先輩、私は皆を守っています。二度とあんな事が起こりませんように。
女性と言うには若く、少女と言うには大人びている彼女は、倒れているホシノに何かを吹き込む。
「諦めてしまうの? 苦しみから逃げるの? みんなはもっと苦しんだ。一発二発どころじゃない。やめてと言っても先輩は止めなかった。見知った、信頼していた後輩を裏切った。いや、あの時の先輩はもう正気を失っていたから、先輩から見ればみんながみんなには見えなかったのかもしれない。でも、殺したことに違いはない。むしろ知らない”敵”だったからこそ、あそこまでできたのかもしれないけどね」
ホシノは腕で目元を隠している。口を強くかみしめていた。女の言葉を聞いておずおずと口を開く。声が震えている。
「私は、みんなを――」
「かわいそうに。先輩は洗脳されちゃった。だから仕方がないよ。先輩の神秘は強すぎたんだ。神秘に干渉する者の前で、先輩はむしろ最弱だった。だから仕方がないかもね。でも、もし……もし、あの場所に先輩が居なかったら……みんな死なずに済んだかもしれないね」
「あぁ、あああぁぁ――!」
「さあ、先輩。苦しみを思い出して――」
閃光、そして爆発。爆風で飛んだ狩人が顔を上げると、街頭で照らされていた彼女たちが、渦巻く紫色の光に呑まれていた。月の光はより赤みを増し、深紅と化す。
しばらくすると、光が落ち着き、中から一人の少女が現れた。アビドスの制服は黒く変色し、スカートの丈が長く伸びてドレスの様だ。胸部には目のような模様が刻まれている。特徴的な両目は、右目がくすみ、一方で左目は淡く光っていた。
散弾銃を向けたので、射線からずれたが、放たれた弾丸は大きな扇形を描き、到底ステップでは避けられなかった。しまいには爆発までした。ホシノの右側面に現れた狩人は驚愕と苦笑いの表情を浮かべる。ホシノは欠落した表情で狩人を確認すると、銃口を彼女に向けた。その瞬間、ホシノの背後から教会の石鎚の狩人が奇襲を試みる。しかし、ホシノは背後にいる狩人を一瞥もせず、左手に持っていた小さな銃、セイアが持っていたような拳銃と呼ばれる代物を教会の石鎚の狩人に向けて発砲した。タイミングが悪く、パリィを受けてしまった狩人はその場に跪く。身動きの取れない狩人に、ホシノは拳銃を二発、精確に狩人の頭に撃ち込んだ。この間、わずか一秒にも満たない。
狩人は慌てて路地裏に隠れた。幸い、ホシノはこちらを探すことはなく、その場から動かないでいる。
「おい、無理だぞあれ」
銃槍の狩人が愚痴をこぼす。パイルハンマーの狩人が静かに腕を変形させた。右腕に携えた大砲と合わせて、もう一度火力をぶつける気なのだろうが、ルドウイークの聖剣の狩人が静かに止める。
「落ち着き給え。有効かもしれないが、近づく術がないぞ。さっきみたいに時間稼ぎもできそうにない」
すると、狩人の装束で表情のよく見えないパイルバンカーの狩人は、代わりにあからさまに肩を落として後ろに下がった。少しだけ可哀そうだ。
「となるとパリィか?」
「だが、銃しか撃たんぞ。蹴りの一つでも入れてくれればチャンスはあるが」
「後ろから近づくのも無理だ。さっき失敗したばかりだぞ」
「近づけないなら遠くから攻撃してみるか」
狩人たちの会話に、シモンの弓剣の狩人が口を挟んだ。他の狩人は露骨に嫌そうな顔をする。
「弓で狩りをするというのか?」
「銃ですらまともなダメージが与えられないというのに?」
