呼び声に呼応したいくつかの隕石が、狩人たちの周囲にあった死体、そのほとんどを消し飛ばした。ツルギは全て躱したのか、無傷であったが、その顔は不快に歪んでいた。
仕込み杖と継ぎ接ぎの腕の狩人が仕掛ける。ホルスの狩人と少女は、援護射撃でツルギの気を惑わせる。
ツルギの神秘は厄介極まりないが、不死身ではない。頭を狙った叩きつけを防いだということは、一撃で死ぬような攻撃には耐えられない、もしくは治せる怪我に限界があるということである。どちらにせよ、キヴォトスの銃でこなすのは不可能に近いはずだ。
狩人の狩り道具であれば、可能である。どちらの場合であっても、だ。
ツルギの神秘の対策に一つ当てがある。問題は、彼女の神秘が狩人のものと同じ原理かどうかだが、
ツルギにとって銃弾など、鬱陶しい程度だろうが、それでいい。その程度の隙を、狩人はこじ開ける。
ただ、一回ではできない。ツルギに反撃され、死んで終わる。
回避のタイミングが合わず、彼女の攻撃に自ら首を差し出した。
土手っ腹に風穴を空けられた。
鎖のようなその翼に首を絞められた。
援護射撃をする二人に向かうツルギを止めようとして、一瞥もされず、撃たれた。
カウンターに気づかず死んだ。
カウンターに気づいた時には死んでいた。
カウンターを避けられず死んだ。
カウンターを避けられず死んだ。
カウンターを避けられず死んだ。
⋮
⋮
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カウンターを避けられず死んだ。
カウンターを避けられず死んだ。
カウンターを避けられず死んだ。
何回死んだ。何人の狩人が死んだ。数え切れないほど。しかし、その経験は余すことなく次の狩人へ継承される。個人では微々たるものであっても、積み重なったそれは、強大な経験となる。東洋にはこれを表すことわざがあるそうだ。あの牢獄に閉じこもった東の狩人ならば知っているのかもしれない。
獣肉断ちの狩人が、ついにツルギのカウンターを避けた。ただその狩人は、カウンターを避けることだけに集中して、油断した。真正面から脳天をぶち抜かれて死んだ。
しかし、その経験はすぐに他の狩人に共有される。そして、カウンターの後に一撃いれる隙があることも共有された。
絶対に避けられない理不尽なピンチは、絶対に一撃入れられるチャンスに変わった。一方で、ツルギはこのカウンターを止めようとしない。カウンターに絶対的な自信があるのか、癖でやってしまうのか、はたまた、もはやそのようなことを考える思考力も残っていないのか。
ホルスの狩人が駆ける。少女の制止の声は全く聞こえていない。
古狩人とツルギの間に割り込むと、彼女の腹に一発入れる。当然、ツルギにはダメージにならない。攻撃されたツルギはカウンターで一歩飛び退きながら両手の散弾を発砲する。もはやタイミングは意識せずとも分かる。二つの銃口が自身と重なった瞬間に、一歩彼女へ近づくだけでいい。
背後で地面に着弾する音が聞こえる。ツルギが地面に着地する一秒にも満たない時間、何をやっても反撃されないし、避けない。左足で体を支え、シーソーのように蹴り上げる。頭は地面の近くに、右足はツルギの腹を捉える。
残りコンマ数秒で着地するはずだった時間は数秒に伸びた。
飛ばされた先に隕石の範囲外にあった死体の山がある。このままではまた潜られてしまうだろう。だから、爆発金槌の狩人が撃鉄を下し、振りかぶった状態で、待ち構えている。くの字に曲がったツルギの突き出た尻の辺りを捉えた。逆くの字になって戻ってくる彼女を、パイルバンカーの狩人が迎える。
今か今かと待ち構え、間合いに入った瞬間、撃鉄を下す。火薬の力により超加速されたパイルがツルギの腹を深く突き刺す。それでも殺しきれなかった勢いが、彼女を真上に突き飛ばした。さらに左手の大砲が、彼女を空高く打ち上げた。
