創作意欲に繋がるのでたくさんいただけると幸いです。
「C&C!?」
C&C、いわばミレニアムの武力機関だ。このことを知らない生徒もいるが、カヨコは知っている側の人間である。何かしらトキの琴線に触れてしまったのではないかとカヨコは思い、警戒心を剥き出しにする。
トキは自身に向けられた拳銃を一瞥し、状況把握を行う。状況把握をせずに行動をすることは愚の骨頂であると知っていたからだ。
「この状況、あなたがやられたのですか」
「信じてもらえないかもしれないけど違う。私はただ看病しているだけ」
「アゲハ様、そうなのでしょうか?」
「……そうだよ。僕の、世話を焼いてくれたんだ」
アゲハは蹲った状態ではあるが顔をあげて応える。アゲハの目は真っ赤に腫れていて、声も涙声だった。
「わかりました。とりあえずこの場は不良生徒に襲われる可能性があるため移動しましょう」
「……信じてくれるんだ」
「はい。少なくとも敵意は無いと察しましたので」
「ありがとう。私は鬼方カヨコ、一応ゲヘナ学園所属だった」
「ゲヘナの方でしたか」
「今は便利屋68っていう会社のために休学している感じ。にしても何処に移動する?」
「ブラックマーケットは近辺の学園から隔離されておりますのでどうしましょうか」
「……僕の家」
「ほう」
「ここら辺に住んでいるの?」
「近くだから」
「それではそのようにいたしましょう。アゲハ様、失礼します」
トキは膝を抱えた状態のアゲハをそのまま持ち上げた。世間一般的にお姫様抱っこと称される持ち方だ。任務でパワードスーツを着用するトキにとって少年一人を持ち上げることは造作でもなかった。
「……周囲の目が嫌だ」
「そうですか、なら私が脱いだメイド服を被せましょう。常にインナーを常用しているので」
「いやいや、常識的にマズいでしょ」
「……我慢するよ」
「にしてもアゲハ様、軽すぎます。きちんとご飯を食べていますか?」
「当たり前じゃん。栄養管理はしているつもり」
とりあえず周囲の目を多少浴びながらも三人はアゲハに案内に従って家に行く。
十分程度歩くと目の前にやや古びたアパートがあった。
「ここがアゲハの家なんだね」
「……あぁ」
「意外と庶民的な住居に住まわれているのですね」
「こういう家の方が落ち着くんだ」
「それでは何号室ですか」
「二階の角部屋」
もっともこのアパート、実は全ての部屋がアゲハ所有なのだ。その理由は単純、隣人からの通報や盗聴を防ぐためである。始末屋として色々なところから恨みを買っているため常に警戒を怠ってはならないのだ。補足として万が一、アパートが襲撃された時には各部屋に置かれた爆弾を起爆してアパートごと爆発することができる。目的は証拠隠滅や逃走を図るためである。
いくつかの不都合な事実を言わないままアゲハはトキとカヨコは日常で使用している部屋に招き入れた。
「うわっ」
「ひどく散らばっていますね」
「……前もって誰かを入れるなら片付けたさ」
部屋の広さは独り暮らしには十分だが、問題は部屋に物やゴミが散らかりすぎるのだ。
ある程度の足の踏み場はあるのものの、常人から見て汚いと評される散らかり具合なのだ。
「空の段ボールはためないで捨てた方が良いよ。ほら、小さい箱だけで五箱は見つけたよ」
「収納ケースとして使うかもしれない」
「それ絶対使わないやつだよ……」
「アゲハ様はいつも何処に寝られているのですか」
「……ベッドがあるじゃん。見てわからない?」
「残念ながら服やペットボトルが散乱しているため一目ではわかりませんでした」
「……」
部屋の散らかり具合に対して厳しい指摘がトキとカヨコから飛び、アゲハは思わず口をつぐんでしまう。せめてもの救いは弁当箱やカップラーメンのゴミはきちんとゴミ袋に入れてまとめていることだ。なお、まとめているだけでゴミ出しはしていない。
「まずは簡単な掃除から始めましょう」
「私も手伝うよ」
「カヨコ様、ありがとうございます。」
「……僕もやるよ」
「いいえ、アゲハ様はベッドの上で横になってください。今、片づけましたので」
「そうだよ。体調、悪いんでしょ」
「ごめん」
「謝らないでいいよ。トキはともかく私はあの時の借りを返させて」
トキとカヨコは窓を網戸にして、なるべく誇りが舞わないように手早く片づけを始める。アゲハの家にある清掃道具では本格的な掃除は難しいと踏んだため片づけで済まそうとした。
便利屋68の部屋を掃除しているカヨコと日頃からリオという私生活がずぼらな人間を相手にしていたトキにとって片づけをすることは慣れていた。トキは仕事はできるのに私生活がずぼらという面でアゲハとリオは同類だと格付けた。
片づけの最中、カヨコとトキはアゲハの正体が始末屋であることを認知しているため改造された手榴弾や道具を見つけても気づかぬふりをした。
「にしても毎日カップラーメンとコンビニ弁当、それと栄養食しか食べてないんだ」