「秘儀はどうだ。遠距離の攻撃はいくらでもある。それにこれだって溜めれば崩せる。見たところ、彼女はその場から動かない様子。それに、忘れたか? キヴォトスでは銃で戦うのが基本。ゆえに銃の威力は絶大。我らも一丁、持っているだろう。キヴォトスの短銃を」
そう言って、左手の銃を見せた。他の狩人も自身の左手に持った銃を見つめる。シモンの弓剣の狩人は話を続ける。
「我らは狩人であり余所者だ。ゆえにルールに縛られる必要はなく、英雄の様に気高く高潔に、正々堂々と戦う必要はない。泥臭く、血肉にまみれようじゃないか。狩りに時間をかけるのを嫌うのは分かるが、一先ず狩る事だけに集中しようじゃないか。狩るならどんな方法でも取るべきだ。狩るまで続けるべきだ。死んでも狩りを続けるべきだ。夜明が訪れるまで狩りを続けるべきだ。そうだろう?」
その言葉に狩人たちは口角を上げる。トップハットの狩人はあからさまに、マスクを被る狩人はそのマスクの下で。一人がその路地に倒れていた死体の銃を拾い上げた。こまごまとした部分は違うが、アズサが持っていたものに似ている。
一人の狩人が路地裏から歩いて出てきた。距離があるからなのか、ホシノは反応しない。その狩人は静かに右目を閉じ、そして開いた。そこにあったのは精霊が蔓延る滑らかな瞳だ。瞳の奥には夜空と無数の隕石が瞬いている。
右目の前で指の円を造り、中心にホシノを捉える。頭を後ろへ傾け、前に押し出す様に振ると、瞳の中から一つの隕石がホシノめがけて高速で飛び出してくる。同時に別の狩人が、ナメクジを天に掲げながら呼びかけを行う。多数の光弾がホシノに向かって飛んでいく。更に、彼女の背後で弦をいっぱいいっぱいに張っていた狩人が、ついにその手を離す。
三方向からの攻撃は放った。まだホシノは反応していない。結果は固唾を呑む暇もなくやってきた。彼方への呼びかけによる爆発は、彼女の周りに砂煙を起こす。煙の中に隕石と矢が飛び込んだが、その中からホシノが空へ上がった。
残念ながら、初撃は外した。しかし、空中で回避軌道は取れないはずだ。一方で、空中に留まる時間など無いに等しい。上がったそばから落ちる彼女に照準を定めても、単発の短銃では当たる気がしない。だが、そこに拾った自動小銃を構える狩人が現れる。引き金を引くと、ガトリングを撃った時のような反動が襲い掛かる。ガトリングと違うのは、発射機構の下を持つがゆえに、跳ね上がりを抑えにくいことだ。だが、これは筋力で無理やり抑えつければ問題ない。
引き金を引く限り弾が出続ける自動小銃は、撃ちながら照準を動かせる。ホシノの頭に狙いを定めていくと、彼女は両腕で庇った。高レートで飛び出す弾はあっという間になくなり、撃ちきると同時に、彼女は煙の中に再び隠れた。予備の弾もないので、仕方なく銃は投擲武器として煙の中に投げつけた。
一瞬の静寂の後、発砲音と共に、小銃を持っていた狩人が前進から出血しながら後方へ飛んだ。狙っているうちに、無意識に前へ進んでしまい、彼女の領域へ踏み込んでしまった。さらに、先ほどの攻撃で、ホシノは再び狩人たちの存在を認知した。
煙の中から飛び出したホシノは、シモンの弓剣の狩人を標的にした。散弾銃の銃口を突きつけられた狩人は、咄嗟に後ろに下がったが、その程度で逃れられない。だから、狩人の古い遺骨を使って加速する。加速したステップにより、より素早く後退するが、ホシノは加速する狩人に追いつくどころか距離を詰めている。数秒の鬼ごっこは、ホシノが狩人を散弾で仕留めて終わった。
狩人が稼いだ数秒を無駄にするわけにはいかない。すかさずホシノの背後に攻撃を加えた。しかし、一度見た攻撃は二度と通用しないのか、避けられてしまう。
