裏社会の始末屋、キヴォトスにて絆される   作:渡邊ユンカース

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私は焼肉でもやしナムルとわかめスープときゅうりの漬物が好きです。
友達からは肉を喰えと言われます。もっともです。


焼肉

 

「あー、久しぶりの重労働だった」

 

 土砂降りの雨の中、アゲハは傘を差して人通りの少ない路地を歩いていた。肌をみせていない箇所にはいくつかの打撲痕と擦り傷があり、昨夜の風紀委員との戦闘が中々の重労働だったことがわかる。

 すでに仕事道具は自宅に配送しており、武器はカバンに隠したトンファーだけだ。

 

「ったく、せっかくゲヘナに来たんだから美味しいものでも食べるか」

 

 土砂降りの雨で体を冷やしつつ、食レポを頼りに飲食店を探す。出身的に腐ったものでも食べられるのだが金銭的に余裕があるため進んで食べるはずもない。金がある時には豪勢に食べたいのだ。

 

「総額600万円。稼ぎにしてはぼちぼちといった感じか」

「へへっ、よいしょ!」

「下手くそォ!」

「何だ?」

 

 辺りを散策していると裏路地から二人の声が聞こえる。こんな裏路地、しかも雨天に何をしているのか気になったアゲハは好奇心に駆られて行ってみることにした。

 ある程度進んでみると二人の不良娘がたむろしており、彼女たちの視界の先には猫がいた。

 

「これはアタシの勝ちだな!」

「けっ、まだチャンスはある!」

「……なるほどね」

 

 二人が手にしている小石と発言から猫で的当てでもしていたのだろうとアゲハは察した。好き好んで弱い者いじめ、しかも小動物相手にするのは流石のアゲハでも看過はできなかった。

 

「おねーさん、僕と遊ぼうよ」

「えっ」

「なんだぁ?」

 

 アゲハは傘を投げ捨てると二人の間に割り込むよう肩を組む。そして二人の顎に指を伸ばす。

 

「少しでも動いたらアンタらの首を折る。おわかり?」

「いきなりなんだァ!殺すぞ!」

「はい、折る」

「ぐげっ!?」

 

 アゲハは宣言を無視して手を振り払おうとした一人を即座に折る。グギッと重厚な音を響かせた後、白目を剥いて倒れた。こんな程度ではキヴォトス人は死なないのはアゲハも知っていた。

 

「アンタは?」

「う、動かないから要件は何だ!」

「こっから失せろ。友達も連れてな」

「わかった!」

「ならよし」

 

 アゲハは満面の笑みを見せた後に拘束を解いた。圧倒的な力量を見せられて戦意喪失したのか不良娘は気絶した者を背負って逃げていった。

 その後姿を横目に、アゲハは猫を抱き上げる。

 

「あー、やれやれ。ほれ、ケガはないか」

 

 見たところ目立ったケガはないようだ。首輪をつけていないことから野良猫らしく、気怠そうにしているアゲハに向かって猫はニャーと鳴いた。

 

「動かないで」

「……あぁ?」

「さっさと猫から手を放して」

「いきなり何さ」

「こっちを見ないで」

 

 抱き上げている最中、アゲハの後ろから鋭い敵意とカチャリと銃器の作動音が聞こえた。ちらりと振り返ってみると視線の先には昨夜共に依頼をこなした便利屋68のカヨコがいた。見るからに穏やかな状況ではなく、小柄な背中に銃口が当てられる。

 しかしアゲハにとって危険な状況は日常茶飯事、飄々と人を小馬鹿にした態度を続ける。

 

「申し訳ないけどアンタの猫だったとは思わなかった。首輪でもつけておくんだね」

「御託は良いから早く猫を下ろして」

「まあまあそんなこと言うなよ。便利屋68のカヨコさん」

「……私のこと知っているんだ」

「はっはっは、ポスターで顔を見ただけさ」

「そう。なら言うことに従わないとわかっているよね」

「アンタに忠告してやる」

「?」

「銃はな、距離を取るための武器だ」

「ッ!?」

 

 不意に持っていた猫を真上に放り投げる。突発的に奇行にカヨコの視線は思わず投げられた猫に向かってしまい、隙が生まれた。アゲハは素早く振り返って突き付けられた拳銃を奪い、カヨコに向ける。同時に落下する猫を片手でキャッチした。

