第一部 天輿市狂奏   作:華旺

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ゼミで書きました。
拙い文章ですが、よろしくお願いします。



ヨコハマ・プレリュード

《市民の皆さん、おはようございます》

午前六時、空を舞うドローンが人間じみた合成音声を用いてプロパガンダ混じりのニュースを垂れ流す。ドローンが纏う威圧的な武装と対照的に、可愛げのあるその声は、この街の住人にとって癒しの一つだ。

過去数十年の竜による被害は国際社会に大きな打撃を与えた。日本もその影響は免れず、今や東京湾に建設された人工島がかつての二十三区に代わる、新たな日本の中枢となっている。

その名も新東京、天輿市。日本における人類の生存圏である。

 

彼が目を覚ましたのは午後二時半。

デスクの上の電脳卓が通知ランプを忙しなく点滅させていた。

DCSから離脱した後、槽に入ったまま寝てしまっていたようだ。ぬるりとした遊離補助液に浸かる体を起こし、うなじと遊離槽を繋ぐケーブルを引き抜いて、槽の淵を掴む。腕に力を入れて立ち上がりそのまま浴室へ向かった。感覚液を洗い落とすためだ。

ヒタヒタと水滴が髪から滴り、感覚液特有の人工香料の匂いが鼻を衝く。彼はこの匂いが好きであった。

 

身体を拭いていると、不意に腹が鳴る。一日中DCSに遊離していた彼の身体が空腹を訴えているのだ。現実の肉体という牢獄から逃れられないことを嘆き、仕方なく冷蔵庫に向かう。中には炭酸飲料とドラッグ、貰い物の生体素子のカートリッジが三つに袋の中に一つだけ残っている冷凍餃子。

これでは腹を満たせない。久々に買い出しをしなくてはならないようだ。彼はクローゼットに向かう。流石に企業の監視の目がない地域とはいえ裸で外を歩くのはご法度だ。ドラッグで脳が焼けた娼婦か不良アンドロイド、もしくは竜癌発症者かと思われて、拉致されようが撃たれようが、何をされても文句は言えない。

身なりを整え、一階に向かう。

一階に入るには一度外に回る必要がある。ぐるりと遠回りした彼の目に飛び込んでくるのは〈緑華飯店〉と書かれたネオン看板。その下の自動ドアを彼は自らの手でこじ開けて中に入る。

 

「おい、これ未だ直してねぇのかよ」

「うるさいねぇ! ごちゃごちゃ言うんじゃないよ。それより家賃はまだかい⁉」

彼の問いかけに答える人物が奥のほうから出てきた。

彼女は〈緑華飯店〉店主、ミストレス・バビロンである。特徴的な義眼と数々の黒い噂が彼女に美しいだけではない、危険な魅力を与えている。ミストレス・バビロンは百年前から生きている、というのも彼女の噂の一つだ。しかし年齢の詮索はタブー。彼女を年寄り扱いした者は二度と〈緑華飯店〉の看板の下を潜ることは許されない。

行く当てもなかった彼を拾ってくれた大恩人ではあるが、バビロンの得体の知れなさに彼は本能的に恐怖していた。

「もう少し待ってくれよ。来月には返すからさ」

彼女の眉間に皺が寄る。

「……それより、餃子を一袋くれよ。あと飲み物も」

家賃を払おうにも、最近は〈仕事〉が少ない。というのにドラッグとDCSの上級遊離補助装置のレンタル代を払わなければいけないので、今月も彼のクレジット残高はプラスとマイナスを揺れ動いている。払おうにも払えないのが現状だ。