獣の狩人が、アイアンホルスを踏み台にして宙に舞う。落下するツルギの体を掴み、自分諸共墜落した。
ツルギに馬乗りになり、奇声を上げながら引き裂く。その様子はあまりにも壮絶で、残酷で、おぞましく、筆舌に尽くし難い。
せっかく、対抗手段として感覚麻痺の霧を何時でも投げられるようにしておいたのに、必要なさそうだ。
しばらくツルギを好き勝手していた獣の狩人は、雄たけびを上げて、彼女から離れた。そして、そのまま獣の死体へ向かっていた。
ツルギの状態は、とにかく酷いの一言に尽きる。もう一度言うが、筆舌に尽くしがたい。強いて表せば、獣が食い散らかした跡、そんな感じだ。
少女がそれを見てしまう前に、車輪の狩人が目を塞いだ。
数人の狩人が、ツルギに近づく。一目見て死んでいると分かる惨状だ。しかし、彼女のヘイローは消えておらず、むき出しの心臓と肺は、弱々しいが動いている。そして徐々に肉体が再生している。つまり、彼女の神秘に上限は無いということだ。
ホルスの狩人が感覚麻痺の霧を浴びせる。すると、目に見えて再生の速度が遅くなった。狩人と同じ原理ではないようだが、重なる部分もあるということだ。
最初の狩人が、倒れているツルギを見下ろす。息も絶え絶えで苦痛に喘いでいる。しかし、その瞳には未だ殺意が籠っていた。
最初の狩人が、葬送の刃を鎌に変形させ、彼女の首に当てた。
「これは全て悪い夢だ。だから目覚めたまえよ。こんな悪夢、貴公だって見続けたくないだろう」
ツルギがゆっくりと、最初の狩人に手を伸ばす。それが介錯を求める意なのか、抗議する意なのかは分からない。どちらにせよ、狩人は行動を変えない。
最初の狩人は鎌を上げ、軌道をなぞるように振り下ろした。一振りで首は落ち、転がった。上がっていた手が落ち、再生も収まった。
ツルギのヘイローはまだ残っているが、赤黒く変色し、同じ色の液体が滴り落ちている。そのまま溶けて無くなってしまいそうだ。
ホルスの狩人がツルギの首に近づき、そのヘイローを手に取った。液体が手を伝う。しかし、濡れた感触はしない。
ホシノと似た意志を感じる。守る、敵を倒す、その二つが強く遺っている。彼女が使っていた銃も回収し、ヘイロー共々、近くにいた狩人に手渡した。
その狩人はヘイローを頭上に置き、正式にツルギの遺志を継いだ。二丁の散弾銃も手慣れた様子で回している。すると、その狩人は不快そうな表情をして辺りを見回す。
「どうした」
「誰か見ている。あーっと、そこだ」
狩人はツルギの首を指さした。ホルスの狩人はその様子を見て、辟易した顔を見せる。
「ああ、またあいつか」
「どうする。無視するか」
「いや、見てみよう。カレル文字の一つでも落とすかもしらん」
ホルスの狩人が首に近づき、跪く。手を差し伸ばし、残された夢に居座る部外者に会いに行った。
部屋はあの時と変わらない。床も壁も見えない真っ暗闇に唯一ここが部屋の中であると示す小さな鉄格子が高い位置にある。そいつはその下にいた。
「ひぃ!?」
彼は狩人を見るや否や縮こまり、後退った。しかし、すでにそれ以上下がれないようだ。
前回とは態度が大きく違う。よっぽど脅しが効いたらしい。
「やはり貴公か。懲りないな」
「お、お許しを! 小生は決してあなたの邪魔をする気はなく――」
彼は平伏し、額を床に擦り付ける。
脅せば神のように奉られるらしい……冗談はともかく、あまりにも態度が違いすぎる。怯えていない、畏怖している。
「どうかお許しを、月の香りの狩人よ!」
歩く足が止まる。
「その名をキヴォトスで発した覚えはない。貴公、なぜ知っている」
「知らないはずがない! 古都ヤーナムで起こった獣狩りの夜、それに合わせて起こった上位者たちの赤子を巡る争い! その中で駆けた狩人の一人でありましょう!」
「貴公、見た目の割に口は若いようだな。私が聞いているのは『Why』であって『What』ではない」
