Hedgehog in Borderland RETRY 作:M.T.
くだらない日常からの解放。
現実逃避、厨二病、ピーターパン症候群…
呼び方なんか関係ない。
どこでもいいから。
どこか知らない国へ行きたいと思った事はないかい?
◇◇◇
「やあ、ヘイジ君!極東の地から遥々ようこそ!」
「こちらこそ、貴重なお時間をいただきありがとうございます」
俺は、取引先企業のトップと、握手を交わして挨拶をした。
俺の名前は、
自分で言うのも何だが、世界的に有名な大手ゲーム会社の経営者だ。
大手ゲーム会社『ヘッジゲームス』 CEO
俺は、取引先企業との商談の為に、アメリカに訪れていた。
最初はネイティヴの英語や日本とは違う生活様式に戸惑ったりしたものだが、住めば都とはよく言ったもので、慣れればどうって事はない。
取引先との商談を終えた俺は、ホテルで一晩過ごした。
2022年、3月。
あの災害のせいで崩れた東京の街の復興作業は、12年経った今でも続いている。
さらには、そこに追い討ちをかけるかのように起こった、コロナパンデミック。
日本の未来に希望が持てないと多くの国民が嘆く中、俺が逆境を利用してビジネスを展開し、メガベンチャーを経営しているのは、ある意味奇跡と言えるのかもしれない。
昔は、ガキみたいに拗ねて、何の為に生きてるのかわからないだなんて思っていた頃もあった。
だけど、今は違う。
俺には、守るべき家族がいる。
朝起きて、タブレットでアプリを開くと、ビデオ通話が始まる。
画面には、妻のヒヅルが映っていた。
「もしもし?ヒヅル?そっちは元気か?」
◆◆◆
ヒヅルside
「うん。元気だよ。ヘイジは?」
『オレも。仕事がひと段落ついて、今から帰るつもりなんだ。明日の夕方にはそっち着いてると思う』
「そっか、ちゃんと寄り道せずに帰ってきなね」
私は、ヘイジとビデオ通話をしながら、大きくなったお腹を撫でた。
私は小鳥遊火鶴。
今はお休みを頂いているけど、警察庁に勤めている警察官だ。
警察庁刑事局捜査第一課 警部(産休中)
隕石災害から、早いもので12年経った。
心肺停止の重傷から奇跡的に生還した私は、あの日から、子供の頃の夢だった『ヒーローになる』という夢を叶える為に、警察官を目指した。
倍率400倍の狭き門を潜り抜けて、キャリア組の枠を勝ち取った。
研修や交番での実習で散々いじめ抜かれたけど、中学までの英才教育で一度メンタルをボロボロにされて地盤がしっかり出来上がっていたおかげで、余裕で耐え切れた。
そこだけは、あのクソ継父に感謝しようと思った。
ヘイジとは、学生時代から交際していて、私が研修を終えたタイミングでヘイジにプロポーズされて、結婚に至った。
顔も性格も良くて大企業の社長ともあれば結婚相手なんて選び放題だっただろうに、よく待っててくれてたな、とは思う。
今ではヘイジの子供がお腹の中にいて、1ヶ月後に出産予定日を控えている。
『それにしても、何で急に『早く帰ってこい』なんて言うんだ?出産予定日はまだ1ヶ月先だろ?』
「うーん…そうなんだけどさ。この子が、『早くパパに会いたいよー』ってお腹の中で暴れてるから…ヘイジができるだけ近くにいてくれたら、落ち着くかなって思って。それに、ヘイジもそろそろ日本食が恋しくなってきた頃でしょ?」
『あー、やっぱわかる?』
私が言うと、ヘイジが笑いながら答える。
ヘイジは和食が大好物で、『何食べたい?』って聞いたら大体『肉じゃが』とか『唐揚げ』とか和食ばっかり答えてくる。
そのヘイジがアメリカに出張に行く、なんて言うから、和食ロスで体調崩したりあり得ないやらかししたりしないか、正直ちょっと心配だったんだよね。
それはさておき、ヘイジに早く帰ってきてほしいと言ったのは、お腹の赤ちゃんの事で少し気になる事があったからだ。
何だか最近、胎動があまりにも激しすぎる気がする。
ヘイジがアメリカに行ったその日から、痛くて生活に支障が出るぐらいに胎動が激しくなった。
ここ最近、それが毎日続いている。
まるで、駄々を捏ねてる子供みたいに。
ヘイジとビデオ通話をしている間だけはほんの少しだけ楽になるから、もしかしたら、ヘイジが帰ってきてくれたらこの子も落ち着くんじゃないかと思って、ヘイジには無理を言って帰国の予定を1週間早めてもらった。
それにしても、何でヘイジがいない時だけ激しくなるんだろう?
