「……冷酷な人でした」
治療を終え、服に袖を通し武器を身につけながら、舞弥はアイリの質問にポツリとその一言を返した。
感情が込められているようには聞こえなかったが、いつもの事務的な言葉とも何かが違うようにアイリには聞こえた。
「冷酷……私には……馴染みのない姿ね」
つい、自分の知る切嗣像を守るため、そうした恐ろしい人物像へ否定的な文言を口にしたことを、内心自責する。
そうした自分の知らない夫を知ることこそが目的ではなかったのか。
「切嗣は身の上を語るような人ではなかった。彼が何故、多くの人々を救うために戦場を渡り歩いていたかは私にはわかりません。ですが……そう、彼は誰よりも冷酷に戦い――そして、誰よりも平和を求めていた。それだけは伝わってきた……最も今では関係のないことですが……」
「関係なくはないわ。どんな生き方を選んでも過去を切り離すことはできないはずよ。切嗣が誰よりも冷酷に生き、誰よりも平和を求めていたのなら、その生き方はやはり今の切嗣にとっても重い物のはず……」
そのアイリの言葉に舞弥は同意するようなそぶりは見せなかった。
「……やっぱり、不満? 切嗣がかつての理想を捨てたことを……」
あるいは、切嗣と同じ時を生きた彼女を知ることが、切嗣を知る事にもつながるのかもしれない。
そうしたアイリの心中を察したのか、舞弥は淡々と語りだした。
「私の生まれは貧しい国でした。お互いが憎みあい、奪い合い、軍隊を維持する資金もないのに、それでも不毛な戦いを続ける毎日――私はそこで物心ついたときから幼年兵として銃を握っていました。人を撃ち、同じ境遇の子供たちが死んでいき――そんな日が続き私の心はすでに壊れていました。そうでなければ生き残れなかった」
舞弥の話す過酷な境遇に、同情とはまた違う痛みがアイリの心を締め付けた。
そうした残酷な世界を変える機会が失われたのは、他でもない彼女のせいなのだから。
「――心が壊れていたから、私には理想も信念もありません。ただ私を拾った切嗣の道具として存在するのみです。切嗣が拾った命――彼の思うようにただ好きに扱ってくれればいい」
心が壊れているから、二度と戻らないと確信したからこそ、衛宮切嗣はこの少女を自身の道具として仕立てあげたのだろう。
だが、舞弥の言葉は本当にそのまま受け入れてもいいのだろうかと、アイリは微かに疑問を持った。
その疑問をそのまま表に出す事ははばかられたものの、それでもただ道具として生きるという彼女の在り方は、道具として生まれながらも人としての生に目覚めた彼女からすれば否定的な感情を持たざるを得なかった。
「……でも、今は違うはずよ。切嗣は過酷な生き方をする必要はもうない。あなたも同じように、道具として生きる必要はないわ。ねぇ、舞弥さん。いつか、私たちに平穏が訪れたとき時……その時は、ケーキでも食べながらゆっくり語り合いましょう? 今度はすぐには食べきれないぐらいのケーキを用意して……」
「いえ、そんな日は来ないでしょう」
舞弥はアイリの言葉を否定した。その目には怒りも、悲しみも、何も映ってはいなかった。
「あなたたちが平穏を手に入れたというのなら、戦う事しかできない私の居場所はそこにはない。その時私はあなた達の前から去っているでしょう」
「そんな――」
「なによりアイリスフィール――私は貴女が好きではない。切嗣は貴女と出会って決定的に変わってしまった」
アイリは深い悲しみを覚えた。
舞弥に否定されたことが、ではない。先程の疑問が確信へと変わりつつあったからである。
切嗣も、そして彼女自身ですら、久宇舞弥の内面というものを見誤っているように思えたのだ。
かつてアイリの前に現れた、自分の知らない夫を知る妖艶な美女はもういない。そこにはかつて中身の虚ろだった――かつて心に何物も詰め込むことができなかった純朴な少女がいるだけだった。
今、舞弥は一つの転機に立っているのではないだろうか。人として生きるか、道具として果てるか。その事に誰かが気づき、手を差し伸べなければいけないのかもしれない。