 いくら射撃のセンスがないアゲハとはいえ超至近距離なら当てられる。嘲笑的な笑みを浮かべるアゲハに対し、カヨコは苦虫を嚙み潰したような顔をする。

 

「立場逆転さよならホームランだ」

「くっ……!!」

「脅すにしても奪われる可能性を考慮しなきゃダメさ」

「私を撃ってもいいけどその猫だけは……!」

「アンタは何勘違いしてんだ?僕は猫を不良から助けたんだぞ」

「……えっ、そうなの」

「その綺麗な目で確認してみなよ」

「わっ」

 

 誤解を解くためにアゲハは猫をカヨコに投げ渡す。危なげなく受け取ったカヨコは猫の様子を調べる。猫は無傷で元気に鳴いていた。

 

「確かに外傷は無くて元気……」

「言った通りじゃないか。ったく余計なことさせやがって」

「ごめんなさい。てっきりあなたが酷いことしたと思っていた」

「まあいいさ、拳銃ここに置いとくから後はよろしく。飼えないなら猫の里親見つけなよ」

「待って」

「何さ。空腹だから手短に」

「この子を守ってくれたんでしょ。そのお礼がしたい」

「いいよお礼なんて」

「そうはいかない。どこかで返さないと気が済まないし変に借りを作りたくない」

「まあ裏社会で生きるのに借りは弱点か。いいよ、アンタは何してくれんの」

「っ!?」

 

 猫を抱くカヨコにずいっと顔を近づけるアゲハ、素性が知れず生意気とはいえ美形な少年から急接近されたカヨコは赤面して一歩後ずさる。アゲハはいたずらな笑みを浮かべて何をしてくれるのか期待した。

 

「ち、近いって」

「擦れた大人みたいなのに乙女みたいな反応するんだね。意外だ」

「……強いて言うならご飯を奢ってあげれるよ?」

「いいね、ゲヘナでおすすめのご飯を食べたいや」

「ならそれで決まり。私の社長に連絡するから待ってて」

 

 カヨコは少し距離を置いたところでスマホを取り出して便利屋68の社長アルに連絡する。アゲハはその間にカヨコが持ってきていた猫缶の蓋を開けて猫に餌をあげていた。

 カヨコとアルの間で簡単に事が運んだらしく、アゲハも同伴することになった。二人は猫に別れの挨拶をして店へと向かった。

 

 

 

「ふふっ、待っていたわ。あなたが猫を助けてくれた子ね」

「あっ、はい」

「私は陸八魔アル、便利屋68の社長よ」

「うわー、名高い社長さんと会えて緊張しちゃうなー!」

「まあ固くしないで頂戴。そこに掛けて」

「ではお言葉に甘えて」

「くふふ、よろしくね!えーと、名前は何?」

「アゲハ、黒羽アゲハと呼ばれている。まっ、好きに呼んでちょうだい」

「わかったよアゲハっち!私はムツキ!」

「……まあいいや」

「わ、私はハルカって言います!価値がない私ですが覚えてくれたら嬉しいです!」

「はい、ハルカね。よろしくよろしく」

 

 一通りの自己紹介が終わったところで焼き肉の注文に入る。五人が同じテーブルにいるということで少々狭いが問題はない。適当にタブレットをポチポチして注文していく。 

 

「にしても良い感じの店だ。多少値が張るけど払えそう?」

「ふふん、私は社長よ。それに臨時収入も入ったから大丈夫よ」

「……あれを臨時収入と言っていいのかは微妙だけど」

「ならいいや。好きな物食べちゃうか」

「アルちゃん!私これ食べたい!」

「高級和牛ね!良いわよ頼みなさい!」

「あっ、白米とナムルも注文しといて。わかめスープも忘れないでおくれ」

「三人とも食べきれる量を注文してね。ハルカもオーダーしたら?」

「わ、私は皆さんが残した肉と焦げた物で十分ですので!」

「そういうこと言わない。とりあえずハルカが好きそうなの頼むからね」

 

