Hedgehog in Borderland RETRY 作:M.T.
ヒヅルside
ヘイジがアメリカから帰ってくる日、私は出産予定日よりも1ヶ月も早く産気づいて、近所の総合病院に緊急入院する事になった。
午後3時から分娩室に移動して、もうかれこれ2時間くらいいきみ続けている。
「頭出てきた!ヒヅルちゃん、頑張って!あと少しよ!」
担当医の弥子先生が、私に励ましの声をかけてくれた。
助産師さんのアドバイス通りにいきみ続けて、ようやく頭が出た感覚がしたかと思うと、産声が聴こえてきた。
「おめでとうございます。可愛い女の子ですよ」
「よく頑張ったね」
助産師さんや先生が、私に声をかけてくれて、視線を先生の方にやると、先生の腕の中で赤ちゃんが泣いていた。
やっと、会えた…
私と、ヘイジの娘。
……あれ?
何、これ…
視界が、ぼやけてく…
身体中が痛いのに、瞼が重くて、眠い…
「小鳥遊さん…?小鳥遊さん!!」
寒い……
頭がくらくらする…
身体が、いう事を聞かない…
助産師さんと先生が、血圧がどうだの、出血がどうだのと話している声が聴こえる。
頭が重くて意識が朦朧とするけど、今自分が危険な状態だという事だけはわかる。
頭と身体が繋がってないみたい…
血を流しすぎたんだ…
私、このまま死んじゃうの…?
ヘイジと、この子を置いて…
「ふざ…け…んな……」
まだ、ヘイジに『おかえり』って言ってない。
まだ、ヘイジに甘い肉じゃがを作ってあげてない。
まだ、この子を一度も抱いてあげてない。
まだ、この子に名前をつけてない。
まだ、この子に『ママ』って呼ばれてない。
私は、生きる意味がわからずに死ぬ事ばかり考えてた昔とは違う。
ヘイジと、この子と、一緒に生きていくって決めたんだ。
私は、生きる。
だって、この子の“ママ”だから。
私は、重い瞼を何とかこじ開けて、泣いている娘をその目で見た。
その瞬間、目の前で白い光が弾けた。
◇◇◇
「………あれ?」
気がつけば、家の中にいた。
ついこの前掃除したばかりなのに、至る所に埃が溜まっている。
身体中の激痛が消えて、ついさっき出産を終えたばかりのはずなのに、身体が妊娠前の状態に戻っていた。
窓の外を見てみると、植物に侵食された東京の街並みが目の前に広がっていた。
道路脇には早咲きの桜が、地面にはタンポポやネモフィラなんかの春の花が咲いている。
……何だろう。
この景色、どこかで見た事がある気が……
窓を開けて空を見上げると、木にとまっていた鳥が飛び立つ。
鳥が羽ばたく羽音を聴いた、その瞬間だった。
頭に電撃みたいなものが走って、あるはずのない記憶が、まるで洪水みたいに頭の中に流れ込む。
「『今際の…国』……?」
全部、思い出した。
ここは、『今際の国』。
私はかつて隕石災害で心肺停止に陥って、この国に迷い込んだ。
今になってまたこの国に迷い込んだって事は…もしかして、血を流しすぎて心臓止まった…?