「手軽で美味しいから」
「私の主みたいですね。だから体重が軽いのでしょうね」
「余計なお世話だ」
「まあ
「カヨコ様の会社はそんなに窮しているのですか」
「社長が見栄を張って散財しちゃう悪癖があるから。けど仲間想いで情に厚い人なんだ」
「なるほど。今度、私の組織から食料品や医薬品を届けましょうか?」
「ありがとう。迷惑にならない程度でお願いできたら嬉しい」
「……アゲハ様、寝たばこは火災の原因になるのでお止めください」
「大丈夫。僕以外はだーれも住んでないから」
トキとカヨコが世間話をしているとアゲハはベッドに横たわった状態でタバコを吸っていた。道中でアゲハにとってそのタバコが一種の医薬品だと知ったトキであったが寝たばこは看過できなかった。ちなみに寝たばこが原因の火災は意外と多いのだ。
「そういう問題ではありません。せめて寝ている時はお止めください」
「そうだよ。私らが居る時に吸っても文句は言わないけどそれはダメだよ」
「……わかった。やめる」
「よくできましたね。こちらの灰皿にお捨てください」
「バカにされた?」
「いいえ。褒めただけですので」
善意で看病と家の片づけをしてくれている二人にアゲハは素直に従った。流石のアゲハも人の厚意を無下にできなかった。
二十分程度で部屋の片づけが終わると、トキは胃に優しいおかゆかうどんを作ろうと冷蔵庫を開く。しかし冷蔵庫は空っぽ、食材らしきものはなく調味料とアイスクリームぐらいしか入っていなかった。
「アゲハ様、冷蔵庫が空っぽなのですが」
「さっき言ったじゃん。自炊はしないよ」
「そんなんじゃ大きくなれないよ。男の子は今が成長期なんだから」
「うるさい。自分の金で好きな物食べちゃいけないの?」
「限度があります。何かしら私が買ってきましょう。カヨコ様はアゲハ様のお世話を」
「わかった。助かるよトキ」
「メイドとして当たり前のことですので」
掃除調理戦闘をこなせるのがC&Cの強み、トキは食材を買いに外へ出ていった。トキのような実力者なら不良生徒に絡まれてもアビ・エシェフを着用せずに撃退することは余裕だ。
部屋に残された二人は何も発することなく、アゲハはカヨコに背を向けて横になっている。カチコチと時計の針が進む音だけが響く。
「カヨコ」
「どうしたの?」
アゲハは重苦しそうに口を開く。
「最近、眠れないんだ」
「……どうして?」
「昔の行いと後遺症が最近は夢にまで出る。過去が、僕をずっと追いかけてくるんだ」
それは弱音だった。今まで飄々とした態度で皮肉屋を気取っていたアゲハだったが、過去の出来事が夢としてフラッシュバックしたり先程の一件で心が不安定になっていたのだ。孤独に生きてきたアゲハには相談相手がおらず、募らせていた鬱憤と弱音が今になって溢れてきたのだ。
アゲハにとって裏社会で弱音を晒すことは自殺行為、しかしカヨコになら話せると思い話したのだ。カヨコは沈黙したままアゲハの話を聞く。
「生きるのに必死だった。誰かから必要とされなければ死ぬ、そんな世界で生きていた」
「……」
「だから体を売ったし、悪事も働いた。それが僕の取り柄だった」
「そう、だったんだ」
「今の僕は強い。誰にも負けない強さを手に入れた。けど過去は、嫌な過去だけは消えないんだ」
アゲハの声は震えていた。顔を見ずとも泣いているのは明確だった。
カヨコはアゲハの過去の生活と組織を詳しくは知らない。しかし消耗品の如く使われていたのだけは理解していた。ここで同情や情けをかけるのは違うとカヨコは察し、胸中の思いをただ吐き出させることにした。
「悲鳴や断末魔、懇願する声が頭と心から離れない。日に日にうるさくなってくるんだ」
「……」
「逃げるために寝ようとしたけど夢に出る。誰か教えてくれ、僕はいつ寝れるんだ」
「……っ」
普段は明るく振る舞うが、その反面で深いトラウマを抱えて睡眠障害や幻聴を引き起こす症状をカヨコは知っていた。心的外傷後ストレス障害、通称PTSDだ。アゲハの過去と始末屋としての振る舞いは確実に自身の精神を摩耗させていたのだ。
もしも真っ当に育っていれば暴力を許さない優しき少年だったが、残念ながら現実はそうではなかった。アゲハは生きるために心を日銭として削り続けていたのだ。
「大丈夫。今は私たちがいるからぐっすり眠っていいよ」
「僕は、何のために強くなったんだ」
「……隣、失礼するね」
そう言ってカヨコはアゲハの隣に寝転んだ。シングルベッドという都合上、密接する態勢になる。二人はお互いの体温を感じ合う。アゲハから漂うほんのりと苦みのあるタバコのにおいが漂っていた。
出会った当初は少なからず嫌悪感は抱いていたものの、今となってはカヨコにとって悪くはないと思えるようになった。むしろアゲハがそこに居ると実感できるため安心するところがあった。
「……狭いよ」
「いいじゃん。ゆっくり目を閉じて羊数えてみて」
「ガキじゃないぞ」
