神秘狩りの夜   作:猫又提督

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スイッチ2を買っておかないといけなくなりましたね。


第19話

 車窓を流れる風景はずっと見慣れない物だった。黒服と車の中で見た風景に似ているが、時間帯が違うだけで見える風景は違ってくるらしい。

 そんなことよりも今は体調が悪い。当然だが電車の窓からは日光が差し込んでいる。車内の天井は低く、傘を開くわけにもいかない。座っていたいが座席の窓からは日光が差し込むし、かといって立つには体力が持たない。思いがけず最悪な移動手段を選んでしまったようだ。

 結局下手にこけるよりはいいと思って我慢して座席に座ることにした。あとどれくらいこの苦痛が続くというのだろうか。私は苦悶の表情を浮かべて、頭を支えるように眉間に手をやった。

 

「大丈夫? 気分悪そうだけど」

 

 不意に声を掛けられた。目線だけを動かすと、私の向かいに一人の男が座っていた。人間の男だ。手をどけてはっきりとその姿を見た。

 黒いスーツに身を包んだ男はいかにも心配した顔で私に手を伸ばしていた。その顔には見覚えがあった。だがどこで見たのかを思い出せなかった。

 

「すまない。少し眩しくてな」

「分かった。じゃあブラインド下げるね」

 

 男は立ち上がり、窓の上から布を下した。日差しはすぐに遮られ、全快とはいかないものの気分は大分楽になった。

 

「助かった。楽になったよ」

「よかった。でも無理はしないでね。もしまた気分が悪くなったら一度降りた方がいい」

 

 気分が良くなって思考が回るようになったせいか、私はこの男の正体をすぐに思い出した。あの時バシリカに下りてきた少女たちの後ろにいた男だ。確か先生と呼ばれていた。

 なるほど、セイアや黒服が口にしていた先生とはこの男だったか。よもやこんなところで再会するとは思わなかった。しかし一方で相手は私のことを覚えていないようだ。あの時私は血濡れだったし、目覚めた時も一瞬しか顔を合わせていないから覚えてないのは無理も無いだろう。

 

「心配してもらってありがたいが、そこまでではない。日差しさえ直接当たらなければそれでいい」

「それでも無理はいけないよ」

「ご心配痛みいるよ」

 

 優しい男だ。初対面(だと思っている)相手にこんなに優しくできるだろうか。良くて無視、普通ならまず切るだろう。私は優しいから前者だ。敵対すれば敵だし、敵対しなければ敵じゃない。敵ならばまず相手から切りかかってくれると助かる。

 

 先生との会話を終えてしばらく、不意にどこからともなく声が聞こえてきた。

 

「ご乗車の皆様にお知らせします。只今路線の一部が爆破されました。つきましては終点をアビドス中央駅に変更いたします。皆様にはご不便をおかけしますがご了承願います。詳しくはハイランダー――」

 

 物騒な声だ。この声が聞こえてくる現象はキヴォトスの者には当たり前のことのようで、加えて路線が爆破などということにも慣れているのかパニックになる様子もない。先生も落ち着いた様子だ。

 

「先生、生徒の方からメッセージが入っています」

 

 また声が聞こえた。先ほどの声とは違う。そしてさっきよりも近く聞こえた。すると先生は懐からスマホよりも大きな板を取り出した。

 

「なるほど……アビドスで降りないといけないな。一先ず誰も怪我をしてないみたいでよかった」

「爆破現場に行くんですか? 先生は皆さんみたいに丈夫じゃないんですから気を付けてくださいね」

「うん。気を付けるよ。アロナもいるし」

「ふふん。まあ私はスーパーつよつよAIですから、先生に降りかかる火の粉は全て私が払ってあげます!」

 

 先生は板に向かって話しかけている。謎の声はどうやらその板から発せられているようだ。相変わらず一人で会話している様子は滑稽だが、スマホというものを知った今、それほど奇妙とは思わなくなってきた。

 

「次は終点アビドス中央、アビドス中央です。この電車は終点をアビドス中央に変更しております。お乗り換えの案内です――」

 

