「時に星南さん。プロデューサーたるもの超人であれ、という言葉があります。」
「…唐突ね。どういう意味かしら?」
とある休日のお昼前、私…十王星南は私のプロデューサーから不思議な話題を振られた。
普段から突拍子もないことを言いがちな彼だけれど、今回はいったい何を言い出すのだろうか。
「アイドルをプロデュースする以上、様々なことをハイレベルにできなければならない、という意味です。決してキ〇肉マンに出てくる人たちのことではありませんよ。」
「いや、その注釈は必要ないわよ…
なるほど、プロデュースにおいて何が必要なのかはアイドルによって違う。だからこそ色々な選択肢を提示するためにもこちら側も経験を積む必要があるということね。」
「流石ですね。言いたかったことは大体分かっているようですし早速本題に入りましょうか。」
ふふん、私もだんだんと貴女のことが理解できてって…
「本題って、まさか今から始めるっていうの…?」
「はい。善は急げといいますからね。」
確かに今日は休養日だけれど…まぁ、あなたがプロデューサーの先輩として何かを教えてくれるというのなら断る理由はないわね。
「仕方ないわね。それで、いったい何をするつもりかしら?」
「はい、まずは虫取りから始めようと思います。」
「…ごめんなさい、もう一度言って貰える?」
「はい、まずは虫取りから――」
「どういう過程を踏まえたら『まずは虫取り』なんて答えに行きつくのよ!?」
数学の証明の問題なら余裕で減点を喰らってしまいそうなほどには大事な部分が抜け落ちてしまっている。
今回はいったい何を考えているの…?
「そうですね…星南さん、トップアイドルに必要不可欠なものはなんですか?」
「そうね…」
トップアイドル…それは、全てのアイドルが目指している頂点。
私が一度諦めた、そして今目の前に居る彼によって再び熱を灯し、辿り着いた場所。
「アイドルを支え導き、いつも隣に居てくれる優秀なプロデューサーじゃないかしら」チラ
「いえ、違います。」
「あ、そう…」
あ、違うのね…
ま、まぁ私にとっての答えだから間違いだとは思っていないけれどね?
「答えはファンです。当然のことすぎて頭から抜け落ちてしまいがちですが、アイドルの存在はファンに支えられて初めて成り立つものです。」
「確かにそうね…でも、まだこれがどう虫取りにつながるのか理解できないわ。」
「ファンの気持ちを理解する、と言えばいいでしょうか。
ファンの方々をより身近に感じることができれば、彼らの応援は貴女を支えるより大きな力となるはずです。」
「なるほどね。では虫取りである理由は?」
「男の子は皆カッコいい虫が大好きだからです。」
「そ、そう…」
「懐かしいですね、小さい頃はよく虫取り網を持って友人と駆け回ったものです。伝説のヘラクレスオオカブトを探して…」
「日本に野生のヘラクレスオオカブトはいないんじゃない…?」
「いましたより」
「いたの!?」
「近所の公園に。」
「近所の公園に!?」
「後で判明したことですが、公園の近くに住む田中さん家のアキレス君が脱走してただけだったみたいです。」
「そういうことね…」
「さて、昔の思い出を語るのはここまでにしてそろそろ準備しましょうか。星南さん、ジャージは持っていますか?」
「一応準備はしているけれど…本当に行くの?」
「えぇ、既に罠は仕掛けておいたので恐らくたくさん捕れますよ。」
「うぅっ…」
心なしかいつもよりプロデューサーの目が輝いているように見えるわ…
「虫…虫ね…」
「どうかしましたか?」
「…いや、何でもないわ。着替えてくるから少し待っていて頂戴。」
「分かりました、では正門で待っておきます。」
◇◇◇
プロデューサーの運転する車に揺られること30分、私達は森へと足を運んでいた。
「ここって入っても大丈夫なの?」
「友人の両親の私有地なので安心してください。もちろん許可は取っていますから。」
「そうなのね。
…ところでこの計画はいつから準備していたの?」
「昨日昼食を食べていたらふと思いつきまして。そこから許可を取って罠を仕掛けて網を準備して…といった感じです。」
「相変わらずの行動力ね…」
時々思うが、この人は行動力がありすぎではないだろうか?
