裏社会の始末屋、キヴォトスにて絆される   作:渡邊ユンカース

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メリクリです。咳をしてもひとりです。
今回も長めになっていて少し性的表現があるのでご注意ください。


便利屋68のアルバイター

「おい、お前」

「……」

 

 六年前の雨が降る夜、ブラックマーケットの片隅にあるスラム街で大柄な獣人の男がいた。そして男はバラック小屋内で寝転がる少年に言う。どうやらこのバラック小屋は少年の住居らしく、その身なりはボロボロの衣服を身にまっている。そして容姿はひどくやせ細り、小汚い様子だった。

 

いくら(・・・)だ」

「……」

 

 男の言う通りを少年は理解したのか指を三本を立てる。

 

「ふん、三本か。まあいい、払ってやる」

「……」

 

 男は納得した様子で財布から三枚の紙幣を少年に渡す。すると少年はのっそりと生気なく立ち上がり、男に入ってこいと招いた。室内は瓶やゴミで散らかっており、家具らしきものはボロボロのマットレスと棚代わりの木箱しかなかった。

 

「……」

「へへっ、もたつくなよ」

 

 少年は服を脱いで全裸になり、マットレスに寝転がる。男は嬉々として腰のベルトを解いてズボンを脱いだ。男が少年に金銭を渡した理由、つまりそういうこと(・・・・・・)である。

 

「ふっ、ふっ……!」

「……んっ」

 

 ギシギシと行為が始まり、男は激しく欲情を少年にぶつける。少年は快感よりも苦痛からか時折顔を歪めて嗚咽を漏らすだけだった。

 二十分後、行為が終わった。汗ばんだ顔を服の裾で拭いながら男は着替え、ぐったりと力なしに寝転ぶ少年を見つめる。そして脱がしたズボンからゆっくりととある物を取り出した。

 

「ガキ、楽しかったぜ」

「っ!?」

 

 それはナイフだった。室内に備わった小さな豆電球が光が凶悪な刃をギラリと照らす。振り下ろされるナイフをギリギリで躱す。マットレスに凶刃が深々と突き刺さる。

 

「あっ、あっ!!」

「逃げんな!」

 

 少年は全裸で逃げ出そうとするが、男に捕まり押し倒される。男は獲物を捕らえた獣の如く舌を舐めずり、少年は恐怖で怯え切っていた。

 

「俺はストレスをセックスと殺しで解消するタチでね。スラムのガキならどっちもできてお得だよなァ!」

「や、やだ……」

「そんじゃ死ね!」

「うああああ!!」

 

 ナイフが振り下ろされる寸前、少年は偶然にも近くに瓶を手にして殴りかかる。バリンッと男の頭部に当たり、男はナイフを落とすほど悶える。そのおかげで拘束が解かれ、少年は男のナイフを拾った。

 

「お、おい!よせ!」

「よ、よくも……!」

「冗談なんだ!冗談!」

「ああああああああ!!」

 

 グサリと少年は男の喉元にナイフを突き刺した。かひゅっと空気が零れる音が聞こえ、男はばたばたともだえ苦しんだ。少年は男の動きが止まるまで何度も何度もナイフを突き立てる。ひたすらに夢中で二十回刺したあたりで気を取り戻すと男はぴくりとも動かなかった。ところどころ割れている姿見鏡には体のいたるところに返り血が付着しているのを少年は自覚した。

 

「……ぁ」

 

 少年は精根尽きたかのように毛布を被り、部屋の片隅で蹲った。少し時が経つと血の悪臭が部屋に充満した。

 部屋には無残な姿になった男と部屋の片隅で虚ろな目の少年しかいなかった。

 その夜、雨はひどく降っていた。

 

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「っ!?……嫌な夢を見た」

 

 小鳥がさえずり爽快な朝、アゲハはベッドから飛び起きた。脂汗が額に浮かび、瞳孔が揺れていて誰から見ても悪夢を見たと判断できる状態だった。

 

「起きたんだ」

「お、おはようございますっ!」

「……おはようハルカとカヨコ」

 

 寝室の扉を開けるとそこには便利屋68のカヨコとハルカがいた。例のゲヘナでの依頼以降、満身創痍となったアゲハは便利屋68に匿われた。幸いにも便利屋68も追われる身、そのためゲヘナ風紀委員に足が見つからない隠れ家のような事務所を作っていた。駅近でインフラも比較的整ったこの場所にて一週間潜伏していたのだ。