「ふざけんなよ……」
元の世界で死ぬ事ばかり考えてた頃は、この国に永住したいとか吐かしてた事もあった。
あの頃は、自分さえよければそれでよくて、自分の為だけに生きてた。
自分の命以外に大事なものなんかなかったから、死に瀕する事でしか生を実感できなかった。
だけど、今は違う。
元の世界で、ヘイジと、娘が待ってる。
自分の命よりも大事なものがある。
虚しさも、苦痛も、葛藤も、全部背負って手を伸ばした先に、掴みたいものがある。
一秒でも早く、元の世界に戻らなきゃ。
「……よしっ」
記憶が戻って状況を理解した私は、とりあえずタンスから自分の服を引っ張り出して、病院着から動きやすい服に着替えた。
スポーツウェアの上にパーカーとショートパンツを着て、髪は後ろで緩めのシニヨンにして、その上にキャスケットを被る。
ちょっと胸とお尻がキツい気がするけど…まあ、いいか。
水筒とか、タオルとか、ナイフとか、救急セットとか、スマホの充電器とか、リュックに必要なものを詰めて…指ぬきグローブをはめて、走りやすいシューズを履いて家を出た。
しばらく東京の街を散策していると、空港がライトアップされる。
それを見て、私は確信した。
この国は、私が最初に迷い込んだ時から何も変わってない。
…やっぱり、この国に来たからには、『げぇむ』に参加するしかないんだね。
私は、迷わずライトアップされた空港へと向かった。
◇◇◇
「人がいる…?」
空港に行くと、滑走路がライトアップされていて、外に一機だけ灯りのついたセスナ機が停泊していた。
飛行機の中に、人が入っていくのが見える。
私は、飛行機の中に入っていく人達について行った。
飛行機の中に入ると、中には9人の男女がいた。
飛行機の中にいたのはほとんどが大人だったけど、女子高生や、小学校低学年くらいの男の子もいた。
見た感じ、初参加者とそうじゃない人の割合が半々ってとこだった。
他の参加者…特に男の人は、今来たばかりの私を見てくる。
「うおっ、すげぇいい女来た」
「メッチャスタイルいいな…」
「芸能人か何かか?」
「モロ好みだわ」
男性陣は、私の胸やお尻、脚なんかをチラチラと見てくる。
素朴な疑問だけど、男の人って何でオッパイが好きなんだろう…?
…まあ、別にいいけど。
「…先輩?もしかして、小鳥遊先輩ですか!?」
いきなり、見覚えのある人が声をかけてきた。
この人、どこかで見た事ある気が…
待って、今思い出すから。
えーっと…あ、思い出した。
「………佐伯君?」
佐伯君。
私が交番での見習い勤務をしてた頃、警察学校を卒業してほぼ同じタイミングで交番に来た子だ。
同期なんだけど、私の方が歳も階級も上だから、向こうが勝手に『先輩』って呼んでる。
私がまだ見習いだった頃、私の事を何かと気にかけてよく話しかけてくれたから、よく覚えている。
「良かった、僕の事覚えてくれてたんですね。あの、これどうぞ。何か1人1台持ってなきゃいけないみたいで…」
そう言って佐伯君は、私にスマホを手渡してきた。
振り向くと、『1人1台』と書かれた三角スタンドが置かれたテーブルが設置されていた。
「ありがとう」
私がお礼を言うと、佐伯君は頬を赤くして頭を掻いた。
何だかヘイジに似てて可愛いと思った。
というかこの子、どっかで見た事あるんだよなぁ。
スマホの電源を入れてそのまま待っていると、画面に『認証中』という文字が現れた。
「顔認証された…?」
顔認証が終わると、『げぇむ』と書かれたアプリと『びざ』と書かれたアプリが並んだホーム画面が表示される。
次の瞬間、画面が切り替わる。
ーーー
『げぇむ』
開始までお待ち下さい。
現在の参加者 10名
エントリー受付終了まで
00:02:39
ーーー
今回の『げぇむ』は、ご丁寧に人数分のスマホが用意してあった。
こういうのって、『げぇむ』会場の近くにいる人を数えて、必要な分を『でぃいらぁ』があらかじめ用意しておくんだろうか。
そういうリアルなとこ想像しちゃうと、何というか…一気に現実感増して何かちょっと嫌だな。
なんて事を考えていると、佐伯君が話しかけてくる。
「あの…小鳥遊先輩。お身体の方は、大丈夫なんですか?」
「え?」
「ほら、産休中って聞いてたので…」
「えっと…」
…そっか、私が産休中なのは彼も知ってるんだ。
ついさっきまで臨月だった人が、元の体型に戻ってこうやって普通に歩いてたら、そりゃ『何で?』って思うわな。
何をどう説明すればいいんだろう。
『ここは心肺停止した人だけが来る、三途の川みたいなところです』って説明したって、信じてもらえるわけないしな。
「僕でよければ、いつでも頼ってください」
「え?あ、ありがとう」
佐伯君が頬を染めながら言うものだから、何だかこっちまで恥ずかしくなった。
私が佐伯君と話していると誰かが佐伯君の肩に手を置いた。
「いい加減にしろ、佐伯」
「堤先輩…」
佐伯君に声をかけたのは、私が見習い勤務をしていた交番にいた巡査部長だ。
ぶっちゃけ興味なさすぎて、あんまりこの人の事覚えてないんだよね。
「警察官たる者が女に現を抜かすとは…恥ずかしいと思わんのか」
「すみません…」
「特にこんな女と関わるのはやめておけ。コイツは、妊娠したと嘘をついて仕事をサボる税金泥棒だ」
「…は?」
「見ろ。臨月の妊婦の腹がいきなり引っ込んで普通に歩けるようになるなんて、おかしいと思わんのか?」
「それは……」
「この女が、休む為に嘘をついたとしか考えられない。女なのをいい事に嘘をついてズル休みして、それで自動的に昇進できるんだから、キャリアってのは大層なご身分ですなぁ。小鳥遊警部?」
えっと…バカなのかな、この人。
ここ、『今際の国』なんですけど。
現実世界の常識が何一つ通用しない世界なんですけど。
いくら妊婦のお腹がいきなり引っ込むのが現実じゃあり得ないからって、私が嘘ついてズル休みしてたって決めつけんのは短絡的すぎない?
