日は落ち、闇夜で満ちてから数時間が経過した。そろそろ各家々が消灯して眠りに入る頃合、雷猫組のアジト近辺に便利屋68と始末屋の姿があった。
「そろそろ時間ね」
「にしし、アルちゃんもしかしてビビッてるの~」
「そんなわけないでしょ。むしろ高ぶってきたわ」
「社長、あまり張り切りすぎないでね。それとハルカは落ち着いて」
「お、落ち着くために頑張ります……!」
「いやそうじゃなくて……」
「アンタら本当に仲が良いね」
「当たり前でしょ!ゲヘナ学園を出て一緒に仕事をしてくれる大事な仲間なんだから!」
「あっ、そう」
「始末屋ちゃんはどこかに属さないの?」
「こらムツキ、そういうことは聞かないで」
「……昔は属してたさ。けど気に入らなくて僕が潰した。だから今はフリー」
ケラケラとせせら笑うアゲハ、しかしアルたちは属していた集団を自ら潰したことを聞いて内心とんでもない人と組まされたと冷や汗をかく。
「にしても怒犬組の組員は使い物になりそうか?」
「弾幕を張るぐらいはできると思う」
「なんと下調べして爆弾を仕掛けちゃいました!偉いでしょ!」
「流石ムツキね!」
「なら心配はいらないか。でっかく頼むぜ、僕も様子見て潜入するから」
「まっかせてー!ハルカちゃん、ド派手にやっちゃって!」
「は、はい!」
「ちょ、まだ早いわ―――――」
ハルカが先程から握っていた物、それは爆弾の点火スイッチだった。とんでもない爆発が起きて、それに乗じた爆発音が一体に響き渡った。闇夜に包まれた街全体がほんのり明るくなった。
突然の作戦開始にハルカ以外の面子は驚愕した。当然、その中にはアゲハも含まれており仮面の裏で困惑した表情を浮かべていた。
「何が起きたんだ!?」
「な、なんだ!?」
「カチコミかぁ!?」
「であえであえー!」
アジト近くで大爆発を起こされたら敵兵もわらわらとアジトから出てくる。アルは爆風で乱れた前髪を整えて平然なフリをした。何事にも動じないことがアルの目指すアウトロー像なのだ。もっともアウトローに向いているかは別である。
「……ふっ、中々のアウトローねハルカ」
「あわわ、また私やらかしてしまいましたよね!し、死にます!」
「死んじゃダメだよムツキちゃん。とっても良い爆発だったよ!」
「アンタらっていつも行き当たりばったりなの?」
「……否定はできない。けど上手くいっているから」
「ならいいや。まあ景気づけの花火だと思えば縁起は良いか」
便利屋たちに不安を覚えながらもアゲハは割り切る姿勢を見せる。
「それじゃああなたたち仕事の時間よ」
「よーし、ムツキちゃん頑張っちゃうよー!」
「皆様のために頑張ります……!」
「ひとつひとつ丁寧にこなそう」
便利屋の面々はそれぞれの武器のセーフティを切り、意識を切り替える。戦闘経験こそアゲハには至らないが戦闘技術と仕事人としての誇りはしっかり持ち合せているようだ。
「それじゃあ俺は隙を伺っているから後はよろしく」
アゲハも闇夜に潜るように気配を消して侵入の機会を待つことにした。
「さてさて、侵入完了っと」
便利屋と怒犬組が派手に陽動をかけてくれたおかげで予定よりも大量かつ迅速に敵アジトから兵力を割いてくれた。難なく侵入することができたアゲハは物陰と暗闇に潜みながらターゲットへと向かう。
「クソが!外のやつらは何を苦戦してんだ!」
「兄貴ィ!このグレネードランチャーでどうにかしましょう!」
「そうだな!こいつがあればイチコロで――――」
「はい、残念」
「ぐえっ!?」
「おごっ!?」
道中で陽動するアルたちのために敵を仕留めながら着実に迫っていた。
アゲハはなぜキヴォトスの裏社会で名を馳せていったのか。それは単純な戦闘力だけが理由ではない。
気配を遮断することに長けていたのだ。銃器の取扱いが下手なアゲハがターゲットを仕留めるにはゼロ距離まで詰める必要がある。迂闊に接近してしまうと攻撃を受けたり、気づかれて逃走されてしまう。そのため限界まで気配を消して接近、または隠れることにより奇襲を食らわせるのがセオリーだった。流石に高性能な機械による感知は受けてしまうが、並の機械や人間は感知することができないのだ。