 

「調子はどう?」

「キヴォトス人だからな。応急処置で完治は遅かったとはいえ元気だよ」

「ひどいケガだったからね。包帯とお薬、たくさん使ったね」

「元気になってよかったです」

「ただ寝たきりの時にハルカが飲料水と間違えて消毒用アルコールを差し出してきたのは焦った」

「ごめんなさいごめんなさい!」

「まっ、わざとじゃないからいいんだけどさ」

「……どこ行くの?」

「これだよこれ」

 

 アゲハは人差し指と中指を立てて口に当てる。喫煙のポーズだ。流石のアゲハも匿われた身で人様の家で喫煙をするのは抵抗があった。外に出て近くの路地裏で吸うのがマナーであると理解していた。

 

「だ、ダメですよ!未成年なのに!」

「悪いがアンタらだって学生なのに校則破って起業したんだ。同属よ」

「ほ、ほら体にも悪いですし……」

「バンバン銃撃戦している身で何を今更。ともかく下にいるから何かあったら呼んでちょうだい」

 

 いつも通りの飄々とした態度で扉を開けて下に降りる。そして人目の付きづらい路地にて一服をする。朝起きてすぐに喫煙するのがアゲハのルーティンだった。

 

「あぁ、目覚めの一本はすっきりするな」

「なーにしてんの」

「寝起き早々にタバコなんてよくないわよ」

 

 程なくしてから買い出しに行っていたアルとムツキが事務所に戻ってきた。両手にはパンパンに膨れたレジ袋があり、アルのレジ袋からは飲食物や生活必需品が見えるがムツキに至っては濃緑色の手榴弾や弾丸が入った小箱が零れ落ちそうだった。

 

「やあ、おはよう」

「いっけないんだー。タバコなんて吸っちゃ」

「何度もアンタらに言われてんよ。けどやめないよ、だって紫煙を吸う一時が人生の一時になるんだから」

「アルちゃん。アゲハちゃんは変なこと言っているだけだからアウトローじゃないからね」

「し、知っているわよ!別に私だって大人になったらカッコよくタバコを吸って仕事をこなしたいとか思ってないから」

「わかりやすっ」

 

 ムツキの指摘にアルは慌てた様子で取り繕っている。完全に図星である。

 

「もー、ただの不良だから影響されないで。アルちゃんは今のアルちゃんのままでいいの」

「そうかしら?」

「そうそう!」

「ムツキの言う通りだよ。カッコつけて吸ったところでデメリットの方が大きいんだから」

「それならなぜアゲハは吸うのかしら?」

「……僕の人生に欠かせないものだから、かな」

「か、カッコいい……」

「はいはーい、アルちゃん流されない。アゲハちゃんもそろそろ吸い終わるよね。早くご飯食べようよ!」

「空腹は慣れているが好きじゃないんでね、そうしよう」

 

 三人はその後戻り、全員で買ってきた朝食を食べた。騒がしくもどこか落ち着いた雰囲気にアゲハも穏やかな気分だった。ちなみにハルカが自身の菓子パンをアルに献上したところ、それをアゲハが食べてしまったため事務所爆発未遂事件になったのは別の話。

 

「さあ今日のスケジュールを確認するわ」

「はーい」

「よ、よろしくお願いします」

「今日はカタカタヘルメット団の縄張りを荒らすワルワル暴走族を倒す予定よ!」

「すんごいシンプルな依頼」

「でもなんで自分たちの組織でやらないんだろうねー」

「何度かやったみたいだけど返り討ちにあったんだって。まっ、損害と依頼料を比べて頼んだ方が安いってわかったんでしょ」

「けどさ、他の仲間グループにも頼めばよかったんじゃないの?」

「派閥争いとかあるんでしょ。デカい組織ほど政争は激しいからさ」

「まっ、そういうことよ!」

「時間帯は夜間か?僕はそっちの方がやりやすくていいな」

「あら?あなたはお留守番よ?」

「えっ」

 

 さも当然かのように便利屋68の一員として発言していたアゲハ、しかしアルの指摘に意表を突かれて変な声を漏らす。

 