というか私の方が一回り歳下とはいえ、階級は上なんだけど…何でこんなに偉そうな態度取れんの?
あ、もしかして、ここでなら何言ってもいいと思ってる?
「そんなにキャリアがいいなら、キャリアになればよかったじゃないですか。ならなかったのは何でですか?」
「ぐっ……」
私が言い返すと、先輩が顔を引き攣らせる。
純粋な疑問を口にしただけなのに、嫌な顔をされた。
…まぁ、いっか。
《エントリーを締め切りました。『げぇむ』の時間です》
唐突に、『げぇむ』開始を知らせる通知音がスマホから鳴った。
スマホを見ると、いつの間にか画面が切り替わっていた。
《これから皆さんに参加していただく『げぇむ』は…『たあみなる』。『げぇむ』難易度…『
『
『
どんな『げぇむ』なんだろう…?
《『るうる』の説明。制限時間は30分。制限時間内に、滑走路上にある『たあみなる』に辿り着ければ『げぇむくりあ』》
「『たあみなる』…?」
ふと飛行機の窓を覗いて外を見てみると、滑走路の上に『たあみなる』と書かれた電光掲示板が見えた。
あそこまで走れって事…?
《それでは、『げぇむすたあと』》
『げぇむ』が始まると、他の参加者は皆一斉に飛行機から脱出した。
最初は『げぇむ』経験者が逃げ出して、初参加者も、経験者に続いて外に出た。
そんな中、小さな男の子だけは、後方の座席でうずくまったまま外に出ようとしなかった。
6、7歳くらいの細身で小柄な男の子で、猫っ毛の金髪をボブにしていて、ブカブカのパーカーを着ていた。
他の参加者が飛行機から脱出する中、一人の参加者が、男の子に声をかけた。
「ねぇ、キミ。早く『たあみなる』に行かないと死んじゃうよ」
「やだ。行かない」
「『行かない』って…このままだと死んじゃうんだよ?わかってる?」
「行かない」
他の参加者が説得しても、男の子は座席に座ったまま動かなかった。
男の子を説得していた参加者は、結局説得を諦めて自分だけ先に脱出した。
私が男の子に歩み寄ろうとすると、佐伯君が私に声をかけた。
「先輩!」
「私はここに残る」
私は、声をかけてきた佐伯君にそう伝えた。
私は、ヘイジと娘の為にも、生きて元の世界に帰らなきゃいけない。
でも、だからって、子供を見捨てて自分だけ助かる事なんてできない。
それに、これは私の直感だけど、今飛行機から逃げ出すのはまずい気がする。
ここから『たあみなる』までは、目算で約2000m。
そんなの、30分どころか、10分あれば、どんなに足の遅い人でも余裕で辿り着ける。
そんな簡単な『げぇむ』が、『
それに、ただ走ればいいだけの『げぇむ』なら、スタート地点が機内である必要がない。
スタート地点が機内である事に、何か意味があるような気がしてならない。
もし私の勘が外れていたとしても、私は自分の選択を後悔したりなんかしない。
ヘイジならきっと、私と同じように、ここに残る事を選んでいただろうから。
「私は、子供を見捨てて自分だけ助かる為に警察官になったわけじゃない」
私が言うと、佐伯君も男の子に歩み寄った。
すると先輩が、佐伯君に声をかけた。
「おい、佐伯!何してんだ!」
「…堤先輩。僕もここに残ります」
「は!?」
「僕は、困ってる人を助ける為に警察官になったんです。ここに残るって言ってる人がいたら、もう逃げられないじゃないですか」
そう言って佐伯君は、私の横に立った。
「チッ、無駄死にしたきゃ勝手にしろ!」
先輩は、佐伯君を見捨てて機内から出て行こうとした。
