裏社会の始末屋、キヴォトスにて絆される   作:渡邊ユンカース

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社会人生活に四苦八苦しています。きついぜ。
社会人なのに爆速更新できる人おかしいって……


カップを鳴らせば水面が揺れる

 

 アゲハがシャーレで先生を襲った日から二日が経過した。

 偶然居合わせたカヨコが先生を助けた後、アゲハは病院に運ばれて検査後に一日入院することになった。騒動を聞きつけたトキも急いで病院に駆けつけて、先生とカヨコとトキが一同に揃った。カヨコとトキは先生にアゲハについて話して情報を共有した。その際、先生を襲った始末屋の正体がアゲハであることを隠して発情のことやタバコのことや一緒に生活をしていたことを話した。

 先生はカヨコとトキがアゲハの保護者的立ち位置であることを理解したが、インモラルな付き合いだと察して次からはシャーレに頼るよう伝えた。さらにアゲハの世話は未成年の保護という点でシャーレで行うことも伝えた。

 

「元気になってよかったねアゲハ」

「うん!」

 

 経過観察のために入院したアゲハは退院後も幼児退行したままだった。

 

「っ」

「……アゲハ様」

 

 幼児退行して愛らしくも残酷な姿になってしまったアゲハを見てカヨコとトキは悲痛そうに黙って項垂れるしかなかった。あと少し見つけるのが早ければ退行せずに済んだのではないか、最後に会った時に説得ができればこうはならなかったのではないか、先生の暗殺未遂現場に居合わせていれば心を壊さずに済んだのではないかというもしもの話が脳裏をよぎる。

 しかし過去は変えられず未来を予測して今を生きることしかできないため打開策を探すことにした。

 

「先生、私もアゲハの記憶取り戻すのに協力する」

「私にもお手伝いを」

「二人ともいいの?もしかしたら途方もないかもしれないよ」

「平気だよ」

「構いません」

 

 先生はアゲハの記憶を完璧に取り戻せるかについて保証はなかった。もしかしたら一生このままか違う人格として成長してしまう可能性もあるのだ。しかし二人の決断は揺らがず、確固たる意志で力強く答えた。

 先生は重荷を背負わせていいものかと暫く考え込んだ後に二人の協力を了承した。

 先生はシャーレの業務をこなしながらアゲハの記憶を取り戻すための手掛かりを探す。カヨコとトキも交代制でアゲハと接して糸口を探していた。しかし中々進展せずに時間だけが過ぎていく。

 

「これは……」

 

 記憶を取り戻す糸口を探しているとトキはとある物に目を付けた。それはアゲハが描いた絵で、喫茶店だと思わしき室内でどこか見覚えのある制服と姿をした生徒が描かれているのだ。黒い制服と大きな黒い翼、もしかしたらと思い検索をかけるとそれはトリニティ総合学園の正義実現委員会の関係者ではないかと考えた。

 すぐさまトキは先生とカヨコに報告して、絵に描かれたカフェの特定に急いだ。トリニティ自治区は広大で多くの喫茶店があるため時間を要したが、シッテムの箱の能力により特定に至った。

 

「トリニティ自治区郊外のこの店がそうみたい」

「明日行こう。すぐに行った方が良さそうだし」

「……申し訳ございませんが私は任務があるため同行はできません」

「気にしないで、絵に気づいてくれただけでもお手柄だよ。お仕事頑張ってね」

「ありがとうございます。お二人ともアゲハ様をお願いします」

「任せて」

「大人のすごいところ見せてあげる」

 

 

 こうして該当する喫茶店に行く予定が立ち、時間が許す限りの準備をした。アゲハの発情を抑えるために抑制作用のあるタバコをほぐして日常的にお香として使っていたのだが、タバコの中身を袋に入れた香り袋でも効果があることがわかりその用意に努めた。

 

「お出かけだ!」

「楽しみだね」

「うん!それにカヨコお姉ちゃんと先生と一緒だもん!」

「……美味しい物、食べようね」

 

 二人はバスと電車という公共交通機関を使ってトリニティ自治区に行く。シャーレにも公用車があるのだがエデン条約前であることを配慮して安易に使わなかった。

 車内では美少年であるアゲハが幼子のように振る舞う様子に乗客たちは奇異の視線を飛ばすが、先生とカヨコが傍についてアゲハがその視線を受けないように守っていた。目的地に着くと三人は歩いて目的の喫茶店へ向かう。トリニティ自治区ならではの建築様式は古風で美麗なものだった。