 終点ということはこれ以上この電車は進まないということだ。困ったことにまだ百鬼夜行連合学院ではない。アビドスか、以前セイアから話を聞いた覚えがある。確か砂漠化が進んでいる自治区という話だ。砂漠というものをこの目で見たことは無い。砂が大地を覆っている場所らしい。目的地ではないが興味が湧いて来た。

 やがて電車はスピードを落とし、止まる。車内にいた全員が立ち上がり、それぞれ扉の前に並んだ。扉が開くとぞろぞろと出て行った。

 私の前には先生がいた。丁度いい、彼を尾行してみよう。

 先生の後ろをついて行ってると、改札まで来ていた。ロボットが一人一人に話しかけ、何かを確認している。それはやがて私にも訪れた。

 

「切符ですか。ICですか」

「あー、切符……という奴なら持っているが」

「拝見しても?」

 

 私は切符を取り出し、ロボットに手渡した。ロボットは私の切符をまじまじと眺め、瞬時に表情を変えた。笑っているようだ。

 

「トリニティ中央から七七〇円圏内ですね。こちらで有効日時を再発行します。この日時以内でまたご使用ください」

 

 そう言ってロボットは切符を返した。戻って来た切符を見返すと端に数字が書いてあった。これがその有効日時というやつだろう。そういえば今日の日付は何だろうか。ヤーナムとキヴォトスで日付の概念に違いはあるのだろうか。

 くだらない考えが頭を支配しそうになったが、視界の端で姿が消えつつあるスーツ姿を捉えた。危うく先生の姿を見失う所だった。私は群衆をかき分け、先生の後ろをついて行った。

 私は先生の数メートル後ろから追いかけた。彼は早歩きで群衆を抜けたかと思えば、そのまま小走りでどこかへ向かいだした。私も小走りで先生の後を追いかけた。

 先生の後を追っていくにつれてアビドスは活気を失っていった。遂にはゴーストタウンのような様相にまで変わっていった。しかしどこか違和感がある。ゴーストタウンというには町並みが綺麗に見えた。勿論アビドスになんて来たことが無いのだから、普段からこんな様相で、私の勘違いの可能性もある。だがそれを踏まえても存在するこの違和感の正体――。

 突然爆発が鳴り響いた。その轟音に私は勿論、先生も音の出どころを探した。しかし周囲には背の高い建物があるばかりで、爆発なら上がるであろう煙も見えない。しかし、先生は音の出どころを察知できたのか、前に向き直って走り出した。数秒遅れて、私も彼の後ろを追った。

 先生は速度を上げていた。普段ならあれぐらいすぐに追いつける。しかし今は昼間であり、かつ私は日傘を差していた。おかげで走りにくい。風上に向けて差した日傘は、風によってめくられようとしている。私は左手でそれを抑えていた。さらに前のめりになって風に抗った。しかし過度な前のめりは転倒につながる。だから右手の仕込み杖を地面に突き立てるのである。まるで強風に耐えているような構図だ。しかし、これは……私は幻覚を見ている。私はただ走っているだけだ。

 

 気づけば狭い路地裏に飛び込んでいた。日傘など差す必要が無いぐらいに影が落ちている。先生は既に路地裏を飛び出した。私も日傘を閉じて彼の後を追った。

 路地裏を飛び出そうとした次の瞬間、鼻先を何かが掠めた。風ではない。えぐり取られたように錯覚した。この感覚には覚えがある、銃弾だ。その事に気づくと視界が開け、音が聞こえた。大勢のロボットが一方向を向いて銃を撃っているのだ。その銃口の先には三人の少女と先生の姿があった。一目見て酷いリンチだと思った。四人に対して数えきれないほどの軍勢で襲うなどリンチ以外になんと言えるだろうか。せめて死に様だけは見届けてやろう。そしてあわよくば彼女たちが撃っている銃の弾丸を拾えればいい。

 

 戦闘を眺めていたが、どうやらリンチではないようだ。少女たちは大勢のロボット相手に拮抗、否、押している。ロボットはあれだけの軍勢を投下しておきながら数人の少女相手に苦戦しているのだ。

 私は戦いは数であると思っている。いくら個が優れていようとも数の前には無力であると。それは私自身の経験がそう言っているのだ。それを覆すなど私には考えられなかった。

 

