残念ながら一層と二層は普段の聖杯ダンジョンとそう変わらなかった。ダンジョン内にユスティナ聖徒会が出てくることはあれど、逆に言えばそれぐらいしかない。がっかりした気分で三層に下りた。
三層の扉を開けた時、変化は明確だった。一言で表せばそこはアリウス自治区に違いなかった。たった一度、一晩だけ過ごしたが、ヤーナムと違った静けさが故の独特の不気味さはよく覚えている。あの街並みが今目の前に広がっているのだ。
一瞬ここが聖杯ダンジョンであることを忘れた。地下墳墓であるはずなのに、どうして建物が立ってるのだろう。恐らく空は限りなく黒くて、星の類は一切見られない。つまり天井が見えない程高いのだろう。もはや墓ではない。
しばらく見とれていたが、やがて私は三層の中に足を踏み入れた。
三層にはユスティナ聖徒会しか現れなかった。おかげで攻略には苦労させられることになる。銃弾を避けるのがこんなにも難しいだなんてキヴォトスに行かなければ決して知ることは無かっただろう。それにこの階層はアリウス自治区を模しただけで記憶上の地図とは一致しない。私の知らない死角から撃たれて、何度も死んでしまった。
いい加減雑魚を相手にするのも面倒になってきた頃、後ろに引き連れた雑魚を撒くために適当な部屋に逃げ込んだ。そこはとても明るい部屋だった。たくさんの細長いロッカーが置かれていた。ロッカーはどれも鍵がかかっていて開きそうにはない。そして奥に宝箱が置かれていた。手をかけるとこれにだけは鍵がかかっていないようで、簡単に開いた。中身は一丁の銃だった。
その銃は獣狩りの短銃と似た見た目をしているが、銃口は広がっていない。銃身に装飾も施されておらず、フリントも見当たらない。見たことのないデザインだ。否、厳密にはヤーナムでは見たことが無い。銃身がかなり短いが、トリニティで似たような銃を持っている少女を何度も見かけた。もしくはゲヘナで対峙したあの褐色の肌をしたあの風紀委員の少女だ。彼女の持っていた銃よりも銃身が短いが形状は非常に似ている、つまり威力は絶大だということだ。
私は試し撃ちをするため、銃の根元を折ろうとしたが動かない。力を入れても全く折れなかった。
「おや、どこから装填すればいいのだ?」
銃口から詰めるタイプかと思ったが、入らない。いろいろな部分を弄って見た所、謎の取っ手が動いた。持ち上げて引くと銃身の中身が現れたのだ。どうやらここに弾を入れるらしい。水銀弾を入れて閉める。しかし引き金を引いたが、弾が出ることは無かった。
何度も引いたがうんともすんとも言わない。壊れているのだろうか。いや、キヴォトスを模したかのような階層だ。この銃も見た目通りキヴォトスに寄ったものだから、セイアに聞けば使い方を教えてくれるだろう。
私は獣狩りの短銃と取り換えて、部屋を出た。雑魚たちは撒けたらしい。
私は一直線にこの地下町で一番高いところにある建物を目指した。なんとなくあそこにボスがいるだろうと思ったからだ。もしかしたらほかの階層と同じで入り口に鉄格子が下りているかもしれない。だが、聖杯ダンジョンでは見たことが無い構造であるから、一度ゴールを見ておかないことには何もできない。
この教会のような建物に来るのは久しぶりだ。記憶の通り、外見は綺麗に見えるが、所々ひびが入っていたり崩れている所を見ると歴史を感じる。入り口は開け放たれていた。中は殺風景で、より廃墟らしさが目立つ。記憶と違う所があるとすれば中にユスティナ聖徒会がいる所だろう。銃持ちと狭いところで戦うのは非常に骨が折れる。角からこっそりのぞいてみれば長い一本道に何人もいるのが見える。気づかれては面倒なため、私は青い秘薬を取り出して飲んだ。今までこんなにアイテムを使ったことは無いのだが、キヴォトスに来てからやけに使う羽目になっているような気がする。
気が付けばそこは柱だけの広い空間である。天井までは暗くて見えないが、地面に落ちた瓦礫は、恐らく天井の物だろう。やはりここはあの日のアリウス自治区を模したものに違いないのだ。それを裏付けるように、最奥には下へ降りる階段があった。
