塩の錬金術師 ~死んだはずの幼馴染の手によって異世界に錬成された俺は、最弱錬金術『三原質』で世界を統べて究極の力を手に入れます~   作:クワガタ信者

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第30話 君ならどうする?

 トニックさんはAの腕をがっしりと掴んでいた。

 

「やあソーイチ君、大丈夫かい?」

「んだオッサン! 離せ!」

 

 Aは必死にもがくが、一向に振り払えないでいる。

 

「がっ、……あああああああ!!?」

 

 それどころか、完全に関節を極められてしまい、情けない悲鳴を上げていた。

 

「んのやろ!!」

 

 Bが足に鋼でできたスパイクを纏わせ、トニックさんに前蹴りを食らわすが――

 

 脇腹に当たった途端、バキンッとスパイクは砕け散り、Bは跳ね返されて尻もちをついた。

 

「な……なんだよ、このオッサン」

「…………」

 

 トニックさんはつまらなさそうに五人を一瞥《いちべつ》して小さくため息をついた。

 

「……彼は君たちみたいなのが傷つけていい存在じゃない。今なら見逃してあげるからどこかへ消えるんだ」

 

 そう言って、Aを突き飛ばした。

 

「クソッ! ざっけんな!!」

 

 Aは再びこぶしに炎を纏わせ、振り向きざまにトニックさんをの顔面を殴りつけた。

 

「がっ……ううあっ……!!?」

 

 Aはこぶしから血を吹き出し、もがき苦しむ。トニックさんの顔は岩石が纏わり、硬質化されていた。

 

「何度でも言うよ。消えるんだ」

「テメエ……、錬金連合にこんなことしてただで済むと思ってんのか!?」

「僕は何もしていない。君たちが勝手に傷ついたんだ。民間人を相手にね。それを自慢げで上司に報告するつもりかい?」

 

 Aの顔が屈辱で醜く歪む。そのまま憎しみの目を向けながら五人は路地裏から出て行った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「……余計なことをしてしまったかな?」

「いえ、助かりました。ありがとうございます、トニックさん」

 

 トニックさんは先ほどの氷のような冷たい視線から一変して、いつもの柔らかい笑顔を俺に向けてくれた。

 

 マジで助かったよトニックさん! あのままだと俺の正体がバレかねなかった。

 

「彼らも連合の術師かい?」

「ええ。なんかそうみたいです」

「そっか。どこにでもいるんだなあ。ああいうのが」

 

 トニックさんは一瞬、憂うような目をしてため息をついた。

 

「トニックさんはここで何を?」

「ちょっと野暮用でね。そうだ! ソーイチ君、小腹は好いていないかい? いいところがあるんだ。ご馳走するよ」

「いいんですか! ご馳走様です!」

 

 なんかはぐらかされたような気がしたけど、トニックさんお勧めの料理は期待できる。

 俺は味にうるさいよ? お手並み拝見だねトニックさん。

 

 そうしてトニックさんの後を追う。それにしても頼りになる人だ。

 師団員五人を相手に完勝しちゃうんだもんな、戦いの心得があるって言ってたのは伊達じゃないってことか。 

 

 なんだか子供の頃公園で一緒に遊んでくれた近所の兄ちゃんを思い出す。

 

 今までシオンやミラさん、バンビやマリアさんといった女性の人たちとばかり行動を共にしてきたから、トニックさんみたいな気さくに関われる男性というのは俺にとって貴重な存在だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 俺達は露店で買った、肉を生地で挟んだケバブのような食べ物を片手にベンチに座っていた。

 

「そっかぁ。そんなことがあったんだ」

 

 俺はトニックさんに今日あったことを話した。第十一師団のこととか、俺が三原質の錬金術しか使えないこととか。

 

「正直、嫌だったです。俺の大好きな人たちが、弔葬部隊がバカにされて笑いものにされて悔しかったです。多分、ちょっと前の俺だったらもっと怒ってたと思います」

「今は違うのかい?」

「はい。 トニックさんが『君たちだって戦ってる』って言ってくれたの思い出して。そしてたらあんな奴らの言うことなんて気にしても仕方がないなって冷静になれたんです」

 

 トニックさんは少しだけ間を置いて、

 

「なんだか照れるな。僕はそんな大したこと言ったつもりはないんだけどな」

「多分それがよかったんだと思います。何気なく、当たり前に言った言葉だから刺さったっていうか」

「ははは、あるよね。そういうの」

 

 トニックさんは懐からスキットルを取り出して、グッとあおいだ。

 

「おっと、僕だけ飲んでたら悪いね。ソーイチ君も飲むかい?」

「俺まだ十七ですよ?」

 

 この世界は十八歳未満の飲酒は推奨されていないらしい。俺はまだ十七歳だからギリギリ飲めない年齢だ。未成年飲酒はダメだからね絶対。

 

「おっと、いけないいけない。医療に携わる者が未成年にお酒を勧めるなんて」

「ま、来年になったら成人ですし、そん時付き合いますよ!」

「ははは。楽しみにしておくよ」

 

 ところで、とトニックさんは話を切り替えた。

 

「ソーイチ君、君は彼らにやり返さなかったのかい?」

「へ?」

 