病院で検査を受けても、何ともないって言われたから、何が原因か余計に気になってしまっている。
……パパが離れていっちゃうって、わかるのかな。
「…ごめん、急に帰ってこいなんて言われて迷惑だった?」
『全然。オレもヒヅルに会いたかったから。ただ、何かあったんじゃないかと思って心配になっただけだよ』
「ふふっ、心配してくれてありがと。ヘイジの好きな甘い肉じゃが作って待ってるね」
『ありがとう。すぐ帰るよ』
「…あ、そうだ。ヘイジ、まさかとは思うけど浮気してないよね?」
『してねーよ!何言ってんだお前!』
私が冗談で尋ねると、ヘイジがすかさず否定した。
ヘイジは、真面目で優しいけど、割と女の子好きなんだよなぁ。
それでも私の事を大切に思ってくれているから、浮気とかはせずに私に尽くしてくれている。
だから私も、ヘイジの為に尽くそうって思えるんだよね。
「冗談だよ。それじゃ、おやすみ」
私は、ヘイジとのビデオ通話を切って、ベッドに横になった。
……明日のおゆうはん、どうしようかな。
沙由ちゃんに作り方を教えてもらった甘い肉じゃががヘイジの大好物だから、それは当然作るとして…
あと、菜飯と、けんちん汁と…そうだ、鯛でも焼いてあげようかな。
なんて考えていると、お腹の子がまた私のお腹を蹴った。
…やっぱり、私がパパの事考えてるって、わかるんだね。
そういえば、お母さんも、私がお腹の中にいる時メチャクチャ暴れてたって言ってたっけ。
ヘイジに似て優しい子に育ってくれたらいいなぁ、なんて思ってたけど…この子、かなり私の遺伝子強そう。
「パパ、明日帰ってくるって」
そう言って私がお腹を撫でると、また子供がお腹を蹴った。
私は、ヘイジが帰ってきた時の事を楽しみにしながら、そっと瞼を閉じて微睡みの中に落ちた。
「……う゛、うぅ…!?」
目が覚めたのは、次の日の午前1時の事だった。
お腹に鈍痛が走って、目が覚めた。
更には、パジャマのズボンとシーツがびちゃびちゃになっていた。
……やばい、これ…破水した…
しかも、陣痛まで…
何で…?
今の今まで前兆とか、全然無かったのに…
…待って、これ、まさか…今日産まれるわけ…!?
嘘でしょ、まだ予定日まで1ヶ月あるのに…
とりあえず、ヘイジに電話…
あれっ?
