殺人鬼は夜を喰む   作:最中庵

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第五夜 憂鬱なアフタヌーンティー

「はぁ、厄介だなぁ」

 

盈月(えいげつ)』が『熾火(おきび)』『戒律(かいりつ)』と接触した翌日。場所はとある喫茶店。その金額設定と品質の高さからやってくるのは上品な客ばかりで、学生や質の悪い客が入らない高級店。

 昼下がりに、そんな喫茶店で『盈月』はアフタヌーンティーを楽しんでいた。テラス席で、忙しなく行き交う人々を観察しながら『盈月』はアールグレイの入ったカップを傾ける。テーブル中央にはクッキーが置かれ、それを小さな口でひとかじり。

 昼なので仮面は外しているものの、サングラスで目元を確認することはできない。口元はシャープな顎と筋の通ったキレイな鼻立ちがうかがえるが、それだけ。到底、街最強にして最恐にして最凶にして最狂の殺人鬼の姿とは、誰も思わない。

 サイドで一つにまとめた赤い髪を弄りながら、『盈月』はため息を吐いた。

 彼女が思い出すのは昨晩のことだった。

 

 ◆◆◆ 

 

 『茫漠(ぼうばく)』と不幸少女が情報屋メイルのところを去って間もなくして、『盈月』は同じく情報を求めメイルの元を訪れていた。しまっているシャッターの前に立ち、「アイスコーヒーを一つ。サイズはMで氷は抜き。ガムシロ二つにミルクはナシで」と『茫漠』と同じ文言でメイルを呼び出す。

 

「なんだなんだ……だからここはそんなスパイ映画みたいな」

 

 言いかけて、メイルはすぐに顔を引き締めた。対面するだけで否応なしに与えられる死の予感。『盈月』を前にして、数度言葉を交わしている彼とて冷や汗を止められなかった。

 

「……あー、なんの御用で?」

「久しぶり、メイル。今日は少し仕入れたい情報があってね。とある人の情報なんだけど」

「あの『盈月』がわざわざオレに所望する情報ねぇ……期待には応えられそうにないが」とぎこちない笑みを浮かべるメイル。

 

「いや、知ってると思うよ。『天秤』ってやつだ。おそらく、近々『茫漠』みたいにウン人目の殺人鬼を名乗るんだろうけど」

 

 殺人鬼たちが名乗っているコードネームのようなもの。名前を捨て、その殺意と殺しに見合った名を冠する彼ら特有の呼び名。わざわざ『天秤』と、殺人鬼の様式美に習っているところからそれは容易に予測できる。

 そんな”殺人鬼予備軍”である『天秤』の名に、今度メイルは顔をしかめた。

 

「おおかた、『天秤』の詳細な情報を寄越せとかいうんだろうがな。こっちはこっちで守秘義務がある。オープンな情報ならいいが、それ以外はダメだ。たとえ、天下の『盈月』様相手であろうがな」

「……ちっ」

 

 殺人鬼の情報をむやみやたらに開示すれば、どの殺人鬼から恨みを買って肉片にされるかわからない。メイルもメイルで、その分別はついている。

 仮面の下で、今度は『盈月』が顔をしかめる。友人のような砕けた態度を続ける『盈月』に、メイルは少し安堵したように小さくため息をつく。

 

「なら、『茫漠』だ。『茫漠』の場所をしらないか。どれだけささいな情報でもいい」

「それもダメだな。『茫漠』の位置の情報はオープンじゃない」

「逆に言えば、わかることはわかるんだな。彼の”殺意”の外にいるのか」

 

 ”揺らぐ殺意”の『茫漠』。不定形な彼は、普通誰にも捉えられない。記憶すら許されない。それが彼の身につけた”殺意”──技術であり、特技であり、能力だ。

 メイルが未だに彼のことを記憶できているのは、彼の意思で記憶を許されているから。情報屋を利用する『茫漠』にとっても、メイルとは良き関係でいる必要がある。

 

「まぁな。だが……そうだな。こっちの質問に答えてくれるのなら考えよう」

「本当か?」

「あぁ、『茫漠』の位置に関してはグレーラインではあるからな。オープンとも呼べるし、そうじゃないとも言える。ノーリスク、というわけにはいかないからな。リターンがなきゃな」