 藪から棒な問いかけに思わず間の抜けた声が出てしまった。

 

「君は特別な錬金術を扱えるんだろ? バカにしてきた奴らを締め上げて見返してやろうとは思わなかったのかい?」

「いや、特別って言っても、大したことはできないですよ。いくら錬脈回路が強くたって、戦えるほどの錬成ができるわけじゃないんだから」

「そうかな」

 

 トニックさんの雰囲気が変わったように見えた。向こうを向いているので表情は伺えない。

 

「僕には、君はもっと強い錬金術師に見えるけどね」

「えっ?」

 

 それって、どういう……。

 

「ソーイチ君、もし君が本当に強い力を持っていたら、君の仲間を傷つけた彼らをぶちのめせる程の強い力があったらどうする?」

「どうするって……何を?」

「彼らを痛めつけてやろうと思うかい? 簡単にねじ伏せて、実力の差をわからせて、完膚なきまでに叩きのめすんだ」

 

 トニックさんは左てのひらに、右拳をパンッと打ち付けて続ける。

 

「強い者にはそれが許される。だから彼らも周りより弱い者を見下して、蔑《さげす》んで、甚振《いたぶ》るんだ。人間だけじゃない。生きとし生けるもの全ての節理だよ」

 

 トニックさんは俺の方を見る。表情から何を考えているのか読み取れない。

 

「君ならどうする」

「…………」

 

 生きる者の節理。強者が弱者を踏み躙り、嘲笑う。

 そんなものがこの世の節理だとしたら

 

 俺は――

 

「そんなの、悲しいじゃないですか」

 

 そう一言呟いた。

 

「そんなに強い力を持ってたら、俺はもっとみんなに優しくしたいです。俺達のことを拾ってくれたミラさんだってすごく強くてすごく優しい人だから、俺もそうありたい」

 

 トニックさんは何も言わず、黙って俺の言葉を聞いている。

 

「だってそうでしょう? 本当に強い奴らだけがいい思いして、そうじゃない人達が辛い思いをする世界だったら、街のみんなはこんなに笑っていない」

 

 周りを見渡す。

 

 母親と手を繋いで歩いている男の子が笑っている。

 父親が押しているベビーカーの中にいる赤子が笑っている。

 ドリンクを片手に恋人つなぎして歩いている若い男女が笑っている。

 

 この街にいる人みんなが笑ってささやかな幸せを日々過ごしていた。

 

「きっと強いだけじゃなくて、強くて優しい人たちがこの光景を作ってると思うんだ。そりゃあ、中には強いだけの最低な奴だっているかもしれない。でも、そんな奴らにこの光景は絶対に作れない」

 

 トニックさんは俺の目を真っ直ぐ見ている。

 俺だって目を逸らさずに真っ直ぐ見返す。

 

「だから俺は、あいつらをぶちのめすような強いだけの男になりたくない。俺はミラさんやトニックさんみたいな強くて優しい人になりたい」

 

 俺も向こうで二十八年生きてきたけど、自分がどんな人間になりたいかなんて考えてこなかった。

 

 きっと多いんだろうな。そういう人。なんとなく進学してなんとなく就職してなんとなく生きていく。俺の周りでもたくさんいた。

 

 自分さえよければいい。他の人がどうなろうが知ったことじゃない。そういう大人で溢れていた。

 

 でもこの世界は違う。

 少なくとも俺の知る人たちは、誰かの為に自分のやるべきことを一生懸命に尽くしていた。

 

 誰かを助ける為に必死で戦っていた。

 

 俺もそんな人たちになりたい。みんなと一緒に戦える、強くて優しい人に。

 

「それじゃあダメかな?」

 

 俺がそう言うと、トニックさんはフフッと破願してみせた。

 

「そうだな。僕も君にそうあってほしい」

 

 トニックさんはケバブを噛み千切り、スキットルをあおいで流し込んだ。

 

「そうあり続けてほしいよ」

「それに、俺、結構反撃しましたよ? 暴力は振るわなかったけど、言いたいことバシッと言ってやりました。以前の俺だったら適当に笑ってやり過ごしていましたけど」

 

 ヒスイ村の錬金術師を相手にした時のことだ。

 俺は面倒ごとやトラブルが嫌いだったからああいう風に波風立てなくその場を収めていた。

 

 でも、

 

「それもトニックさんの影響です。やっぱ譲れないことがあったら、時には揉めてでもやんなきゃなって思ったんです。そういう誇りを守るのも戦いなのかなって」

「……そっか」

 

 トニックさんは立ち上がって首をぐるっと回した。コキッと小気味いい音が小さく鳴る。

 

「君にこれを」

 

 トニックさんは俺に鏡のように反射する綺麗な鉱石のついたペンダントを寄越した。

 

「僕の故郷の名産物、幸運のお守りさ。また変なのに絡まれないように」

 

 綺麗な鉱石だ。

 首に付けて見せると、トニックさんは「似合ってる似合ってる」と満足そうに頷いた。

 

「それじゃあ僕は行くよ」

 

 そう言ってトニックさんは踵を返した。

 

「はい! ありがとうございました!」

 

 俺も感謝を伝えて、逆方向に歩き出した。




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