 暫く歩くと目的地である喫茶店に辿り着いた。古風で趣のある喫茶店は荘厳な雰囲気を醸しながらも温かみがある。長年に渡ってこの喫茶店は町の様子を見てきたのだと一目でわかった。

 

「此処じゃないかな」

「うん。恐らくね」

「わーい!着いた着いた!」

「……何かわかるといいね」

「絶対にわかるよ。きっとね」

 

 アゲハを連れて二人は喫茶店の扉を重々しく開ける。緊張して動きがややぎこちない二人に反してベルがちりーんと軽快に鳴る。

 

「いらっしゃい。お好きな席にどうぞ」

 

 先に入った二人を出迎えたのは老齢なマスターで偶然にも店内に客はいなかった。落ち着きのある服装をして年季の入った体をゆっくり動かしながらカップを拭いている。

 

「突然すみません。お聞きしたいことが」

「お聞きしたいこと?」

「いい香りがするね、何だろう!」

「おや、アゲハさんではありませんか」

「っ!?この子を知っているんですか!」

「えぇ、常連として来てくださっていました。ですが何か様子が違いますね」

「実は記憶喪失をして幼児退行をしてしまいまして」

「なるほど。立ち話もあれだ、こちらのカウンターへ座ってください」

 

 大事だと察したマスターは三人をカウンターへ案内する。そして二人には事前に用意していたアイスコーヒー、アゲハにはココアとクッキーをセットにして渡す。先生はカヨコは丁重の扱いを受けながら自分たちがアゲハの記憶を取り戻すために奔走していることを伝えた。

 

「なるほど。そのようなことが」

「はい。何でも良いので思いつくことはありますか?」

「そうですねぇ。モカが好きだということと――――」

「マスター、いつものを」

 

 ちりんとベルが鳴り、マスターを含めた四人の視線が来訪者に向かう。

 

「あれ?どうして先生が?」

 

 来訪者の正体は正義実現委員会の副委員長を務める羽川ハスミだった。先生とハスミは一度シャーレ奪還作戦で出会っており、その時以来の仲だった。

「ハスミ、久しぶりだね」

「お久しぶりです。まさか此処で出会えるとは」

「うん、ちょっと用でね」

「そうでしたか。……あっ、アゲハではありませんか」

「ッ!?ハスミもアゲハを知っているの!?」

「?そうですけど」

「ハスミさんとアゲハさんは常連仲間なんです。ちょうどいいところにいらしてくれました」

「お代はこっちで払うからハスミに聞きたいことがあるんだ」

 

 先生はハスミにも事情を話す。ハスミは悪い冗談なのではないかと疑ったが、目を輝かせながら足をぶらつかせてクッキーを頬張っているアゲハの様子を見て真実だと理解した。一方でカヨコは口を閉ざし、フードを被って自身の素性を隠そうとした。

 しかしカヨコの行動に疑問を抱いたアゲハは悪気なしにカヨコのフードに触る。

 

「カヨコお姉ちゃん。フードなんて被ってどうしたの?」

「あっ、ちょっと」

「ゲヘナ!?」

「くっ!」

 

 はらりとフードが脱げてカヨコの角と素顔が露わになるとハスミは急いで立ち上がって銃を向ける。ハスミは前々からゲヘナ学園に偏見と嫌悪感を抱いていた。さらにエデン条約前ということでトリニティ総合学園とゲヘナ学園の両校で今までにないほど緊張状態だったのだ。だからこそ事情を配慮したカヨコは素性を隠して穏便に済ませようとしたのだが、銃を向けられたことで反射的にカヨコも自身の拳銃に手を伸ばす。

 空気が凍るほど緊迫した状況下で先生は万が一の事態に備えてアゲハを抱き寄せて守る。

 

「ちょっと二人とも落ち着いて!」

「私は落ち着いているけどこの人が……!」

「ふざけないでください。どうせこの機に乗じて悪さをしようとしたのでしょう」

「違うって。私はアゲハのために来たの」

「カヨコお姉ちゃん……!」

「ほらアゲハも怖がっているし、銃を下ろそうよ!」

「……事情はどうあれ店内暴力厳禁ですよ」

「っ!?」

「なっ!?」

 

 ぞわりと冷たく突き刺さるほどの殺気を先生とカヨコとハスミは感じて、その出所に振り向いた。視線の先には何処からか取り出した二丁のリボルバーをカヨコとハスミに向けているマスターがいた。目は年齢のため細めているが笑ってはおらず、むしろ照準を正確に合わせている。

 殺気を向けられた三人は息を呑む。普通では絶対に到達できないほどの威圧感は三人に長年戦い続けてきた歴戦の強者であることを本能的に察した。

 