「いいだろう。今だけ、どんな質問にも嘘偽りなく応えようじゃないか。神に誓うよ」

 

 この殺人鬼が跋扈する街で、しかも対して信心深くもなさそうな『盈月』の薄い言葉と誓いを訂正することなく、メイルは質問を繰り出す。

 まるでこれまでずっと聞きたがっていたかのように。あるいは情報の商いをする者としての性なのか。抑えが効かないかのように、目の前にいる最悪の殺人鬼のことも忘れ、興奮気味だった。

 

「三年前、まだ五人の殺人鬼が台頭していない蠱毒の時代」とモノローグを語るかのように、粛々と彼は言った。

 

「ゴロツキも殺し屋も未来の殺人鬼も、悪党どもが入り乱れ、街が荒れに荒れていたあの時代。街の片隅で一件、殺し合いが発生した」

 

 当時、どこどこで誰々が殺し合っていただとか、そういう情報はいくらでもあった。日常茶飯事であり、ありふれたこと。それを、さも特別かのように。いや、メイルにとっては実際特別な事件ではあった。

 

「殺し合った二人は両者とも重症を負った。だが、”赤髪の女はどうにか逃げおおせた”と目撃情報がある」

 

 どこかとぼけるように、『盈月』は「うん」と短く返事をする。

 

「”赤髪の女”はそこから大きく話題になった。瀕死の女をいいことに、なぶろう殺そうとたかってきた男どもをことごとく殺害。「死にかけのくせに、なんて恐ろしいやつだ! どうやったら殺せるんだ!?」とねっ」

 

 目の前の、仮面をつけた赤髪の殺人鬼を見つめながらメイルはさらに熱を込めて語る。

 

「だが! それだけ”赤髪の女”は話題になったのにもかかわらず、その女を瀕死の重傷まで追い込んだ相手の目撃情報はちっともない。不思議なくらいに、不自然なくらいに」

 

 赤髪の女はお前で、なんの足跡も残さないアサシンは『茫漠』だろ?

 口には出さなかったが、彼の態度がそう語る。そしてこれは正しい。街の隅で怒った殺し合い。その結果は、『盈月』が瀕死の重傷で決着。その上逃亡。相手方の『茫漠』も重症だと予測されているのは当時現場に残っていた血痕の量からであるが、その詳細は定かでない。

 だからこそメイルが問うているのはその中身。決着はどうだったのか? その殺し合いは、どのような攻防だったのか? どちらから仕掛けたのか? 使った武器は?

 さながら芸能人のスキャンダルをすっぱ抜くマスメディアのように、まくし立てて質問を繰り出す。

 それを氷山のように、『盈月』は静かに一通り受けきってから、口を開く。

 

「決着は……まぁ、私の負けか」

「やはりか!」

 

 街の最強の敗北した事実に、メイルは興奮を隠しきれていなかった。

 

「現場には大量の血痕が残っていた。『茫漠』も無傷じゃなかったんだろうが、それはどうやった」

「あの殺し合いは私から仕掛けたものだからね。先手を取っただけだ」

「襲いかかったのか? 血の気が多いな」

「目と目があったら得物でバトルの時代だから」

「そんなポケットでモンスターなゲームみたいな」

 

 だが、逆に言えば、と『盈月』は自分の言葉を補足する。

 

「私が攻撃を当てられたのは”たったその一度きり”だ。それで深手を負わせるには負わせられたが、それ以降は私が一方的にやられるだけだった」

「……マジかよ」

「流石に正面戦闘に限れば私のほうが上だよ。だが、それをさせてくれないのが『茫漠』だからね」

 

 言いたいことだけ言い切ると、『盈月』はくいくいと手で煽る。情報を寄越せと言うことらしい。はっと我に返ったように、メイルは「あ、あぁ」と言いながら「だが、本当に『茫漠』の向かった先でいいのか?」とクイズの司会者よろしくの質問をする。

 結局のところ、場所がわかっても『茫漠』を捕捉することは不可能に等しいからだ。質問の意図を察してか、やはりと言うべきか『盈月』は『天秤』の情報を要求した。

 