繋がらない…
……あ、そっか。
今、移動中だから、電話かけても繋がらないんだ…
どうしたら…
「とりあえず、お母さんに電話しないと…」
私はお母さんに電話をして、車で家に来てもらった。
お母さんは、私を車に乗せて、病院まで送ってくれた。
突然の事でパニックを起こしていた私を、お父さんが何度も励ましてくれた。
午後3時、分娩室に入る。
外では、お父さんとお母さん、それから沙由ちゃんが待ってくれていた。
ヘイジ…私、頑張ってあなたの子供を産むから。
お願い、早く帰ってきて…
◆◆◆
ヘイジside
午後5時。
無事に東京国際空港に着いた俺は、飛行機を降りて荷物を受け取った。
するとその時、お義父さんから電話がかかってくる。
「はい、もしもし?」
『ヘイジ君!!今すぐ来てくれ!!ヒヅルが、ヒヅルが…!!』
お義父さんは、電話越しでもわかる程動揺した様子で話した。
「えっ…!?産まれる…!?」
お義父さんの口から告げられたのは、ヒヅルの容態が急変して近所の総合病院に緊急入院する事になって、もう2時間も前から分娩室にいるという事だった。
最初は、わけがわからなかった。
だって出産予定日は、まだ1ヶ月先のはずだろ…?
そりゃあ、多少早まる事があるって事くらいは知ってるが…いくら何でも早くないか!?
「…分かりました。すぐ向かいます」
俺はお義父さんにそう伝えて、空港でタクシーを拾った。
幸いにもコロナのせいで空港にあまり人がいなかったおかげで、すぐにタクシーを拾う事ができた。
俺は、タクシーの運転手に病院の地図を見せた。
「すみません、この場所に急いで向かって下さい!」
「えっ?」
「いいから早く!車出して!!」
「は、はい!」
俺は、混乱している運転手を急かして、すぐにタクシーを出してもらった。
どうか、無事でいてくれ…2人とも…!
「……ん?」
暴走したバスが、いきなり突っ込んでくる。
「えっ…?おい、ちょっと待て…!」
目の前で、白い光が弾けた。
……何だろう。
前に、これと同じものを、見た気がする。
◇◇◇
「…………え?」
気がつけば、植物に侵食された東京の街並みが目の前に広がっていた。
早咲きの桜が咲いていて、春の花がビルの外壁にまで咲く東京の街は、まるで花畑だ。
それだけじゃない。
俺以外、誰も見当たらない。
というか…ウサギが普通に道路を飛び跳ねていたり、ここら辺じゃまず見られないような蝶が飛んでいたり、さっきまでの東京とはとても思えない。
……あれ?
この場所、前にも来た事があるような…
俺が街を歩いていると、ヒラヒラと蝶が飛んでくる。
何気なく伸ばした右手に蝶がとまった、その瞬間だった。
「っ……!?」
突然、頭の中に電撃が走ったような感覚に襲われる。
その瞬間、あるはずのない記憶が、まるで洪水のように頭の中に流れ込んできた。
「うわあああああああっ!!?」
…………思い出した。
何もかも、全部。
ここは、『今際の国』。
12年前の隕石災害の日、心肺停止に陥った俺は、この国に迷い込んで、1ヶ月あまりを過ごしたんだった。
まさか…俺は、空港から病院に向かう途中の事故で、また生死の境を彷徨って…この『今際の国』に来ちまったってのか…!?
「あの、すみません…大丈夫ですか…?」
後ろから、声をかけられた。
俺はその顔に、見覚えがあった。
「ニー…ナ…!?」
目の前には、ニーナと同じ顔をした女の子が立っていた。
髪型はショートボブだし、体型を隠すようなダボっとしたパーカーを着ているけど、目元とか、顔の形とかは、ニーナそのものだ。
「……はい?あの…ボク、サクラですけど…」
「えっ?」
「
高校生
そう、だよな…
ニーナは…隕石災害で死んじまったんだった。
アイツがここにいるわけ…ないよな…
「えっと、あなたは?」
「…ヘイジ。小鳥遊平治だ」
「じゃあ、ヘイジさんって呼びますね。ここがどこだかわかりますか?」
「えっと…」
俺は、サクラに『今際の国』の話をしようとして、躊躇った。
信じてもらえるか…?