「……すみません。まだ何もしていないのに過剰になってしまいました」

「そういうの慣れているから平気」

「ふぅ、よかった」

「ぷはっ!先生、息ができなくて苦しかったよ!」

「ごめんごめん。ぎゅってしすぎちゃったね」

「それでハスミさん。何かアゲハさんのこと知っていますか?」

「……アゲハはヘラヘラして振る舞うのに自分のことは一切話さなかったんです」

「本当に謎が深まるばかりだ」

「ずっと独りぼっちだったからね」

「……恐らくは飄々とした態度は寂しさの裏返しだったのかもしれません」

「あっ!これ美味しい!みんなも食べて!」

「っ」

 

 美味しそうに用意されたケーキを食べる無邪気なアゲハは幸せそうだった。もしかしたらこの状態の方が嫌な過去を思い出さずに済むのではないかとカヨコは思ってしまった。カヨコがアゲハの世話をしていた頃、アゲハが悪夢で時折うなされることがあった。苦しそうにするアゲハにカヨコは何もできず、ただ落ち着かせようと頭を撫でたり、手を握ることしかできなかったのだ。

 しかしその考えは間違いだと頭を振ってカヨコは否定した。

 

「うーん。危険だけどブラックマーケットの家に連れていくしかないのか」

「待ってください。アゲハの家ってブラックマーケットなんですか」

「そうだよ」

「此処から遠く離れているのによく来ていましたね」

「本当に気に入っていたんだろうね。好きな物を食べながら誰かとお話しするのが」

「……こんなことになるなら、もう少し優しくしてあげればよかったです」

「記憶は絶対に私たちが取り戻すから次からそうしてあげて」

「はい……!」

「流石に今から行くには遠いから明日にでも――――」

 

 先生はせっかく喫茶店に来たのだから何か食べようとメニュー表を開く。その瞬間、ドアがあった方の壁面が爆発を起こして破片が室内に飛び散って土煙も充満した。

 

「ゲホッゲホッ!一体何が……!?」

「先生とアゲハ大丈夫!?」

「う、うん。平気だよ」

「私も大丈夫」

「もしかして美食研究会の仕業では!?」

「……あの方々は満足して帰られましたので違うかと」

「なら誰が……!」

 

 大きな風穴が空いた壁面からは一台の機関銃搭載の装甲車が横付けされているのが見えた。ひょっこりと車上に上半身を露わにしている兵士がロケットランチャーを撃ったのだろう。

 先生は爆発で服に付着した汚れを叩きながら道路に展開する兵士たちに告げる。

 

「私は連邦捜査部シャーレの顧問です。今の攻撃の理由を問います!」

「……先生、申し訳ないが命令ですので」

「命令ですって?今の攻撃は明らかな敵対行為です!」

「……撃て」

「ッ!?急いでこちらへ!」

 

 兵士の攻撃動作にいち早く気づいたマスターがカウンター内に入れと指示を送る。カヨコはアゲハを、ハスミは先生を引っ張って共にカウンター内へ避難させた。四人がカウンター内へと移った瞬間、機関銃による怒涛の連射が喫茶店を襲う。多数の弾丸が重厚な射撃音と同時に発射されて古風で趣のある店内をズタズタに傷つけていく。

 

「くっ!?」

「予想以上に攻撃が激しいですね……!」

「こ、怖いよッ!」

「大丈夫、私たちがいるから!」

「どうにか隙を作らないと反撃ができない……!」

「わかりました。私が作りましょう」

「マスター!?」

 

 反撃のための隙を作るためにマスターが立候補した。確かにマスターの実力は先程の殺気から確かなものだとわかったが、弾丸が一点集中する状況下でどのように打開するのか先生たちには見当がつかなかった。

 

「……そしたらカヨコとハスミがここから屋外に脱出して二正面攻撃しよう」

「うん。任せて」

「ゲヘナと組むのは納得いきませんがやりましょう」

「マスターも無茶はしないでください!」

「ご安心を。短いながらも時間を稼いでみせましょう」

 

 マスターは懐から懐中時計を取り出してボタンを押す。するとカウンターから二挺の旧式マシンガンが飛び出して照準を装甲車へ向ける。

 

「乱暴なお客はお引き取り願おう」

 

 二挺のマシンガンによる牽制射撃で装甲車からの射撃は一時停止する。その間にカヨコとハスミがカウンターから飛び出して屋外に出る。そして装甲車の正面から二人は攻撃を行う。

 