唯一、気配遮断の弱点として攻撃した瞬間に遮断が解かれてしまうため先制攻撃が欠かせない。先手を取ることができなければ奇襲というアドバンテージはなくなってしまい、アゲハは暗闇と遮蔽物を活かした一撃離脱か撤退をしなければならない。
「ええい!表の連中は何をしているのだ!」
「そ、それが中々強くて……!」
「聞いてみれば怒犬組のカチコミだと聞いたぞ!」
「は、はい……」
「もうこうなったらワシらは避難するぞ!」
「ええっ!?部下を置いてですか!?」
「当たり前だろう!組長のワシが生きてさえいれば組の再建は容易だ!」
「はーい、残念だけどそれはダメでーす」
「な、なんだ貴様は!?」
そうこうしているうちにアゲハは組長のいる部屋にカチコミをかけた。扉を蹴飛ばし強引に侵入し、辺りを見渡す。雷猫組の組長とその側近だけなのを確認し、人を小馬鹿にするようなトーンで話しかける。
「いやー、驚きだよね。大した組じゃないかと思ったらグレポンまで用意しちゃってさ」
「ええい名を名乗れ!」
「黒い仮面とトンファー……まさか!?」
「おっと紹介が遅れた。僕の名前は始末屋、アンタを始末する者さ」
「始末屋だとォ!?まさか怒犬組に雇われたか!」
「大正解!ということでアンタを始末させてもらおうか」
トンファーを構えなおして突撃の態勢を取るアゲハ、しかし雷猫組の組長は机に置いてあった財布を取り出してきた。
「こうなったら仕方がない!金をやるから今からワシの味方になれ!」
「組長!」
「へぇ、ちなみにいくらよ?」
「すぐに渡せるのは金庫を含めて200万円だ!」
「……」
「ど、どうだ?」
暴力では適わないことを悟った組長は現金による買収を画策した。この提案にアゲハは構えを解いて考える素振りをみせる。
「うん!とても良い提案だ!」
「そうだろう!」
「けどさぁ、それってアンタを始末してからでも貰えるよね」
「何を――――」
部屋に置かれていたテーブルを組長たちに向けて蹴り飛ばす。二人は当たることはなかったものの視界が遮られて隙が生まれる。間隙をついてアゲハは急接近し、先に比較的戦闘力が高そうな側近にトンファーによる重い一撃を喰らわせる。アゲハはバキバキと側近の骨が砕け散る音と感触を感じつつも勢いよく吹き飛ばした。続いて組長を蹴飛ばして横転させた。
「うぐっ!」
「ダイヤル式や声帯認証の金庫だと厄介だ。開けてくれれば比較的軽めに始末してやる」
「結局やられるのか!ふざけるな!」
「おいおい、状況を鑑みなって。どっちに主導権があると思うんだ」
「くぅ……!」
組長の喉元にトンファーを押し付けて最悪の二択を迫るアゲハ、まさにその姿は裏社会の住人として相応しい。これに気圧された組長は渋々了承し、金庫へ向かう。案の定、ダイヤル式の金庫で力任せに破壊するには骨が折れそうだった。
「それでいいのさ。さっ、開けちゃいなよ」
「……開いたぞ」
「うん!ありがとう!」
「がッ!?」
開いた瞬間、間髪入れずに後頭部を殴ったことで組長は呆気なく気絶した。なお仮面の下でアゲハは満面の笑みを浮かべて殴っていた。
「俺らみたいな悪人が慈悲を乞えるわけねぇだろ。さっ、回収回収」
アゲハはコートの隠しポケットに盗んだ現金を入れた後に急いで外へ出た。脱出する際、潜入時に仕掛けた遠隔爆弾を起動させてアジトを爆発させた。
道中にいた敵をなぎ倒しながらアゲハは撤退を続ける。
「死んでください死んでください死んでください!!」
「あれって始末屋ちゃんじゃない?」
「本当だ」
「あの爆発と全力で撤退している様子から任務に成功したみたいね」
「そうだね。にしてもあんな爆発プランはなかったはず」
「立つ鳥跡を濁さずって言うじゃない。流石は裏社会のアウトローね……」
「あー、楽勝な任務だった」
「お疲れ始末屋ちゃん!すっごい爆発だったね!」
「僕の花火もすごかったでしょ、いえーい」
ムツキとアゲハはどこかシンパシーがあるのかピースを向け合っていた。
「さて、撤収して依頼主に報告しないと」