彼女が狩人たちを見た。その左目からは静かに涙を流している。先ほどまでの怒りに狂った表情も、アビドスで見せた柔らかな表情も何もない。よく似た別人のようだ。
「分かれよう」
正面を向かれていては、攻撃を当てられる可能性など万に一つもない。一人が散開を提案し、もう一人はそれを受け入れた。先ほど距離を取った時に、ホシノが付いてこなかったので、狩人たちが逃げたところで追ってくるのか心配だったが、そんなものは杞憂だった。
ホシノは二人の間に立ち、背中を見せる狩人たちにそれぞれ銃を向けた。狩人たちは銃口を観察し、発砲に合わせて避けるつもりだが、なにせキヴォトスの銃はどれもこれも弾速が早い。発砲よりも前に避けなければ当たってしまうだろう。
ホシノの照準は理不尽なほど正確だ。幸運だったのは、彼女の持つ銃が近距離用だったことだ。射程外に逃れることはできなかったが、死にはしなかった。とはいえ、背中全体を抉られ、足に一発貰った狩人たちは、苦悶の声を上げながら転げまわった。
散弾を喰らった狩人は、応戦の意を込めて、短銃の引き金を引いた。しかし、ホシノは避けることなく、寧ろ堂々と受けた。まるで効いている様子はないし、むしろ次のターゲットを決めてしまったようだ。
「効いてないのか?」
想定外の結果に愕然とした狩人は、しかし、輸血液を打って、すぐに立ちあがった。ホシノはわざわざ歩み寄ってきた。彼女はこちらを舐めてかかっている。しかし、実際彼女にとって狩人たちは雑魚でしかない。ただ無限に湧いてくるというだけで。
ホシノの後ろで、狩人が立ち上がるのが見えた。その姿勢は夜空の瞳を使おうとしている。右目から放たれた隕石は、ホシノの後頭部を捉えているが、彼女は一瞥もせず、ただ首を動かすだけで避けてしまった。素通りした隕石は危うく、狩人に当たりそうだった。狩人が隕石を避けると、次に銃口を向けるホシノの姿が見えた。近接で戦うものだと思っていたが、散弾で確殺するために近づいていたらしい。
しまった、と後悔する暇もなく死ぬだろう。一瞬の覚悟ができれば御の字だ。目を逸らす暇もなかったが、狩人の瞳は、突然くの字に曲がるホシノの姿を映した。彼女は体勢を崩さず、横滑りする。
ホシノがいた場所から砂煙が立ったのが見えた。目を凝らせば、薄い影のようなものが彼女に肉薄している。ホシノは流石、化け物みたいな動体視力をしているせいか、影とまともにやりやっている。しかし、近すぎるせいなのか、ご自慢の銃は使えないようだ。
時間が経つにつれ、影が濃くなってきた。右手にパイルバンカーを持ったあの狩人だ。ため攻撃に比べて出の早い通常攻撃は、ホシノを防戦一方にさせている。彼女は徒手空拳で捌くことしかできない。彼女は後ろに下がってリーチをとろうとするが、狩人は散弾の間合いに入らないよう、左斜め前にステップしながら素早く近づく。
「続け! パイルハンマーに続け!」
慈悲の刃とレイテルパラッシュの狩人がホシノを取り囲むように陣取る。ホシノはパイルバンカーの攻撃の間を縫って散弾で一人を倒そうと画策するが、それを阻止するようにパイルバンカーの狩人が大砲を構えた。彼女の視線は、ほんの一瞬大砲に向いた。狩人たちが張り付くには十分な時間だった。
慈悲の刃の強烈な切り上げが、ホシノの背中を捉える。彼女は跪き、狩人は無防備になった背中へ右手を突き立てた。