「あれっ?あの建物だけ、明かりがついてますよ」
そう言ってサクラは、西の方角を指差す。
西の方角には、ひとつだけ、明かりがついている建物があった。
俺の腕時計は、5時45分を指していた。
…もうすぐ、あそこで始まるのか…
『げぇむ』が……
「行ってみましょう。消えた街の人がいるかもしれませんし…立てますか?」
「ああ…」
俺は、サクラを連れて『げぇむ』会場へ向かった。
俺とサクラが向かったのは、病院だった。
『げぇむ』会場に入ると、既に他の参加者が6人集まっていた。
眼鏡をかけた天然パーマの中年男性、その中年男性の知り合いと思しき若い女の子、スーツを着た気難しそうな男性、言っちゃ悪いがガラの悪そうな男性、カップルと思しき男女の6人だ。
「全く、何なんだ…ここは…」
「街の人達は…どうなっちゃったんでしょうか…」
「何なんだろう、これは…何かのドッキリか…?」
「チッ」
6人のうち、中年男性と若い女の子の2人組以外は、この状況に苛立ったり困惑したりしていた。
反応を見るに、全員初参加者だろう。
「良かった、人がいましたね…」
病院の中にいる人達を見て、サクラが安堵のため息を漏らす。
どうしよう…
これが何なのかを、皆に話すべきか?
でも、『命懸けの『げぇむ』に参加して生き残らなきゃいけない』、なんて荒唐無稽な話、信じてもらえるのか…?
「嘘だろ…?ヘイジ君…ヘイジ君なのか…!?」
「クリハラさん!?」
天然パーマの男性が、俺に声をかけてくる。
俺は、この人の事を知っている。
クリハラさん。
かつて一緒に『げぇむ』を『くりあ』した、俺の仲間だ。
塾講師(元外科医)
「ははっ、12年ぶりだな。まさかこんな形で再会するとは思わなかったが」
「オレもですよ…」
「いやぁ、しっかしとんだ災難だよ。まーたこんなとこに迷い込んじまうわ、一緒にいた甥っ子と逸れちまうわでよ」
クリハラさんは、俺に気さくに話しかけてきた。
この人もこの国に迷い込んでた上に、この国での出来事を思い出してたとはな…
知ってる人に再会できたのを喜ぶべきか、こんなどうしようもない国にクリハラさんまで来ちまった事を嘆くべきか…
「お父さん、知り合い?」
「ああ、ちょっとな」
クリハラさんの隣にいた若い女性が、クリハラさんに話しかける。
この2人は、親子だったのか…
「えっと…」
「ナオ。百瀬夏凰です。はじめまして」
大学生
ナオと名乗る女性が、俺に会釈をしてくる。
俺も、ナオに自分の名前を教える事にした。
「ナオか…オレはヘイジ。よろしく」
「あ、はい。じゃあヘイジさんって呼びますね。あの、これから何が始まるんでしょうか…?」
ナオが病院を見渡しながら口を開いた、その時だった。
「ワンっ!」
「えっ、犬…!?」
突然サモエドの子犬が走ってきて、尻尾を振りながら吠えた。
するとサクラは、走ってきたサモエドに駆け寄って抱き上げる。
「ペコ!ここにいたんだね、探したんだよ!」
サクラは、ペットと思しきサモエドとの再会を喜んでいた。
「サクラ、この犬ってもしかして…」
「ボクの家族です。この子、チーズが好きなので、ペコリーノチーズの最初の2文字を取って『ペコ』です」
「ワンっ!」
ペコ(1)
サモエド犬
サクラがペコの事を紹介すると、ペコが鳴いた。
これから命懸けの『げぇむ』が始まるというのに、微笑ましい光景に、思わず頬が綻んでしまった。
するとその時、クリハラさんが話しかけてくる。
「ヘイジ君、これ」
クリハラさんは、テーブルの上のスマホを拾い上げて、俺に手渡してきた。
見ると、テーブルの上にはスマホが2台並んでいて、『1人1台』と書かれた三角スタンドが置かれている。