「そりゃあいいけども、問題は金だよ。来月までに家賃とこれまでのツケ、返せなかったら、今度こそ体で返してもらうからねぇ?」

こちらを睨みながらミストレスはカウンターを後にする。彼女の言い残した言葉から自身のあり得る未来を想像して、彼は身震いした。

「健康な体には使い道がいくらでもあるからねぇ。闇医者か斡旋所、どこに連絡しようか迷って仕方ない」

と言いながらミストレスは大きな麻袋一つを携えて奥のほうから戻ってくる。

「さて、ほうら。水のコンテナ三つに餃子一袋」

麻袋を受け取り、中を一瞥するとしっかりと注文の品が押し込まれていた。

「お代は……」

「――――あぁ、金は今回要らないよ。何なら今月の家賃もねぇ」

なんということだろうか。

金に問わず、取引に厳しいあのミストレスが、金を要らないと言っている。それはつまり〈貸し〉を作らされるということだ。彼女相手に貸し作っては一体何をさせられるか想像もできない。

「あ、あぁ……いや、ありがたい申し出だけど、遠慮させてもらおうかなぁ……なんて」

「へぇ、なんだい。私の提案を断るってぇのかい?」

彼女の眉間にさっきより深く皺が刻まれる。

しまった。

既に退路は塞がれていたのか。

「いや、そういうわけじゃないんだけど――――」

「それじゃあ代わりに一つ、頼みごとをしようかねぇ」

あぁ、彼女から〈仕事〉の依頼だ。ミストレスの〈仕事〉はどれも厄介で、あまり引き受けたくはない。

しかし彼女は部屋を貸していることを笠に着て強制的に依頼をしてくるので断ることもまた出来ない。

殺伐として、騙し騙されが当たり前なこの街では、だからこそ義理の堅さが要求される。不義理で不誠実な人間は、必ず排除される運命にある。

それに、ミストレスは湾岸地域一帯に顔が利く。それどころか〈島〉の重役でさえ彼女を無視することはできない可能性がまことしやかに囁かれている。そんな影響力の強い人物からの借りを返さないことが知れ渡れば明日、東京湾に彼の亡骸が沈むこと間違いなしだ。

「それで、用件は?」

「ジョシュアの小僧を、叩きのめしてほしいんだ」

「あぁ、キヘイのとこの若頭か……なにをしたのさ、こいつ」

「暴行を受けたって話は、うちの娘達から前から聞いてたんだ。親父の威を借りて調子に載っているんだろう。だけど最近、とうとう気に入ってた娘を拉致りやがったんだよ。従業員は皆あたしのものさ。自分の所有物を不当に奪われちゃ、黙ってらんないよ」

彼女の鉄面皮は揺るがないように見える。しかし目の奥にはどろりとした感情が隠し切れずに燃えていた。

「あぁ、全くだ。あんたのものを奪うなんて、許されない」

「ルールを破るのは不誠実だよなぁ?」

「あぁ、不誠実だ」

「あんた、好きにしてかまわないよ。大義はこっちにあるんだ」

「――――了解した」

さて、〈仕事〉の内容としては簡単だ。ジョシュア・キヘイによって攫われたであろう〈緑華飯店〉の従業員の捜索。

いくつか準備がいる。

「さぁ、あんた。私の依頼、受けるんだろうね?」

「えぇ、勿論。謹んで引き受けさせていただきましょう」

彼も、この街の住人かつ〈請負人〉の一人だ。ルールのない世界の掟を破る馬鹿には痛い目を見させる必要がある。それが義務だと信じていた。もちろん、単なる暴力衝動の捌け口が見つかったという喜びは無視できないのだが。

 

「ジョシュアの野郎、何考えてるんだ?」

湾岸西部を歩く彼は不可解、といった表情をしていた。

例えギャングの次期トップだろうと、ミストレス・バビロンの従業員を攫うなんて、気が狂ったのかとしか思えない。

こんな暴挙を親が庇えるとでも思っているのだろうか?