勝利を確信したいところだが、手ごたえが浅い。キヴォトスの住民にモツ抜きが有効でないのは知っているが、それとは少し違うようだ。確かに獣の腕は刺さっているが、何か硬いものが防いだ。それでも右腕を引き抜くと、常人には致命の一撃を与えることができた。しかし、所詮は肉を抉った程度、内臓までは届いていない。
腕を引き抜く際に、ホシノの体を蹴り飛ばしたために、彼女はボールのように二度跳ね、うつぶせで倒れた。
ホシノの上に、一つの機械が現れる。それはただ浮いているだけだが、みるみるうちにホシノの傷が塞がっていくのが見えた。パイルハンマーとレイテルパラッシュの狩人が慌てて追撃をかけるが、立ち直ったホシノの反撃が僅かに先手を取った。
運よく拳銃弾を受けたパイルハンマーの狩人は、代わりに犠牲になったレイテルパラッシュの狩人に感謝しつつ、ホシノの背後に回った。彼女はやはり極度の近接を嫌う節がある。それにまた致命攻撃を受けるわけにもいかないだろう。鬼ごっこの攻守が交代したが、少しでも距離が空けば攻撃ができるホシノに対して、接近しなければ有効打を与えられない狩人では、あまりにも非対称だ。
慈悲の刃の狩人は、自身の右手を見つめる。そこには抉ったホシノの肉と血が、零れ落ちながらも掌に乗っていた。狩人は考え、そしてひらめいた。その右手を、自身の右脚に強く突き立てた。装束と皮膚と貫通し、自身とホシノの血肉が交わる。すぐにその血は全身へと巡るだろう。自身ではない何かが巡っていくのが僅かながら実感できる。
ホシノとの鬼ごっこは狩人に不利な状況で決着がつきそうだ。逃げに徹せられては、狩人と言えども中々追い付くことができない。それどころかスタミナが尽きそうだ。せめてあともう一人、彼女を追い詰めるのに必要だ。
不意に横を風が通り抜けた気がする。しかし、姿は見えない。ホシノも同じようで、辺りを警戒するように視線を動かしている。一方でパイルハンマーの狩人は、その正体に気づいている。同じ手段を使ったからだ。青い秘薬による奇襲、超人的な反応速度を見せた彼女相手に通用するか心配だったが、対象の捕捉は五感を使っているらしい。
先手は狩人が取った。慈悲の刃は、ホシノの腹を強く切り付ける。しかし、これも致命攻撃同様深くまで入らない。金属のような斬り心地、まさか体内に金属を仕込んでいるわけでもあるまい。だが、腹を抑えているのでダメージは与えているはずだ。
考え込んでいる時間は、少なくともその場にいる狩人には無い。思考する暇があれば彼女を攻撃するべきだ。
慈悲の刃の狩人が正面をきってくれているので、パイルハンマーの狩人は散弾の射線に入らないよう、ホシノに対して右側に陣取った。
パイルハンマーの突きがホシノの脇腹を捉える。彼女は拳銃で迎撃しようとしたが、慈悲の刃の狩人が、彼女の左腕を掴んだ。彼女に驚愕の表情が見て取れる。ようやく見せた表情に狩人は笑みを浮かべる。
パイルハンマーの攻撃はやはり、確かな手ごたえを得られなかった。それどころかホシノを押し出す形になってしまい、狩人たちとの間に距離を開けてしまう。
「まず――」
散弾の距離だ。パイルハンマーの狩人は後悔する時間を僅かに得られた。一方で慈悲の刃の狩人は上体を大きく反らし、膝を曲げ、地面に寝転がるような姿勢で散弾を避けた。そして、体勢を戻す際に夜空の瞳と獣狩りの短銃を放った。
キヴォトス人には銃への耐性がある。だから、一発程度避けようとはしないだろう。ホシノのような者であればなおさらだ。しかしそれは、大きな間違いであると知るだろう。
隕石よりも先に水銀弾が着弾する。ホシノは予想通り、銃弾を受けた。すると彼女は、大きく体を折り曲げ、苦痛にもがいた。直後、隕石も直撃し、彼女は地面に伏せる。
