「はあっ?やりたいことノート?」
とある日、提案者がアゲハにとある提案をした。それはやりたいことをノートに羅列していき遂行していく計画をしようというものだ。ちなみに最初に提案したのはトキであり、この突拍子もない提案にアゲハは困惑していた。
「いやいや、いきなり何さ」
「ですからやりたいノートを作りませんか?」
「そんなんする必要あるの?無意味じゃん」
「目的を文字化することにより明確なイメージが湧く上に見直しやポートフォリオの作成にも繋がります」
「ぽーとふぉりおって何だよ。嫌だよ面倒くさい」
「……やってみない?私たちはアゲハがやりたいことを知りたいなって」
「知ってどうするのさ。……まさか弱みにつけこもうと」
「そういうことじゃないよ」
「アゲハ様を理解するために必要なことと考えたまでです」
「理解、ねぇ」
あの
警戒心を醸し出しているアゲハに対して、トキは言う。
「先日、カヨコ様からオムライスをいただきましたよね」
「そうだけど」
「親睦があるとはいえ、まだアゲハ様を理解してはおりません」
「所詮は他人だ。関わりがあるとはいえ日は浅いしね」
「私たちはなるべくアゲハ様の望みを叶えてあげたいだけなのです。」
「それで、アンタらに利益はあるの?等価交換は交渉の肝、そんな美味しい話あるかよ」
アゲハは卑屈な態度のまま口にタバコを咥えて火を点けて、フッと口から出した紫煙を明後日の方向に吐き出した。聞く耳はあるが腹の内を探られている気がして芳しくなかったのだ。
へそを曲げたアゲハの面倒くささは短い付き合いでありながらもトキとカヨコは知っていた。この少年は良くも悪くも頑固者なのだ。しかし対処法は存在する。
「要するにあなたを好いているからです」
「なっ!?」
「えっ!?」
それは好意という真意をストレートにぶつけることだった。ここで同情や哀れみという感情をアゲハに読み取らせてしまうと確実に激怒するのをトキは知っていた。なのでトキはアゲハに好意を抱いていることを直接伝えることが重要だと判断したのだ。
あまりの爆弾発言に隣に居たカヨコも驚愕した様子であり、対象者であるアゲハに至っては咥えていたタバコを落としかけた。
「な、何だよいきなり!?正気か!?」
「私は正気ですが何か」
「……うん、あまりにも突然すぎるかな」
「そうでしたか。時期尚早とはいえこの気持ちは本物です」
「えぇ……」
「経緯はどうあれ私はアゲハ様を理解したい。そのためにはやりたいノートが必要なのです」
「う、うーん」
トキにグイっと急接近されたアゲハは傍から見ても悩んでいる様子だった。
アゲハは暫く考えた後に、ため息をつく。
「わかったよ。書けばいいんでしょ」
「それではこちらに」
「手際が良すぎる。……口頭で伝えるから書いてくれ」
「構いませんよ」
こうしてアゲハの口から自身のやりたいことを言い、それをトキが書き記す。
人生を刹那的かつ無計画に生きていたこともあり、やりたいことは五個程度に収まるほど少なかった。
「これで終わりだよ。しょうもない望みばかりだよ」
「そんなことはないと思うよ。一個ずつやっていこう」
「それでは明日、これをやってみましょう」
「えっ」
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「事の経緯がどうあれ、即断即決は想定外だ」
「慌てる必要はありませんが時間は有限ですので」
「といってもだな……」
トキの実行力に頭を抱えるアゲハ、一方でトキはスマホを操作してとある用意をしていた。
やりたいことリストの一つ目に遊園地で遊ぶことがあった。今回はトキがアゲハの相手をすることになり、カヨコは便利屋68の依頼で席を外している。
「アゲハ様、一応お伝えしますがパーク内は禁煙ですのでお忘れなく」
「ブラックマーケット以外だと人前で吸わん。タバコは事前に吸ったさ」
「ならよかったです。
「……その通りなんだけど補導ってふざけてんのか」
「何のことでしょうか」
遊園地の出入り口のゲートをトキが用意したチケット二枚で通過する。流石の時も小人用でアゲハの分を買うことはしなかった。その際、学割があったがアゲハは生徒ですらないため適用されていない。
「……すごい」
「ここはキヴォトスで最大級の遊園地なので楽しめるかと」
「うわっ、何だろあれ!」
「……」
遊園地は依頼ですら訪れたことがない場所だったため、華やかな雰囲気を醸す建物やオブジェクトにアゲハの目は奪われていた。ブラックマーケットや廃墟やアジトでは見ることのない現実離れした世界は非常に新鮮だった。
デパートに行った子供の如く、隙あらばふらふらと離れていってしまうのを察したトキは手を握って主導することにした。
「アゲハ様、まずは何をされますか?」
「はっ!そ、そうだな……」
「トキは何でも構いませんが」
