塩の錬金術師 ~死んだはずの幼馴染の手によって異世界に錬成された俺は、最弱錬金術『三原質』で世界を統べて究極の力を手に入れます~   作:クワガタ信者

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第48話 彷徨

 ジンとの戦いから一日が過ぎた。

 

 俺はグラニデで最も高い建造物と言われる、グランドタワーの屋上で仰向けになりながら空を眺めていた。

 

 未だに俺の心は迷っている。

 いや、わかってはいるんだ。戦う意思だってある。

 ジンはロクでもない奴だし、終わりの錬金術師に利用されてるからって人を殺すのは絶対に許せない。何度だって止めてやる。

 

 なのに、俺はきっとまた躊躇ってしまうのがわかる。

 理屈じゃないんだ。心のどっかでまだトニック・クォーツァーが消えていないんだ。

 トニックさんなんていないってことはわかっているのに、まだあの笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。

 

 あんなにも……あんなにも憎いのに。

 消し去りたいのに、消し去れない。

 

 あいつの言う通りだ。俺はどこまでも甘いガキなんだろう。

 二十八にもなって呆れるよな。

 

「はぁ……」

 

 空はこんなに青いのに、俺の心は曇ったままだ。

 

「あーっ! こんなところにいたー!」

 

 青いキャンパスを背負うようにバンビが俺の視界に入ってきた。

 

「もー! ソーイチクンすぐどっか行っちゃうんだから! みんな心配してたよ? あんなことがあったからさ」

「ああ……ごめん」

 

 あんなこと、トニック・クォーツァーの件だろう。

 

「その、残念だったよね。まさかあの人が敵性生命体の親玉だったなんて」

「親玉ってのはまた別にいるんだけどね……」

「そうなの? こっわ~……」

 

 バンビはうえ~、と舌を出して辟易していた。

 

「いい人だったんだけどなあ」

「……違う。いい人に見せかけてたんだ。俺達の信頼を得る為に。騙す為に……」

「それにしても、結局何が目的だったんだろうね」

「へ?」

 

 間抜けな声を出してしまった。何言ってんだよバンビ。

 目的なんて決まってる。

 

「決まってるだろ。俺達に近づいて、土の国の最重要都市であるグラニテに侵入する為だ。現に三ケ所で被害が出ているだろ」

「でもその割には犠牲者が少なすぎない? あの時の地殻変動をもっと街中でやった方がいっぱい死ぬし、敵性生命体も途中で帰っちゃったじゃん」

「それは……じゃあスパイだよスパイ! 俺達に紛れてこの国の重要機密情報を盗みに来たんだ!」

「でもトニックさんは地面の中を自由に行き来できるんでしょ? わざわざそんな回りくどいことする必要ある? 無理じゃない? そんなことされたら。機密情報盗み放題じゃん。てか隠密行動するならわざわざ私達の前に姿を現して名乗るのも意味わからんし。四始祖の子孫名乗る必要もないよね?」

「それは……」

「そもそも四始祖って滅茶苦茶強いんでしょ? そんなことせずに真正面から殴りこみに来た方が早くない? コソコソ隠れる意味ないじゃん」

 

 た、確かに……。あれ? バンビって意外と頭いい?

 

 確かにジンはパラディオーディナーのことも知らなかった。

 少なくともAWDCの中には立ち寄っていない。

 こちらの戦力をダウンさせたければまずあそこを潰す筈だ。

 

 そもそもそんなことをする必要がないくらいに連合と奴の力の差は歴然だ。

 

 じゃあなんであいつは俺達と共に行動したんだ?

 

「……知らないよ。あんな奴の考えることなんて。ただ俺達を見て嘲笑いたかったんだろ」

「んー、そうなのかなあ」

 

 バンビは釈然としない顔で首を曲げていた。

 

「それで? ソーイチクンはなんでそんなに浮かない顔してんの?」

「浮かない顔って?」

「なんか言ってることは滅茶苦茶怒ってるのにさ。なんかこう、思いつめてるっていうか」

「…………」

 

 顔に出ているんだろうなきっと。 

 

「バンビは……すごいな」

「んー?」

「なんていうかさ。直ぐに切り替えられるっていうか、あっさりしてるっていうか、迷いがないじゃん。俺はまだ迷っているんだ。あの人と本気で敵対して、ちゃんと戦えるのかなって」