「止まれ!こちらはゲヘナ風紀委員会だ!」
「案の定きたわね……!」
そろそろ撤収しようとした時、会議の時に不安視していたゲヘナ風紀委員が騒ぎを聞きつけてやってきた。少し離れたところからは褐色銀髪ツインテール娘の声も聞こえていた。
「しかもイオリもいるよ、どうするの」
「イオリぐらいだったら何とでもなるわね」
「あー、アルちゃん残念なお知らせなんだけどさ」
「何よ?」
「もう爆弾も銃弾のストックが無いんだよね」
「えっ」
「しかも連れてきた組員さんたちも一戦交える元気はないみたい」
「……万事休すね」
「こ、こうなったら私が皆さまのために囮になります!」
「何言っているのよハルカ!それは無謀すぎるわ!」
「ですが!価値のない私にできる役目です!」
自己肯定感の低いハルカは親身にしてくれる他者のために尽くす傾向があった。一度決めたことには基本的に強情なためハルカはグイグイとアルに詰め寄って快諾を得ようとしていた。
ただ大人数が風紀員会から逃げるために少人数を切り捨てるのは理にかなっている。アルは葛藤する。なぜなら論理的には正しいものの理性が邪魔をしていたからだ。
「ならその役は僕が努める」
アルの心中を救う機会を与えたのは意外にもアゲハだった。
「それ正気で言っているの!?」
「当たり前じゃん。こんな情緒不安定なちびっ子だと役者不足だと思ってね」
「……あなたも小さい方だけど」
「まっ、ということで僕に任せてみなよ」
「身長のこと露骨に逸らしたー!」
「だ、ダメです!私がやります!やらせてください!」
「いやいいって。僕にやらしてみ、完璧にこなすからさ」
「それでも私が!」
「はぁ、面倒」
「うえっ!?」
「ハルカ!?」
ハルカの首筋をトンファーで強く叩くことでハルカは意識を無くし、カヨコに倒れ掛かった。こうでもしないと強情なハルカは認めないと踏んだからだろう。
仲間に危害を与えられたと見なしたアルたちは銃口をアゲハに向ける。
「よくもッ!」
「ッ!」
「ちょっと今のはいただけないかなぁ!」
「安心しなって。ただ気絶しているだけ」
「……他にも止める方法はあったはずだけど」
「ああいうタイプは簡単にはいかないだろ。即断即決が求められる場において最善だと思っただけ」
「っ」
「さっ、とっとと行きな。ヒナのいない風紀委員如き、僕の敵じゃない」
「一体多数だけどやれるの?」
「ここは障害物も多い市街地、それに夜。ゲリラ戦は得意分野だからさ」
「……その言葉信じるわよ」
「絶対に帰ってきて。ハルカに謝ってもらわないといけないから」
「プライベートでアンタらには会いたくないね。けど次どっかで会ったら謝ってあげる」
アゲハはそう言い捨てるとカツカツとあえて目立つように踵を鳴らしながら風紀委員に歩んでいく。この場は任せるしかないと考えたアルたちは煙幕弾を起動させて撤退していく。
「さて残業の時間だ。給料分の仕事はこなそう」
月明かりによって金属製のトンファーは鈍く光り、夜が明けるまでその地域一帯で戦闘が行われた。この戦闘で風紀委員は尋常ではない被害を生んだためヒナとアコは頭を抱えた。さらに部隊を指揮したイオリは疲労困憊の状態で学園に帰投し、ベッドの上で一日中動けなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「依頼人に報告も終わって報酬もゲットしたわね!」
「うん。満足してくれたみたいでよかった」
「あれ、ハルカのポケットに何か入っているわ」
「万札みたいだね。わわっ、しかも複数枚あるよ!」
「……もしかして気絶させたお詫びに始末屋が仕込んだのかも」
「なるほどね。配慮を忘れない仕事人としての矜持、私たちも見習わないといけないわね!」
「にしし、今度会ったらお礼しないとね」
「始末屋、その厚意ありがたく受け取るわ。今日は焼き肉食べ放題よー!」
「その前に寝ようよ社長」
アゲハ君は対集団よりも対個人の方が得意ですが、二十人程度の凡人相手なら難なく捌ききれます。
けど真価を発揮するのは奇襲なので陽動させてから隙を見計らって倒すのが彼の常勝戦法です。