そもそもここまで乗っていた車も「プロデュースにおいて車はあった方が便利ですからね」と言って買ったものだし…
「星南さん、ちょっとこっちを向いてください。あと目も瞑って。」
「?えぇ、分かった――」プシュー
「ちょ、ちょっと!?」
「暴れないでください、ただの虫よけスプレーです。」
「もう!そういうことは先に伝えなさい!」
「すみません、それでは中に入りましょうか。」
「貴方、もしかしなくても反省してないわね…?」
「さぁ、どうでしょうか。」
「全く…!」
そんな会話をしながら歩いていると、急にプロデューサーが立ち止まった。
「どうしたの?」
「静かに、折角の虫たちが逃げてしまいます。」
そう言われ、プロデューサーが指を差した方向を見ると…
「わ、わぁ…」
そこにはプロデューサーの仕掛けた餌に釣られてきた虫がうじゃうじゃしていた。
「どうしましたか、そんなちい〇わみたいな声を出して。」
「い、いえ。なんでもないわ…」
ここまで読んできた皆さまはもう御察しだろう。
そう、何を隠そうこの十王星南は虫が苦手なのである。
あれは5歳の夏頃だっただろうか。地面に落ちていたセミに近づくと…もう二度と体験したくはないわね…
…うん、夏…?
「…そういえば、今って何月だったかしら?」
「…星南さん、それ以上はいけません。」
「いや、でも…」
「あなたはカ〇オが毎年5年生なことに疑問を抱くのですか?」
「…それもそうね!」
「はい、それでいいんですよ星南さん。
では早速…いいですか?虫たちは今餌に夢中なので大きな音や揺れを感じない限りは急に飛ぶといったことはありません。注意して近づきましょう。」
「分かったわ。」
だんだんと虫たちと距離を詰める私達…うっ、近づいてみるとやっぱりキツイものがあるわね…
プロデューサーの方は…
「素晴らしい…素晴らしいですよ星南さん…!」
「なんだかいつもとテンションが違わないかしら…?」
「男性は誰でも虫を前にすると小学生に戻るものなんですよ。」
「そうなのね…」
「まずはコイツから…!」
そういうとプロデューサーは目にも止まらぬ速さで虫を捕まえかごの中にいれた。
「恐ろしく速い捕獲…私でなければ見逃してしまうでしょうね。」
「こういうのは速度が命ですからね。」
そういいながらもプロデューサーは次々と虫をかごに入れていく。
…かごの中は見ないようにしましょう。
「さてと、これで全て捕獲し終わりましたね。」
「そうね…因みに、その虫はどうするつもり…?」
「折角ですし事務所で飼育しようかと。」
「やっぱりそうよね…」
「何かありましたか?」
正直毎日この虫たちと顔を合わせるのは中々厳しいのだけれど…
「?」キラキラ
こんなキラキラした目のプロデューサーに嫌だなんて言えないわ…!
「な、なんでもないわ…」
「そうですか…あ、あんなところにヘラクレスオオカブトが。」
「嘘でしょ!?」クルッ
「ほら、あそこですよ。」パッ
「ほ、ほんと…?」
「…あぁ、よく見たらただの葉っぱでした。期待させてしまってすみません。」
「何よ、人騒がせね…あら、その虫は?」
「そこらへんを飛んでいたので捕まえました。」
「…素手で?」
「もちろん。」
「凄いわね…」
「…ところで星南さん、少し話があるのですが。」
「あら、何かしら――」バッ
「あっ」
急に何かで視界が…これ、まさか…
「…プロデューサー、今私の顔についているものは何?」
「…正直に言ってしまえば、貴方を傷つけることになるかもしれません。」
「それでもいいのよ、言って頂戴。」
「…その、大きな蛾が…」
「そう…」フッ…
「…星南さん?」
「…」
「返事がない…まさか…!?」
「た、立ったまま気絶している…
一番星としてのプライドは保ったというわけか…」
「すみません、もっと早く星南さんは虫が苦手ということに気づけていれば…
背中についていた虫は秘密裏に処置できましたが、まさか顔に飛びつく虫がいたとは…星南さんから溢れ出るオーラは虫にも有効なのだろうか?」
「とりあえずこの捕まえた虫は逃がすとして…
…起きそうにないな、しかたない。車まで背負っていこう。」
「…とりあえず、虫の出るイベントはこれから取らないようにしよう。」