「こ、これは失礼を。小生、キヴォトスにおける神秘を探求しており、その過程でヤーナムの神秘を知った次第、それについて調べるうちに狩人についても知ったのです」
「そうかそうか。で、貴公は私の邪魔は?」
「しません、しませんとも! 小生はただ神秘と
「そうか、ならばいい。貴公が私の歩む道の後ろにいることが知れて結構、私はこれで失礼する」
「お、お待ちを! これも何かの縁! その崇高な神秘の一かけらでも!」
「初対面で犬のように噛みついてきた獣に、肉をやれと? 生憎、私はペットを飼わない主義でね」
「あ、あれは、感情的になって目の前が見えておらず、小生の不徳といたすところ。謝罪はいくらでもしますから、どうか小生に神秘を!」
「まあ、それこそエサをねだる犬みたいについて回られても困る」
狩人は懐から適当な知恵を取り出し、彼に投げ渡した。彼は大層大事そうに受け取り、捧げもののように扱っている。
狩人は彼が恍惚としている間に、夢から抜けた。
夢から覚めると獣の声が響いた。限界まで喉を使い潰したような声だ。振り向くと、獣の狩人が、まさに獣のように四足で車輪と狩人と少女めがけて駆けている。 少女は車輪の狩人に目隠しをされているので、声しか聞こえていない。獣の叫び声に何があったのか、と目隠しから逃れようとするが、狩人がそれを許さない。 一方で車輪の狩人は、少女の目隠しを続けながら、獣を静観している。獣が飛び掛ってきてもそれは止めなかった。
横から飛んできたメスが獣を落とした。所詮人の体では、メス程度でも怯む。
「血に酔いすぎだね、この馬鹿は」
その狩人は、どこぞの狩人狩りを思わせる口調で言った。烏羽の装束を全身に身につけ、慈愛の刃を手にしている。
獣がまた飛びつく。今度は狩人狩りに向かって。しかし、狩人狩りは悠々と獣を躱し、すれ違いざまに一太刀入れる。そしてそのまま、スタミナが切れるまで切り裂き続けた。人の体の獣は、慈愛の刃の乱舞から抜け出すことができない。
攻撃が途切れたことで、獣は狩人狩りに飛びつくが、瞬間、狩人狩りが短銃を撃った。獣は跪き、腹をさらけ出す。狩人狩りが腕を刺し、脚を使って押し出すように臓物を引きずり出した。
死にかけているはずの獣は、しかし、何事も無かったかのように立ち上がる。そして輸血液を刺そうとしたので、ホルスの狩人が背後から散弾銃を撃った。
ヘイローの無い人間に、銃はあまりにも強い。一発撃って跪かせ、二発目で地面に叩きつけた。獣は溶けるように消えていなくなった。
「私の獲物だよ。横取りしたね」
「いいところは譲ったさ」
狩人狩りの恨めしそうな文句に、ホルスの狩人は微笑しながら言った。ただし、肝心の口元はマスクで見えていない。
車輪の狩人が、ようやく少女の目隠しを解く。彼女は周囲を一瞥して言った。
「ツルギ委員長は」
「狩った。その遺志も私たちが継いだ」
ホルスの狩人が答える。
少女の視線は、自ずと倒れたツルギの体と、離れた位置にある彼女の首へ向く。幸い、断面はどちらも見えていない。
「さて、これで障害は無くなった。そろそろ向かうとしよう」
あの小さな山を囲んでいた金網は隕石が落ちた衝撃で全て吹き飛んでいた。
狩人たちが向かおうとする中、少女だけがその場から動かなかった。彼女はツルギから中々目を離せないようだった。
「どうした。行かないのか」
「いえ、何でもありません」
狩人が声をかけると、ハッとしたかのようについて行った。
中央の山だと思っていたものは建物の入口らしい。少女曰くバンカーと呼ばれるものだそうだ。
「あの――」
バンカーにたどり着く僅かな道中、彼女はホルスの狩人に尋ねる。
「周りのこの人たちは一体何者ですか。いきなり現れて、全員からあなたと同じ声が聞こえる」
「ん? ああ、帰すのを忘れていたな」
