不可避のF/風都の聖杯戦争   作:otmo

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Kの疾走/ハーフボイルドとハードボイルド

 本物の仮面ライダーを目の当たりにしたことで、大きく狼狽したものの、青年は未だ仮面ライダーの幻想から手を離すことをしなかった。

 そして素早くポケットに手を伸ばし、中からUSBメモリ状の物体を取り出す。

 

「これは……仮面ライダーの物だ……俺の物なんだ!」

 

『スパイダー!』

 

 青年が作動させたメモリからガイダンスボイスが発せられる。

 そのまま青年はメモリを自身の体に突き立て、青年の体はグロテスクな怪人――ドーパントへと変化していく。

 それと同時に、仮面ライダーがドーパントへと飛び掛かる。

 強烈な左ストレート。

 ドーパントにはガードされたものの、それは防がれることを前提とした攻撃だった。

 両腕をガードのために上げたことでがら空きになったボディに、唸りを上げる水月蹴りが叩き込まれる。

 

「ゲッ……ハァ……!」

 

 苦悶の息を吐きながらも、ドーパントは蹴られたと同時に半身をずらすことで、ダメージを緩和し、そのままの勢いで右腕の拳撃を放った。

 しかしそれもライダーは完全に見破っており、スウェーバックで最小限の回避を見せる。

 そしてドーパントの腕が伸びきった瞬間にドーパントの手首に右手を当て、左手で肘に手刀を叩き込んだ。

 

「グァ!」

 

 ドーパントは腕が折れないよう回転しながらライダーの攻撃から逃げ出し、這う這うの体で距離を離す。

 

「観念しろ。俺も無駄に痛めつけるような真似はしたくねぇ」

 

 短い攻防だが、身体能力、格闘能力共に仮面ライダーの方が上回っていることを、お互いが確信した。

 今の手刀は本気だったら腕をへし折るどころか、切り落とすことすらできただろうということは受けた当人もはっきりと理解していた。

 だがドーパントも素直に降参することもない。巨大な左腕の鉤爪でライダーへと切り掛かる。

 

「だからもうやめとけって――」

 

 ズシャッ、というタオル地を強引に引き千切ったような音が周囲に響く。

 

「チッ……」

 

 ドーパントの鉤爪が、浅いもののライダーを傷付けていたのだ。

 

《翔太郎?》

 

「悪い、油断した」

 

 仮面ライダー――翔太郎は、脳内に響く相棒の声に応える。

 翔太郎は少ない動きで回避を行い、そのまま反撃を試みるつもりだったが、距離を読み間違えたのだろうと考えた。

 しかし――

 

「シャァァァァァ!」

 

「調子に乗るなよ……!」

 

 ドーパントの攻撃を捌くことが徐々に厳しくなっていく。

 相手の動きが早くなっている? いや、これは違う。

 

「なんだ? 動きが、体が重い……!?」

 

《! 翔太郎! Wの体を見るんだ!》

 

 その声にライダーは自身の体を見た。

 うっすらとだが、まるで霞のようなものが、全身に張り付いている。

 

「なんだこりゃぁ!?」

 

《どうやらあのドーパントの能力の一つらしいね。周囲に目に見えないほどの細い糸が漂っている。高速であのドーパントの周囲を動けば動くほど、体に絡みつき、動きを阻害するわけだ》

 

 中毒症状が相当に進んでいる青年は、メモリを使用する前からすでに糸を纏うほどとなっていた。

 先程切嗣は、相当に離れたつもりでも、青年が周囲に漂わせていた糸に触れてしまい気付かれたのだ。 

 

「だったら糸で雁字搦めになる前にケリをつけるぜ!」

 

 気迫を漲らせるライダー。

 一方有利になったはずのドーパントは――

 

《!?》

 

「逃げた!?」

 

