神秘狩りの夜   作:猫又提督

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犬みたいに早いだけで嫌になるのに、図体がでかいともっと……


第36話

 私は灯りの前で頭を抱えた。もうかれこれ十回以上は死んでいるからだ。十回から数えていないので、もっと死んでいる。この苦戦ぶり、昔を思い出す。攻略法が間違っているかもと考えるが、今以上に最適な攻略法は思い浮かばない。だが、何回も死んだおかげでクロカゲの動きも分かってきた。もうそろそろ倒せるだろう。

 外に出ると、月が真上に上がっていた。もうそんな時間だ。篝火は未だ消えず、燃え続けている。町にはびこる獣はまだ残っているようで、微かながら銃声が聞こえた。最初、大樹のそばで燃えていた大火はもう消えていた。しかし、分散したかのように町の下の方で燃える家屋と高く昇る煙が見えた。それらを一瞥し、再戦に行こうとする私の背中に声をかける者がいた。

「おい、あんた!」

 聞き覚えのある声だと思った。振り返ると、階下にいつかどこか、私に忠告をくれた少女があの時の様に人を連れて立っていた。しかし、体はボロボロで傷だらけだし、連れている人も少ないようだ。

「なんでこんなところにいるんだ。避難しろって言ったはずだろう!」

「私は狩人だ。獣を目の前にして狩らないわけにはいかない。貴公の方こそ傷が多そうだ」

「これぐらい何ともない。そんなことより、そっちは駄目だ。でけぇ化け物が暴れてるって話だ」

「あぁ、クロカゲのことだな。心配するな、今から狩りに行くところだ」

「はぁ? 何言ってんだ――」

「待って。あなたあの化け物のこと知ってるの?」

 少女の声を上から被せるように、別の声が聞こえた。猫の耳をした厳しい目つきをする少女だ。先ほどまで私のことなど意に介さずに余所見をしていたのに、私がクロカゲの名を口にした途端、射殺しそうなほど鋭い視線を送った。

「名前と攻撃方法だけなら」

「あなた百鬼夜行の生徒ではないよね。なんで知っているの」

「シュロという少女から色々とな。まあ、彼女は食われてしまったからもう何も聞けないのだが」

「食われた? あの化け物は人を食べるの?」

 その問いに周囲に緊張が走った。

「さあ、どうだろうな。少なくとも私を食おうとは思っていないようだった。もしかして貴公らもクロカゲを狩ろうとしているのか」

「も、ってことはあなたはあの化け物を倒そうとしていたの?」

 すると横にいた角の生えた少女が信じられない物を見た顔で口を挟んだ。彼女の名前を聞いたはずなのだが思い出せない。

「な、無謀だ! あんたは百鬼夜行の人間じゃないんだから、あたしたち百花繚乱に任せて避難しろ!」

「ひゃっかりょうらん? ひゃっか、ヒャカ……ローラン……あー、貴公らの中でキキョウという者を知っている者はいないか?」

「それなら私だけど、何か用?」と、目つきの悪い少女が名乗り出た。

「いや、なに。頼まれたものがあってな。百花繚乱のキキョウという者に渡してくれと。そう警戒するな。ただの紙だ」そういって私は紙を取り出した。

 キキョウは自分から取りに来る様子はないので、仕方なく私が階段を下りて彼女に差し出した。キキョウはひったくるように紙を奪い、中を開いた。するとただでさえ悪い目つきが、更に悪くなっていった。周りにいる人たちが怯えるほどだ。彼女は近くにいた部下らしき人を呼び、小声で何かを指示した。指示をされた部下が戸惑うような様子を見せると「いいから行きなさい!」と怒鳴った。