すると佐伯君が口を開く。
「……堤先輩は、見捨てるんですね。この子と、小鳥遊先輩を……目の前に困ってる人がいても、先輩は、何も思わないんですか…!?」
「何を言ってる。この状況じゃ、自分の命が最優先だ。死にたがってる奴になんか構ってられるか」
佐伯君が言うと、先輩が反論した。
危険を冒してでも市民の安全を守るのが、警察官の責務だ。
ここにいる人達の家族からしてみれば、家族が見捨てられて死ぬなんてたまったものじゃない。
だけど、命あってこその物種という言葉がある。
自ら命を捨てるという事は、この先この手で助けられるかもしれない人の命まで捨てるという事になる。
『飛行機から出るか出ないか』なら、私は『出ない』のが正しいと思う。
だけど『誰を生かすか』という論点なら、佐伯君と堤先輩、どっちの意見も正しい。
どっちも正しいからこそ、私は何も言えない。
何も言えないのが、何だかもやもやする。
…何なんだろう、この気持ちは。
結局、堤先輩は、飛行機から出て行った。
残ったのは、私と佐伯君、そして男の子だけだった。
「とりあえず、機内をくまなく調べてみよっか。何か使えそうなものがあるかもしれないし」
「そうですね…」
私と佐伯君、それから男の子は、飛行機の中をくまなく調べた。
これが肉体型の『
何も考えずにただ闇雲に走っても、待っているのは『げぇむおおばぁ』だけ。
スタート地点のこのセスナ機にこそ、『くりあ』のヒントがあるのかもしれない。
その可能性が1%でも残っている限り、私はここに残ってできる事をやる。
私が機内を調べている間、佐伯君がチラチラと私の方を見てきた。
彼が私に下心を抱いているのは、明白だった。
だけどどういうわけか、嫌な気分はしなかった。
ねっとりと舐め回すような目で私を見てくる上司や、学生時代にしつこく声をかけてきた連中に比べれば、ちょっとエッチな後輩なんて可愛いものだ。
それに、命を賭してまでここに残っている時点で、少なくとも私を慕ってくれている気持ちは本物だと思う。
…ま、ヘイジに比べれば、ただの可愛い坊やだけどね。
「クッソ、エンジンが動かねぇ」
「エンジンさえ動けば、タキシングできるかもって思ったんだけどな…」
「タキ…?何すか?」
私がポツリと呟くと、佐伯君が尋ねる。
するとコックピットを調べていた男の子が、顔を出して口を開く。
「航空機の地上走行の事…離着陸の時、飛行機が車輪で走るでしょ。自動車とは違ってエンジンの推力だけで走行するんだよ。エンジンも動かない時は、トラクター使って引っ張ったりするんだけど…」
「キミ、物知りなんだね」
「これくらい、誰でも知ってるでしょ」
「う……」
男の子がしれっと言うと、佐伯君が顔を引き攣らせる。
それにしても、この子、何なんだろう。
やけに落ち着きすぎてる。
地頭の良さは元からだろうけど、それにしたって不自然な点が多い。
失敗すれば死ぬのを知らないにしても、普通は何もわからない状況に困惑したり、他の参加者にこの状況を尋ねたりするはず。
『げぇむすたあと』の時だって、何もわからないなら、他の初参加者みたいに、経験者についていくのが普通だと思う。
この子も、私と同じように、
もしかして、初参加者じゃないのかも?
「…ちょっといい?キミ、いくつ?」
「6歳」
「『げぇむ』は何回目?」
「『げぇむ』って…この変なイベントみたいなやつの事?」
「そうだよ」
「……初めてだよ。
…え?
今、何て言った…?