 焼肉というものは非常に人間性が出る料理だ。アゲハとムツキは網から食べたい物を取っていき、アルは大事に肉を焼いて食べ、カヨコは焼き肉奉行として網に肉と野菜を載せる。一方でハルカは口上通りに焦げ目が入った肉や野菜をもそもそと食べている。あまりにハルカが美味しく焼かれた肉を食べないのでアルたちが気を利かせて肉をあげていた。

 

「にしてもアンタら飢えてんのかってぐらい食べてるけどどうしたのさ」

「ま、まあ食べられる時にたくさん食べなきゃいけないからよ」

「そんなこと言って、最近はお腹いっぱい食べれてなかったからじゃん」

「ムツキ!そういうことは言わない!」

「……会社経営、もしかして下手?」

「うぐっ」

「まあ否定はできないよね」

「カヨコまで……」

「いいじゃんいいじゃん!お金じゃないものをゲットするのがアルちゃんのいいところなんだし!」

「お金じゃゲットできないもの?信頼ぐらいしかないだろ」

「その信頼が次の仕事を生むのよ。縁ってやつね」

「……あっそ。なんかアウトローらしくない人情家だ」

 

 アゲハは何か思うところがあったのか明後日の方を見る。幾度もなく手を汚してきた人間にとってアルの存在は輝かしく見ていられなかったからだ。ため息を零し、一気に飲み物を飲み干したアゲハは席を立った。

 

「何処に行くのよ」

「あまり詮索しない方が良い。食い逃げはしないからさ」

「まあ別にいいけど」

 

 商売道具のトンファーと個人情報が入ったカバンを持って向かった先は屋外の喫煙所だった。重々しい扉を開いて古びたベンチに座り、深々と一服する。常に吸っているタバコはニコチンが大量に入っているキツイやつだ。それを当たり前のように吸っていることからどれだけ愛用しているかがわかる。

 死んだ眼のまま脱力感に塗れた深いため息を吐き、ぼんやりと愚痴を漏らした。

 

「人の縁なんざ無いようなもんだろ」

「……私はそう思わないけど」

「へぇ、盗み聞きなんて意地悪じゃん」

 

 意外にも盗聴者がいた。声の方に視線を飛ばすと扉の隙間からカヨコの姿が見える。

 

「薄々感づいていたけど未成年なのにタバコ吸うんだ」

「ははっ、誰が吸おうが勝手だろ。てかゲヘナで起業は校則違反なんだし人のことは言えないでしょ」

「私はとやかく言う人間じゃないから安心して。社長は言う側の人間だけど」

「あー、言いそうだね。あのお人好し社長」

「まあ人が好過ぎるせいで大変な目に遭ったことはあるけど基本は良い方に転んでいるよ」

「いつまで好転するかな。周りの状況は可変するもんさ」

「知らない。けど社長がそのスタンスを貫く限り、私たちはついていくつもり」

「……面白いじゃん。いつまで続くかは見物だ」

 

 アゲハはそう言い捨てるとジュッと灰皿にタバコを力強く押し付けた。ガチャリと扉を開いてカヨコと対面した。

 

「……タバコ臭い」

「そりゃあそうでしょ」

「社長に勧めないでね。絶対憧れて試そうとするから」

「バーカ。こんなキヴォトス人でも体に悪い物を勧めるわけないじゃん」

「どうして吸うの。ストレスの発散か依存症?」

「早く死ねるようにさ」

 

 生気のない目と一切の抑揚なく言う物腰からそれが嘘偽りない本音だとカヨコは見抜いた。否が応でも見抜いてしまった。

 先程まで瞳にあったハイライトが消えて混沌が渦巻いている。カヨコはこれ以上踏み込んでしまえばどうなるのかを本能で察して冷や汗を流す。壮絶な過去と修羅場をくぐり抜けてきた者だけが出せる気迫にカヨコは呑まれていた。

 

「さっ、一服も終えたし焼肉を再開だ。今度は牛タンも頼んじゃおうかな」

 

 スイッチが切り替わったかのように先程と同じ自由奔放なアゲハに戻り、大手を振って席へ戻る。カヨコは素性がわからぬ少年に対して一種の危機感と不安を覚えるのであった。

 




喫煙は二十歳になってから吸いましょう。健康に良くないので。
だから未成年のアゲハ君みたいに吸ってはいけません。
それはそうとカヨコって良いよね。
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