「おいおい。そんなに怒鳴るなよ」と、たまらず横から制止が入った。

「あんたもこれ見たらそんなこと言ってられないから」と言って、キキョウは少女に紙を見せる。一通り目を通した彼女は目を丸くしていった。

「これってナグサ先輩が!?」

「多分まだ近くにいると思う。こんな時に一体どこに……!」

「それならあたしらも早く探しに行かないと!」

「いえ、私たちはクロカゲとかいう化け物を何とかしないと。ナグサ先輩の方は他で探させる」

「やあやあ。目の前で議論しているところ悪いが、一体何が書いてあるのかな」

「あなたには関係の無いことよ。レンゲが言ったように一人じゃ何もできないし、百鬼夜行の生徒ですらないあなたは無関係だからさっさと避難しなさい」

「忠告有難いが、私は獣狩り。獣は狩らねばならない」

「無関係なあなたが一緒にいたところで邪魔だってはっきり言わないと伝わらない?」

 キキョウの目は私のことを頭のおかしい奴として見ているようだった。考えてみればわざわざ彼女たちに認めてもらう必要はない。さっさと切り上げて狩りに向かおうとしたが、突然彼女たちの後方から叫び声が聞こえた。

「キキョウ先輩、レンゲ先輩、後ろから化け物が!?」

 見れば犬が二匹、こちらに舌と涎をまき散らしながら走っている。私が誰よりも早く反応した。彼女たちの間を縫うように通り抜け、犬の前に躍り出る。二匹の内、距離が遠い方の犬へ獣狩りの短銃の引き金を引いた。吹っ飛んでいる間に、近くにいた犬の噛みつきを銃で受け止め、杖で叩き落とす。勢いそのまま杖を一回転させ脳天を貫いた。

 飛ばしたもう一匹に杖を変形させて刃を叩きつけたが、不規則に動く犬には当たらなかった。すぐに引き戻し、今度は振り上げた。遅れて刃が同じ軌道をなぞって飛び掛かろうとしていた犬の全身を切り裂いた。犬は悲鳴を上げ私に倒れ掛かったが既に絶命している。

「無関係な私にわざわざ忠告をありがとう。しかし、貴公らが何と言おうと私は狩りに行く」と、もたれかかった犬を退かしながら告げた。彼女たちから特に返答はなかった。唖然とした様子の彼女たちの間を通り抜け、階段を上がると、私を制止する声が聞こえる。

「待って。あなた本当に何者?」

「言っただろう。私は狩人。獣狩りの狩人。今から獣を狩りに行くのだが……貴公らが手を貸してくれるのなら、喜んで受け取ろう」

 

 門の前の広場までやってきた。私の後ろにキキョウら五人が続く。

「ここだ。この門の上にクロカゲがいる」

「門じゃなくて鳥居だよ」

「鳥居? 門ではないのか」

「門っちゃ門のようなものだけどさ。ていうか鳥居を知らないのか? いくら百鬼夜行の生徒じゃないからって」

「私は英国人だからな。ヤーナムでもこんなものは見たことがない」

「鳥居っていうのは神社の玄関口よ。神域と人の世を分けるから機能的には門で間違いない」

「神域か……知らず知らずに神の領域に足を踏み入れていたとはな」

「気にすんな。慣習みたいなものだからよ。別にそれぐらいで怒る神様なんかいねえから」

「小耳にはさんだことはある。日本は多神教だったな。キヴォトスでも同じか」

「宗教の話はそこまで。それで、どうやってクロカゲを倒すの」

 キキョウが間に入って話を止めた。顔は私に向いているから私に聞いているらしい。しかし角の生えた少女、確かレンゲと呼ばれていた彼女がキキョウの背中に向かって言う。

「そりゃ私が突っ込んで他の皆が後ろから――」

「あんたには聞いてない。そこの……そういえば名前を聞いていなかったわ」

「狩人だ」

「それは分かってる。名前は何って聞いているの」

「狩人だ」

「もしかして、それが名前?」と、キキョウは目を細めながら言った。

「生憎名前と言えるものがそれしかない」

「まあ、いいわ。で、狩人。作戦はあるの」

「作戦と言えるような作戦は無い。複数人で狩りをすることは滅多になくてな……だが、クロカゲの攻撃方法なら教えられる」

「いいわ。それでもいい。私が代わりに考える」

 私はキキョウにクロカゲの攻撃方法を知っている限り話した。彼女は参謀、作戦を考えるのが得意らしいので、私が伝えた情報からよい作戦を思いついてくれるだろう。

 

 十分ほどで話はまとまった。分裂するまで私は彼女たちの後ろに隠れ、分裂したら前線に立てばいいらしい。レンゲは前で戦うらしいので、自分もずっと前線に立っても構わないと言ったら邪魔だと言われてしまった。レンゲとは互いにどう動けばいいのか分かっているからいいらしい。