それならこの街と、〈緑華飯店〉の食客達を侮りすぎである。

 

 

「イラッシャイマセー」

アンドロイド店員が店内を闊歩している。マニュアル通りの対応が求められる仕事は、案の定人間から機械にその座が奪われていた。

「センヒャクキュウジュウヨエンニナリャース」

「タッチで」

「カシコアリャッシタ………ゴセイサンカンリョデス。マタノオコシヲオマチシテァリマス」

コンビニエンスストアで彼が買ったのは六缶セットのアルコール飲料。人の腹を割るにはちょうどいい。

 

「へぇ、なるほど、ありがとな」

「いいってことよぉ! それより、酒。奢ってくれてありがとな、兄ちゃん」

彼は情報を集めるために、屯する作業服姿の男達に声をかけた。

酒をそれぞれ一缶ずつ奢れば簡単に話してくれた。右腕がフックになっている作業員によると、頭領エイブラハムが病に倒れたのがジョシュアの暴走のきっかけだとか。酒や女はもちろんのこと、〈キヘイ・ブリゲード〉が管轄する工場の賃金を中抜き、その上廃工場を無断で占拠してクラブ代わりに毎晩パーティー三昧とのことだった。

「あいつらいつも外れの廃工場で騒ぎやがる。作業の邪魔だな。だども刃向かえば仕事もなくなっちまうんで、みんな黙っとるん」

「へぇ、なるほど。ちなみにクラブってのはお前さん達もいけるのかい?」

「いんやぁ、おら達見てぇな小ぎたねぇのは入れてくれねんだ。服装がパリッとしてても、一見さんはお断りみてぇだな。女なら、場合によっちゃあ入れてくれっけどもねぇ」

「そっか、そいつはいいことが聞けた。お礼に俺のやるよ」

と飲みかけの缶を渡すと、

「おー、ありがてぇ。お前さん、もしジョシュアに会いてぇなら気ぃつけなねぇ。アイツがガキの頃から知ってっけども、ありゃ最近特に変だから」

 

深夜二時。外れの廃工場前に彼は立っていた。噂通り、重低音が鳴り響き、中から漏れた光が周りを照らしている。

入り口はどこかと周りをうろうろしている彼だったが、後ろから声をかけられたことで調査は一時中断となった。

「おい、お前」

「あの、私ですか?」

「そうだ。」

「あの、何かしましたか?」

「いや、違う。もしかして中に入りたいのかと思ってな」

そういう男は顔の右半分を義体化していた。黒いオーバーサイズのTシャツの右袖からザトウクジラのタトゥーが半分見えている。

(間違いない、こいつは団員だ)

キヘイ・ブリゲードの団員は皆、ザトウクジラのタトゥーを彫る。腕や顔の見えるところが大半だ。更に彼の義体部分のどこにも企業のロゴが刻まれていないことが、密造義肢の利用を表している。とはいえ粗雑な作りをしていない。高品質の密造義肢をこの辺りで埋植できる人物は〈キヘイ・ブリゲード〉団員しかあり得ないのだ。それも幹部級に限る。

「えっとぉ、実はそうなんですぅ」

わざと困ったような声で話す彼。

「へぇ、でもおかしいな。さっきからうろうろしてるみたいだが、早く入らないのか」

痛いとこを突かれた。ここらに住んでいるものなら工場の入り口ぐらいすぐ分かるはずだが、彼は当然土地勘がなく、その性で入り口が分からなかったのだ。

遠くから来た、という言い訳は通用しない。なぜならヨコスカ・ブロックにわざわざ出向いて遊ぼうと思う奴はいないからだ。ハワイアンストリートはもちろん、中華街ならもっと楽しめる場所が無数にあるのにわざわざギャングの巣窟に来ようとするのは異常者か他の目的があるかのどちらか。故に地元住民ではないことがばれると非常にまずい。速攻で戦闘が始まってもおかしくはない。

 戦闘自体は大歓迎なのだが、彼にはどうしてもそれを避けねばならない事情があった。

 

「私、お兄さんみたいな素敵な人と二人きりになれるタイミングを待ってたんですよ」

「へぇ」

煽ててでも、こいつをその気にさせて連れ込ませなければ、変装した意味がない。

「お前、何か企んでるな」

まずい。勘付かれたか。雑多な悪党かと思ったがこの男、想像以上に頭が切れるのかもしれない。

(やるしか………ない)