「だって便利屋68の社員でもないし、そもそもケガ人じゃない」

「確かに」

「くふふ、キョトンとするアゲハちゃん可愛いー!」

「黙れー!僕には参加する理由がある!」

「そうかしら?」

「まず看病してくれた礼」

「使用した医薬品とご飯代は三日目ぐらいから貰ったよね」

「たくさんくれて嬉しかったです……!」

「お金をくれたからその恩はないわね」

「二つ目には匿ってくれた時の礼」

「当然じゃない。ケガ人を放置するなんてできないもの」

「アルちゃんカッコいいー!」

「そもそもそれ込みのお金だと思った」

 

 アゲハが渡した金額は百万程度、しかも現金で手渡した。どのように入手したのかというとブラックマーケットの銀行にスマホでアクセスし、口座から現金を下ろしてドローンでここまで運んだのだ。アゲハ的には信頼関係の構築と謝辞を込みの端金であった。

 だが便利屋68の善性とそのお礼金がアゲハの依頼参加を拒んでいた。お礼金に至っては浪費の激しい彼女たちにとってこの金額はまさに救世主のように思えたのだ。

 どうしたらいいのかと頭を抱えるアゲハに疑問を思ったカヨコは問う。

 

「どうして参加したいの?危険な依頼なんだけど」

「……僕は貸しを作りたくない」

「それが弱みに繋がるからってこと?」

「それもそう。だけど一番は僕自身が納得できない」

「随分と自分勝手なんだね」

「カヨコ!それは言いすぎよ!」

「そうさ、何事も自分第一だよ。そうしないと僕みたいな人間(利己主義者)は生き残れない」

 

 いつも危険と隣り合わせの環境で生きてきたアゲハは自分第一主義であった。自分が十分に満たされなければ他者に施しを与えることはできないと身に染みて知っていた。

 

「どーすんのアルちゃん。結構、頑固だよ」

「うぬぬぬぬ……」

「それならアルバイトって括りでいいんじゃない?単発アルバイターとして」

「それよ!流石だわカヨコ課長!」

「危険承知なんだからケガしても文句言わないでね!」

「まっ、本人が納得する仕事でもさせればいいんじゃない?私とアゲハでアジトの裏口を抑えて逃がさないようにするよ」

「そうねそうしましょう!ちなみに銃は何を使っているのかしら?」

「ない」

「へっ?」

「実は銃は持ってない」

 

 そう、キヴォトスでは銃器の持ち運びは一般常識。しかしアゲハは恐るべきほどの射撃センスのなさなので持ってすらいない。大抵の不良は素手とそこら辺にある道具や物で何とかなるのだ。

 なのでアゲハは銃器を持っているかの質問にNoと答えたのだ。

 

「そうなったら仕方ないわね。これあげるわ」

「五連装の小型リボルバーね、確かに初心者用だ」

「こ、これで戦えますね!」

「本格的な戦闘はそんなにしないだろうし、ジャムと暴発の心配がないから良いと思う」

「にしてもどこで貰ってきたの?」

「前の依頼で警護対象に持たせていたの。元は敵から奪ったものとはいえ整備は怠ってないわ!」

「流石ですアル様!」

「そんじゃ、依頼をこなそうか。夜にやるなら事前調査と偵察は必須でしょ」

「おっ、わかってんねアゲハちゃん」

「それは済ませてあるから夕方から待機して、九時になったら夜襲を仕掛けるわよ!」

 

 こうしてアルバイターとなった始末屋アゲハと便利屋68の共同作戦が行われた。手練れのアルたちと圧倒的な強さを誇るアゲハのコンビ、誰からも見て過剰戦力である。

 しかしアクシデントというのは最悪のタイミングで起こるものであり、予期せぬトラブルを生むのである。

 

 

「どういうことだよ!」

「ちっ、結構キツイね……!」

 

 悪態をつきながら遮蔽物に隠れて反撃するカヨコとアゲハ、その先にはアルとハルカとムツキ率いる突入班が追い込んだ暴走族たちの姿があった。ここまでは従来通りなのだが、想定外だったのは予想以上に人数が多かった。しかもブラックマーケット経由で仕入れたライフルの性能が良く、暴走族の一員ひとりひとりの戦闘力も高かったのだ。

 

「社長!早めに来れる!?」

『無理よ!何かよくわかんないけど大きな武装ロボット相手にしてるから!』

『何とかするから耐えてて!』

「くっ。まさかこんなことになるだなんて……」

「だから徹底した偵察と情報収集を行えってんだ!普通は全体集会日に凸かまさないから!」

「アルバイターのアンタだけは絶対にケガさせないから……!」

「くそっ!どうしてこんな目に!」

 