「ならコーヒーカップに乗ってみたい」
「わかりました。では行きましょう」
一つ目に乗ったのはコーヒーカップだった。二人はコーヒーカップに乗り、機械が作動するとグルグルと回りだす。そしてコーヒーカップの代名詞と言えば中心の軸を乗り手が回すことで回転数を上げることができることだ。トキはアゲハを楽しませようと全力で回すとアゲハは遠心力により首が外へ持ってかれていた。
「とてもアグレッシブな感じでしたね」
「やりすぎたバカ!」
「しかし楽しそうに声をお出しになられていましたよね?」
「あれは悲鳴って言うんだ」
「見てくさだい。ほら、猫耳カチューシャです」
「いつ買ったんだ。それで似合っているって言えばいいの?」
「そうです。女の子にはお世辞だとしても可愛いと言わなければなりません」
「面倒くさっ」
「はい、アゲハ様の分です」
「……まっ、貰っといてあげる」
「次はアレをやりたいです」
今度は自分の番とトキはとあるアトラクションに指を指す。その先には射的があった。
ルールは至ってシンプル、エアガンで的を当てて得点を稼ぐことで景品が良くなるというものだ。ちなみに一等には特大ぬいぐるみが置かれていた。
「えぇ…まあ別に良いけど……」
「なら善は急げです。すみません、プレイをお願いします」
「はいよ」
店主からエアガンを借りて照準を合わせるトキ、息を整えた後に狙いを定めて引き金を引いた。銃弾は見事に高得点が書かれた的に命中、続けざまに何発も撃ち込んでいく。流石はC&C、正確な射撃である。
「お姉ちゃんすごいねぇ。はい、景品の特大ぬいぐるみだよ」
「ありがとうございます。それではアゲハ様の番です」
「……そうなるよな。期待はするなよ」
渋々といった風にアゲハはエアガンを構えて射撃をする。一発目は当たらず、二発目も当たらず、三発目も当たらない。全弾撃った結果、見事に全ミスという無残な記録を残した。しかもなぜか銃弾が明後日の方向に飛んで的にかすりすらしなかった。あまりの下手っぷりにトキも射的屋の店主も困惑していた。
「ほら見たことか!どうしてだか当たんないんだ!」
「おかしいですね。私と同じ条件なのにどうして……」
「い、一応言うけど銃や的や銃弾には細工してないからな!」
「ふっ。どうせ僕なんてキヴォトス人のくせに銃すらまともに撃てないやつですよー」
「拗ねないでください。ドンマイです」
「黙れ全弾命中!」
「やれやれ仕方ありませんね。すみませんが再プレイを」
「はいよ」
店主から銃弾を受け取り、アゲハが使っているエアガンに装填する。
「もっかいやんの。店主泣かせだな」
「いいえ。アゲハ様、もう一度構えてください」
「はあっ?結果は変わんないよ」
「大丈夫ですので」
「……わかったよ」
アゲハはトキの押しに負けてエアガンを構える。するとその後ろから抱き着くようにしてトキが射撃の構えをサポートする。アゲハの背中には柔らかな二つの感触を感じて、アゲハは困惑と驚きが隠せずにいた。
「近すぎるぞトキ!」
「トキが助力すれば結果は変わるかと」
「だとしてもだなァ!」
「いいですから。銃身を安定させ、落ち着いて狙ってください」
「けっ」
トキの言う通り狙いを定めて射撃を行う。一発目と二発目は的に掠り、三発目は見事に命中した。トキの指示されたタイミングで引き金を撃ち続けて、なんとか平均点に達することができた。
射撃をして的に当たった経験はなかったのか、アゲハは新鮮な気持ちで小さな人形が付いたストラップの景品を受け取る。
「やはりトキの助けがあればアゲハ様でも大丈夫ですね」
「し、信じられない……」
「銃身が揺れていましたし、構え方も安定性に欠けていました。そして何よりも撃った直後に体が揺れてしまっていたのも大きかったですね」
「見事な観察眼、恐れ入ったよ」
「いえーい、ピスピース」
「褒めたらつけあがるタイプだな、お前」
「それでは次に何に乗りましょうか」
「ジェットコースター」
「良いでしょう」
このようにアゲハとトキによるアトラクション巡りは順調かつ楽しく行われていた。
ジェットコースターでは体を速度と重力に襲われて悲鳴をあげて、鏡張りの迷路では案の定といったように先行したアゲハが何度も頭をぶつけ、ファンシーな世界を巡るアトラクションではトキがボケるのに対してアゲハがツッコミを入れて、乗り物に乗る系のお化け屋敷では涙目になりながら大きな悲鳴をアゲハがあげていた。もっともその反応を見て、ホラー演出に怖がりながらもトキは楽しんでいた。
「怖かった。もう乗らない」
「はいそうでしたね。意外に再現度が高かったですね」
「頭が腹まで落ちたのにこっちにくるやつ嫌だ。あれ演者だろ、何で生きてんだよ死んどけよ」
「とても見応えがあってよかったですね」
「夢に出たらトキのせいだからな。あんなの勧めやがって」