共鳴破りの空砲を空に向けて撃つ。今まで何の音も鳴らなかった空砲は、名状しがたい音を発する。それを合図に、狩人たちは夢に融けて消えた。
「本当に、あなたは何者なんですか」
「ただの、獣を狩りに来た狩人さ」
バンカーは全て同じ素材で建造されており、触っただけでその堅牢さが想像できる。このぬるりとした感触は、まだ乾ききっていない血だ。
少女は少しの間、バンカーの入口を見つめていた。その視線は入り口の横にある、四角い装飾品に向いている。その装飾には二本の角ばった線で構成されたロゴが入っており、「m」の字に見えなくもなかった。その装飾は心なしか、黒く焦げているようだった。
やがて少女は取っ手に手をかけて引っ張った。中々開かない様子だったが、徐々に扉が動き出した。荘厳な音を立てながら開く扉は、横から見ると壁のように分厚い。
「開いた」
開けた本人は心底意外そうな声色をしている。
「鍵を探す手間が省けてよかった」
おどけてみたが、少女が困惑する理由もなんとなく分かる。きっと本来は開いているはずがないのだろう。避難所なのだから、鍵を持っていない限り開いてはいけない。
バンカーは入り口からすぐに、地下に下りる階段になっている。等間隔で並んだ小さな電球は、全てを照らしきれていない。
入り口の前で立ちすくむ少女に侵入を促すと、彼女は先導してバンカーに入った。
階段は長くない。階段の始点から、終点にある扉が見える。それからその扉の前に大量に転がる空の缶詰、それとその中心で扉に座り込むヘイローの無い正実の生徒の姿も見えた。
階段を下りる途中、空の缶詰を蹴飛ばした。甲高い音を立てながら転がり落ち、丁度生徒の前で止まる。彼女がそれに反応することは無い。
先に下りた少女が缶詰をかき分け、生徒の肩に手を置く。しかし、肩を置いた瞬間、彼女は力無く倒れた。その頬は酷くこけており、顔も土気色をしていた。
「衰弱死だな」
数歩遅れた私は生徒の死体を観察しながら、少女の背中に告げた。彼女はしばらく呆然とし、死体を抱え、扉の脇に置いた。
床に散らばる大量の缶詰と、酷く痩せこけた体、地下に閉じこもって相当な日数が建っていたに違いない。
少女が扉の取っ手に手をかける。しばらく押したり引いていたが、微動だにしなかった。
「鍵が掛かってますね」
少女はため息交じりに言う。すると、突然扉の脇に置いた生徒の懐を弄りだした。そして見つけ出したのは一枚の白いカードだった。
「やっぱり、あった」
「それは?」
「鍵ですよ」
少女はその白いカードを、入り口にもあった四角い装飾品にかざす。すると、簡素な音が鳴り、私たちより二回り大きな扉が僅かに開いた。彼女はさらに押し開き、人一人通れるスペースができると、隙間を縫うようにして通り抜けた。私も彼女に続いた。
扉を抜けた先には意外な光景が広がっていた。
避難所と言うので、非常に簡素で殺風景な場所を想像していたが、目の前には数十人が入れるスペースの中心に置かれた四つの椅子と一つの机、木製の床に白い床があった。天井には電気がついており、暖かい色をしている。避難所どころか一般的な家の内装と変わらない。学園のトップの一人であるセイアが避難する場所と考えれば、比較的質素なのだろうが、避難所にしては豪華だった。それに、奥にドアがあるので、部屋はこれだけではないのだろう。
しかし、そんな感想を打ち消してしまうほど、その部屋は荒れていた。椅子は乱れ、一つ倒れている。机の上や椅子の座面、床に至るまで缶詰が積み重なっているのだ。そして、たくさんの染みが垂れていた。
少女は迷うこと無く、部屋奥のドアを開けた。
ドアの先は廊下になっており、右にドアが二つ、左にドアが一つあった。
少女が手前の、左のドアを開けたので、私は一つ奥の右のドアを開けた。中には洗面台と、いくつかのドアがある。ドアの一つを開けると、便器があった。他のドアも一緒だ。トイレだったようで、これといった情報は無く、すぐに出た。