「なら私が子守唄でも歌ってあげようか?」
「……目を閉じて数えればいいんでしょ。わかったよ」
渋々といったようにアゲハは目蓋を閉じて心中で羊を数える。カヨコは赤子をあやすかのようにアゲハの背中を軽く叩いて安堵させる。その甲斐あってか二分も経たないうちにアゲハはスヤスヤと寝息を立てて眠りについていた。カヨコはアゲハの寝顔を覗くと安心しきった様子で熟睡している様子だった。
暫くすると玄関の扉が開き、トキが買い物袋を手にして帰ってきた。
「ただいま戻りました」
「お帰り。アゲハ寝ちゃった」
「そうですか。……なぜ同衾を?」
「人のぬくもりをあげたら寝やすいかなって。今起きるね」
「その様子から効果があったようですね。私も後日やらせていただきます」
「その方がいいかも。それと一応話したいことがあるんだけど、いい?」
「大丈夫です。何なりと」
「……アゲハは重度のPTSDを持ってる」
「っ」
トキはアゲハの症状を聞いてやや目を見開いたが納得した様子だった。トキも先刻のアゲハの態度に疑問を抱いていたため検討はついており、それが確証に変わったのだ。
カヨコはアゲハが始末屋であることを前提に話を続ける。
「アゲハの症状の不眠症、激しい気性の変化、暴力性はPTSDの症状に該当するんだ。そして原因は過去の行い」
「確かに詳しくは知りえませんが壮絶な過去をお持ちでしたので十分ありえるかと」
「……本当にこの子は小さい時から苦労してきたんだね」
「まだ顔には幼さが残っているというのに。環境と運が大罪を背負わせてしまった」
「もし頼れる誰かに出会ってさえいれば、もし保護することができたら境遇も変わっていたのにね」
「しかし残念なことに現実は骨身を削らなければならなかった。それがとても可哀想です」
トキはアゲハの境遇に表情の変化が乏しいとされるその顔が若干歪んむほどの怒りと同情を漏らす。カヨコもアルに出会っていなければ悲惨な未来を送っていたと理解しており、誰にも救われずに独力で生きてきたアゲハが他人事のように思えなかった。
沈黙が部屋の中に充満して、日頃から聞こえる外の喧騒が偶然にもピタリと止んでいた。
「……ねぇ。変なこと、言ってもいい?」
「何でしょうか?」
「アゲハをさ、私たちで保護しない?」
「カヨコ様、それは……!」
カヨコは意を決して自分の考えをトキに告げた。まさか保護といった考えに至っていなかったトキは目を丸くして驚いていた。カヨコはその理由を論理的に述べ始める。
「きっとこの調子だとアゲハは死んじゃう。今は限界ギリギリで耐えている状態」
「確かにその通りです。しかし他の保護を受け入れてくださる機関に任せればいいのでは?」
「ブラックマーケット在住の学生証もない子供なんて何処も受けれてくれない」
「……ブラックマーケットは厄ネタの集まりですからね」
「仮に受け入れてくれても他の子とうまくやれるとは思えないんだ。ほら、あの感じだし」
「あぁ……」
トキはカヨコの指摘に納得がいった。
アゲハはよく人を小馬鹿にした生意気な態度を取る。そのため周りからの印象が悪く、余程のことがなければ交友を持とうとしないのだ。実際にアゲハのモモトークには私的な付き合いの友達はいないのだ。機密保持の面もあるが行きつけのカフェで会うハスミとも交換していないのだ。
「ですがどのように保護するのですか?本人は必ず嫌だと言いますし、監禁するにしても脱走されるのが関の山です」
「だから交代で毎日顔を出して様子を見て軟禁状態に持ち込もうと思うんだ」
「……それなら特段怪しまれることはないと思います。しかし依頼の連絡はどのように?」
「そこは私が遮断する。こう見えて諜報系が得意だから」
「それではミレニアムのコネで盗聴器とカメラを置きましょう。発見器にも見つからない最新仕様ですので幾分かは楽になるかと」
「ありがとう。ルーティンは私が多く行くよ、仕事がない時が多いから」
「私にも主がいるためお任せします。申し訳ございません」
「大丈夫、一日中いるわけじゃないから。こっちで仕事が入っちゃった時は連絡するよ」
「かしこまりました。どうにかしてアゲハ様の症状を軽くしましょう」
「そうだね。私たちも専門家でもないけどやれることは尽くそう」
こうしてアゲハ保護の計画が立案された。個人が私的に行うにしては大掛かりだが、そうでもしないとアゲハの症状は緩和しないというのが現状だった。頼れる機関もないためその分の働きを個人間でしなければならないのが現実だった。
そんな傍から見れば物騒な計画が組まれているとは露知らず、アゲハはすやすやと寝息を立てて安眠していた。
アゲハのモモトークの交換先はゼロです。
依頼では基本的に電話と捨てメアドで受諾しています。
それとこの作品のカヨコはゲヘナの諜報部出身という設定でやらせていただきますので、本編と齟齬が起きてしまった時は寛大な心でお許しください。