不可避のF/風都の聖杯戦争   作:otmo

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Mの世界/消えたケーキ

 二人が発ち、しばらくしてから切嗣もまた立ちあがった。

 おそらく何か当てがあるのだろう。それを口にしない以上、そこにイリヤがいるという確証は本人も得ていないのかもしれないが……

 切嗣はアイリへと視線を送った。

 アイリ本人はその視線の意味を図りかねたものの、舞弥には察しがついていた。

 ここにアイリを置いていくことが心苦しいのだ。

 確かに敵はアイリの存在を重要視してはいないように見える。だが敵の本当の目的が解らない以上、彼女がこの先狙われないという保証もない。

 そして敵は高い戦闘能力を持っている――たとえ舞弥が護衛につこうとも、イリヤを守りきれなかったように、今度もアイリを危険にさらしてしまうかもしれない。

 だがだからといってさらわれた娘を放っておくわけにもいかなかった。

 

「切嗣」

 

 舞弥は彼の心情を慮り、口を開いた。

 

「マダムは私が守ります――この命に代えても」

 

「……ああ、頼む」

 

 一度決断すれば、その行動は早い。

 舞弥の持ってきた荷物からいくつかのケースを取り出すと、そのまま振り返ることなく、着古したコートを翻し事務所を出た。

 

「あ、あれ? 切嗣さんは?」

 

 ケーキと紅茶を持ってきた亜樹子は、そこにアイリと舞弥しかいないため困惑した。

 

「……娘を探しに行ったわ」

 

「その、心配なのはわかりますけど、警察とウチの探偵に任せてくれた方が……」

 

「ごめんなさい。でも、あの人も強い人だから……」

 

「はぁ……」

 

 やはり竜の言うように、亜樹子にも三人は何か普通の人とは違うと感じられた。

 

(まぁ、普通じゃない所を探す方が難しいんだけど)

 

 強いて言うなら衛宮切嗣の外見だけは、くたびれたサラリーマンのように見えなくもなかったが。

 ともかく亜樹子はアイリと舞弥からできるだけ情報を引き出そうとした。

 情報は多ければ多いほど、フィリップの“検索”の“キーワード”が増える。ひょっとしたらイリヤの居場所を探り当てる役にも立つ事もあるかもしれない。

 しかし何を聞いたものか亜樹子は迷った。まさか『何か隠してるんですか?』と聞くわけにもいかない。

 

「ん?」

 

 なんとなくテーブルの上に違和感を感じた亜樹子は、そちらを見た。

 ケーキが一つない。

 舞弥の前に置いた皿のケーキが忽然と消えてしまったのだ。

 アイリもまた異変に気付いた様で皿を見る。

 まさか舞弥がすごい早さでケーキを食べたとでもいうのだろうか。まだケーキを配膳してから十秒ほどしかたっていないのに。

 亜樹子とアイリは舞弥をちらりとのぞき見たがそれだけは、共にそれだけはないという結論に達した。

 そして二人そろってテーブルの下を見る。ごろりとケーキが転がって床に落ちたのではないかと考えたのだ。それはないだろうと思いつつも、まだ舞弥が食べたという推測よりはよほど現実味があるように感じられた。

 が、やはりない。

 

「……? ……? あたし、ケーキを置かないでお皿だけ持ってきちゃったみたい。すぐ持ってきますね」

 

 自分で言っておきながら、その推論に釈然としないものを感じつつ、亜樹子はキッチンへ向かった。

 一方アイリは、信じられないながらも、舞弥がすごい早さケーキを食べたのだろうという答えの方を選んだ。

 

「……ケーキ、好きなの?」

 

「…………いえ」

 

 ああ、好きなんだなと。怪我を隠すことより容易に見破れる事のようにアイリには感じられた。

 

(怪我――そうね、今のうちに舞弥さんの怪我を治療しておきましょう)

 