「『天秤』の情報はグレーじゃなかったのか?」

「あんな客よりあんたみたいな良い客に贔屓してもらいたいね。正直な話、オレはあいつが嫌いだ」

 

 もとよりメイルはこちらを開示する気などリスクが高すぎるゆえにさらさらなかったが、三年前の『茫漠』と『盈月』の決着によほど満足したのかあるいは『天秤』を嫌うがゆえか嬉々として話し始めた。

 

「じゃあ、『天秤』の情報でいいな」

「あぁ、些細な情報でもなんでもいい。最近、『戒律』を引き入れたり妙な動きが目立つからね」

「それなら、心当たりがある。おそらく『天秤』の目的は『盈月』の殺害だ」

 

 おおよそ想定通りの回答と言わんばかりに、『盈月』は頷いた。

 

「まぁ、このくらいあんたには容易に予想できただろう。だから、”次のターゲット”を知らせる。死にたくなきゃ死ぬ気でその殺人鬼の加入を阻止したほうが良い」

 

『戒律』に引き続き打倒『盈月』のために引き入れる殺人鬼──それを、メイルは口にする。

 

「──『茫漠』だ」

 

 ◆◆◆

 

『天秤』の立ち回りから、殺人鬼を収集し『盈月』殺害を企てているのは明白だった。合理的な思考と打算的な手を好む『戒律』を手始めに引き入れたのも、その説を後押ししていた。

 そして、わかったうえで『盈月』は問題ないと判断した。そもそも殺人鬼が束になることは”ありえない”から。良くも悪くも我が強すぎる連中、それが集団行動? 聞いて呆れる笑わせる。彼らは蠱毒と言う暗黒時代を実力で生き抜いた実力者であり、それぞれが個として完成している人間だ。群れることは似合わない。

 しかも、仮にそれが叶ったとして『盈月』を殺せるかは別の話だ。可能性で言えば不可能ではないが、確実とは言えない。それくらい、彼女は戦闘において絶対の強者である。

 

 しかし、『茫漠』が『天秤』の手に落ちるのならば話は変わる。

 

 戦闘において絶対の強者も、”殺し”という無法の戦闘においても最強というわけではない。それは三年前の戦闘で明確になっている。現在君臨している殺人鬼プラス『茫漠』が揃えば、最強と謳われる彼女とて死を覚悟する必要がある。

 さらに厄介なのが──

 

「二番目に狙うのが『茫漠』……しかも非現実的な話じゃない」

 

 知ってか知らずか、『天秤』の狙う先は『盈月』の天敵。手が早すぎる。その上『茫漠』は現在『戒律』に追われる身だ。『天秤』と『戒律』が協力関係にあるなら、それを利用して取引を持ちかけることができる。

 

「どーせ「『戒律』から逃れたければ俺様の仲間になれ!」みたいなことを言うんだろうなぁ」

 

 それに応じるかどうかは誰にもわからない。『盈月』は知らないが、現在『茫漠』が計画しているとおりに『戒律』は殺されるのか、彼女の予想通りに面倒ごとを避けて『天秤』につくのか。

 何にせよ、現状彼女が取れる行動は『天秤』を牽制し、『茫漠』が『ヴィジランテ』に所属することを絶対に阻止することだけだ。だが肝心の『天秤』を炙り出そうにも情報が皆無に等しく、交渉たり得る『戒律』を殺そうにも数が数だ。『盈月』でも根絶やしにすることは不可能に近い。

 ならば、先手を打って『茫漠』を引き込みたいところではあるが彼が今『戒律』から身を隠している影響で探せど探せど見つかるはずもない。

 

「やられたな」

 

 一杯食わされた。どう考えても『天秤』が有利になるように状況が動いている。”あの”『盈月』が後手に回されている。用意された盤面、整えられた戦場。戦いの火蓋はもう切られている。

 三年前、『盈月』が先手を取り『茫漠』に重症を負わせたことを思い出す。今回は、まるでその逆ではあるが。

 皮肉めいた笑みを浮かべながら、『盈月』は店を去る。目的地は、『ヴィジランテ』本拠地。唯一『天秤』の情報が残されているであろう地へ。

 




私も紅茶はアールグレイが好きです。
というか、それ以外の紅茶をあんまりよく知りません。
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