少女はまだ部屋から出ていない。私は一人で最奥の部屋に入った。
一目で寝室だと分かった。装飾の凝った絨毯とシンプルな壁、寝心地の良さそうなベッド、避難所にしては異様に贅沢な寝室だ。
ベッドの脇に椅子が置かれており、横で正実の生徒が倒れていた。あの扉の前で死んでいた生徒と同じように痩せこけている。そしてベッドの中に、百合園セイアの姿があった。
ドアが開く音がして、少女が入ってきた。彼女は浮かない顔をしていたが、ベッドで眠るセイアの姿を見て一瞬浮き、すぐにまた沈む。
「生きて、いますか」
少女の声に希望は見いだせない。
「分からない。だが、これは――」
セイアは、普段の白と金を基調にした上流階級のような服装から一転して、白いシンプルなシャツを着用している。横に転がる生徒よりはマシのようだが、それでも痩せ細っている。
顔は上を向き、目は僅かに開いている。その目に生気は無い。
そして当然、ヘイローも無い。
「死んでいるな」
少女はそれほど驚いていないようだった。しかし、返事はしなかった。セイアの姿を見たときからこの結果は予想しており、ただ私に確認をしたかっただけのようだ。
少女が部屋を出ようとする。どこに行くのか、と尋ねると、
「避難所に戻ります。このことを知らせないと。ここまでありがとうございました」と、目を泳がせながら部屋を出ていってしまった。
こちらこそ案内ご苦労、という言葉をかける暇はなかった。ドアの先で足音が聞こえる。ドアを開ける音が聞こえ、なにも聞こえなくなった。
セイアに向き直る。呼吸をしている様子はなく、胸に手を置いても心臓の鼓動は感じられない。死を疑う余地も無かった。
「時間をかけすぎてしまったな。すまない」
謝罪を聞く彼女はいない。
死体のそばにある椅子を動かし、セイアの枕元に座る。改めて彼女を観察するが、五体満足で外傷が無い死体は珍しい。私の前に現れる死体は、どれも何かが欠けている。だから、目の前で眠っているように死んでいる彼女の遺体は、とても美しかった。
私は椅子から立ち上がり、ベッドの反対側に回る。別途と壁の隙間、人一人入れる程度の狭い隙間、部屋の入口から見えなかったそこに、灯りがある。火をつけ、夢に帰った。
夢に帰ると、人形と彼が出迎えてくれた。
「おかえりなさい、狩人様」
「セイアはいるか」
「はい。あちらに」
人形が目で指したのは、花園にあるバルコニーだった。花園に入ると、物憂げな表情で柵にもたれ掛かるセイアの姿があった。彼女は私に気づき、僅かに目を大きく開いた。
建物に入り、階段を上がる。バルコニーに続くドアを開けると、セイアはこちらに体を向けていた。
「やっと戻ってきたのか」
セイアは開口一番そう言った。
「大分時間が経っていたらしい。待たせたかな」
「分からない。現実でもここでも、どれだけ時間が経ったのか、よく理解していないんだ。だから君を待っていた」
「そうか。せっかくだ。再会を楽しもうではないか」
私はそう言って、ついて来ていた人形を見た。彼女は私の意を汲み取って一礼し、一度その場を離れた。
しばらくして、私とセイア、そして彼の前にティーカップが置かれた。なお、バルコニーの机は極端に細長く、短辺の椅子に座ってはあまりに遠い。よって、端っこの長辺に座る。これならばわざわざ声を張り上げなくとも、会話ができるというものだ。
私たちは互いに知っていることを話した。セイアは色彩がキヴォトスに降臨し、自身があのバンカーに、護衛と共に閉じこもり、そして衰弱死するまでを。私は、D.U.の病院で目覚め、僅かな生き残りと出会いながらセイアがいたバンカーにやってくるまでを話した。ミカが死んだことも告げた。
セイアのティーカップに注がれた紅茶は、あまり手が付けられておらず、温くなっている。その水面にはすっかり意気消沈した彼女の顔が映っていた。