スマホの電源を入れてしばらく待っていると、画面に『認証中』という文字が現れて、『げぇむ』と書かれたアプリと『びざ』と書かれたアプリが並んだホーム画面が表示される。
次の瞬間、画面が切り替わる。
ーーー
『げぇむ』
開始までお待ち下さい。
現在の参加者 8名
エントリー受付終了まで
00:05:28
ーーー
「はい」
「あ、ありがとうございます」
ナオも、スマホを一台手に取って、それをサクラに手渡した。
俺は、その場にいる他の皆に声をかけた。
「あの。オレ、小鳥遊平治っていいます。皆さんは…?」
「
「僕は
舞台女優
劇作家
カシロさんとカスガさんは、丁寧に俺とサクラに挨拶をしてくれた。
すると他の2人も口を開く。
「…
「チッ、
証券マン
フリーター
クズミさんとタケヒトは、若干面倒くさそうに名乗った。
サクラは、クリハラさんとナオに尋ねる。
「あの、ここにいる人って、これで全員ですか?」
「どうだかな…オレとナオも、実はさっき来たばかりで…」
「ワンっ!ワンワンっ!!」
サクラの質問にクリハラさんが答えようとすると、ペコが鳴いた。
サクラの腕から抜け出したペコは、病院の奥へと走っていく。
「ペコ!どうしたの?」
俺も、ペコを追いかけたサクラを追った。
ペコが立ち止まったのは、一番奥の病室のドアの前だった。
俺は、サクラの前に立って、恐る恐る病室のドアを開けた。
見ると、病室の奥のベッドに、スタイル抜群の女性が下着姿で横たわっていた。
「おぉっ!?」
いや、『おぉっ!?』じゃねぇわ!
バカか俺は!
既婚者のオッサンが、若い女の子の裸見て喜んでんじゃねぇよ!
つーかまず、心配するのが先だろ!
俺は、自分の中の邪念を払いながら、女性に近づいた。
すると、すぅすぅと規則正しい寝息が聴こえる。
…良かった、眠っているだけみたいだ。
「……寝てるだけみたいだな」
「あの、この人どうしたらいいんでしょうか…?」
「オレは、起こした方がいいと思う。この先何があるかわからないからな」
サクラが尋ねると、俺は女性から離れて答えた。
悪いけど、ここはサクラに任せるしかない。
男の俺が起こしたら、あらぬ誤解を生むだけだろうからな。
「すみません。大丈夫ですか?」
サクラは、女性の身体を揺すって起こそうとした。
すると女性が、眠たそうな目をこすりながら起き上がる。
「うぅ〜ん…何だよ、人が気持ちよく寝てたってのに…つーか、アンタ誰?」
女性は、不機嫌そうに頭を掻きながらサクラに話しかける。
この状況でよく爆睡できるな…
「はじめまして。ボクはサクラです。あの、ここがどこだかわかりますか?」
「はぁー?そんなのアタシが聞きたいんだけど。街から人が消えるわ、この病院以外は電気と水が使えないわ、マジ何なの?」
サクラが尋ねると、女性は服を着ながら逆に訊き返す。
この人も、初参加者なのか…?
「…なぁ。アンタ、いつからここにいたんだ?」
「アンタじゃないわ。
アパレル店員
「つーか何なのこれ、ドッキリ?誰か説明しなさいよ」
タマキと名乗る女性は、俺とサクラに状況を尋ねる。
どうやら、俺とクリハラさん以外は、全員初参加者らしい。
俺がどう説明しようか考えていた、その時だった。
「うわあああぁぁぁ!!?」
診察室の方から、カスガさんの悲鳴が聴こえた。
「何だ…!?」
「行ってみましょう…!」
「は!?え、ちょっ…置いてかないでよ!」
サクラに続けて俺も診察室へ向かうと、タマキが慌てて俺達を追いかけた。
俺達3人は、1階の待合室の隣にある診察室へ駆けつけた。
診察室の前には、腰を抜かしたカスガさんがいた。
「どうした!?」
「あ、あれ……」
カスガさんが指差した方を見ると、そこには、若い男が口から血を流して倒れていた。
男の手には、俺達と同じスマホが握られている。
この人も、参加者だったのか…?
