裏社会の始末屋、キヴォトスにて絆される   作:渡邊ユンカース

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いきなり気温が暑くなって部屋の換気しようにも花粉が入ってつらいです。



正体不明な子供

 

「これは、一体……」

 

 アゲハが目を覚ましたのは水面で、明かりがなく闇で包まれていた。

 アゲハが最後に覚えているのはワカモとの戦闘で瀕死の重体になって倒れているのを先生が手当てしてくれたところだ。当然、こんな池みたいな土地に飛ばされた記憶はない。

「体も痛くない。となると夢だな」

 

 常識的に考えて先生がアゲハを僻地に放っておくはずがないことや怪我による痛みを感じないことから夢だと断定した。ただ立っているだけでは手持ち無沙汰なのでアゲハはビシャビシャ歩き出す。水面の深さは足首程度、水の抵抗を体感しながら難なく歩くことができた。

 

「どういう夢だよ。こんな変な夢は初めてだ」

 

 疑問を抱きつつもアゲハは歩く。別に歩かなくてもいいのだが何かをしなければ不安と恐怖に身が飲まれそうだった。

 五分ほど歩いていると目の前に小柄な獣人の女性が蹲っていた。ようやく自分以外の人を見つけたアゲハは女性に駆け寄った。

 

「なあアンタ、これはどういう夢なんだ」

「うぅ……」

「ねぇ、聞こえないの?」

「うぅ……」

 

 その女性は問いに答えることなくただ蹲った状態で顔を伏せて泣いていた。質問に答えてくれないことに苛立ちを覚えたのかアゲハも視線を合わせるようにしゃがんだ。

 

「もしもーし。無視しないで教えてよ」

「無理よ」

「えっ?」

「だってあなたが―――」

 

 女性は泣き声を漏らしながら顔をアゲハに向けた。

 

「私を殺したんだから」

「ッ!?」

 

 アゲハはその素顔を見た瞬間に仰け反って尻もちをついた。それも無理はない、何故ならその両目には眼球が鳴く血涙を流していたのだから。

 あまりのグロテスクな状況にアゲハは急いで立ち上がり距離を置こうとした。

 

「は、放せよッ!」

 

 逃げようとしたアゲハを女性はその足首を掴んで離さなかった。アゲハは無理やり脱出しようと力任せに足を動かしたり、女性を蹴って拘束を解こうとした。だがしかし女性は一向にその手を緩めず、それどころか次第に強くなっていく。

 

「この化物が!」

 

 仕方なしにアゲハは神秘を使って女性を殺そうとした。だが何度も女性を殴っても死なず、それどころか神秘が込められないことを感じた。

 

「な、何で!?」

「また私を殺すのね」

「そ、そうだよ!くたばれ!」

「俺も死んだぞ」

「わしも殺された」

「吾輩も貴殿に殺された」

「ひっ!?」

 

 必死の抵抗をしていると竹の如く水面から何人もの異形の人物が出てきた。どれも四肢や眼球や鼻などが欠損しており、酷い者だと臓物が体からはみ出ている者もいた。この者たちをアゲハは思い出した、思い出してしまった。彼らはかつて自分が暗殺した者たちであり、様々な方法で殺していったことを。

 アゲハはどうにかして逃げ出そうと抵抗するが、呆気なく化物たちに囲まれて体を掴まれてしまう。そして化物たちは恐ろしいほどの力で押し込み、アゲハの体は徐々に水中に沈んでいく。

 

「やめろ!離せ!」

「お前が私たちを殺した」

「あなたが私の親友ごと殺した」

「貴様が家族ごと殺した」

「お、お前ら全員悪者だろ!殺されても仕方ないだろ!」

「仕方なくない」

「お前も悪い」

「生きたかった」

「黙れ黙れ黙れ!!死ね!お前ら全員死ね!」

 

 アゲハはもう頭しか水面から出ていない。自棄になって化物たちを罵倒するも意に介していない様子だった。

 

「クソクソクソクソ!!」

「許さない」

「絶対に許さない」

「ひっ!?」

 

 

許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない

許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない

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許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない

 

 

「ご、ごめんなさい。ゆるしてっ!」

 

 アゲハが水中に沈んでもなお頭にはその言葉が永遠と鳴り響き続ける。水中だから音は遮られるはずなのに憎悪の声は決して止まない。それどころか強くなる一方だ。

 息は苦しくなり、右腕に激痛が走る。アゲハは痛みを耐えながら自身の右腕を見ると、いつの間にか捥がれていた。

 

「ッ!?っ!!」

 