「細かすぎる」

 キキョウは地面に置かれたいくつかの人形を見つめながら言った。作戦会議を始めようとした時に彼女が懐から人形を取り出したものだから、いつも人形を持っているのかと尋ねると、いつでも作戦が練られるからだと答えた。

「どうかしたか。レンゲが待っているようだが」

「これクロカゲの対策がほぼ完璧。あなたが教えてくれたことが全て正しいことが前提だけど、これなら私たちが負けることはない」

「そうか。それは素晴らしい。どうした何をそんなに悩んでいる」

「あなたはクロカゲと既に戦ったことがあるの?」

「そうだが」

「あなたがクロカゲというそいつは百鬼夜行で確認されたことはない。いったいどこで戦ったの」

「私が怪しいか?」

「違う。あれが外部から侵入したものかどうか聞きたいの」

「さあ、私もあれが出てくるところを見たわけではないからな。しかし、そうだな。シュロが百鬼夜行の人間でないなら侵入かもしれないな」

「さっきも聞いた名前だね。一体彼女は何者だったの」

「あまり話は出来なかったから、貴公に話せる情報はないかもしれない」

「なんでもいい。例えば何かの組織に所属していたとかは」

「ああ、それなら花鳥風月部だと言っていた」

「花鳥風月部? 待って、聞いたことがある――」

「おい、いつまで待たせるんだ。早く行こうぜ!」

 キキョウの言葉にレンゲがかぶせるように声をかけた。キキョウは一瞬不満げな目をレンゲに向けたが「後でもいいわね」と言ってその場を離れた。

 

 階段を登った先でクロカゲは鎮座していた。私たちを見ているが、ある一定の距離まで近づかない限り決して手を出してこない。

「さっきも言った通り、この鳥居をくぐった瞬間に奴は動き始める。私が最初にくぐるからすぐに左右へ避けろ。いいな?」

「ああ、いいぜ」

 作戦では私は後方に居なければならないが、最初の攻撃だけは自分のタイミングでなければ避けられる自信が無かった。最後の確認を行い、私は鳥居をくぐった。その瞬間、静観していたクロカゲはすぐに立ちあがり、炎を高速で吐く。私は右へ飛んだ。その刹那、炎が横を通り過ぎた。

 最初の攻撃をやり過ごしたレンゲたちは、銃を撃ちながら入場する。彼女たちの持つ銃は、キヴォトスで見られる連射式が出来るような銃ではなく、私が持つ短銃に似た単発式の銃だ。威圧感はないが、一発一発が確実にクロカゲの頭部を捉えている。作戦通り、私は彼女たちの後ろに下がった。

 初撃を避けられたクロカゲは全身から黒い煙を吐き出し、辺り一帯を飲み込んだ。無数の目が空間を見ている。一部は私たちへ向けられていた。事前に説明していたにもかかわらず、数人が怯える様子を見せた。

「余所見する余裕があるなら、もっと敵の方に集中して」

 キキョウがその一言で混乱を収める。そしてレンゲはクロカゲの前に躍り出て、先ほどまでの私の様に比較的近い距離で戦った。私は時折やってくる炎を避けるだけでよかった。しかし、非常にもどかしくもあった。冷静に後ろから見てみると、案外攻撃のチャンスは多く見える。レンゲの動きも少し遅く見える。だが、キヴォトス人である彼女たちには私には無い頑丈さがある。薙ぎ払いや炎など、私であれば致命傷になるような攻撃でも彼女たちは受け止めることができる。あるいは無傷で切り抜けることができた。

 

 数分間見守っていたが、状況は何も動いていないように見える。これまでの経験からそろそろ火柱になったり、分裂してもおかしくない。クロカゲの体に至っては無傷の様だ。一方でキキョウやレンゲたちは傷が目立ってきた。