 カヨコの射撃は正確に相手を捉えて撃破していくが人数が多くて弾幕も激しい。迂闊に射撃の機会を与えてくれない。一方でアゲハは自分が弾丸を避けながら突撃すれば済む話なのだが、戦い方や身のこなしを証拠に始末屋であることがバレてしまうことを考慮していた。実際、カヨコは前回の依頼で始末屋の戦闘を見ている。

 隙を見てはアゲハも射撃をするが明後日の方向に弾が飛ぶので、敵を威圧するために撃っている感じだった。

 

「あと少しだけ頑張って耐えて……!」

「何を根拠に!」

「わからない、けど社長たちなら!」

「あー、信頼してんだ。すっごく素晴らしいものだね」

「信頼してなきゃ無理なんてできないでしょ」

「……あっ、そう」

 

 信頼、その言葉に一瞬だけ動揺した様子を見せるアゲハ。信頼という関係は今まで金銭や損得勘定で得た一時的なものに過ぎない関係と割り切っていたアゲハにとってカヨコが言う友達や仲間としての信頼という意味合いが不思議でならなかった。漫画や映画だけの話だと思っていたのだ。

 

「どけぇ!あたしがやっつける!」

「ッ!?危ない!」

「うわっ!?」

 

 突然、ガバっとアゲハはカヨコに抱き着かれた。その直後、重低音の轟音を何度も響かせて身を隠していた遮蔽物が崩れていきカヨコ越しから強い衝撃が伝わり、二人はバタンと倒れた。

 土煙が晴れて倒れた状態でアゲハは目線を向けると、その先には対戦車ライフルを担いだ大柄な獣人がいた。腕章には副隊長と派手に副隊長と書かれている。

 

「伝家の宝刀、対戦車ライフル乱れ撃ち!恐れ入りました!」

「ふんっ、どんなもんよ!」

「カヨコ!おい、起きろ!」

「大丈夫……?」

「ふざけんな!なんで俺を庇った!」

「アンタは、病み上がりでしょ。それに―――――」

「……」

「一番年下じゃない」

「っ!?」

 

 アゲハは一度たりとも年齢のことは便利屋68には伝えていない。それどころか年齢は誰にも教えていなかった。それなのにカヨコは自らの洞察力と目星で最年少であることを突き止めたのだ。

 最年少であることが看破されたことと弱者として情けをかけられたことにアゲハは激怒する。

 

「くだらない情で僕を庇ったっていうのか!ただのバカじゃん!」

「年下を守るのは年上の役目、でしょ」

「お前、本当に……!」

「絶対、アンタは守ってあげるから……!」

「ッ!?」

 

 追撃と言わんばかりの射撃を身を挺してアゲハを守るカヨコ、アゲハは色々な激情がグルグルと胸中に渦巻いていくのを感じた。

 

「……わかった。やってやる」

「うぐっ!?な、何を!?」

「僕の実力、見せてあげる」

「きゃっ!?」

 

 ガシッと今度はカヨコに抱き着いて、そのまま横に回転してカヨコを押し倒すような態勢になる。そして近くに落ちていた貰い物の小型リボルバーを拾い、後ろに手を回して高速回転させる。

 どこに飛来するのかわかっているかのように、ヌンチャクの如く弾丸をリボルバーで弾く。

 

「す、すごい……」

「これだけで驚くなよ」

 

 今度は指でリボルバーを回して盾のように扱いながら敵に突撃していく。迫り来る弾丸を弾き、しかも弾いた弾丸がカヨコに当たらないよう細心の注意を払って進んでいく。

 途中で衝撃に耐えきれなくなったリボルバーが破損するも、瞬時に捨てて今度はただの瓦礫を用いて弾く。まさに偉業を通り越した神業だった。先程まで猛威を振るっていた対戦車ライフルの銃弾は弾くのではなく回避行動で対処する。

 

「ぬるい弾幕だ」

「うぎぎ……!」

「やっと俺の得意分野にこれた」

「ぐおっ!?」

 

 お返しと言わんばかりに対戦車ライフルを振り回していた獣人に手にした瓦礫で顔面を殴る。膝をついた瞬間、股間と鳩尾にも打撃を加えると白目を剥いて口から泡を噴きながら倒れる。アゲハはあの憎ましい対戦車ライフルを再利用できないよう内部構造を破壊した後に、指をポキポキと鳴らして相手を威圧しながら怒涛の猛攻を始めた。