「君の言ったことがすべて真実なら、キヴォトスはもう終わりだろう」
「残念ながら、全て真実だ」
そう告げると、セイアの耳がさらに下に垂れた。そして彼女は絶望的な未来から目を逸らすかのように話題を変える。
「君が来た時、私はすでに死体と化していたのだろう? ではなぜ、今こうして君と会話ができるんだ。ここはこの世とあの世の狭間なのか」
「ここは夢だ。とある狩人の記憶から作られた夢、牢獄ともいえるだろう。あの世でも地獄でも天国でもない。ただ、そうだな。私は現実で体が朽ちようとも、上位者が見る夢の中で生き続けていた男を知っている」
「突拍子もない話だ。今は理解できる気もする気も無い」
「ともかく、貴公の体は死んでいる。遺志だけがこの夢の中に留まっている状態だ」
「遺志、遺志か。なあ、私の他に三人の護衛がいたはずだ。彼女たちは私を生かすことに最大限協力し、努力してくれた。食料を私に譲り、化け物が入ってこないか常に見張ってくれた。だから私を残して皆先に逝ってしまった。私は最期を一人で……違う。こんな話をしたいんじゃない。私が意志で残ってるというのであれば、あの三人、いや他の正実の者だって残っているんじゃないか。まだ、どこかに――」
「それは無いな」
私はセイアの話遮って否定した。彼女は口を開けたまま、すがるように私を見つめている。
「だ、だが、私は今こうして──」
「貴公がこの夢に残っているのは、この子が貴公を気に入っているからだ」
私はそう言って赤子に視線を向ける。セイアもそれに伴う。
「そもそも遺志は目に見えるものではない。貴公の状態も便宜上遺志という言葉を使っただけで、厳密に言えば違うはずだ。つまり、貴公以外は死んで終わりだ」
「そうか。正実の委員長もも、ミカも……死んだ。ナギサの姿は見なかったか?」
「はて、その名は初めて聞いた」
「トリニティの生徒会の一人で、そこの人形と似た声をしている」
「人形と? ふむ、なら気づきそうだが……そのような少女は見なかったな」
「なら、まだ生きている可能性もあるんだな?」
「見ていない以上、その可能性はあるが……貴公の死に方を見るに、そのナギサという少女も怪しいだろうな」
一瞬顔を上げたセイアはまた、顔を下げてしまう。紅茶はすっかり冷めてしまっただろう。
「もう、終わりだ。きっと連邦生徒会も機能していない。トリニティがこの有様だ。他の学園だって……もう、キヴォトスは」
私は人形に向かって手を上げる。すると、彼女はティーポットを持って近づき、温かい紅茶を淹れてくれる。軽く礼を言い、一口飲む。
セイアはまだ、一人で感情を吐露していた。
「予知夢で見た時よりも酷いじゃないか」
「予知夢……そういえば、貴公が見たという予知夢の内容を聞いていなかったな。この夜の夢を見たのか?」
セイアは下を向いたままぼそぼそと語りだす。
「空が赤く染まったんだ。でも、あんな真っ暗じゃなかった。月も出ていなかったし、ましてや化け物もいなかった。あの夢を見た時だって大変なことが起こるんだと思っていた。でも、どうだ、今の惨状は。夢で見た内容がまるで些事だ」
「因みに、その予知夢で色彩の場所は分からないのか」
「見ていないけど……それがどうかしたのか」
「色彩は赤子を欲しがっている。色彩を狩るか、色彩から逃れないと永遠に夜は明けないだろう」
「じゃあ、こいつを捧げれば、地獄は終わるんだな」
セイアはそう言って、赤子に良からぬ視線を向ける。私は静かに拳銃の銃口を彼女に向けた。
「そんなことをすれば、何が起こるのか、分かるだろう?」
「君自身、色彩を倒せると思っているのか」
「やってみなければ分からない。何事もそうだろう」
「どこにいるかさえ分からないのに?」
「なら探すまでよ。できれば貴公にも協力してもらいたいものだ」