「クロカゲは無傷の様だが大丈夫か?」

 私が聞くと、キキョウは不機嫌そうにキッと私を睨んだ。

「それはこっちのセリフよ。まるで効いている気がしないんだけど。本当にこれで倒せるの」

 そう言いながらまた引き金を引いた。弾は確実にクロカゲへ命中しているが、そのまま煙のような体に吸い込まれているようにも見える。

「おかしいな。キヴォトスの銃の威力なら簡単に倒せると思ったのだが……しょうがない。私が前に出よう」

「できるの?」

「少なくとも私の攻撃は効くはずだ」

 私がそう言うと、キキョウは少し考えたのち、部下に射撃を止めるように指示を出した。

「もしあなたの攻撃でも効かないようなら一度退くわ。もう一度考え直す」

 キキョウたちの側を通り抜け、レンゲの背中に声をかけることなく横を走り抜けた。

「お、おい! 作戦が!」

「作戦変更だ」

 彼女の制止を聞かず、走り抜けざまに一発当てた。感触がしたし、傷口からは血液代わりの黒い靄があふれる。足払いを避けてもうい一発殴打すれば、クロカゲは少しだけ痛む様子を見せる。しばらく殴り続けていると、いとも簡単にクロカゲは五つの火柱に変身した。

「足元に注意したまえ。燃えるぞ」

 私は光る足元から一歩後ろに下がって警告した。すぐ後ろで唖然としていたレンゲが振り返り同様の忠告を行った。私が足をつけた場所を燃やそうとしているのか、予測して燃やそうとしているのか、足が付くかどうかほぼ同時に光りだすため本当のところは分からない。ただ動き続けていればギリギリ当たることのない、いやらしい攻撃だ。駆けまわり、すれ違いざまに一撃いれる。そしてまたすぐに離れる。レンゲやキキョウたちは火柱を避けるのに精一杯な様子だった。作戦では火柱を全員で叩くつもりだったが、私しか動けそうにない。

 火の処理に数分かかった。幸い火柱を一つ消すごとに勢いは弱くなり、レンゲたちの援護を得られた。しかし、火柱を処理されるや否や、クロカゲは自身を五つに分裂させた。今までの行動と少し異なる展開に虚をつかれたが問題ない。今回は囮がいくらでもいる。

「おい、頼んだぞ」

 前を向いたまま後ろにいるはずのレンゲに語り掛ける。私の言葉が届いたのか、飛び掛かる五匹の内、四匹に銃弾が浴びせられた。残りの一匹を躱し、そのままタイマンの戦闘に入る。銃弾により飛ばされた四匹は邪魔者を消さんとばかりにレンゲたちに襲い掛かっていた。

 一対一で負けるはずがない。炎を操ろうが、分裂しようが、犬の姿であるならば獣と変わりない。獣は狩る。一匹を多少ごり押し気味に倒した私は、レンゲが引き付けたもう一匹に杖を向けた。二体一ならばなおさら負けるはずもなく、彼女の援護の元、無傷で倒した。一方でキキョウたちは奔放に駆け巡るクロカゲに苦戦している様だ。彼女たちの単発ライフルでは動きについて行けないだろう。私よりも先にレンゲが走った。仲間思いの素晴らしい行動だ。彼女は走った勢いそのまま、最後尾にいたクロカゲを蹴り飛ばした。私も先頭と二番目の間に割り込んだ。

 クロカゲの攻撃をステップとステップで躱し、カウンターで一撃いれると怯むので、そのまま二撃三撃と入れれば簡単に倒すことができた。先にレンゲの助太刀に入ろうとしたが、彼女は一人でもうまく戦えているようなので、先にキキョウ側の助太刀に入った。彼女たちはどうも接近戦が苦手らしい。ひたすらに距離を詰めてくるクロカゲに対して距離を取ろうとしている。一生終わりそうにない追いかけっこを止めるべく、私はキキョウたちの前に立った。

「ちょ、ちょっと。危ないから急に射線に入らないで!」

 キキョウの忠告通り、かっこつけて躍り出るべきではなかった。三か所ほど銃弾が掠めた。命中していれば致命傷ではなくとも、とても痛かっただろう。

 愚直に突っ込んできたクロカゲを躱し、さっきと同じようにカウンターで仕留めてやろうと思っていたが、どこかクロカゲの様子がおかしい。腹の辺りが不気味に光っている気がする。そして私に近づくごとに増している気がする。嫌な予感がすると思った頃にはもう遅かった。構えていた杖と接触したその瞬間、腹が光に押されるように膨張し、破裂した。クロカゲの煙のような体の破片は金属の様に鋭くなり、私たちに襲い掛かった。

