記録── 2016年9月〇〇日
東京都〇〇市 某マンション
5日前、エレベーター内の防犯カメラが一時的に停止。その際乗っていた女性一名が行方不明。現場から呪霊の物と思しき残穢が発見。
調査として現場に、
──
「んー?」
俺は、いや違うか。この現場に調査に来た人間全員が、調査対象のマンションに着いてから数十分ほど、首を捻ってばかりいた。
「これ何したらいいんですかね」
俺がこぼすと食い気味に同意の声を2人が被せてくる。
「そうっすよね?さっきからエレベーターに乗っては降りて乗っては降りて…これ意味あります?」
と文句を言うのは、見た目がチャラい補助監督、橋本さん。
「ですね、行方不明の女性がいなくなった後から呪霊の気配は全くなし。おそらく女性は生得領域に引き摺り込まれたと思われますが」
続くのは、おっとりとした見た目のこの付近担当の窓、吉野さん。
「引き摺り込まれるトリガーが分からない、と。どう調査しろと?」
俺もそれに続いて文句を垂れる。2人は首を縦に振って頷くと、その後エントランスにはしばらくの静寂が訪れる。
「………はあ」
3人同時にため息を吐く。現場には呪霊の存在を感じれるものは一切ない。しかし、実際に起きた被害がそこに呪霊がいる事を示している。
「どうしたもんかなぁ、これ」
時刻は夕方になろうと言う頃、マンションのエントランスで首を捻る大人が3人。
「まあ、一旦どうするか考えましょう。近くに喫茶店とかありましたかね」
「あー、そうっすねぇ、さっき通った道の左手にあった気が」
そろそろ帰宅する学生も出てくるだろう。ここに長居しては迷惑だ。どこかに行くのは賛成かな。
「いきますか。ここで右往左往してても仕方ない。歩きで行ける距離ですか?」
「すね」
「では車は置いて行きましょうか」
3人揃って歩き出す。店を覚えている橋本さんを前に吉野さんと俺が横並びで着いていく。
「竜胆さんも運がないですね、一級昇格の大事な時にこんな任務振られて」
「ええ、ほんとに。まあ、一級昇格関係なくこんな面倒な案件はごめんですけど」
「はは、間違いないですね」
会話が途切れる。別にする必要もないが、せっかく振ってくれたのにこの空気は気まずい。何か話すか。
「えー、と、ご趣味は?」
「え、ああ。まあ、読書とかですかね」
「…へー」
ああ、クソ!慣れないことするから!さっきより気まずくなっちゃったよ。もう...
「お、ここだ!ついたっすよ〜」
前方から橋本さんが叫ぶ。ありがとう橋本さん。今度飯奢ります。
────
「ご注文は以上で大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「では、少々お待ちください」
店に入り、4人がけの席に3人で座る。時刻は16時。店の中にはあまり人は居なかった。呪術の話をするには都合がいい。
「さてと、でどうしましょうか」
注文を済ますなり、吉野さんが切り出す。
「すね〜、なんか手がかりが有れば良いんですけど」
「んー、生得領域。つまりは結界ですよね?」
「ええ、まあ推測ではありますが」
吉野さんは自信がなさそうに俯きながら頷いた。
「ま、被害者の遺体も見つかってないし概ねそうだと思うっすけどね」
すかさず橋本さんが肯定する。ありがたい。まあ実際そこは確定してると思うしな。
「で、結界、それも外側から観測できないものなら、絶対に中に入るための手順がある筈なんですよ」
「「絶対ですか?」っすか?」
同時に疑問を投げかけられる。息ぴったりじゃん。幼馴染だったりする?
「絶対ですね。縛り、足し引き的に釣り合わないし、そうでなければとっくに結界内に入れてます」
「んー手順かぁ…例えばどんなのがあるんすか?」
「例えばですか?そうですね…例えば、」
腕を組んで、少し斜め上を向く。数秒の沈黙の後、答えを口にしようと思った矢先。
「お待たせしました、アイスコーヒーです」
注文した飲み物が届く。短く感謝を述べて受け取り、一度咳払いをしてもう一度喋り出す。
「例えば、川や境界を跨ぐってのは呪術的に大きな意味を持ちます。彼岸を渡る行為全般」
「なるほど?」
「あと、これは結界ではないですが、二礼二拍手一礼なんかも呪術的な意味を持つ場合がありますね」
「ええ…なんか嫌っすねそれ」
分かる。俺も初めて聞いた時ちょっと驚いた。
「まあ、神社も呪術に関連した場所ですし」
「んー?でも、二礼二拍手一礼って本来の奴ではないっすよね?」
ん、よく知ってるな、橋本さん。見かけによらず、とか思っちゃ悪いか。人は見かけによらない。東堂とかもそうだったし。
「ええ、確かに。二礼二拍手一礼は本来の作法から
「じゃあ」
「ただ、呪術的に重要なのはそこじゃない」
「…と言うと?」
「大事なのは人間の心なんですよ。もっといえば認知度?呪霊が墓地に出やすいのと同じ感じですかね。墓地そのものというか、墓地=怖いっていう共通認識が呪霊を発生させるみたいな」
橋本さんは少し考える素振りを見せて、アイスコーヒーを飲んだ。俺も合わせてアイスティーを飲む。
「なるほど。言語学みたいなことっすね」
「…ん?」