 くるりとライダーから背を向け、束ねた糸を放ち、それを倉庫の屋根にくっ付けると、凄まじい速度で引き戻して、さながら逆バンジーのような挙動で戦線を離脱した。

 自身が仮面ライダーという幻想に浸るためには、今現れた仮面ライダーという現実を否定しなけれならない――しかし多少有利になった程度の今の自分が戦うには、あれはリスクの高い相手だ。

 大きく精神を乱されながらも、ドーパントは狡猾さを失ってはいなかったのだ。

 

《翔太郎、敵は三次元的な移動をしている。地を走るハードボイルダーでは不利だし、かといってタービュラーユニットを換装する時間もない!》

 

「ああ、わかってる! こいつを使う!」

 

『ルナ!』『ルナジョーカー!』

 

 サイクロンのメモリをバックルから引き抜き、ルナのメモリを挿し込む。

 すると緑の半身が金の輝くボディーへと変わった。

 

「行くぜ!」

 

 金の半身の腕が熱した飴のように不可思議に垂れると、次の瞬間勢いよく伸びて、倉庫の屋根を掴み、凄まじい勢いで縮ませ、ドーパントを追う。 

 上空に舞い上がると屋根から手を離し、次は街灯を掴み、次は建設途中のビル、次もまたビルと、さならが蜘蛛をモチーフとしたアメリカンコミックのヒーローのように移動する。

 

「くっ……速いな」

 

 前方のドーパントもまた同じように移動している。

 その糸による移動スピードは凄まじいものがあった。

 

《大丈夫だ、翔太郎。わずかだが僕たちの方が速度を上回っている。だがこのままでは繁華街に突っ込みかねない。夜中とはいえ今の時間なら人もまだ多いだろうし、ドーパントがそこへ行けばどんな被害が出るかわからないよ》

 

「ああ、任せてくれ。人がいない場所に行くよう誘導している」

 

 ライダーは追う立場でありながら、人通りの多い場所へは逃げれないよう、巧みに追いかけ誘導していた。

 だが――

 

「行ける! あと一手で追いつく!」

 

《! 待て、翔太郎!》

 

 いかに避けたとはいえ、大都市で移動を続ければどうしても人と会ってしまう。

 ドーパントはたまたま通りかかった女性に目を着けると、次はビルではなく、その女性に糸を放った。

 そして引き寄せると、そのまま遠くへ放り投げる。

 仮面ライダーの“二人”は一瞬の間に思考を張り巡らせた。 

 このままでは女性は地面と激突して、まず助からないだろう。

 しかしそちらに手を伸ばし傷付けないよう着地すると、間違いなくドーパントは取り逃がしてしまう。

 

「あの野郎……!」

 

《翔太郎……!》

 

「……あの人を助ける!」

 

 腕が縮む僅かな時の間に結論を出す。

 しかし手をビルから離し空を舞い、次に手を伸ばす刹那にライダーは信じられない光景を見た。

 何者かが凄まじい速度で移動している。

 そしてその人物は、とある地点でぴたりと足を止める。

 そこは女性の落下地点と思しき場所だった。

 

《的確な位置だ。間違いない、あの人物は女性を受け止める気だ》

 

「信じるぜ……」

 

 ライダーは伸びない方の左手でサポートツールのメモリガジェットを女性の落下速度緩和のために送り出しながら、伸びる右手をドーパントへ伸ばした。

 逃走を続けようとしたドーパントだったが、ライダーの伸びた手にガッシリと頭を掴まれる。

 

「おりゃぁ!」

 

 そしてそのまま勢いよく地面へと投げ付ける。

 地面に打ち付けられたドーパントは、いよいよ逃げられないと観念したのか、決死の抵抗の構えをとった。

 

「俺は……俺は……仮面ライダーなんだ! お前なんかに否定されるいわれはないんだ! この街を守る英雄なんだ!」

 

「そのために一体どれだけの人間を傷付けてきた? 守るべき街を傷付けるお前がするべきことは戦う事じゃない。懺悔だけだ!」

 

 ライダーはドーパントを力強く指差す。 

 

「《さぁ、お前の罪を数えろ!》」

 