「舞弥さん、私の事が嫌いでも構わないわ。でも聞いて――」
その時、まるで耳鳴りのような奇妙な音が聞こえた気がした。
「え……何……?」
突然、舞弥がアイリを突き飛ばす。
わけもわからず床を転がったアイリが体勢を立て直し舞弥の方を見た時、そこに彼女はいなかった。
周囲を見回しても、部屋の中からも舞弥は姿を消していた。
それまで寝ていたミックが、唐突に立ち上がり、毛を逆立て威嚇を始めた。
「な、何なのよー、ミック」
驚く亜樹子をよそに、ミックは誰を、どの場所をと定めるわけでもなく、周囲をうろうろしながら、威嚇を続ける。
つられて周囲を見回す亜樹子は、次に咆哮のような電子音に驚かされた。
物陰から小さな恐竜型の機械が現れる。
フィリップの護衛用であり、そのために自立した戦力を与えられたガイアメモリであるファングメモリだ。
本来、フィリップが呼ぶか、フィリップの危機以外にはめったに姿を現さないのだが――
「どうしたんだい、亜樹ちゃん?」
何事かと、フィリップが隠し扉から現れる。
ミックに続き、ファングもがうろうろと場所を定めぬまま、威嚇を始めた。
「フィ、フィリップ君……」
「何かが起きている、か……」
“ファングジョーカー”を使う必要があるかもしれない。フィリップはスタッグフォンを開き、翔太郎へコールを入れた。
「おおおおおおおお!」
渾身の気合いを込め、仮面ライダーアクセルはエンジンブレードで敵を薙ぎ払う。
だが周りを囲むマスカレイド・ドーパントはさらに数を増していた。
先ほど、風都タワーに入ろうとした竜だったが、即座に彼は何者かに押しとどめられた。
警察手帳を出し、強引に踏み込もうとすると、突然ナイフに切りかかられ、更にタワー内から量産用のマスカレイドメモリを持った敵が現れたのだ。
タワー内に侵入していた翔太郎は、まさか敵がこうも早く本性を現すとは思わなかったため少々面食らったが、ここにイリヤがいる可能性出てきたことを喜んだ。
すぐに救出してあげたいと逸る心を抑え、身を隠しながら風都タワー内を慎重に探る。
探索の最中、誰かがいる気配を感じた翔太郎は足を止め、今以上に自身の気配を消して周囲の様子をうかがった。
男が一人、カツカツと足音を立て、こちらへと近づいてくる。その歩調から侵入者を捕えようという様子ではないものの、このまま進んでくるとと見つかってしまう。
翔太郎は飛び出し、声を上げさせる暇を与えず当身を食らわせ、男を気絶させた。
まさか仮面ライダーとドーパントが外で戦闘を繰り広げる中、平静に歩く者が一般人なわけはないだろう。
男の体を引きずり、拘束し猿轡をかませ部屋の一室に隠す最中、翔太郎の懐でスタッグフォンが震えた。
着信はフィリップ。侵入を行うことは伝えてあるため、今わざわざ連絡をするからには相応の理由があるに違いない。
物陰に身を隠し声を潜め、翔太郎は電話に出た。
「どうした、フィリップ」
≪翔太郎。いますぐファングジョーカーに変身できるかい?≫
仮面ライダーWは二人で一人のライダーだ。通常は翔太郎がボディを担当し、そこにソウルを担当するフィリップの精神が転送され、変身は完了する。
だがフィリップがファングメモリを扱った場合のみ、立場が逆になる。フィリップが変身し、翔太郎の精神が転送されるのだ。
精神がWの中に入った場合、体は魂のない状態、つまりは無防備になる。
今敵の真っただ中にいる翔太郎が変身するわけにはいかなかった。
「少し時間がかかるぞ」
≪すなまい、急いでくれ。何かよくわからないが……非常にまずい予感がするんだ……!≫
イリヤがいるかもしれない場所から、彼女を救出せず離脱することは心が痛んだが、今、フィリップが危険だというのならアイリたちにも危機が及ぶ可能性もある。いざイリヤを取り戻しても、迎えてくれるものがいないという状況は防がねばならない。
竜にも、もしもの際は自分を放っておいてファングジョーカーへと変身するように言われている。
翔太郎は風都タワー脱出のために走った。
(照井……一人に押しつける形になってすまねぇな……!)