「今回は…?まさか、キミ…」
「…多分オレ、前に一度ここに来た事がある」
「え…?」
「…たまに、同じ夢を見るんだ。夢の中では、オレは赤ちゃんで…夢に出てくるのは、緑に侵された街と、赤い糸と、血の赤と、叫び声…ボロボロの女の人が、オレに何かを話しかけたところで、目の前が白くなって目が覚めるの。お母さんにその話をしたら、すごく驚いてた」
「驚いてた…?」
「うん。オレ、生まれてすぐの頃に、熱を出して心臓が止まった事があるんだって。だからお母さんが言ってた。きっと夢に出てきた人が、オレを助けてくれたんだろうねって。それでなのかはわかんないけど…全部覚えてるんだ。ここに迷い込んだ時の事」
男の子の話は、妙にリアルだった。
この子も、生後間もない頃に『今際の国』に迷い込んで、『げぇむ』を『くりあ』して生還した…?
…やっぱり、私の思った通り…ここは、心肺停止した人だけが来る、生と死の狭間の世界なんだね。
男の子が話すと、佐伯君が話に加わってくる。
「何か奇遇だね。僕も、一度ここに来た事があるんだ。キミがまだ生まれてない頃に、東京に隕石が降ってきてね…それで心臓が止まっちゃって、この国に来た。僕が今こうして生きてるのは、非力で臆病な子供だった僕を助けてくれた人のおかげなんだ」
「助けてくれた人…?」
「強くて、綺麗で、お人好しの女性だった。ちょうどそこにいるお姉さんみたいに」
その話を聞いた瞬間、点と点が繋がった。
どうして佐伯君の顔に見覚えがあったのか、彼が私を見ても大して驚かなかったのか、命がかかったこの状況でも私を助けようとしてくれてるのか、その理由がようやくわかった。
「キミ…もしかして、コウタ君…?」
私が言うと、佐伯君はパァッと表情を明るくする。
「良かった、覚えててくれた!」
「気付くの時間かかったよ…だって昔の面影なさすぎるから」
「ですよね…」
私が言うと、コウタ君がつられて笑った。
あんなに華奢で弱っちくてオドオドしてた子が、こんなガタイよくなってたら、そりゃ気付かないよ…
あの時は『また会える』って言ったけど、まさか本当に会えるとは思わなかったな。
「…こんな時に言う事じゃないかもしれないですけど…やっぱり、今言いますね。僕、好きです。ヒヅルさんの事…」
「えっ?」
「僕、12年前にここに来た時、ヒヅルさんに助けてもらってから、ずっと好きだったんですよ。あっ、もちろん、ヒヅルさんの幸せを邪魔しようってわけじゃなくて…ただ、僕にとってヒヅルさんは、大切な人だから…今度は、僕がヒヅルさんを助ける番です」
コウタ君は、機内の荷物棚を調べながら言った。
それを聞いて、私はほんの少し、彼の本心を覗いてみたくなった。
私は、コウタ君の耳元で尋ねてみた。
「…正直に言ってみ?本当に私を助けたいだけ?」
「……すみません。ずっとエロい目で見てました」
「素直でよろしい」
コウタ君が顔を赤らめながら言うので、それ以上は追及しないでおいた。
ここまで直球だと、何だか全く悪い気がしない。
私は、ヘイジやこの子みたいな、素直でお人好しな男に弱いのかもしれない。
それにしても、私を助けたい…か。
弱っちくて甘ったれのちんちくりんだったくせに、生意気言うじゃん。
「でもなぁ、私の方が優秀だからなぁ。今回も、私が助けちゃうかもね」
「それでもっ…!ヒヅルさんの事は、僕が守ります。僕も、男です」
コウタ君が頬を染めながらそう言った、その瞬間だった。
胸がきゅっと締め付けられて、お腹の奥がずくっと疼くような感じがした。
私はヘイジ一筋だし、ヘイジ以外の人と付き合うなんて考えられない。
だったら何だろう、この気持ちは。
「あ…」
ふと窓の外を見てみると、他の参加者は、既にスタート地点からゴール地点までの半分の距離を走り終えていた。
コース上には障害物があったみたいで、何人か重傷を負っていたけど、かろうじて全員生きているみたいだ。
「…ねぇ。何か変な音がしない?」
男の子が、唐突に口を開く。
耳を澄ませてみると、地響きみたいな低い音が聴こえてきた。
その直後、ゴゴゴゴ…と地響きが起こった。
そして、その次の瞬間。
――ドグォオオ…ン
◇◇◇
「う………」
どれだけ時間が経ったのかはわからない。
私は、全身を襲う激痛で目を覚ました。
「な、何これ…!?」
ふと目を覚ますと、下腹部に重いものがのしかかっているのを感じた。
下腹部が瓦礫で押し潰されていて、何かの破片が股間に刺さっている。
膀胱や子宮なんかの臓器が押し潰されたせいか、失禁しただけじゃなく、股間から大量の出血を起こしていた。
「う゛、あ゛ぁあああ!!」
痛い、痛い痛い、痛い!!