 糸による動きの減衰は効いていたのだ。たとえ向こうが格上でも勝機はある。

 ドーパントは糸を放った。

 ライダーは軽やかなステップワークでそれを回避したものの、今度は移動の時の束ねた糸ではなく、拡散させた糸である。

 たとえ直撃しなくとも、宙に舞う細かな糸はライダーに絡んでいく。

 今ドーパントの周囲は、周囲に漂う糸でさながら霧に包まれたかのようになっていた。

 今ならライダーの機動性は大きく損なわれているはずと、確信と共にドーパントは左手の鉤爪で突きを放つ。

 だがそれは打ち払われ、ドーパントに強烈なボディーブローが見舞われた。

 

「ゲボッッ!」

 

 なんだあの機敏な動作は、鋭い攻撃は。

 糸が絡んだはずなのだ、もうそんな動きができるはずはないのに。

 疑問に思うドーパントが注視すると、さっきまで金色だったライダーの右半身が真っ赤に染まっている。

 それだけではない、まるでその右半身の赤が周囲に広がったかのように、炎がライダーを包んでいる。

 ドーパントに知る由はない。

 これこそヒートジョーカー。灼熱の記憶、ヒートメモリを宿す熱き切り札。

 身に纏う炎は微かな糸など跡形もなく焼き尽くしてしまっていた。

 

「くそ! くそ! くそぉぉぉぉ!」

 

 ドーパントは遮二無二突撃する。

 だがその攻撃はライダーには届かない。

 拳は逸らされ、蹴りは受け止められ、鉤爪は迎撃でへし折られた。

 もはや狡猾さも失い、恐怖一色に染められたドーパントは必死で距離を離し、ありったけの糸をライダーに向かって放った。

 しかしライダーがくり出す炎の手刀は、さながら海を割ったモーゼの如くその糸を引き裂き、ドーパントへ肉薄する。

 

『ジョーカー・マキシマムドライブ!』

 

「《ジョーカーグレネイド!》」

 

 ライダーの火焔を巻き起こす右拳がドーパントの横っ面を殴りつける。

 必死でガードしたドーパントだったが、その一撃はガードごとドーパントを跳ね飛ばした。

 跳ね飛ばされたドーパントの逆側から、“ライダーの左半身”が現れ更に一撃を見舞う。

 更に飛ばされた先に右半身の一撃が、また飛ばされた先に左半身の一撃が。更に右半身が、更に左半身が――

 怒涛のラッシュはドーパントに行動の余地どころか思考の余地すら与えない。

 

「これでフィニッシュだ!」

 

 最後に渾身の一撃が放たれ、ドーパントが爆炎に包まれる。

 

「安易に仮面ライダーの名を名乗るもんじゃないな……唇を火傷するぜ?」

 

 再び一つになった仮面ライダーは、爆風を背に受けながら額の触覚を帽子のつばのようにキュッとこすった。

 爆炎が収まった時、そこには倒れた青年と砕かれたガイアメモリが転がっていた。

 症状は軽度とは言えないが、今から治療すればまだ間に合うだろう。

 青年の様子を見てとったライダーは、その驚異的な身体能力を活かし、大急ぎで先ほどドーパントが投げた女性の元へ向かった。

 しばらく走ると、落下地点と思わしき場所に、パタパタとはばたくメモリガジェットのバットショットと寝かされた女性を見つけた。

 気絶しているが外傷と思わしきものはない。

 ライダーは胸をなでおろすと、次にコンテナの影に倒れていた男に応急処置を施し、そして変身を解き、特殊携帯電話機であるスタッグフォンで警察と救急車を呼んだ。

 

「窃盗犯をとっちめる心積もりだったが……やれやれハードボイルダーをリモートで戻さなくて良かったぜ」

 

《まさか窃盗犯がメモリの使用者だったとはね》

 

 青年――翔太郎の脳内に相棒であるフィリップの声が響く。

 

《あの人物は何者だったんだろう? 確か僕達が駆けつけた時、コンテナターミナルにいた人物だと思うが……》

 