「おいおい、黙ってちゃ図星って言ってるようなもんだぜ?」

(ドタマぶち抜いてやるッ)

 

「ごめんね~、遅れちゃった」

 見知らぬ女性が、どこからともなく現れた。

 団員と彼の両方が何事かと声の方に顔を向ける。

 「ねぇ、あんた。私の友人に何かするつもり?」

といってジェーン・ドゥが彼の背後に回る。背後に回られたことに気づくことができないまま彼は彼女に後ろから腕を回されていた。

無論、彼は気づいた瞬間に抵抗した。しかし全くその腕から逃れることはできそうにない。

(こいつ、力強すぎるだろ!)

 

「お前は………そうか。まぁ、いいだろう」

団員の男はどうやらこの女を知っているらしい。

「しかし、そいつ。さっきから不審な動きばかりしてたぞ。信用できるんだろうな」

「この子は私の知り合い。いつもは中華街の方でフリーやってるんだけどね。ジョシュア、最近あっちの娘ばかりと遊ぶじゃん?」

「おいおい、ちょっと――――」

なにやら気になる話題を話す女に、一体何を知っているのかを尋ねようとするも、腹部にすさまじい痛みが走る。あまりの衝撃に呼吸さえままならない。

「――――だから連れてきたって訳か」

「そう。私が入り口教えてあげるの忘れちゃって。ごめんね」

そういって彼女は彼の顔を覗き込んだ。ちょうど、団員の男から彼女の表情が死角になったタイミングで何やら女が呟く。

(中に入れてあげる、だって?)

意図は分からなくとも、とりあえず現在は味方のようだ。話を合わせよう。

「あんたなぁ………おい、お前」

急に団員の男は矛先を彼に向けた。

「は、はい」

「さっきは悪かったな。俺はエーゴン。ジョシュアさんの側近、といっても外様なんだが、護衛をしてるんだ。さっきのも仕事でな」

 

なんと。こいつがジョシュアの側近だったとは。思わぬ大物だ。ジョシュアの横暴を見過ごしているとは思えない丁寧な態度には違和感を覚えるほどだ。

(エーゴン。どこかで聞いたことがあるような)

一瞬、彼の脳裏に過った疑問は彼女に声をかけられたことで直ぐにかき消える。

「それじゃ、いこっか」

「あ、うん」

彼女に手を引かれて工場の中へと歩みを進める。

工場の地下を通る彼女の後を追う彼。遠くからハイテンポな音楽と人間の声が響いてくる。

「なぁ、お前は一体だれだ?」

「私はフレデリカ・ハクスリー。今は、そう名乗ってる。」

「名前は何だっていいんだよ。何の目的で俺を助けた。中華街での何を知っている。答えろ!」

今は、という発言は気になるが、それ以外で聞くべき質問が多すぎる。しかしフレデリカは彼の問いかけに答えようとない。

無視されたことが気に食わないものの、力任せにその口を開かせることは難しい。

改めて彼女を観察すると分かる。その恵まれた骨格とそれを覆う強靱な筋肉。服装は露出度が高く、その全てを惜しげもなく晒しているのは己に対する圧倒的な自信の表れだろうか。

(つーか生身であれかよ)

体のどこにも義体化の痕跡は見えない。例え培養皮膚で隠していても繋ぎ目は見えてしまうため、完全に生身であることに間違いはなさそうだ。

彼は彼女が自身よりも格上であることを認める。しかし、だからといって逃げ帰る理由にはならない。

「頼む。教えてくれ。なんで俺を助けたんだ?