 全てが落ち着いてから目を開けると、私は全身から出血していた。刺さったはずの破片は既に霧散したようだ。キキョウたちの様子を見ると、同じく爆発と破片を食らったはずだが、私の真後ろに居た少女は無傷、他も擦り傷で済んでいるらしい。

「ちょっと大丈夫? 傷が」

「とても痛いが、これくらい問題は無い。受け止めてくれて感謝する」

 輸血液を刺すと、出血と傷はすぐに収まった。

 残りはキキョウとレンゲたちの援護の元、速やかに、安全に処理した。そうしてすべての分身体が倒されると、深淵からクロカゲが一体にまとまって現れた。その優雅な歩き姿に我々は、全くダメージを与えられていないのではないかと肝を冷やしたが、攻撃を構える際の動きがぎこちない。前足に体重を乗せないような動きには明らかなダメージが見て取れた。キキョウたちの援護の元、私とレンゲは再び最前線に立つ。

 協力の強さを私は今、改めて知った。思い返せばヤーナムの影の攻略にはヘンリックとマダラスの弟に協力してもらったものだ。いつしか一人で倒せるからと、むしろターゲットがずれて避けにくいからと敬遠しだしていた。

 

 今、確実に太い筋のようなものを切った。クロカゲは右足をたたみ、慟哭してバランスを崩す。その隙に左足に攻撃を集中した。すると、再び確かな感触を覚え、左足も折った。両膝を突いたクロカゲの頭に私は飛びつく。スタミナの続く限り、杖で頭を突き続けた。黒いところからは黒い煙しか出てこないのに、目を突くと水のようなものが飛び散る。目を一突きするたびに慟哭が鳴り響いた。

 五つ全てを潰した私は杖を手放し、獣と化した右腕をクロカゲの一番大きな、中央の瞳に突き刺した。

「おい!」

 背後からレンゲの声が聞こえる。注意を向かせるような張り上げ方をして私を制止しているのだろうが、ここまで来て止められはしない。右腕の感触にあるありとあらゆるものを掴み、引き抜いた。

 瞳から出てきたのは鎖だった。私が引き抜いたのは精々数十センチ程度だったが、まるで落ちていくかのように鎖は瞳から出てくる。クロカゲはこれまでで最も大きな慟哭を響かせた。耳を塞ぎたくなる程だった。

 ようやく鎖が抜け切ると、クロカゲは魂が抜けたように倒れる。それと同時に私たちを覆っていた暗闇も、霧が晴れるように霧散した。

「はは、やった。ついにやったぞ! あー、疲れた」

 ついつい独り言を呟きながら、この喜びを分かち合おうと後ろを向くと、レンゲたちの様子に違和感があった。その顔はどう見ても喜んでいるようには見えない。困惑、もしくは恐怖の顔だ。丁度百鬼夜行の町で豚を狩った時に向けられた覚えがある。クロカゲに血は無かったので、汚れていないはずだと下を向くと、爆発を食らった時に出血した血が装束に染みこんでいた。

「ああ、これか。問題ない。染み込んだ血だから傷は無い。貴公らが心配がする必要はない」

「あんた――」

 戦利品は何だろうか。あれだけ強力だったし、何よりシュロが呼んだもの。何かしらあるだろうと、クロカゲの死体に寄ると、腹の辺りから何かはみ出している。煙のような体は、触ってみると案外知っている感触がある。これは一体なんだろうかと思案した結果、一番近いのは雪であるという結論に至った。体からはみ出ている物を取り出すのも、まさに雪に刺さった物を引っ張り出すようだった。

 出てきたのは一冊の本だ。これはシュロが持っていた本に違いない。確かこれを使うと百物語なるものが呼び出せるはずだ。

「やあやあ、見てくれ。これがシュロが持っていた本だ。どうやらこれで今回の騒動が起こったらしい」

 戦利品を見せびらかしてべらべら喋るなんて私らしくもない。しかし、今は興奮しているせいか見せびらかしたいのだ。

「じ、じゃあそいつを倒したら、町の化け物も消えるってことか?」

 レンゲが恐る恐る聞いた。

「さあ、それは分からないが、多分そうじゃないのか?」

「そ、そうか。ならいいんだ……それなら」

「どうした。様子がおかしいな。どこか怪我でもしたのか。輸血液をやるから右のふとももに刺すんだ」

 私が輸血液を取り出すと、レンゲは怪我はしていないといって断った。一体何をそんなに挙動不審になっているのか不思議に思い、問い詰めようとすると、キキョウが私とレンゲの間に入った。