「失礼」
クリハラさんは、男に歩み寄って容態を確認した。
しばらくして、クリハラさんは首を横に振る。
……どうやら、手遅れだったみたいだ。
「そんな…」
「ウソでしょ…?いやいや、冗談キツくない?」
カシロさんはショックを受けて呆然と立ち尽くし、タマキは呆れたように笑った。
するとクリハラさんが、真剣味を帯びた目つきでタマキを見る。
「オレが冗談を言っているように見えるか?」
クリハラさんが言うと、タマキは、流石に状況を理解したのか、神妙な表情を浮かべて黙り込んだ。
まだ『げぇむ』が始まってもいないのに、人が死んだ。
……嫌な記憶が蘇る。
そう、モモカとアサヒが死んで、大勢の仲間が殺されて、『ビーチ』の皆が心の拠り所を失ったあの日…
「…あれ?電源がつかない…」
「充電がねぇんじゃねぇのか?」
スマホを拾い上げたナオが言うと、クリハラさんが口を開く。
死んだ参加者が持っていたスマホは、充電切れで使えなかった。
俺が落胆していると、サクラが話しかける。
「あの…一応それ、充電しといた方がいいんじゃないでしょうか…?」
サクラは、ナオが拾い上げたスマホを指差しながら言った。
ナオは、戸惑った表情で俺とサクラを見てくる。
「…オレ、一応アダプターと充電ケーブル持ってるよ」
俺は、背負っていたリュックから、アダプターとケーブルを取り出した。
ナオが拾ったスマホを受け取ると、持参してきたアダプターとケーブルを使って、亡くなった参加者のスマホを充電した。
何があるかわからないから、このスマホを使える状態にしておくに越した事はない。
というか…サクラの奴、人が死んでる状況で、よくそういう事咄嗟に言えるな。
俺がそう思った、その直後だった。
《エントリーを締め切りました。『げぇむ』の時間です》
唐突に、スマホから通知音が鳴る。
《これから皆さんに参加していただく『げぇむ』は…『ぱんでみっく』。『げぇむ』難易度…『
「…!?」
『
いきなり最高難易度かよ…
《『るうる』の説明。皆様のうちの誰かが『のぉまる』、その他の皆様は『かんせんしゃ』となります。お手元のスマートフォンを、参加者同士で重ね合う事で接触が成立し、状態が変化します。『かんせんしゃ』は、『のぉまる』の参加者と接触すると、『かんせんしゃ』と『のぉまる』が入れ替わります。『のぉまる』の参加者同士が接触すると、両者とも1本ずつ『わくちん』を作る事ができます。ただし、『わくちん』を作る事ができるのは、1人につき1本までです。『わくちん』を持った参加者が『かんせんしゃ』と接触すると、『かんせんしゃ』は『のぉまる』になります》
「え、何これ…どういう事…?」
他の皆は、『るうる』の説明に理解が追いつかなかった。
『わくちん』を使えば、『かんせんしゃ』を『のぉまる』にできる…
要は皆で協力して『わくちん』をたくさん作って、『のぉまる』を増やせって事か…?
《制限時間は30分。『くりあ』条件。制限時間を過ぎた時点で、『のぉまる』だった方が『げぇむくりあ』。制限時間を過ぎた時点で、『かんせんしゃ』だった方は、『げぇむおおばぁ』》
画面が切り替わり、人が口から血を噴き出しながら苦しんでいる画像が表示された。
そこに映っていたのは、さっき死体として床に転がっていた人だった。
「これ、さっきの人じゃないですか…?」
「『げぇむおおばぁ』が意味するものは、『死』…!?」
カシロさんとカスガさんが言うと、他の皆がどよめく。
流石に、他の皆も、この状況を理解したらしい。
………あれ?
