が分かった。上位者の彼が水盆の中にいる。使者の数は普段よりも少なく、広くなった水盆の中で彼が泳いでいた。
「お帰りなさいませ」
私に気づいた人形がそう声をかける。
「泳いでいるのか?」
「はい。自分で動きたいようですが、地面の上ではあまり動けないようでして、仕方なくこの中で泳いでもらっているのです」
「今から悪夢に潜ろうとしていた所だ。一緒に連れて行こうか」
「そちらの方がよろしいのであれば」
「ああ」
人形は水盆から彼を引き上げ私に託した。水盆の中にいた彼は湿っていた。彼を抱いたまま工房に入り、ガトリングと獣狩りの短銃を持ち替えた。酷く手になじむ。そして工房の側にある墓標から悪夢に潜り込んだ。
目覚めたのは漁村の海岸だ。もはや誰の夢か分からず、他の悪夢とつながったこの夢は、上位者がいなくなろうと覚めることは無くなってしまった。かつてこの場所にはゴースの遺子がいたが、それもとうに狩られ、今となっては波打ち際に上位者の死体が横たわるのみである。きっとこの上位者がゴースなのだろう。
私は波打ち際で彼を下した。波に触れた彼は水を得た魚のように泳ぎ始める。あっという間に沖にまで行ってしまった。
「しばらくしたら迎えに来るから遠くまで行くな」
私はそう彼に呼びかけた。果たして彼が私の言葉を理解しているのか分からないが、人形が彼の言葉を理解できるなら、彼も私の言葉を理解できるだろう。
キヴォトスでは狩りができない。その事実は思っていたよりも私にストレスだった。血肉湧き躍る、死が間近にいる狩りがしたかった。欲求を満たすため私は漁村を離れ狩人の悪夢にやって来た。ここには悪夢に囚われた古狩人たちが永遠に彷徨っている。いくら殺されても覚めることは無いのだ。
「久しい感覚だ。存分に楽しもうではないか」
私は仕込み杖を変形させて、教会を出て行った。