 アイリは、治療の魔術で舞弥の傷を癒そうと考えた。

 もっともこの場で治療魔術を使うわけにはいかない――魔術について話すこと自体は、すでにアイリはかまわないのではないかと考えるようになっていた。

 魔術について話すことが何かの役に立つかはわからないが、できる限り情報を明かしてイリヤ救出に役立てたいと考えていたのだ。

 だがさすがに今まで秘匿を大前提として生きていた魔術を大々的に使うことには抵抗があったことと、治療のためには舞弥の服を脱がさなければいけない事もあって、アイリはキッチンの亜樹子へ呼びかけた。

 

「亜希子さん、すみませんが少し着替えたいので、部屋をお借りしてもいいかしら?」

 

「あ、はーい! 奥の左の方にある部屋を使ってくださーい!」

 

「舞弥さん、今のうちに舞弥さんの傷を治療しましょう」

 

 舞弥はその提案を遮るかのように手を前に出した。

 

「結構です、マダム。アインツベルンの治療術は私も知っています。たとえ傷が治ろうとも、被術者の体力に大きな負担を与え、術後は満足に動くこともできない。

 今貴女を守るために戦えるのは私だけなのだから、そういった状態に陥るのは困ります」

 

「傷は決して浅くないはずよ。そんな状態で満足に戦えるの?」

 

「はい、私は物心ついたときから、ずっとそういう生き方をしてきました」

 

 こうした状況も慣れている、そう彼女の眼は言っていた。事実、この傷であろうとも、彼女はいざ戦地に立てば十二分にそのポテンシャルを発揮しうるのであろう。

 納得はできなかったが、正論ではあった。いま彼女に被術の負担で昏倒でもされたら、アイリとしても困るのだから。

 

「……ならせめて、表層の傷だけでも塞ぎましょう。出血を抑えるぐらいなら負担もそう重くないわ」

 

「……わかりました」

 

 舞弥を伴い、事務所内の一室に入る。

 アイリはまず彼女の服を脱がせ、応急処置のための包帯を外した。

 

「……っ」

 

 アイリは舞弥の体を見て、息を呑んだ。やはりその傷は決して軽いものではなかったのだ。

 よくこの傷で動き回り、今もまた警戒のために集中力を保てたものだと、畏怖の感情を抱かずにはいられなかった。

 早速アイリは傷の治療にとりかかる。

 舞弥が持ってきてくれた荷物の中に、アイリの道具と薬品もあったため、傷をふさぐ程度なら大した手間も時間もかからなさそうだった。

 施術中、沈黙に包まれた室内にて、アイリは口を開いた。

 今度はただ気まずくなったからではない。

 彼女の知りうる切嗣の過去を聞き出すことを、アイリは決意したのだ。

 それはイリヤの危機において、今自分ができることは、おそらくは精神的に疲弊しているであろう切嗣を支えることなのではないかと考えたからである。

 

「ねえ、舞弥さん、私と会う前の切嗣はどんな人だったの?」

 

 アイリはまず切嗣という人物の事をより知ろうと思った。切嗣がなぜ戦い、なぜ理想を抱くに至ったのか。

 それを知らなければ、彼の苦しみを取り除くこともできないだろう。

 そして、おそらく。アイリがその選択をとれたことは、舞弥の行動も無関係ではなかった。

 敵の襲撃の際、真っ先にイリヤの安全を確保しようと彼女が動いたことをアイリは見ていた。

 そしてイリヤを追おうとした自分に危険を叫んだことも、今イリヤを救うため、傷だらけにもかかわらず重い荷物を抱えてきたことも――

 少なくとも、アイリは以前ほど、棘のある目線で彼女を見ることができなくなっていた。

 

「よければ教えて? 私の知らない、貴女の知っている切嗣の姿を――」

 

 アイリの質問に、舞弥は少し戸惑うような表情を見せた。それはアイリが初めて見る、彼女の表情の変化なのかもしれなかった。

 

 

 

 

「フィリップくぅん、どう? 何か分かった?」

 

 一人応接間に残され手持無沙汰の亜樹子は、隠し扉の向こうのすぐそばにいるフィリップへと問いかけた。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの場所、という核心の“本”には至っていない。ただ――」

 

「ただ?」

 