言語学、言語学?げんごがく。いや、言語学だよな。
「的を得ると的を射るみたいな」
「あ〜」
なるほど。やっぱこの人頭いいな。確かに、当たらずとも遠からずというか。良い視点だ。
「確かに、正しさよりも使われている方が優先されるって意味ではそうですね。…って、なんの話でしたっけ?」
「ああ、そうっすよ。エレベーターです、エレベーター。どうします?」
「結界の中に入る手順さえ分かれば後はどうとでもなるんですけどね」
示し合わせたように2人同時にコップを持ち、飲み物を飲んだ。その時、
「あの、」
先程まで口を開かず話を聞いていた吉野さんが口を開いた。
「何か思いつきましたか?」
「えーと、これは憶測なんですが…」
────
「どうです?吉野さん」
「はい。やはり間違いなさそうですね」
喫茶店を出てマンションに戻ってくると、俺たちは管理人室へ向かった。目的は、あの日の監視カメラ映像の確認。管理人には話を通していたのですぐに見ることができた。
「で、なんでまた監視カメラの確認を?それは一度目を通した筈っすけど」
橋本さんの言うとおり、監視カメラの映像は3人とも確認済みの筈だった。そこから得られるものがなかったからこその右往左往状態だった訳だが。
「いえ、お二人のお話を聞いていて少し思うことがありまして」
「あの会話でですか?」
自分で言うのもなんだが、あの会話から得られる情報は何もないと思うが…
「映像を確認したところ、カメラの映像が一時停止するまでのエレベーターの階層移動は、男性①4階 男性②2階 女性①6階 男性③2階 そして被害女性が最上階となっていました。とするとです、竜胆さん」
「えっと、それだとどうなるんすか?」
橋本さんがこちらを向きながら言う。その目には困惑したような感情が滲み出ていた。
「あー。まあ……言いたいことは分かりました」
確かに俺には心当たりがある。4→2→6→2。エレベーター。遺体が見つからず、行方不明。
「エレベーターで異世界に行く方法ですね?」
吉野さんが無言で頷く。橋本さんも納得したようで、声を漏らしている。
「申し訳ないですが吉野さん、それはあり得ないです。この件と異世界の都市伝説は無関係です」
「え、なんでっすか?これしかないってぐらいパチっとハマると思いますけど」
確かに。一見それらしいように感じるが、少し違う。この数字の並びは、多分偶然だ。
「そもそも異世界エレベーターは1人が連続して4262…と乗って成立するものです。被害女性は何か特別な移動をした訳ではない」
「あー確かに、それもそうっすね」
「それに階数が合わない。本家は移動の途中で10階を挟むが、このマンションは7階建てだ。本家との辻褄が合ってない。無関係ですよ、それとは」
言い終わると、パソコンに向かったままの吉野さんは回転椅子を回してこちらを向き、ニヤリと笑う。
「思い出して下さい。私は何がきっかけでこんな事を言い始めたんでしたか?」
「はあ、確か喫茶店での橋本さんとの会話を……まさか」
「ええ、そのまさかです。都市伝説ってのはミクロで変化するものですよ」
そう言って吉野さんはパソコンの画面を見るように促してくる。その画面には…
──○○中学校裏掲示板──
218:○○マンションのエレベーターで異世界いけるらしいよ
221:それがち?
222:がち
──
254:で、異世界に行く方法は?
257:4→2→6→2ってエレベーターを移動させた後、7階に上がれば行けるらしい
──
「…なるほど」
この付近の中学校の掲示板。内容は、異世界エレベーターという都市伝説の亜種。
「おそらく、この付近で広まったこの解釈によって、結界が変化したのでしょう。
納得はできる。しかし、だ。さすがにかけ離れすぎている。本来の手順なら、4→2→6→2→10→5→1の順だし、全部一気に1人で乗っていなければならない。途中で乗ってくる女も省かれているし…いや、でも確かに。
「やってみるしかないかぁ」
──
エレベーターに乗って、4階のボタンを押す。2人には一応管理人室で監視カメラを見てもらっている。これで成功すればいいんだが。
4階に着く。2階に着く。6階に着く。2階に着く。
「あとは、7階か」
ボタンを押してその上にある階数が表示されているパネルを注視する。
3、4、5、6
「7。…やっぱちがうか。流石にこんな本家から離れてる訳」
8、9、10
パネルが存在しないはずの階数を表示し始める。
「は?」
[ピンポーン11階です]
このエレベーターには本来ついていない音声がなり、11階に着いたことを知らせてくれる。
「はあ、なんか嫌な感じだなぁ」
11階に着くのが怖いって、そりゃ元が10階の建物じゃないと成立しないだろう。こんな適当な生得領域に苦戦していたと思うと、なんだかやるせない気持ちだ。
「…まあいいや。取り敢えず入れはしたんだ、あとは呪霊祓えば終わりな簡単なお仕事だしな」
腕を回しながらエレベーターから降りてすぐ、隣から音がする。
[ピンポーン11階です]
ドアが開き中から出てきたのは、
「えっと、どうも?」
「……なんで吉野さんが?」
困惑した表情の吉野さんだった。