ホシノの上にまた機械が現れた。すかさず、狩人は感覚麻痺の霧を投げつけた。ガラス瓶に詰められた霧は、彼女の目前で割れ、まとわりつく。するとどうだ、彼女の傷が癒える様子はない。ついでに、機械に向けて銃を一発撃つと、簡単に落ちた。
ホシノはふらつきながら立ち上がった。銃弾を受けた腹からは、薄い血の跡が見える。狩人はその様子を見て、短銃に再び骨髄の灰を込めた。
引き金を引くと、キヴォトスの短銃よりも遅い弾丸が発射される。その威力を思い知ったホシノは、斜め後ろに回避し、カウンターで散弾を撃った。狩人は古い狩人の遺骨を用いて、素早く前方に移動する。恐ろしい範囲を持つ散弾も、銃口近くでは大して広くない。
散弾では効果的な攻撃ができないと判断したホシノは、両手で拳銃を短く構えた。腕を突き出すよりも近接向けのその構えは、狩人と同じ間合いで銃の使用を可能とする。一発、二発、至近距離で発射される拳銃の弾は、たとえ古い狩人の遺骨を用いたとしても回避は容易ではない。二発目を腹に受けた狩人は、その場で怯んだ。そこに追い打ちをかけるように、彼女は引き金を引く。ホシノの血を入れたせいだろうか、まだ耐えている。しかし、一発撃たれるごとに怯んでいては何もできない。結局、狩人は頭に三発の銃弾を喰らって死んだ。
ホシノは背後に気配を感じ、振り向いた。しかし、そこには誰の姿も見えず、否、足元にいる。名状しがたい数人の小人だ。思考が一瞬止まり、目の前の存在を理解しようと再び回りだす。
「意外と役に立つものだ」
その声が聞こえたのは、地面に叩きつけられた直後だった。
小アメンの腕は叩きつけるのに最適が故に、力みすぎたらしい。四肢をほっぽりだす彼女の背中に右腕を突き立てた。やはり、抵抗を感じる。だが、力任せに挿しこむと、何かを突き破る感触と共に、より深く腕が刺さった。右手に触れたものを掴み、一気に引き抜く。彼女の中身がぞろぞろと右腕と共に出てくる。
狩人は勲章の様にそれを掲げた。しかし、視線はホシノに向けられたままだ。彼女は正面を向き、痙攣している。勝った、と狩人は思った。右手の物を離すと、湿っぽい音が鳴った。
「――ぁああああ!!」
突然、ホシノが絶叫した。狩人はその場から飛び退いた。彼女はもう死に体のはずで、何もできないはずだ。
ホシノの体の上から、一つの機械と一丁のガトリングが現れる。しかし、それらは狩人ではなく、上空に向けられていた。狩人が上を見たと同時に、雷が鳴り始める。いつの間にか、空は分厚い雲で覆われ、まるで嵐の真ん中にいるような激しい雷が鳴っている。
しばらく観察し続けていたが、雲は渦巻き、雷もそれに沿って流れている。やがて、渦の中心から何かが現れようとしていた。機械とガトリングはその何かに攻撃を始めた。
「おい、早く止めをさせ! 何か呼び出してるぞ!?」
使者に化けていたトニトルスの狩人が叫ぶ。我に返った小アメンの腕の狩人が、腕を伸ばして頭を潰そうとするが、それよりも先に月光の聖剣の狩人が、ホシノの心臓に剣を突き立てた。絶叫が止み、彼女は息を呑む。
「ユメ、せん、ぱ――」
最期の言葉は絞り出すようで、最後まで聞き取ることはできなかった。ヘイローにひびが入り、彼女が静かになると、上空の何者かは、再び雲の中に姿を隠し、やがて不気味な夜空が戻ってきた。
「死んだか?」
「いや、ヘイローがまだある」
月光の聖剣の狩人が、もう一度心臓に突き立てた。しかし、ヘイローに変化はない。