何これ…
何が起こったの…!?
ふと周りを見てみると、飛行機が崩れて、周囲は炎と瓦礫で囲まれていた。
……ようやく思い出した。
そうだった。
ここは、
人がゴミのように死んでいく、絶望に満ちた世界。
それがこの、『今際の国』だ。
「…ちゃん。お姉ちゃん!」
ふと、声がした方を見ると、男の子が瓦礫から這い出てきた。
私は、男の子の声のおかげで、冷静さを取り戻した。
「キミ……」
男の子は、頭から血を流して、左脚を赤く腫らしていた。
私より一回り以上小さい子供が、生き延びる為に必死に足掻いてる。
私には、帰りを待ってくれている人がいる。
私が生きなくてどうする。
「う…ぐぅ…あ゛ああっ!!」
私は、お腹の上の瓦礫をどかして、破片を抜いた。
破片を抜いて大量の血が出たけど、リュックに詰めた救急セットで応急処置をした。
痛みなんか知らない。
どれだけ醜態を晒そうと、血を流し尽くそうと、臓器が潰れようと、私は生きる。
私はその場で立ち上がって、男の子に歩み寄った。
近くに落ちてた鉄筋と布で添え木を作って、男の子の腫れた足を縛った。
「キミの事は、私が必ず助けるから…」
私がそう言って男の子を抱き抱えると、男の子は私の服にしがみついた。
すると、その時だった。
「う…う゛ぅ……」
コウタ君の声が聴こえた。
私は、声のした方へと駆け寄って、瓦礫をどかした。
「コウタ君…!」
私が瓦礫をどかすと、コウタ君が這い出てきた。
「ヒヅルさん…」
私が生きているのを確認したコウタ君は、安堵の表情を浮かべた。
身体のところどころから血を流してはいたけれど、彼も重傷じゃなかった。
瓦礫から這い出たコウタ君は、周囲を見渡す。
周囲は瓦礫と炎で埋もれていて、もはや原型を留めていない肉塊が大量に散らばっていた。
「嘘だろ…?生き残ったのは、僕達だけ…!?」
画面がバキバキに割れたスマホを見てみると、残り時間を示すタイマーの下に、『生存者 3名』と表示されていた。
他の参加者は、さっきの爆発に巻き込まれて全員死んだみたいだ。
…やっぱり、飛行機から出ないで正解だった。
だけど制限時間は…あと5分…
今から走っても、『たあみなる』に辿り着けるかどうか…
「お姉ちゃん…あれ、見て…!」
男の子が指差した先には、崩れた『たあみなる』の看板があった。
『たあみなる』までの距離は、僅か300mほどだった。
「『たあみなる』…?でも、何で…」
私は、ボロボロになった飛行機の瓦礫から身を乗り出して、後ろを覗いた。
見ると、飛行機のちょうど真後ろにあった貨物地区が跡形もなく消し飛んで、直径200mを超える巨大なクレーターからは煙が上がっていた。
それを見て、ようやく何が起きたのかを理解した。
「貨物地区が吹き飛んで、その時の衝撃波で機体が前に押し出されたんだ…」
私が意識を失う直前、背後の貨物地区が爆発して、凄まじい衝撃波が発生した。
その時の衝撃波で私達が乗っていた機体が前に押し出された一方で、外にいた参加者は衝撃波を生身で受けて、身体が弾け飛んで死んだ。
機体を2kmも吹き飛ばすだけの衝撃波を、人が生身で受けて無事でいられるはずがない。
ようやく、スタート地点が機内だった理由がわかった。
飛行機の中にいれば爆風が勝手に『たあみなる』付近まで運んでくれるし、外で起こった爆轟の被害も
だから外に出ずに、飛行機の中で身を隠しておくのが正解だったんだ。
……でも、いつまでもここにいるわけにはいかない。
制限時間まで残り僅かだし、何より、出口が瓦礫で埋もれてしまう。
早く『たあみなる』に行かないと…
「コウタ君、立てる…?」
「っす…」
「走れるなら、自力で走って。じきにここも崩壊する」
私は、男の子を抱えていない方の手でコウタ君を引っ張り上げた。