「うーん、〈同類〉だったから、かな?」

「それは、どういう………?」

意味深な発言をした彼女はそれ以上を語ることはなく、ただニヤニヤと笑みを浮かべるばかりだった。

 

喧噪が近づく。半透明のビニールカーテンが目の前に現れた。その両脇には両肩から前腕にかけて大きく膨らんでいる、異常な体格の人物が二人。ボディーガードだろう。

フレデリカと彼の顔を交互に眺めるとのボディーガード二人はビニールカーテンを手繰り、道を開けた。その後すぐに、小柄な男が現れ二人を先導し始めた。

「こちらに、どうぞ」

小柄な男が示すのは工場二階、壁沿いの細い通路を抜けた先。突き当たりの小部屋だ。ここだけやけに真新しく、最新の設備ばかり。

(この先にジョシュアがいるのか)

「おーい。フレデリカですけど。いる?」

呼びかけに応じたのか、自動ドアが作動する。

 

「――――おいおい、フレデリカじゃん」

(こいつがジョシュア、か)

「今日はなに、またプレゼントかい。気が利くねぇ」

エイブラハムとは似ても似つかない顔立ち。彼も面倒くさい男だったが、こいつほど不快な人間では無かったはずだ。

「そう、貴方と遊びたいらしくてさ。連れてきちゃった」

「おいおい、そういうときは前もって言えっていったよな」

「そういう貴方も、ドラッグのやり過ぎで、この前遊び相手の首へし折っちゃったでしょ?」

「へへ、ちょっとな。あれは失敗だったよ。ちゃんと処理したから足はつかねぇ。オールグリーン、問題なしだよ」

フレデリカの顔が微かに歪む。嫌悪感、だろうか。

しかし、たった今。こいつが話した内容は揺るぎない証拠である。廃工場前でうろついていたあのときから、彼は女店主のミストレス・バビロンと通信がつながっていた。〈緑華飯店〉食客の、ネットダイバー、ヘルメースがハッキングを行うことで、廃工場のセキュリティシステムを回避している。

《――――だそうだが、ミストレス。どうしましょうか》

《………》

ミストレスは何も言わない。

が、明らかに言わんとすることは伝わってくる。

《殺したらエイブラハムが黙ってないと思うんです。私》

ヘルメースがミストレスに諫言した。三大勢力の一角、その息子を殺したとなれば、それは紛争の大きな火種になってしまう。

「おいおい、黙って突っ立てちゃあ、あのチャイニーズレストランの娼婦みたいに頭を犯してやるしかないだろう。生きたまま、頭蓋をノコギリで開けてやるんだ。ちゃんとドラッグで意識だけはハッキリさせてやるとその反応も楽しめるんだぜ。なんならそっちがメインディッシュかもなぁ」

そうはなりたくないだろう、と問いかけるジョシュアは彼の額に銃口を突きつける。

その瞬間、彼はヘルメースの諫言を意に介さず、ミストレスの言葉も待たず、衝動に身を任せた。

 

初めにジョシュアの持つ拳銃がまるで紙をくしゃくしゃにするかのように屈折する。歪な形状に変化する中でジョシュアの右手を巻き込んだ。

「痛ってぇ!:

銃がジョシュアの手を離れて床に落ちる。それはもう銃と認識できないほどに変形し、幾何学的なオブジェと化していた。

ジョシュアの手もまた、複雑に折り曲げられている。

「ほ、骨が、骨が!」

「折れてねぇよ。多分」

彼の言うとおり、骨は折れていない。神経が引き延ばされたことで痛みを感じているのだろう。

「テメェ、この野郎、だましやがったな!?」

護衛が構えていた筈の小銃が宙を舞い、相当な速度でジョシュアの頬を打ち据えた。

「な、なんだ。一体何が起きている?」

彼が口を開く。

「お前が殺したロッティは、健気だった。俺の直ぐ後に来たんだ。それを嬲り殺しにしただと?」

ぐぎゃあ、とジョシュアが悲鳴を上げる。

彼がジョシュアの両足を拳銃で撃ち抜いたようだ。

「お前は、全く、度し難いな」

護衛達が彼を取り押さえようと襲いかかる。

素手の護衛に手をかざす。直後何か見えない壁に護衛がぶつかり、空中で押し潰れ、血煙となる。

まだ小銃を持っていた三人は彼に向けて発砲する。しかし銃弾は全て彼を貫くこと無く一定の距離を保って浮いていた。

「お返しだ」

彼の手が翻ると反対に発砲した護衛達に向かって銃弾が放たれ、三人ともが床に倒れる。

「まだ生きてたか」

一人、運良く息のある護衛がいた。

 「クローン兵ごときが鬱陶しいんだよ」

彼が睨むと、最後の護衛の頭部が弾け、脳組織と脳漿がジョシュアに降り注いだ。

 