「すごい弾幕ですね!どうしてこんな武装を!」

「私は大昔にヤンチャしていましてね。その名残です」

「あまり説明になっていませんけど!?」

「そろそろ弾が尽きそうです。どれ、直接やりますか」

 

 二挺のマシンガンの弾が切れたタイミングで今度はマスターがカウンターから身を露わにして射撃を始める。二丁の使い古されたリボルバーによる攻撃は正確で、道路で展開していた兵士を撃ち抜いていく。

 

「うぐっ!?」

「どうして遮蔽物に隠れているのに当たるんだ!?」

「あのジジイ!跳弾して当てやがる!」

「それよりも機関銃を正面に回せ!」

「やれやれ。老体に堪えますな」

「まだまだ現役ですね!」

「お世辞でも感謝いたします」

 

 二正面による攻撃は確実に兵士たちの兵力を削いでいった。姿を隠してもマスターの跳弾が襲い、車上の機関銃を使うために身を乗り出してもハスミによる射撃で阻害されるからだ。

 順調にことが進んでいた。もっとも予測不可能なことが起きるのが戦場の常である。

 

「この反応はッ!?ハスミとカヨコ逃げて!!」

『うっ!?』

『きゃっ!?』

 

 シッテムの箱から何かを察知した先生はハスミとカヨコに退避を指示するも、二人が居た場所が大きな土煙を立てて爆発した。キュラキュラと金属がひしめき合う独特の音が近づいてくるのを感じた。

 

「二人ともケガは!?」

『な、なんとか』

『まだ、戦えます……!』

「……一台とはいえ戦車ですか。こちらの弾薬も僅かというのに」

「まさかここまで本気だなんて……ッ!」

 

 見積もりが甘かったと先生は後悔した。連邦捜査部シャーレの顧問である自分に危害を加えようとしていたのは理解していたが戦車を出すほど相手が本気とは思っていなかったのだ。

 今の現状戦力では負傷したハスミとカヨコでは火力不足、歴戦のマスターでも強力な増援相手にどこまでやれるかわからない。もはや詰みの一歩手前の状況だった。

 

「……降参します」

 

 この危機を打開する方法は投降しかなかった。先生は両手を挙げてカウンターから体を晒す。

 

「先生!?行ってはいけません!」

「生徒と一般人を守るのが先生です。私一人で傷つかないなら安いです」

「……よし、そのまま来い」

『ダメだよ先生!』

『そうです。まだ私たちはやれます!』

「これ以上、皆が傷ついてほしくなんだ。ごめんね」

 

 生徒たちの必死の呼び止めに謝罪して先生は兵士のもとへ進む。路上に出るとすぐさま兵士たちに取り押さえられてしまう。この状況では迂闊にカヨコたちも発砲できなかった。

 

「どうしよう!せ、先生が捕まっちゃった!」

「これでは手出しができませんね……」

「どうやったら先生を助けられるの!」

「わかりません。殺されないよう神に祈るしか」

「嫌だ!先生もカヨコお姉ちゃんたちも助けたい!!」

「っ」

 

 アゲハは涙を浮かべながらも断固たる意志で言い放つ。マスターはその様子を見てとあることに賭けてみることにした。

 

「アゲハさんに聞きます」

「……うん」

「あなたは強い。きっと今の私以上に強いでしょう」

「っ!?」

「だから短時間でも戻ってください。さすれば救えます」

「け、けど怖いよ……」

「何もできずに喪うか何かをして喪うかの差は大きい。ですがあなたには成せる力があるんです」

「うぅ……」

 

 アゲハは完全に動揺していた。今のアゲハの記憶には戦闘の経験も技術もない白紙の状態なのだ。それなのに前に出て銃弾飛び交う戦場で戦えと言うのだから当然だった。

 

「あなたならできる。あなたの力で先生もあの二人を助けてください」

「もし失敗したらどうしよう」

「大丈夫です。体が全部覚えています」

「……わかった。僕、頑張るよ」

「援護はします。ご武運を」

 

 先生たちを助けるという決意を固めたアゲハはカウンターから体を晒す。

 そして首からぶら下げていた香り袋を深く吸った後にぶちりと乱暴に投げ捨て、垂れていた前髪を後ろに掻き上げる。この一連の流れは無意識によるもので何かのルーティンのひとつ(・・・・・・・・・)であった。

 幼児のような無垢な瞳が鋭くなり、緊張と不安で硬直気味だった体から無駄な力が消えた佇まいになる。

 

「仕事の時間だ」

 

 此処に始末屋が顕現した。

 




Q.どうしてトキも同行させなかったの?
A.アビエシェフで騒動が解決してしまうから。
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