不意に横穴が現れた。窪みと言うほどしかない狭いスペースに灯りが立っている。私はすぐに灯りをつけた。こんな場所にあるのだ。やはり階段の下にボスがいると見て間違いない。大体は入り口近くに出るショートカットがあるものだが、階層の入り口からこの建物まで真っすぐ走れば着くような位置関係だったからこのようになるのも仕方がないだろう。むしろ灯りがあっただけ随分と良心設計だと言っていい。
更に階段を下りると、明かりが漏れているのが見えた。自ずと両手を握りしめる。
明かりが漏れている先はあのバシリカである。記憶と何も変わらない。そしてバシリカの最奥には分かりやすく彼女が佇んでいるのだ。ただ最初から人の真似事は辞め、化け物の姿に成り代わって花弁を垂らしている。
数十メートルまで近づくと彼女は突然花弁を上げた。そして花弁から血を撒き散らしながら甲高く叫んだ。床や壁は赤く染まり、篝火で鈍く照らされている。
彼女は私に向けて巨大な光弾を放つが、距離が空きすぎだ。避けるには十分な時間があった。ローリングで回避して、彼女に向かって駆けだす。撃鉄を起こした。彼女の距離は十メートルまで縮んだ。
爆発金槌を振り上げ、叩きつける準備をした。しかし彼女の背中にある、翼にも似たソレの一本が私めがけて飛んできたのだ。その攻撃は光弾よりも素早かった。間一髪右足で無理やり体を飛ばした。その瞬間、地面には彼女の翼が突き刺さった。ホッとする間も無く、翼は私めがけて次々と飛んでくる。私は走ってそれを避けた。
逆側に向かって駆けるが、それを邪魔するように彼女は次々と光弾を放つ。最初の攻撃程ではないが、退路を塞ぐには十分な大きさで、視界に現れた光弾に私は一瞬足を止めた。直後背中から胸にかけて激痛が走り、胸からは血が垂れる彼女の翼が見えた。
刺されたと理解した瞬間、翼は引き抜かれ、開いた穴から血を垂れ流しながら倒れこんだ。気を失いそうな激痛だが、皮肉にも激痛のおかげで気を保てる。まだ死んでいない。
輸血液を一本刺し、彼女から距離を取った。傷は完全に塞がっていないが、少なくとも穴は塞がった。
「っ……。全く、以前相対した時とまるで違うではないか。それが本来の力か?」
私の問いかけに彼女は奇声で返した。
「会話は出来ないのか」
上位者は言葉を発さない。当たり前だ。人が獣の言葉を理解できるものか。
私はもう一本輸血液を刺し、再び彼女へ近づいた。光弾と翼が襲い掛かる。光弾は動きも遅く避けるのは容易だが、厄介なのは光弾に隠れて迫ってくる翼だ。光弾を避けたと思えば陰から素早く横から突き刺してくる。幸いその素早さゆえか左右への方向転換は苦手の様だ。臆せずステップ回避すれば避けられる。ただ少しでも遅れれば足に刺さる。
「ぐっ」
ちょうど今足を抉られたところだ。たった足一本だけだ。体の末端。だが見た目よりもダメージが大きいというのは理不尽だとは思わないだろうか。いや、足だ。足がやられたら動けない。あんな細い足一本が何故こんなにも大事なのだろう。輸血液を一本刺さなければならない。
ようやく懐に入り、振りかぶるのもそこそこに、とりあえず叩きつけた。爆発が起こり火花が散る。炎まで上がるが、見た目ほどダメージは無さそうだ。手で振り払われそうになったのでステップで避けた。そこを刈るように翼が両脇から飛んでくる。
私は彼女の横に潜り込むため、右に回った。私が近くにいるせいなのか、彼女は光弾を発射せずに翼と両腕で攻撃してくる。振りかぶりは動きも遅くて避けやすい。ただ一方で翼の攻撃を回避するリズムを崩される。振りかぶりが来ない距離で翼を回避し、その隙に潜りこむ。爆発金槌を振りかざして、振りかぶりが来ないうちに避ける。そんなヒットアンドウェイを要求された。
何回も攻撃を繰り返していると、突然彼女は苦悶の声を上げながら右腕を庇った。その右腕は何個か関節が増えているようだ。
「素晴らしい」