トニトルスの狩人が、ホシノに近づき、恐る恐るヘイローに指を近づけた。感触がある。何度かつついてみたが、何も起こらない。摘まんでみた。何も起こらない。右手でしっかりとつかみ、持ち上げてみた。ヘイローは抵抗なく彼女の頭を離れた。そのヘイローはどす黒く変色し、一つの大きなヒビが入っていた。
「貴公にやろう。その方がいいはずだ」
トニトルスの狩人は、仕込み杖の狩人にヘイローを手渡した。仕込み杖の狩人は受け取ったヘイローを自身の頭上に持ち上げる。そっと離すと、ヘイローは狩人の頭上で安定した。そして、狩人に遺志が流れ込む。酷い後悔と、絶対的な意思、守り切るという意思だ。
「良い遺志だ。強く、大きい。きっと私をより強くする。ヘイローと共に私が有意義に使ってやろう。安心したまえ、貴公の遺志は私が受け継ぐ」
「ああ、あったあった」
一方で狩人たちはホシノの亡骸を漁り、散弾銃と盾を取り出した。本人から聞いていた盾、実際にガトリングを防ぐなど、その目で素晴らしい性能を見せた。散弾銃と一緒にぜひ欲しいと思っていたところだ。
「おい、これはどうする」
狩人は、また一丁別の銃を拾い上げた。ホシノが使っていた拳銃だ。小さな銃であったから威力はそこまででもないと思っていたが、有用性は自身で体験した。狩人が使う銃の役割を考えればむしろ、これこそ狩りに最も有用な銃ではないだろうか。
「ああ、ぜひとも欲しい。我々ならば有意義に使えるだろう」
「しかし、弾はどうする。あてがってみたが、短銃の弾は合わないぞ」
「恐らく……弾の心配をする必要はない。私が使う限りは」
仕込み杖の狩人がそう言うので、仕方なく渡した。適当に三発撃ってみたが、短銃よりも反動が少ない。これであの威力なら十分使えそうだ。
「ならこの散弾銃も貴公が使うか?」
「そうだな。それならば、むしろ散弾銃を主に使うのがいいだろう」
「じゃあ、盾もだな」
結局、仕込み杖の狩人は仕込み杖を仕舞い、散弾銃と盾を受け取った。
「まるで小鳥遊ホシノの生き写しだな」
「生き写しとは、言い得て妙だな」
その言葉を皮切りに、狩人たちの間では笑いが起こった。
数秒の歓談の後、狩人が呟いた。
「戻ろう。アズサの様子が気になる」
「ああ、起きているかもしれない」
「いや、待て。まだいる」
狩人たちが賛成する中、仕込み杖の、否、ホルスの狩人が待ったをかける。
「敵か? しかし、そんな気配は無いが」
「ホシノのヘイローを付けた途端に気持ちの悪い視線を感じた……ここだな」
ホルスの狩人が指さしたのは、ホシノの亡骸だった。他の狩人が首をかしげている間に、ホルスの狩人は亡骸の前に跪いた。じきに存在が薄れ始め、亡骸が見る夢の中に入り込んだ。
そこは酷く暗い場所で、地面があるのかすら怪しい。黄昏に飲み込まれたときの様だった。しかし、目を凝らしてみれば、地面らしきものが見える。きっと異様に暗いだけで、天井も壁もあるのだろう。となれば、この場所はまるで地下室の様だ。
ホシノの夢にホシノは存在しなかった。代わりに異形の存在がいた。浮浪者のような恰好で、顔の部分には多くの瞳がついた仮面のようなものをつけている。
彼は狩人に対して激昂していた。
「お、お前は、お前は一体何者だ!? 小生の完璧な駒をロストさせよって! キャラクターを作成するのにどれだけの労力が必要なのか知らないのか!? それにキヴォトスの生徒でもないくせに、なんなんだあの神秘は!? なぜ死なない! ルール違反だぞ!」
「あー、そんなにまくしたてられてもな――」