 パニック状態になって暴れるも抵抗空しく残りの四肢が奪われていき、ついには耳や眼球や臓器にまで手が出される。最初は振りほどこうと体を動かしていたアゲハだったが激痛と恐怖と罪悪感で、最後の方になると絶望して無抵抗で沈むしかなかった。

 

 ―――――もう、いいや。

 

 パリンと何かが壊れる音が聞こえた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 昼下がりのシャーレ、先生は休憩を終えた後に大量の書類仕事をこなしていた。先生は陣頭指揮などの戦略を練ることは得意だが書類仕事は苦手だった。ひーこら言いながら溜まりに溜まった書類を捌く。

 

「お、終わらないよぉ!」

 

 半泣きで仕事をする様子はまるで夏休みの宿題を最終日にする子供のようだった。

 アゲハを救った先生はどうして戒厳令の中で出歩いていたのかをユウカやヴァルキューレ警察学校で局長を務める尾刃カンナに詰められた。目を逸らしながら弁解をしたが、煙に巻くことはできずにみっちり怒られた。護衛対象が勝手に外に出ていれば執行機関の面子が潰れるので当然とも言える。

 

「これは今日も徹夜だ……」

 

 先生はこの終わりが見えない仕事にため息を吐いた。そんな時、一本の電話がシャーレに届いた。

 

「もしもし、こちらシャーレです」

『先生ですか。こちらはD.U.大病院の者です。お伝えしたいことが』

「お伝えしたいこと?もしかして彼ですか?」

『えぇ、彼の目が覚めました』

「っ!それは良かった」

 

 重体のアゲハが目を覚ましたことに安堵を覚える先生、それもそのはずアゲハはICUではないとはいえ三日間も寝たきりだったのだ。

 安堵する先生、一方で病院側の反応があまりよくない。

 

『しかし問題がありまして』

「問題、ですか」

『はい。一度、こちらに足を運んでもらうことは可能でしょうか?』

「もちろんです!すぐ行きます!」

 

 先生は電話を切ってからシャーレの制服を羽織る。急用ということならユウカたちも納得してくれるだろうとカードを切って病院まで直行する。もっとも急いでいるあまりに護衛を一人も付けずに外出してしまい、後日別件として怒られることになる。

 

「すみません。先程、電話を頂いたシャーレの先生です」

「話は伺っております。少々お待ちください」

 

 病院に着いた先生は受付に行って電話相手を呼び出す。すぐに電話相手であるロボットの医者が現れた。

 

「先生、わざわざすみません」

「お気になさらず。それでお伝えしたいこととは?」

「そうですね。まずは現状を確認しながら病室に向かいましょうか」

「わかりました」

「まずは彼の名前は各学園の生徒名簿に記載もなく、住民票にも記載がありませんでしたね」

「そんなことありえるんですか?」

「そういう人はスラム街出身の特徴で、戸籍もないから学園にも入学できないんですよ」

「……スラム街出身」

 

 先生は戸籍というものが公務機関が適切に機能しなければ登録されないことを思いだす。そして戸籍がなければ先生は彼を生徒として扱えないことも危惧しなければならない。

 

「さらに身元を保証する物もなく、携帯電話すら持ち合せていないのです」

「携帯電話が無い?」

「紛失可能性もあります。持ち物もタバコとライターといった未成年が持ってはならない物も有していました」

「……不良ってことですか」

「可能性が大いにあります。本来ならヴァルキューレに連絡したいのですが、一番の問題がありまして」

「一番の問題?」

「それはご自身の目でお確かめください」

 

 そうこうしているうちに先生たちはアゲハが入院する病室に着いた。

 数々の問題を挙げられてどう接していけばいいか模索する先生だったが、覚悟を決めてその扉を開ける。ガラガラガラとスライド式の扉が開かれた。

 

「きゃっきゃ!」

 

 そこには心身の発達が見合っていない様子で絵を描く少年がいた。初対面の姿と打って変わった異質ともいえる光景に先生は唖然とした。

 

「こ、これは……!」

「これが一番の問題です。彼は幼児還りしてしまったのです」

「幼児還り、ですか……」

「精神的かつ物理的なストレスを浴びて精神が摩耗してしまったのでしょう」

「な、治るんですよね!」

「わかりません。一時的なものかもしれませんし、永続的なものかもしれません」

「っ!」

「お姉さん誰?」

 

 困惑する先生のもとに記憶を失って幼児に戻ってしまったアゲハが駆け寄った。きょとんとした様子で首をかしげている。

 

「本当に、覚えていないの?」

「うん。けどアゲハって言うの!」

「アゲハ、素敵な名前だね」

「そうでしょ!あっ、お姉さんも一緒に遊ぼう!」

「わわっ」

 