 すでにその人物は姿を消していた。

 周りを見回すと、そこは先ほどのコンテナターミナルの近くだった。

 追跡を繰り返すうちにぐるりと円を描くように元の位置に戻ってきたらしい――そうなるように誘導したのではあったが。

 

「さぁな……だが奴がこの女性を助けた……今はそれだけでいいさ」

 

 とは言ったものの、翔太郎もあの人物が気になってはいた。

 あの人物の人間離れした移動スピードが、ではない。

 その人物がどういう立ち位置にいるかはともかく、そうした事が可能な人間はこの世界の裏には相当数が潜んでいることを翔太郎は知っている。

 それよりも翔太郎が気になったのはあの人物が女性を助ける時に、ライダーである自分を見る“目”だった。

 仮面ライダーとして戦ううち、様々な視線を彼は浴びてきた。

 好奇、好意、敬意、驚嘆、安堵、戦慄、憎悪、憤怒、敵意、殺意、悲嘆、羨望。そうした視線の内、彼の目はどれにも当てはまらない気がした。

 

(ああ……そうか)

 

 警察と救急車を待つ間、翔太郎はその答えに至った。

 そうだ、仮面ライダーの姿でいる時、その視線を浴びた事は、少なくとも自身が知る限りでは一度も無い。

 あれは――侮蔑。

 

 

 

 バイクで移動する中、切嗣は後悔していた。

 なぜ女を助けてしまったのか。

 余計な事をした。

 下手をすれば戦いに巻き込まれたかもしれないのに。

 まさか風聞を真に受け、仮面ライダーが風都の守護者だと信じたわけでもあるまいし。

 体に大きな負担を与える“固有時制御”まで使い、なぜあんなリスクを負うような真似をしたのか……

 ぐるぐると回る思考を強制的に断ち切る。

 とにかくイリヤを癒す術式を終えたら、すぐこの街を離れよう。物事に悩むのはそれからでも遅くない――そう考える切嗣の懐で携帯のバイブが震える。

 おそらくアイリか舞弥だろうが、余程の事が無ければ連絡はしないよう指示してある。

 嫌な予感を抑えながら、切嗣は携帯を通話状態にし、イヤホンマイクでそれに応えた。

 

「どうした」

 

 聞こえくる声は舞弥のものだった。

 

「切嗣……! イリヤスフィールがさらわれました……!」

 

 予感は最悪の形で当たってしまった。

 舞弥は傷を負っているのか、時折苦しそうに咳き込みながら報告を続ける。

 

「そして敵を追ってマダムが……!」

 

「敵の姿は見たか?」

 

「いえ、一瞬の事でした……」

 

「わかった。僕もアイリを追う」

 

 そして通話を切る。

 舞弥の事を気にかけなかったわけじゃないが、切嗣は彼女の命が危機に瀕した時に反応する、呪的な合図を自身に仕込んである。

 それに反応がないという事は、彼女の傷は命に至るほどではないという事だ。

 切嗣は念のために着けておいたイリヤの位置を知らせる発信機と、舞弥と似たような呪的措置を施した合図(ただしこちらは安否関係なしに反応するようにしている)で位置の特定を開始する。

 しかしそのどちらにも反応がなかった。

 つまり発信機と呪的な位置特定用の印の両方がすでに破壊か、もしくは阻害されていることになる。

 

(敵は魔術にも現代技術にも通じているのか……!?)

 

 秘匿を旨とする魔術はそうそう身に着ける機会もなく、魔術師は現代の技術を軽視している。

 切嗣の経験上両方に精通している人間というのは、ほぼいないといってもよかった。

 

(一体誰が……!)

 

 切嗣はアイリの方の発信機の位置を確認すると、そちらを追う事とした。

 アイリが敵を追っているというのなら、そちらの方向にイリヤもいるということになる。

 命よりも大事な物を失いかねないという恐怖と焦燥にかられながら、切嗣はバイクを走らせた。

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