現在八階、窓から見えるアクセルとドーパント達は豆粒のように小さかった。
「舞弥さん、こっちに来ていない!?」
部屋からアイリが飛び出してきた。
ひどく焦った様子で、何か異常が起きたであろうことは明白だった。
「え……来ていませんよ! どうしたんですか……!?」
「わからない……でも急にいなくなったの。部屋のどこにもいない……!」
久宇舞弥が消えた。何かがこの事務所内で起きようとしている。いや、すでに起きているのか。
相も変わらずミックとファングメモリは威嚇を続けている。
フィリップはスタッグフォンへ叫んだ。
「翔太郎、まだか!?」
翔太郎は八階の窓から下を見た。
いかに高い身体能力を持つ翔太郎とはいえ、変身もしないでこの高さから地面に落下すればまず助からないだろう。
が、翔太郎は軽く帽子に息を吹きかけると、窓を開けそこから飛び降りた。
飛来する何かが飛び降りた翔太郎を受け止める。ハードボイルダーに飛行パーツを装着した、ハードタービュラーだ。走って窓に向かう間に、予め隠しておいたマシンにリモートでこちらを拾うよう操作していたのだ。
高速で飛行し風が吹き荒れる中、翔太郎はハードタービュラーに、オートパイロットで装甲車のリボルギャリ―へ収納されるよう指示を入力すると、ズボンからベルトを引き抜き、それで自身の右腕とハードタービュラーのハンドルを固定した。
そしてWドライバーを取り出して腰部に取り付け、ガイアメモリを起動させる。
『ジョーカー!』
翔太郎がWドライバーを身に着けるとと同時にフィリップの腰部にもWドライバーが巻きつき、ジョーカーメモリが転送されてくる。
「ファング、来い!」
その命令にファングメモリがフィリップの手の上に乗る。
フィリップはファングメモリを素早く手の中で変形させ、恐竜型からメモリの形へと変え、メモリを起動させた。
『ファング!』
「変身!」
メモリをWドライバーに挿入すると、稲光と共にフィリップの姿が右半身が白で左半身が黒、そして全身に鋭利な突起がついた超人へと姿が変わる。
『ファングジョーカー!』
変身による強烈な光から目を逸らし、次に亜樹子とアイリが前を向いたとき、そこに変身したはずの仮面ライダーはいなかった。
「ど、どこにいったの、フィリップ君! こんなの……私……聞いてない!」
亜樹子とアイリの二人が鳴海探偵事務所内で戸惑う中、フィリップと舞弥は“鳴海探偵事務所内”にいた。
もっともここが本当に鳴海探偵事務所内なのかは、住人であるはずのフィリップでさえ断言できないところだった。
建物の構造、家具やオブジェのレイアウト、その全てが鏡に映ったように逆さまとなっていたからだ。ブックスタンドに置かれた翔太郎の探偵小説の文字さえもが左右反転している。
まさか鏡の中に引きずり込まれたとでも言うのだろうか?
そして左右反転とはまた別の相違点がある。
先ほどまでいなかったはずの人物――否、怪人が二人の前に立っていたのだ。
「何者だ? 何を目的にこの鳴海探偵事務所に忍び込んだ?」
フィリップは目の前の怪人へと、警戒も露わに問いかけた。怪人ではあるが、フィリップがよく見かけるドーパントとは少し違う。いかにも怪物然とした、あるいはグロテスクなデザインの多いドーパントと違い、目の前の人物は金属質の鎧を全身に纏ったかのような――強いて言うならWやアクセル達、仮面ライダーと似た意匠だった。そうした事がよりフィリップへと警戒心を抱かせた。
気を張り詰めるフィリップとは対照的に、怪人は余裕綽々といった様子で口を開いた。
「別に本名を名乗っても問題ないのですが……あえて今は“アサシン”と名乗っておきましょうか。目的は強いて言うなら肩慣らし、ですかね。私もアサシンとしての自分の力を知っておきたいので」
攻撃を加えてよいものか判じかねていたフィリップだったが、この言葉と隠さぬ害意に彼は心に定めた。
こいつは敵だ――
「肩慣らし、か……なら相手が悪かったな」
「何?」
格闘能力に優れたジョーカーの左腕を防御に備え前方に、攻撃力に優れたファングの右腕を攻撃に備え後方に、そしてぐっと重心を沈めた構えを取る。
その様は、さながら獲物に食らいつく寸前の恐竜を思い起こさせた。
「この仮面ライダーWは一度食らいついた相手はそうそう離さないという事だ……悪魔の牙、その身に存分に味わってもらおう!」
火花を散らす二人から離れた場所で、舞弥は侵入者の言い放ったある単語に戦慄を覚えていた。
偶然とかたずけることができるのだろうか?
アサシン――それはかつて彼女たちが逃げ出した“聖杯戦争”の七つのクラスの内の一つ――