スマホの残り時間を確認すると、あと1分だった。
私とコウタ君は、男の子を連れて、『たあみなる』まで全速力で走った。
だけど、『たあみなる』まであと十数メートルのところで、嫌な予感がして後ろを振り向く。
見ると、機体を囲むように燃える炎が、飛行機から流れ出た燃料に引火しそうになっていた。
……まずい。
このままだと、『げぇむ』を『くりあ』する前に、爆発に巻き込まれて死ぬ。
「ヒヅルさん!!」
コウタ君の声が聴こえたかと思うと、思いっきり突き飛ばされた。
その次の瞬間、爆炎が私達を包み込んだ。
◇◇◇
「う………」
目を覚ますと、私の上にコウタ君が覆い被さっていた。
「ヒヅルさん…無事、ですか…?」
コウタ君は、そう言って微笑んだかと思うと、その場に倒れ込んだ。
私を庇って瓦礫に打たれたコウタ君は、大量の血を流していた。
「バカっ、どうして私を…!」
「言ったでしょ…今度は、僕が…あなたを助ける…番だって……」
そう言ってコウタ君は、ゆっくりと目を閉じた。
少しずつ、脈が弱くなっていく。
…ふざけるな。
私を庇ったせいで死ぬなんて、そんなの…私が許すわけないだろ。
「ふっざけんな…私は、筋の通らない事が大嫌いなんだよ…!言っとくけど、お前を守るって約束…まだ時効じゃねぇから…!!」
私は、コウタの背中の怪我に応急処置を施すと、仰向けにした。
すると男の子が、着ていたパーカーを脱いで、一番出血が多いお腹の傷を塞いだ。
「……お父さんとお母さんがお医者さんだから、やり方…少しだけ知ってる…」
私は、男の子が止血をしてくれている間に、コウタに胸部圧迫と人工呼吸をした。
「お前を生かして元の世界に帰さなきゃ、筋が通らないから…!無理でも無茶でも、お前を生かすんだよ!!さっさと起きろよ!!私を、嘘つきにするんじゃねぇ!!」
私は、コウタの胸を強く圧迫しながら叫んだ。
すぐさま人工呼吸をしようとした、その時だった。
「がはっ…!!」
コウタが、息を吹き返した。
コウタは、私の顔を見上げながら、息も絶え絶えに口を開く。
「ヒヅルさん…僕、少しはヒヅルさんに見合う男に…なれましたか…?」
「バカ…!」
私は、コウタの身体を思いっきり抱きしめた。
私の胸にコウタの顔が埋もれて苦しそうにしていたから、窒息する前に解放した。
そのままコウタに膝枕をして、私はコウタに正直な気持ちを伝えた。
「私は旦那一筋だし、娘もいるから、お前の気持ちには応えられない。けどさ…お前が私を守るって言ってくれた時…ぶっちゃけ、ちょっと濡れた」
私が言うと、コウタは頬を染めた。
私は、照れるコウタの頬を撫でた。
「だから、そう簡単に死ぬなよ」
「へへ…僕、生きてて良かったです」
コウタが言うと、私はもう一度コウタを力強く抱きしめた。
すると、その時だった。
スマホから、通知メロディが流れる。
《『こんぐらちゅれいしょん』。『げぇむくりあ』》
スマホを確認すると、『げぇむくりあ』を知らせる画面が表示されていた。
…良かった、ちゃんと『げぇむくりあ』したんだ…
私が安堵のため息を漏らした、その時だった。
「うあああ、ああああ…!!」
男の子が、私にしがみついて大声で泣き叫んだ。
『げぇむ』中は表情ひとつ変えなかったのが嘘のように、わんわん泣いた。
たった6歳の子供が、涙ひとつ見せずにこの国の理不尽に耐えられるはずがない。
本当はずっと、泣きたいのを我慢してたんだ。
痛かっただろうに、怖かっただろうに、よく生き延びたね…
私は、泣きながら私にしがみつくその子を抱きしめて、頭を撫でた。
すると、その直後だった。
――ドォン!!
空に無数の花火が打ち上がった。
その中でも一際大きな花火が打ち上がったかと思うと、遥か上空で巨大な花火が弾けた。
その瞬間、私の視界は白い光に包まれて、意識が途絶えた。