セイアの視線はずっと赤子に向けられたままだ。体も若干寄っている。私の銃口は下げられない。それどころか、彼女が体を寄せた時点で、銃口もより急所を狙っている。
「
「お願いはあまりしない質でね。まだ慣れていないんだ。アドバイス助かるよ。しかし、互いに不利益は無いと思うのだがね」
「そうだろうさ。少なくとも君はどうなろうと不利益にはならない。ここはキヴォトスであって、君の故郷じゃないからな」
「ヤーナムは故郷ではないのだがな」
「はは、だから獣狩りなんて非道なことができたんだな。そこにいた人は皆知らない赤の他人だから」
「貴公の口はよく回るな。だが、獣には言葉を聞く耳など無いぞ。貴公はキヴォトスを救いたくないのかね? 目の前にその手段があるというのに」
「ああ、救いたいさ。それに君の言う通り手段が目の前にある」
「貴公は無用な殺生がお好みかね」
「君ほどじゃないさ」
「私が無用な殺生をしていると?」
「無に意を見いだせる君の想像力には感服するよ」
「ははぁ、つまり貴公は何も知らないと見える。権力者であるがゆえに現実から逃がされたな」
「君みたいに手を汚す必要は無いってことだ。おかげで私の手は綺麗なままだ。食品を触ったって怒られない」
「純真無垢とでも言いたいのか。むしろ、白いほど簡単に色が染まりやすいのだ。それこそ、貴公は既に染まりだしている。無知の色にな」
「血の色に染まるなら無知の色の方がよっぽどマシだな。ブラックライトってご存知かな。血に反応して光るんだ。今の君なら夜でも道が綺麗に見えるほど光るだろうさ」
「夜道を照らせるなら結構。貴公は無知の色に染まったが挙句、何も照らせぬまま一人で死んだのだろう? 君の知人の死もしらぬまま」
セイアは言い返してこない。薄目だった目はカっと見開き、私を睨んでいる。瞳孔が僅かに痙攣している。
「今の貴公は、体が死んだとは言え、意識が残っている。上位者にも気に入られた。どうかね、一度ちゃんと外を見てみては」
私はそう言って銃を下ろした。セイアは赤子から手を引いている。
「貴公と私の間に敵対は必要ないはずだ。せっかく人と話してるんだ。仲良く行こう」
「君と私の間にはゲマトリアと言う敵対して当然の関係があるんだがね」
「なに、ゲマトリアは解散したさ。唯一の関係は消えた」
セイアはしばらく押し黙り、そっと口を開く。
「体は死んでるんだろう。見ると言ったって手段が無い」
「一つ当てがある。成功するかどうかは、私の血と貴公の遺志の強さ次第だがな」
「一体何をするつもりなんだい」
「それはやってみてからのお楽しみだ。サプライズは嫌いかね」
「さあね、あまり経験が無いんだ。そうだな……好きか嫌いかで言えば苦手だな」
「そうか、私もあまり好きじゃない」
私は残った紅茶を一息に飲み干し、席を立つ。セイアが何か言ったようだが私は何も聞いていない。
セイアも残った紅茶を飲み、私の後に続いた。
やってきたのは、花園の大樹の下にある碑石だ。そこには『トリニティ第58号バンカー』と彫られている。
「ここで跪き、場所を思い浮かべるんだ。あの寝室だ、いいな。そうすればその場所で目覚める。それと、自分の存在を強く思うことだ。たくさんの遺志が貴公の中にうごめくだろうが、元は貴公の体だから、そう難しくはないはずだ」
「不安になる忠告だな、それは私の中にたくさんの意識が埋め込まれるってことか?」
「仕方がない。私の中にはたくさんの遺志があるから、どうしてもな」
「おい、待て。君一体何をしようとしているんだ」
「先に行く。いいな、自分を強く保て」
私の肩を揺さぶるセイアを脇目に、一足先にあのバンカーの寝室で目覚めた。
融けたヘイロー
テラー化した剣先ツルギのヘイロー
狩人の身体能力を大幅に強化させる。
彼女は強く、獣性に呑まれにくかった。しかし、仲間が目の前で死に、仲間が発狂し同士討ちを始め、自身で処理をするうちに、彼女の心は耐えられなくなった。