「イリヤスフィールと依頼人の三人の名前も検索もしたが、その時彼女たちの本はセキュリティがかかり読めなかった。それどころか、彼女たちを取り巻く本には妙に鍵がかかったものが多くてね――そう、かつてのミュージアムのように」

 

「ど、どゆこと? あの三人はミュージアムと何か関係があるってこと?」

 

「そういうわけではない――そういうわけではないのだけれど、やはり一般人というカテゴライズはできない人々のようだ」

 

「そんなこと今更確認しなくてもわかってるよぅ。アイリさんと舞弥さん、二人ともすごい美人だよねぇ。アイリさんは切嗣さんの奥さんだって言ってたけど……じゃあ舞弥さんは二人とどんな関係なんだろう?」

 

 その時、隠し扉の向こうから着信音が鳴った。フィリップが所持するスタッグフォンだ。

 着信画面は翔太郎からの連絡であると示していた。

 

「なんだい? 翔太郎」

 

≪おう、フィリップ。調子はどうだ?≫

 

「めぼしいものはないね。君こそどうだい? 何か手がかりは?」

 

≪手がかりって言っていいのかわからねぇが、ちょっと風都タワーについて検索してみてくれないか≫

 

「風都タワー……そういえば、誘拐犯達が逃げ去った方角には、風都タワーもあったね」

 

≪ああ、それで照井が、風都タワーに妙に人の出入りや機材の運搬が行われていて、昨日から不自然に思っていたことに目をつけてな。警察には新手の催しがあると届け出はあったらしいし、主催会社やスタッフに怪しいところがあったわけでもないらしいんだが……≫

 

「照井竜は財団Xの犯行だと睨んでいたからね。財団ならその程度の偽装もお手の物だろう。多少警察が調べた程度ではボロも出ない。いいだろう、検索してみよう」

 

 

 

 左翔太郎と照井竜は、建物の陰に隠れながら、雄大に回る風車を見上げていた。この町のランドマーク、風都タワーの風車だ。

 

「それで、フィリップはなんと?」

 

「イリヤちゃんがいるかまではわからなかった。ただ怪しいとよ……罠の可能性もあるほどにな」

 

 メモリガジェットのデンデンセンサーを多機能ゴーグルにして、タワーを観察しながら、翔太郎は応えた。

 

「催し物の主催会社なんだがな。いやまぁ会社自体は至って普通の会社なんだが、検索してみると、どうも別会社に依頼を発注したらしい。その別会社を調べ出すと、また別会社に、更に別会社にとなり、最終的にはペーパーカンパニーにたどり着いたらしい。スタッフも正規スタッフの一般人に混じって妙な連中がいやがる」

 

「怪しさを嗅ぎ付けられるからこそ、罠……か」

 

「で、どうする?」

 

 翔太郎がゴーグルから目を離し、竜へと問いかけた。

 

「調べるしかないだろう。俺は正面から入り、警察としてイリヤスフィールを探す。左、お前は裏から身を隠して侵入しろ。もし俺が何者かに制止された場合、あるいは戦闘になった場合は、お前は一人で陰からイリヤスフィールを探すんだ。これはいざという時“ファングジョーカー”を使うためでもある。お前が変身した状態だと、所長たちが危機に陥った時に対処できないからな……」

 

「危機ってお前、あの三人を疑っているのか?」

 

「彼女たちを連れてきたのは俺だ。はっきりと疑っているなら最初から連れてはこない。だが奇妙な依頼人であることも確かだろう」

 

「まぁ……な」

 

 翔太郎は衛宮切嗣の事を思い出していた。

 自分でも何故ここまで彼が気になっているのかはわからない。

 自分は侮辱されたことを――表だってそうされたわけではないが――怒ったとしても、根に持つような人間ではなかったはずだ。

 

「……行くか」

 

 竜が躊躇うことなく風都タワーへ向かう。

 

「お、おい、ちょっと待てよ。最悪敵の集団が飛び出てくることもあるかもしれない。一人で大丈夫か?」

 

 翔太郎の質問に、フッ、と竜はニヒルな笑いを返した。

 

「俺に質問をするな」

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