「チートだ! チートだ、チート! こんなものは到底許されない! キャラクターシートが沢山用意されているからと言って、あんなチートで破壊されては腹の虫が収まらん! 責任をとれ!」
彼は口を止めない。狩人は最初の質問に答えようとしたが、その口を止めてまで自分の言葉を優先させたいらしい。なぜなぜと言っているが、結局最後の言葉が彼の最も言いたいことなのだろう。狩人には彼が何を言っているのか全く理解できなかったが。
一通りなじった男は、肩で息をしていた。もう口を挟まないのを確認して、私はようやく口を開いた。
「で、結局貴公は何を言いたい」
狩人の言葉は彼を酷く怒らせた。
「責任を取れと言っておるのだ!」
「責任と言われてもな。何をどう取ればいい? 正直貴公の話を全く理解できなかった。小鳥遊ホシノは貴公の何なんだ」
「小鳥遊ホシノは完璧な駒だった! 小生はこの世界のルールに従って駒を製作したのだ! それをお前のような無法者が、余所者が横から全てかっさらった! 謝れ! 小生に謝れ!」
「はぁ……私が言うのもなんだが、貴公は話が通じないな」
「なんだとぉ!?」
「どうか私にも話が通じるように説明してくれないか。ルールだとか、駒だとか、申し訳ないが聞こうと私は同じステージにいない。私が貴公のステージに上がるから」
「その上から目線は何だ!? 小生のステージに上がってあげるとは、小生を馬鹿にしているのか!?」
「いや、上から目線では言っていないが」
狩人の釈明は全く伝わらない。彼は永遠と不平不満を垂れ流している。いい加減疲れて来たので、もうこの場を離れることにした。離れれば落ち着くだろう、多分。しかし、あろうことか去ろうとする狩人の背中にも罵詈雑言を投げつけて来た。いい加減、彼の傍若無人な態度に腹がたって来た。
狩人は振り向きざまに、散弾を発砲した。あくまで、警告、当てはしない。彼は自身の横を弾丸が掠め、悲鳴を挙げながら腰を抜かした。
「生憎、私にも感情はある。すまないがもう黙ってくれ。そしてこちらを覗くな。私は狩人という者で、普段は獣を狩っているが……私が血に酔っていなくてよかったな。ああ、わかりやすく言おう。私はまだ冷静だ。だから警告ですます。これ以上干渉するようなら今度はうっかり殺してしまうぞ?」
「ヒ、ヒイイ! や、やめてくれ! 殺さないでくれ!?」
みっともなく命乞いする彼を一瞥し、狩人はその場を後にする。
「こ、こんなこと……ゲマトリアの小生がこんなこと……くるしい、くるしい」
去り際にそんな声が聞こえた。彼がゲマトリアの所属である、その事実は狩人の足を止めさせかけたが、だからと言って彼と仲良くするつもりはない。言及されたら至極面倒だ。
夢から戻ると、狩人たちは座って待っていた。月光の聖剣の狩人が尋ねた。
「どうだった?」
「変な奴がいた。パッチとシュロを足したような奴だ」
「それは……厄介だな」
「ああ、加えて自称ゲマトリアだ。厄介極まりない。だが、もう接触はしてこんだろう。脅したら簡単に引き下がった」
「いっそのこと殺ってしまってもよかったんじゃないか。何かいいものを落とすかもしれない」
「いや、狂人の智慧すら落とさんだろう。殺るだけ無駄だ。それより、戻ろう。アズサが目を覚ましているかもしれない」
狩人たちはホシノの亡骸のもとを離れた。
歪んだヘイロー
小鳥遊ホシノがテラー化した際に共に変質したヘイロー。
彼女は守ることに囚われていた。これ以上誰も失わないことに執着していた。最強と称される彼女の神秘は、その使命を果たすのに十分だった。しかし、神秘とは上位者のそれである。