「めつ……せん、めつを」

 

 不意に後ろから声が聞こえた。しかし人の声には聞こえない。同じ言葉を繰り返し呟きながら近づいている。

 やがて暗闇から声の主が現れた。丁度少女たちと戦っているロボットだった。しかし、動きはぎこちなく、一歩一歩踏み出す様に歩いている。そして体全体から火花を散らしていた。その様相は壊れかけという表現がとてもよく似合うと思う。

 ロボットは私に手を伸ばした。だから首をはねた。杖の刃は壁に当たってそれ以上舞うことは無かったが、代わりにロボットの頭が舞った。頭は私の足元に転がり、同時に体は倒れた。

 私は頭を持ち上げ、その断面を覗いた。中には大量の紐が絡まっていた。私は頭の中に手を入れ、入っていた紐を全て引っ張り出してみた。そしてもう一度中を覗いてみたが、今度は一枚の板のようなものが見えた。次はその板を引っ張った。強く接着しているのか、中々取り出せない。諦めずに引っ張り続けていると、接着が取れる感触がした。さらに引っ張ると遂に板が取り外せた。しかし、板は頭の穴よりも大きいようで外に出すことは叶わなかった。

 体の方を弄りまわそうと手を伸ばすと、暗闇からもう一つ声が聞こえた。

 

「そこで何をやっているのかな?」

 

 暗闇から現れたのはピンクの髪色をした少女だった。銃を携え、こちらに歩いている。声色も目も一見優しそうであったが、その奥には明らかな警戒と猜疑心が見て取れた。

 

「何も。ただ見ていただけだ」

「おかしいね。このあたりの人は皆避難したはずなんだけど。君だけどうして残っているのかな」

 

 なるほど通りで変に静かだったわけだ。

 

「たまたまだ。たまたま見かけた」

「はぁ……君さ、先生を尾行してたよね。一体何者? 何が目的」

 

 おっと、どうやら先生を尾行していた私を尾行していたらしい。全く気づけなかった。正直悔しい。だが言い訳をすれば彼女はまだ殺気を出していない。もし殺気をだしていたら気づくことが出来ただろう。獣狩りで自分に近づいてくる奴なんてどうせ殺そうとする奴しかいないのだから。

 

「目的か……無い」

「へ?」

「なんとなく先生の跡をつけたら面白いと思った」

「そんな言い訳信じると思う?」

「信じてもらえないか」

「当たり前だよね。そんなあやふやな理由でつけられても困るし、どうせならもっとはっきりした理由を持つべきだったね」

 

 少女は銃を構えたこの展開に既視感があった。きっとこのままでは私は殺されてしまうのだろう。なんだか行く先々で殺されている気がする。そんなことより、早く彼女にもっともらしい言い訳をしなければまたトリニティに送り返されてしまう。

 

「分かった分かった。話す。目的は百鬼夜行連合学院という所に行くことだ」

「ここはアビドスだよ。百鬼夜行とは全然近くもない」

「電車が止まってしまったからな。アビドスまでしかこれなかった。あの男には一度世話になった。だからもう一度世話になろうとしたんだ。道を聞きたかった。百鬼夜行に行くまでの道をな」

 

 私は口からでまかせを言った。しかしまったくのウソというわけでもない。電車で一度世話になったというのは事実であるし、彼についでに道を尋ねるというのも一応筋は通ってるはずだ。

 

「なら最初からそう言いなよ。なんで誤魔化したのかな。その百鬼夜行に行くっていうのも嘘?」

「面白いと思ったのも事実だし、道を聞こうと思ったのも事実だ。だが彼は急いでいる様だったし、声をかけるのもアレだと思ったのでな。邪魔しては良くないだろう? 彼の用事が終わってから聞こうと思ったのだよ」

 

 少女は悩む素振りを見せたが、やがて構えていた銃を下してくれた。

 

「分かった。私は私で用事があるから、その後で先生をここまで連れてくる。信じてもらいたいならそれまでここで動かずにいて。いいね?」

「分かった。そうしよう」

 

 すると彼女はそのまま路地裏から飛び出して、先生たちの元へ向かっていった。

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