砂藤力道の通う小学校では、きっと当時のどこの小学校でもそうであったように、ヒーローごっこが流行っている。彼はまだ三年生。ヒーローになると口にすれば、親は現実的なことを一切諭さず、『子供の夢』として応援してくれる年齢だ。
砂藤少年も、ではヒーローになるにはどうすれば良いのかという具体的な行程を考えず、ひとまずヒーローに憧れ、ヒーローになりたいと思っていた。その程度の夢だった。
男児がヒーローの鮮烈な戦闘に魅了されるのは世の常であり、彼もまたそんな少年の一人。全国どこにでもいる平凡な少年である。
その日も昼休みはクラスでヒーローごっこだった。ジャンケンでヒーロー役とヴィラン役を決めて、やり過ぎない程度に戦うのだ。彼はヒーロー役を勝ち取った。拳を握りしめ、ヴィラン役となった矢野という女子生徒目掛けて走っていく。
矢野は人を馬鹿にすることが多く、自分は偉いのだと勘違いしているような女だった。運良く造形の良い顔に産まれてきたうえに、彼女に媚を売る子が多くいたせいだろうと彼は思う。大多数とは反対に、彼は高飛車な態度が気に食わず、嫌っていた。そんな砂藤を矢野も嫌っていた。
ただでさえ嫌いなのに、その日の給食のときに事件があった。自分の親友を泣かせたのだ。親友が食べようとしたゼリーを叩き落として踏みにじった。そのあと自分のゼリーを差し出すことも無く、彼女は女子数人と笑っていた。あのくちびるお化けとつるんでるから。友を慰めてゼリーを半分食べさせてやると言ったあとでそんな声が聞こえた。
仕返しをしてやろうと思った。同じように泣かせてやると意気込んだ。そしてヒーローごっこが始まる。
簡単だった。彼女の個性は、人形を動かせるというものだったが、校庭にそんなものは無い。真っ直ぐに矢野の元へ走っていき、腹部を殴った。
彼女はその場へ腹を抑えてうずくまった。糖分を摂取するまでもなかった。
「やってやったぞ」とか「ざまあみろ」だとか、そんな爽快感は無かった。
あったのは興奮だった。体の奥が熱く、風邪の時みたいに背筋へゾクゾクとした感覚が流れ、ペニスは固くなっていた。初めての勃起だった。
いつもは生意気な矢野が呻き声を上げて、土下座をするようにうずくまり、無様に痛がっている。その光景は凄まじい快感を生んでいた。
拳にはグ二っとした矢野の腹部の感触が残っており、それを意識するとますます気持ち良かった。
もう一度殴りたいと思った。親友のためにというヒーロー的衝動はとうに失われていた。ただ快感が欲しいだけだ。
矢野の髪を掴んで顔を上げさせる。口を必死に動かして「やめて」と「ゆるして」と泣きながら訴えていた。しかし彼女のその嘆願は逆効果で、泣き顔は舐め回したいほどに扇情的だった。あんなに可愛い顔が痛みと恐怖に歪んでいたのだ。
髪を引っ張って彼女を立たせようとしたが上手くいかなかった。彼女が拘束を解こうと、指で彼の手を引き剥がそうとしていた。彼女の爪が手の甲に刺さって痛い。
「早く立て。立たなかったら次は顔を蹴る」
そう言った。矢野はよろよろと立ち上がる。髪を手前へ引っ張って彼女の体をこちらへ寄せた。それに合わせて渾身の力で拳を腹部へ突き刺す。
「い゛き゛っ……!」
彼女は再び地面にへたりこんだ。ぐにぐにとした感覚を手の骨で味わった。彼女は咳と嗚咽を繰り返し、そして嘔吐した。給食のクリームシチュー、星型に切られたニンジンが地面に落ちる。彼女は殴られたところを抑えるのに必死で、嘔吐を気にする余裕は無さそうだった。彼女は震えていた。乾いていた校庭の一部が、彼女下半身の周りだけ濡れていた。漏らしたんだなと気づく。
彼女の髪を掴んでいた自分の手の平を見ると、多量の髪がそこにあった。殴ったときに抜けたのだろう。「お母さんに毎日梳かしてもらってるの」とクラスで自慢していたのを思い出す。現実に引き戻される感覚がした。
何をやっていたんだ、と思った。我に返って謝れど、もう遅かった。矢野の友達が彼女に駆け寄り声をかける。そして涙を帯びた瞳で砂藤を睨んだ。
それから、親を呼ばれて叱られた。両親が相手の親に頭を下げている光景は目に焼き付いている。
家に帰って、風呂に入ってベッドに入っても、興奮は直ぐに取り出せるほど鮮烈だった。イチモツはすぐさま熱と硬度を持った。そして……
これは、精通したときの思い出。周りからはヴィランだと罵られ、学校に居場所がなくなり、最後には転校するハメになったけれど、これはいい思い出。これは彼がヒーローを目指すきっかけ。
砂藤力道のオリジンだ。
ヒーローになれば、ヴィランを合法的に殴れる。たまには可愛らしい女ヴィランもいることだろう。親を悲しませることなく、むしろ世間からは賞賛を受けながら私欲を満たす。そんな思いから、ヒーローを志した。
本気だった。なんとなく抱いていた夢が輪郭を帯び、次第にはっきりしていった。
ヒーロー科に行かねばならない。けど、どこの高校も倍率は高い。
だから彼は必死に勉強した。まだ九歳の子供が自分の将来を見すえ、親に言われるがままにでは無く、自分の意思で勉強に打ち込んだのだ。当然、周りの小学生とは小さな差が生じる。
その差は日を重ねる毎に大きくなり、彼が中学三年になりいざ受験という時期には、積み重ねは圧倒的な偏差値という形で現れた。
そして彼は雄英高校に合格する。行けるならば、より上の学校に行き、多くの依頼が来るようなヒーローとしてデビューした方がいい。かわいい女ヴィランが出現する確率は定数なのだから絶対数を上げる他ないという判断だ。
かくして、腹パン大好き砂藤少年は期待に胸と股間をふくらませ、雄英の門をくぐった。
4歳時の個性診断:糖分摂取によるアドレナリン増加により通常の5倍の身体能力を発揮する。
16歳現在、もし診断を受けたら:アドレナリン生産量に依存して、指数関数的に身体能力を向上させる。砂糖を接種した程度では五倍の身体能力。だが、特に性的興奮を覚えたときの身体能力は計り知れない。
4歳のときは性的興奮なんて知らないから誤診もするさ