 屈託のない笑顔を浮かべたアゲハは先生の手を引いて先程まで描いていた絵を見せる。そこには平面的に自分や物も表した絵があり、先生はその絵の特徴から現状のアゲハの精神年齢を見抜いた。この図式前期というのは絵の特徴で、六歳の頃によく見られるものだ。

 どうやら本当に記憶を喪失して精神年齢が幼くなったのだと先生は理解した。残酷な真実に心を痛めながら先生はアゲハに笑顔を取り繕って褒める。

 

「……とても良い絵だね!」

「うん!」

「ところでこれは何をしているの?」

「これは遊園地で遊んでいるの!」

「遊園地?行ったことあるの?」

「無いよ!けどわかるの!」

「……そっか。じゃあこの子は誰だろう?」

 

 先生は絵に描かれた人物を指差す。何故かアゲハと手を繋ぐように金髪の少女(・・・・・)が傍に立っている。

 

「わかんない」

「わからない?」

「そう。だけど楽しそうだったから!」

 

 物事の経験はないけど知識はあることは普通のことで、その知識をもとに絵を描くことはできる。

 しかしマスコットならともかく、金髪の少女が並ぶ必要性はない。あまりに違和感があり、それが解決の糸口になるのではないかと先生は考えた。

 

「他にも何を描いたの?」

「あとは正義のヒーローとモモフレンズとオムライス!」

「わっ、たくさん描いたね!」

「えへへ!」

「この一緒に食べている女の子は誰だろう?さっきの子と違うね」

 

 何か手掛かりはないかと探る先生はオムライスの絵に描かれている少女に目をつけた。白髪の上に黒い線が一本入っている女子で、先生はどこかで見覚えがあった。

 

「誰だろう?けどこの子が作ってくれたの!」

「作ってくれた?そういう絵なんだね」

「うん、とても美味しい(・・・・)の!」

 

 美味しいという単語は知識ではなく体験からくるものだと先生は察した。作ってくれた、美味しいという過去の体験からなる発言はアゲハの記憶を探る上で重要な手掛かりになる。今でこそ手掛かりは少ないがこの調子で絵を描かせたり、言動を観察すればそのうち正体に辿り着けるのではないかと先生は考えた。

 

「そういえば文字は読んだり書ける?」

「名前しかわかんない!」

「……よし、お姉さんが文字を教えるよ!だからシャーレにおいで」

「先生!?」

 

 児童還りして記憶の無いアゲハを引き取るという先生の衝撃発言を聞いた医者は驚きを隠せないでいた。そもそも戸籍もなく生徒ですらない子供をシャーレの先生が世話する義理はないのだ。医者の見立てでは一定の期間は様子を見て、ダメそうなら精神病院に入院させるつもりだった。

 

「大丈夫です。この子は私が預かって記憶も戻させますので」

「大丈夫ですか?一応、身元がわからないので苦労しますし入院費はそちらに請求しますが」

「……私が彼を救ったのだから最後まで付き合うのが道理でしょう」

「そ、それはそうですが」

「私は誰一人として見捨てたくありません。どうにかして救いたいのです」

「先生……」

「この子が生徒ではなくても子供であることは変わりません。大人は子供を守る者、そうでしょう」

「っ!」

 

 先生は自分の真意を医者に伝える。先生の嘘偽りない発言は医者を動揺させたが、それは感心からくるものだった。医者は顔を顰めながら唸った後に決断を下す。

 

「……わかりました。先生、彼を頼みます」

「お任せください。絶対に記憶を取り戻してみせます」

「手続きがあるため一日要しますが構いませんね?」

「大丈夫です。私も少しばかりシャーレを綺麗にしないといけませんので」

「……先生、この件はヴァルキューレに漏らしません。しかし大事にしないようご注意ください」

「ご忠言ありがとうございます。この子のためですから」

 

 こうして身寄りのないアゲハは先生属するシャーレで引き取ることになり、先生は一時的に子持ちになった。

 シャーレに戻った先生はアロナに絵に描かれた少女たちの特定を頼み、キヴォトス中に設置された監視カメラからアゲハの素性を探る。元々ブラックマーケットにはオンラインの監視カメラが少ないことや普段のアゲハが人目を避けて歩いていることが原因で素性の特定に時間が掛かっていた。

 




アゲハ君は基本的に神秘を込めて殺人をしますが、ぶっちゃけ無くても強引な手法で殺害をしていました。そして殺害対象も依頼された通りにこなすので、家族や仲間を丸ごと殺したり拷問にも参加していました。
まあ薬漬けにされて朦朧状態でやらされるんだから拒否権なんて無いんですけどね(非情)
暗殺者と男娼の二足の草鞋をするアゲハ君は働き者で素晴らしい。
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