「嫌なら嫌と言えば変えました。無理なのに見栄を張るのがいけません」
「ぐぬぬ」
遊園地のベンチで感想を言い合うアゲハとトキ、アゲハはお化け屋敷が相当怖かったのかトキの肩が当たるほどに身を寄せていた。
時刻は17時、すでに園内にはオレンジ色の夕日が差している。もうじき閉演時刻になる頃合いだ。
「なあトキ」
「何でしょうか」
「……最後に乗りたいやつがあるんだ」
「はい。構いませんよ」
「あれ」
アゲハが指差す方向には当遊園地名物の観覧車があった。かなり巨大な観覧車であり、一周するのに十分はかかるというアトラクションだ。観覧車は遊園地の最後としては鉄板なものだろう。
トキはアゲハの誘いを快諾し、一緒に列に並ぶ。幸いにも待機列は短く、五分も経たないうちにカゴの中に乗り込むことができた。乗り込むと扉が閉められてアゲハとトキだけの密室ができた。ただ二人は無言で夕陽に照らされる園内や風景を眺めている。
「なあトキ」
「何でしょうか」
ちょうど頂上に至った時にアゲハが声をかける。
「今日は…ありがとう……」
「ふむ、ここはどういたしましてと答えるのが筋でしょうか」
「そうだよ。トキの誘いがなかったら遊園地には一生来なかっただろうね」
「なぜでしょうか」
「バカ言うなよ。独りで行くのはきついって」
「アゲハ様は意外と寂しがり屋なのですね」
「バカにしてんな。……だけど、その通りなのかもしれない」
アゲハは風景を眺めて黄昏る。今までは願望はありながらもきっかけがなければ一歩が踏み出せずにいた。自分には過ぎた夢だ、独りで行ってはならないと決めつけていたのだ。
しかしながらカヨコとトキが献身的になったおかげで夢は実現した。何かしらの打算が裏にあるのではないかと勘繰りながらも不思議と悪い気はしなかったのだ。初めての光景、初めての体験、初めての感情はアゲハの人生に彩を与えていった。それはまるでモノクロ写真に色がついていくように。
「孤独な生活は僕には合っていないみたいだ。一度、誰かに助けられたらその味を覚えてしまったよ」
「それは光栄です」
「僕はヘラヘラ人間だから信じてもらえるかわからないけどさ、これは本音だよ」
「えぇ、存じております」
「さてと、ご褒美というか誰得かわからないけど。トキ、目をつぶって」
「っ!?」
観覧車の頂上付近で目をつむる。その行為は
そんなこと知ってか知らずかアゲハは早く閉じろと催促されて、トキは同意する。
「わかり、ました……!」
「なら閉じてて」
「ん」
アゲハの言う通りに目を閉じて唇をやや突き出すトキ、これからアレが始まると身構えていた。
「……はい、目を開けて」
「えっ?」
しかしトキの期待を反して何も起きなかった。困惑した状態でトキは目を開けると目の前には数時間前に渡した犬耳カチューシャを着けていたアゲハがいた。
顔が中性的な美少年に犬耳という属性が付与されたアゲハにトキは目を奪われてしまった。すごく愛らしくて可愛げのあるという感想を抱いた。
「お写真を撮っても大丈夫ですか?」
「ダメ。こういう姿はここだけ」
「カヨコ様にもお見せしたいです」
「それもダメ。これはアンタのお礼でもあるんだから」
「つまり私しか知らないと」
「……厳密に言うと自分の意志で着けたという括りだね」
「それはどういうことでしょうか?」
「男娼時代は店や客に言われてこういう
アゲハはコスプレに忌避感と嫌悪感があり、原因は自分が無理やりされていたという実体験だった。
しかし自分のために用意してくれたプランやグッズに感謝の意味合いを込めてアゲハはその姿を見せたのだ。加えて自分は充分に楽しめたという意思表示にもなっていた。
「あまり人前で見せたくない。だから
「……えぇ。満足していただけたのなら感謝の極みでございます」
「カヨコとトキが僕にどんな見返りを求めているかはわからないけど、こういう関係も悪くないね」
「トキは可能な限りアゲハ様の夢を叶えたいですし、願いも増やしていきたい所存です」
「へぇ、大層なこと言うね。なら二人に期待しても大丈夫だよね」
「大いに期待してくださいませ」
「わかったよ」
「……せっかくなのでワンと鳴いてはくれませんか?」
「図太いなお前」
遊園地を退園した頃には夕日が落ちていた。時間というのはあっという間に過ぎ、二人は遊園地に対して名残惜しさが残った。
こうしてアゲハとトキによる遊園地デートは終わり、帰路についた。道中で遊び疲れてしまった二人は電車の中でお互いの肩を寄せ合いながら眠ってしまった。
ちなみに観覧車内でアゲハはワンと鳴いた。頬を赤らめながら一生懸命になって犬マネをするアゲハにトキは心がときめいてしまったのはここだけの話。
アゲハ君は猫じゃなくて犬系なツンデレ犬です。
懐くのに時間はかかりますがデレた瞬間の破壊力が凄まじいい犬なのです。