私はつぶやいた。
攻撃をする際に何度か右腕に当たっていた。部位破壊だろう。
さらにしばらく殴っていると、彼女は攻撃を止めて体を縮めこませた。経験から何かしら大掛かりな攻撃を予見した私は距離を取り、様子を見た。案の定彼女はより一層甲高い声を上げ、最初と同じように血をまき散らしていた。それ以降、彼女の振り払う攻撃には血が飛び散るようになった。とはいえ、基本的な動作は変わらなかった。
隙に攻撃することに夢中になった私は、彼女が何かをため込む動作をしていることに気づかなかった。気づいた時には既に血をまき散らされ、その勢いに私は吹き飛ばされてしまった。地面に叩きつけられ、数メートル滑った私は体の違和感に気づく。血が触れたところが痺れている。加えて体調の悪化。間違いなくこの血には毒があった。
まさか彼女が毒を持っているとは思わなかった。急いで懐から白い丸薬を探し出すが、彼女の攻撃がそれを許さない。今までに戦ってきたボスと比べれば楽であるが、流石に物を探しながら回避できるほど楽でもない。とはいえ毒が自然治癒するまで待っているわけにもいかず、結局私は走って彼女から距離を取った。
彼女の翼には射程があるようで十メートル以上離れれば、攻撃は光弾のみだ。私は十メートル以上を維持しながら懐を探り、彼女が近づいたらまた離れるのを数回繰り返した。
ようやく白い丸薬を見つけ出し、そのまま口に放り入れた。かみ砕くと独特の苦みが広がり、やがて体調はマシになった。輸血液を刺し、私は再び突撃した。
夢中になって攻撃しているとやがて彼女の体力も少なくなったのか、動きが僅かに鈍ってきた。このまま押し切ろうと思っていたが不意に影が落ちた。上を見れば彼女のその花のような頭が迫っていた。咄嗟に後ろに下がると、直後彼女の頭が勢いよく地面に叩きつけられた。最後のあがきだ。しかしこれはチャンスである。上位者だろうが獣だろうが頭は弱点だ。あの蜘蛛は違ったが。
いかにも叩いてくれと言わんばかりの頭に渾身の力を込めて爆発金槌を振りかざした。頭が潰れた感触がした。実際にその音がしたし、頭から血が溢れ、金槌から発生した炎が燃え移った。彼女は雄たけびと違う、悲鳴のような奇声を上げた。燃え移った火は頭を上げた後も燃え続けている。
彼女は鎮火しようとしたのか、血を飛び散らせた。しかしその行為はより一層自身を燃え上がらせた。やがて彼女の頭は力なくうなだれる。私は地面で燃え続ける血を避けながら彼女の頭の元へ近づいた。
「何の因果か。結局こうなるのだな」
私は話しかけたつもりで呟いた。だが彼女は自身を燃え上がらせるのみで何も答えてはくれなかった。私はこの結果が分かっていた。
彼女の頭に獣の腕を差し込む。何ら抵抗も無く刺さった腕で彼女のモツを掴みながら体外へ引きずり出した。ところがモツごと頭がちぎれてしまい、断面からは血が噴き出た。私は噴き出た血をまともに浴びて全身が血塗られてしまった。
あっという間も無く火が燃え移った。私はひどい悲鳴を上げてのたうち回った。しかし彼女の血は粘性が高いのか、全く消えない。皮膚が焼かれ、爛れた。間もなく皮膚は焦げて剥がれ、中の肉が焼かれだす。嫌な、嗅ぎなれた匂いが漂い始めた。もっとも、その匂いに嫌悪を感じる暇も無かった。激痛に転げまわることもできず、おとなしく焼かれた。
目が覚めると、階層の入口にいた。私は開口一番大きなため息をついた。
「油断した」
現実と一緒ならあそこで返り血を浴びる可能性も十分あった。周辺は燃えていたし、血を浴びれば自身まで燃えることは十分予想できたはずだ。正直言って恥ずかしい。
ボス部屋まで戻ると、未だ燻っている彼女の体があった。少し離れたところですっかり焦げた彼女も頭もあった。しかしどうやら目玉だけは残っているらしい。正直わざわざもう一度作るほど有用な聖杯ダンジョンでは無かったが、回収できるようだし回収しておこう。
私はどこかやりきれない気持ちのまま目玉を穿り出し、そのまま狩人の夢に帰った。