「最後だ、ジョシュア」

(どうしてやろうか、ミストレスに引き渡しても十分酷い目には遭ってもらえそうだが…………)

衝動も収まり、少し冷静になった彼。フレデリカはいつの間にか部屋の外からガラス越しに中を覗いている。

通信は……まだ繋がっていた。

《あの、ミストレス》

どうすべきか、指示を仰ぐ彼。

確かにこんな屑でも巨大ギャングのトップの息子。

こいつの死は、抗争の引き金としては十分な要因になる。ミストレスの利益を損なうのは彼としても好ましくない。いくら憎たらしくともミストレスが止めるなら、少し遊んだ後に解放するのもやぶさかではない。

《――――殺しちまって構わないよ》

《了解》

 

「た、頼む。殺さないでくれよ。俺の親父はあのエイブラハムだ。殺したらお前は一生逃げ回るしか無いんだ。それに俺には企業が、」

「もういい。黙れ」

ジョシュアに彼が指を差した。

床に叩きつけられるような破裂音とともにジョシュアの上半身がカーペットの赤い染みとなった。

 

「ははは。君、イカれてるねぇ」

フレデリカがドアを開け、血まみれの彼の元に歩み寄る。

「お前は結局なんなんだ。場合によっちゃ――――」

彼の腹部に鋭い痛み。思わず下を向けば腹を貫く白い腕。

「な、に」

腹部と口から血があふれる。力が入らない。貫かれたあたりが熱を持っている。

ごぷっ。ずるり。

途中まで引き抜かれた腕は血と肌のコントラストが美しい。

《おい、大丈夫か?》

ヘルメースが彼を心配する。

「く、そが」

抜けかけのフレデリカの右腕を掴む。

「こ、のまま、捻じ、切ってやる」

「できるものなら、どうぞ」

余裕綽々の表情で彼女は挑発する。

お望み通りに。そんな換えの思惑は裏切られる。

「な、んだこれ」

捻じ切れているはずの右腕から皮膚だけが剥がれ落ちる。いや、皮膚でさえ無い。

「これはツクモ製のナノスキンさ」

ナノスキンが剥がれ落ちる。最後に残ったのは暗く輝く黄金。

(こいつ、義手だったのか)

「へへ、恥ずかしいな」

場違いな表情で笑うフレデリカ。ゆっくりと右腕を引き抜き、付着した彼の血を舌で舐る。

「君のその力、不思議だよな」

思わぬ質問に出血多量以外の理由で彼の背筋が冷える。

「私は旧市街、二十三区から来た。そこには君の仲間もいる。一緒に来ないか?」

ミストレスに拾われたあの日から、異常なこの力は彼の身に宿っていた。考えるだけでものを動かせるのだ。それを知る機会を待ち望んでいなかったと言うと嘘になる。

「もし、来てくれるなら、君の名前を教えてくれ。私の名前も教えてあげよう」

血まみれの腹部を抑えていた右手を彼女に向かって差し出すと、彼は答える。

「お、れの名前はケイ。ケイ・アンブローシャ、だ」

「そっか。いい名前だね。私はブリギット。ブリギット・ゴールドアームって呼ばれてる。今後ともよろしく」

黄金の右腕が差し出されたケイの右手を握った。その瞬間二人は跡形もなく消え、血みどろの一室に五つの死体だけが残った。




ニューロマンサーに影響は受けてますが、なかなかそこには至れないものですね。
精進します。
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