「桐生キキョウの名において、百花繚乱調停委員会は狩人の助力に感謝するわ。感謝状を贈呈するから……そうね。明日の午後にでも百花繚乱の本部に来てちょうだい。それと、その本は今回の事件に関する重要な証拠になる。こちらに引き渡してもらいたいわ。もし感謝状以外に今回の件について報酬が欲しいなら用意する。今夜はあなたも疲れたでしょう。生憎こちらで宿を用意する余裕はないけど、ゆっくり休むと良いわ」

 早口でまくし立てるその姿勢はまるでさっさとことを終わらせたいかのようだ。呆気に取られているうちに本をひったくられそうだったので、慌てて引き戻した。

「待て待て。貴公らが欲すなら渡すしかないが、せめて中身が見たい。それぐらいいいだろう?」

 キキョウは少し考えて首を縦に振った。適当なところで逃げよう。感謝状はいらないし、花鳥風月部について知るシュロも食われた。残る手掛かりはこの本だけだ。

「しょうがない。なら、私たちも今ここで一緒に確認するわ」

 本を開くと、意外にも中は空白だった。たしか黄昏に呑まれようとしていた時、僅かに見えた書面にはミミズのような模様が書かれていたはずだ。

「何も、書かれてねえな」

「おかしいな。最初に見た時は何か書かれていたはずなんだが」

 何か書かれているページはないかと適当にめくっていると、音が聞こえた。銃声。キヴォトスでは日常の様に聞いた音だ。それと同時に、本に血がかかる。その血の持ち主は私だった。どこか太い血管をやられたのか、一定のリズムで血が流れる。

 レンゲたちは直ちに散開し、キキョウが私の体を支える。もう一度銃声が鳴り、再び私の血が本にかかる。ページはすっかり血塗られ、溢れた分が紙の上を流れ、地面に滴り落ちた。

「委員長!?」

 レンゲがどこかに向かって声を上げた。キキョウはその呼び方に心当たりがあるようだ。半ば焦りを伴った顔をしながらレンゲと同じ所を見た。私も胸の痛みを押してその場所を見ると、ひとりの少女が少し離れた屋根の上に立っていた。

「アヤメ委員長?」

 キキョウが漏らす様に呟いた名前には聞き覚えがあった。しかし今屋根の上に立つ少女は黄昏の中であったような、はつらつとした姿とは真反対の立ち姿をしている。彼女はまるで私たちを下に見ているような冷徹な眼をしている。

 本と胸から流れる血は、傾斜があるわけでもないのに、不思議とクロカゲの死体に向かっていた。未だ血は収まらず、このままではすぐに失血死してしまう。傷を塞ごうと輸血液を取り出すと、手ごと瓶を撃ち抜かれた。輸血液の中身も私の血に混ざってクロカゲに流れていく。

「何してんだ委員長! この人は……を手伝ってくれた……だぞ!?」

 レンゲが私の前に立って庇ってくれるが、彼女の声が遠い。まさかゆっくり死んでいくなんて。

「まずい。早く止血しないと!」

 キキョウが自身の服を破り、簡易的な包帯を作って私の傷にあてがおうとするが、銃弾が阻止するかのようにキキョウの足元に着弾した。

「おい!?」

 レンゲが再び声を上げる。彼女が前に立ってしまったので、もうアヤメがどんな顔をしているのか分からない。キキョウが私を抱えて離れようとする。もう全ての音が遠く聞こえた。体も寒い。視界がぼやける。今更処置をしても輸血液を刺さない限り間に合わないだろう。もうその体力すらも残っていない。動かない体でもまだ感触は分かる。キキョウが止まったのが分かった。恐らくアヤメに邪魔をされたのだろう。

 意識を手放す直前、耳元で泣き声が聞こえた。しかしこれは私ではない。私はこんな赤子の様に感情を吐き捨てたような泣き方をしない。だが、これは赤子というにはしゃがれている様だ。どちらかといえば老人のような――

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