 

「ぐえっ!?」

「ごほっ!?」

「がっ!?」

 

 的確かつ迅速に急所だけを捉えた無駄のない一撃を喰らった者たちはバタバタ倒れていく。三十秒も経たないうちにあれほど騒がしかった銃声は止んでいた。

 相手にならないと言ったようにアゲハは服に付着した汚れを払いながらカヨコの傍に近づいた。

 

「ざっとこんなもんだね」

「す、すごい……」

「カヨコ、立てる?」

「……ごめん、ちょっと無理そう」

「仕方ないな。よいしょっと」

「わっ」

 

 本当ならケガ人を安静にさせるのが最善だが、敵地のため危険が絶えない。そのためアゲハはカヨコを背負って退却することにした。幸いなことに一見して骨折などの重度な外傷は見られなかった。

 

「とりあえずここから離れる」

「……そうだね」

「タバコの臭いには日頃注意しているけど文句言うなよ」

「ふふっ、そういうとこは気にするんだ」

「当たり前だろ。タバコの臭いは意外と強いんだ」

「あっ、社長からだ」

『なんとか倒しきったからすぐ行くわ!』

「ごめん社長、何とかなったよ」

『本当!?それは良かったわ!』

「だから集合場所は既定のところで」

『そうね。二人ともお疲れ様!』

 

 アゲハたちの安全を確認したのが嬉々として電話を切るアル、それをよそにアゲハたちは集合地点に歩き続ける。

 

「そろそろ自分で歩くよ」

「なーに、まだ距離はあるから近くになるまで背負われてなって」

「……ひとつ訊いていいかな」

「何?」

「すごい身のこなしだった。どうして最初からしなかったの?」

「やる気の問題さ。僕は自分勝手な人間でね」

「噓。それなら私を置いて逃げた方が安全策」

「まっ、気にしたら負けだよ」

「もしかしてアゲハは―――――」

 

 ピタリと歩みを止めて立ち止まるアゲハ。場の空気が一瞬にして凍り、緊迫した雰囲気へと変異する。戦いぶりと口調からアゲハが誰なのかを薄々察していた。

 しかしカヨコは後ろからではアゲハの顔は見えないものの、これを言ったらいけない(・・・・・・・・・・・・)と経験則から感じ取ったのだ。

 

「ううん。何でもない」

 

 顔を伏せて深呼吸をしてから二コリと微笑を浮かべて言う。カヨコはたった今築いた信頼関係が瓦解するのを恐れたのだ。沈黙は金、まさにその通りであった。

 

「……そうか。それならいいんだ」

 

 アゲハは意味ありげに沈黙した後に応える。その言葉には安堵が込められているようにも思える。

 

「こんな自己中なアルバイター、もう雇わないでよね」

「社長にも言っとくよ。最初で最後のアルバイターはアゲハだって」

「最初で最後の枠に入れて僕は嬉しいよ。アンタらと絡むのは楽しいけど波乱万丈な日々を送りそうだ」

「うん、その通りだよ。けど入社したら平社員として扱ってあげる」

「けっ、となると下っ端確定じゃん。しかもハルカの後輩ってパワハラで労基に訴えるぞ」

「楽しみだね。みんなで可愛がってあげる」

「うるせぇ」

 

 こうしてアゲハの便利屋68のアルバイトは幕を閉じた。短い期間であったが色々と騒がしくも楽しい日々が終わったことに哀愁を覚えたアゲハであった。始末屋を休業して便利屋68に鞍替えするのも悪くないと考えたこともあった。しかしアゲハは始末屋としての活動を継続することに決め、愛用のトンファーと装備一式を丁寧に整備するのであった。

 余談だが個人的なお礼としてカヨコに高級猫缶と最新型ヘッドフォンを贈った。口にこそ中々出さないものの行動で表現する不器用な少年、それが黒羽アゲハであった。野良猫を愛でているカヨコの写真も入っていたらしく、カヨコは珍しく赤面していた。

 




クール系の年上お姉さん良いよね…それに狂わされるショタになりたい……
それと幼少期アゲハ君に投げつけられた紙幣三枚は日本円にして三千円です。生きるためには破格の値段で応じざるおえませんでした。
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