この画像…
《それでは、最初の『のぉまる』と『かんせんしゃ』を発表します》
スマホの画面に、俺達10人…いや、9人と1匹の状態が表示される。
カシロさんだけが『のぉまる』、その他の全員は『かんせんしゃ』だった。
すると、ナオが震え声で言った。
「ちょっと待って…これ、『げぇむ』として破綻してる…!『のぉまる』が1人しかいないのに、『わくちん』を作れるわけがない…!」
「『わくちん』を作れないなら、『のぉまる』の数が変わる事はない…結局、生き残るのは最後に『のぉまる』だった奴1人だけという事か…!?」
ナオが言うと、クズミさんも冷や汗をかきながら口を開く。
『わくちん』を作れるのは、『のぉまる』が2人以上いる時だけ。
『のぉまる』が1人しかいないなら、『わくちん』は作れない。
『わくちん』を作れないなら、『のぉまる』が増える事はない。
それはつまり…『げぇむ』が終わるまで、『のぉまる』はただ1人だけって事だ。
《もうお分かりの通り、この『げぇむ』は、参加者のうち1人は必ず生き残る、大変良心的な『げぇむ』です。それでは、『げぇむすたあと』》
『げぇむ』が開始されると、画面に表示されたタイマーが動き始める。
俺達は、唯一の『のぉまる』であるカシロさんに目を向けた。
「なずなちゃん……」
「カスガさん…わ、わたし…」
カスガさんは、顔を真っ青にしてカシロさんの方を見る。
カシロさんは、息を荒くして脂汗をかきながら、カスガさんを見ていた。
「お、お父さん…」
「ナオ…心配するな、オレが何とかしてやるから…!」
ナオが絶望の表情でクリハラさんを見ると、クリハラさんはナオの肩を掴んで言った。
「いやっ…いや、いや、いや!!アタシ、死にたくない!!ねえ、お願い!アタシと接触して!」
「いやぁっ!!」
「おい、やめろよ!!」
タマキがカシロさんに詰め寄って強引に接触しようとすると、カスガさんがタマキを引き剥がした。
そんな中、サクラは、絶望で顔を青くしながら俺を見てくる。
「ヘイジさん…ボク達、どうしたら…?」
「くぅん…」
サクラが絶望の表情を浮かべて俺に話しかけると、ペコがサクラの顔を舐める。
俺には、元の世界で帰りを待ってる家族がいる。
こんな所で死ぬわけにはいかない。
だけどサクラやペコ、クリハラさん達も死なせたくない。
俺は、どうすればいい…!?
「っ………」
今までの『げぇむ』は、『るうる』だけは絶対だった。
だけど俺が今まで参加した『
この『げぇむ』にも、必ず攻略法があるはずだ。
考えろ…考えろ…!!
「おい…この『げぇむ』とやらは、確か…『暴力』は禁止されてなかったよな?」
そう言って前に出たのは、タケヒトだった。
その手には、バタフライナイフが握られていた。
「ひっ!?」
「おい、何する気だ!?」
「要はスマホを奪って接触して、『のぉまる』になっちまえばいいんだ。こちとら、こんな所で死ぬ気はさらさら無いんでな…接触したくないってんなら、強引にやらせてもらうぜ」
タケヒトがバタフライナイフの切先をギラつかせながら言うと、他の参加者が動揺する。
そりゃあ、1人しか生き残れないっていうなら、当然力強くで『のぉまる』を奪おうとする参加者が出てくる。
だけど『
「死ねッ!!」
「きゃあっ!!」
タケヒトは、カシロさん目掛けてナイフを振りかぶる。
「やめ───」
俺は、カシロさんを殺して無理矢理スマホを奪おうとしたタケヒトを止めようとした。
だけど、既に遅かった。
――ザシュッ
「な…ずな……ちゃん……怪我、ない…?」
「いやっ…いやああああああ!!!」
病院内に、悲鳴が響き渡る。
他の皆は、呆然と立ち尽くしていた。
その場で腰を抜かしたカシロさんの前には、カスガさんが立っていた。
カスガさんの首には、深々とナイフが刺さっていた。
タケヒトがナイフを引き抜くと、血飛沫が飛び散る。
大量に血を噴き出したカスガさんは、その場に倒れ込んだ。
カスガさんの周りには、血溜まりができた。
「ウソ…?ウソ、ウソ…!」
「ひどい…なんて事するの!?」
目の前で起こった出来事に、タマキは動揺して、ナオはタケヒトを非難した。
するとタケヒトは、ナイフについた血を振り払いながら振り向く。
「『ひどい』?何ぬるい事言ってんだテメェ。1人しか生き残れねぇっつうんなら、今殺したって同じじゃねぇか。何なら、テメェら全員ここで死ぬか?」
そう言ってタケヒトは、ナオにナイフの切先を向けた。
タケヒトがナイフで脅すと、他の皆が黙り込む。
そんな中、クリハラさんは、いち早くカスガさんに駆け寄って応急処置をした。
「おい、しっかりしろ!!ナオ、何でもいい!傷を塞げるもの持ってきてくれ!!」
「わ、わかった…!」
クリハラさんが言うと、ナオが手術室へと走っていく。
クリハラさんは、服を破いて作った包帯で圧迫止血を試みたけど、よほどひどく頸動脈を損傷していたのか、血が止まらなかった。
血を大量に失って弱っていくカスガさんは、カシロさんに目を向ける。
「な…ず…な……ちゃん…良かっ…た……無事…で……」
「カスガさん…カスガさん!!」
カスガさんが安堵の表情を浮かべると、カシロさんは泣きながらカスガさんの身体を揺すった。
だけどその時、タケヒトが、無理矢理カシロさんを引き剥がして、スマホを奪おうとした。
「いやぁっ!!」
「さっさとスマホ寄越しやがれ!!」
タケヒトは、カシロさんを押さえつけたままナイフを突きつけて、スマホを奪おうとする。
「ガルルル…ワンッ!!ワンワンッ!!」
「ペコ…お前の事は、ボクが守るからね…!」
タケヒトに向かってペコが吠えると、サクラは泣きながらペコを抱き抱えて白い身体を撫でた。
タケヒトは、カシロさんの眼前にナイフを突きつけて、カシロさんに向かって怒鳴りつけていた。
「さっさと寄越せっつってんだよ!!殺されてぇのか!?」
そう言ってタケヒトは、カシロさんの顔にナイフを振り下ろそうとする。
俺は咄嗟に、後ろからタケヒトを羽交締めにした。
「おい、いい加減にしろ!!」
「テメェ、離───」
止めに入った俺に、タケヒトが罵声を浴びせようとした、その時だった。
――ピィンッ!!
「あ……?」
赤いレーザーが、タケヒトの身体を貫いた。
タケヒトは、身体から血を流しながら、床に倒れ込んだ。
「ひっ…!!」
「キャアアアアアアッ!!?」
「な、何よこれ…!?どうなってんの!?」
いきなりタケヒトがレーザーで撃たれたのを見て、他の皆が動揺する。
そんな中、カスガさんの応急処置をしていたクリハラさんは、ため息をつきながら言った。
「……確かにこの『げぇむ』では、『暴力』は禁止されていない。だが、『殺害』は禁止されてるって事だろう。殺して奪ってもいいんなら、『げぇむ』として成立しないからな…カスガは、もう……」
タケヒトがレーザーで撃たれたって事は、カスガさんはもう死んじまったって事だ。
開始早々、人が2人も死んだ。
皆パニックになって、正常な判断ができなくなってる。
俺は、俺は……どうすればいい…!?
『げぇむ』『ぱんでみっく』
難易度『
残り23分
生存者 7名+1匹
『
大手ゲーム会社 CEO
高校生
塾講師(元外科医)
大学生
ペコ(1)
サモエド犬
舞台女優
劇作家
証券マン
フリーター
アパレル店員