「ソーイチクンにも迷うとかあんだねー」

「あるさ! そりゃあ……あるよ……」

「……懐いてたもんね。すっごく」

  

 ふわっ、といい香りがする。

 ふわふわした金色の髪の毛が鼻をくすぐる。

 

 バンビは俺の頭を抱きしめるように寄り添っていた。

 

 大きいというよりは綺麗な形をした胸が頭に押し付けられる。

 

「わっ! な、なんだよ」

「よしよし! 傷心なんだね~。お姉さんが慰めてあげるよ~」ナデナデ

「ばっ! 子供扱いすんな! 俺は今年でにじゅ――」

「はいはい。いいからじっとしてなって」

 

 グルン、と身体が倒される。バンビの膝に後頭部を埋め、膝枕のような形になった。

 バンビは俺の目元に手を当てる。なんも見えなくなった。

 

「私の故郷に伝わるおまじないっていうかさ。迷った時とか、なにか心に思い残したことがある時とかにこうやってもらうの。目元を手の温もりであっためてリラックスさせる。そしたら心の奥底につっかえたものが自然に浮き出てくるってワケ。気持ちとか整理したいときにはお母さんにこうやってもらってたんだよねー」

 

 バンビは嬉しそうに話すけど、こんなのが効くワケ――

 

 ……あれ、なんか不思議と心が落ち着く。モヤモヤした嫌な感覚が少しだけよくなった気がする。

 

「……リノタンが小さい時にもさ。こうやってあげてたんだよね。まだ師団にも入ってなかった頃。私と違って周りからすごい期待されててさ。強い回路と常軌を逸したセンスを買われて十歳くらいから連合のスカウトが来たの。普段は無口で冷静そうに振舞っていたけど、本当は不安だったんだって。戦うのが怖いって、そう呟いたの。でもその後はいつものリノタンに元通り。すっきりした顔で師団に入っていたわけ」

 

 リノ副団長にそんな過去が。っていうか十歳でスカウトかよ。とんでもないなあのロリっ子。

 

「だからさ。ソーイチクンも全部吐き出しちゃいなよ。心の奥底に封じ込めてる感情。案外ラクになっちゃうかもよ?」

「…………」

 

 俺の心に封じ込めている感情。誰にも言えない、言えるはずもないこの感情。

 

「……いいのかな。こんなこと言っても」

「いいっていいって! 私達だけの秘密にしよっ!」

 

 秘密か……じゃあ、いいかな……。

 

「俺、嬉しかったんだ。トニックさんに弔葬部隊のみんなだって戦ってるって言ってくれて」

「うん」

「胸を張れって、立派だって言ってくれたのが嬉しかった」

「うん」

「だから、十一師団の連中に言い返せたんだ。俺が大好きな、トニックさんが認めてくれた弔葬部隊を侮辱するなって、言えたんだ」

「……うん」

「それがさ、すっごい誇らしくて、嬉しくて、俺変われたなって、思えたんだ」

「うん……」

 

 バンビはただ頷くだけだ。俺の話を聞いて頷くだけでいてくれた。

 

「だからその嬉しいって気持ちも、成長も、今回の件で全部なかったことの様になってしまうのが……怖い……」 

「…………」

「俺の中で大好きなトニックさんが消えてなくなってしまうのが怖いんだ……」

「そっか……」

 

 言ってしまった。これが俺の本音だ。

 情けなくて嫌になる。

 俺やシオンの大切なおじさんやおばさん、村のみんなの仇とも言っていい奴を今でも未練たらしく嘘の幻影を追いかけている。

 

 ちょっと耳障りのいい言葉を投げかけてくれただけで、危ないところを助けてもらっただけでこんなに深く肩入れしてしまうなんて、

 なんて浅ましい奴なんだろうって思うよ。

 だからあいつから貰った石のお守りも捨てることができずにポケットの中に入っている。

 

 バンビも愛想尽かすだろうな。こんな奴が自分の部隊に入っているなんて――

「消えないよ」

 

 ……え?

 

「消えないって言ったの」

「……何が?」

「トニックさん。正確にはソーイチ君の中のトニックさん」

「……なんで」

「じゃあ聞くけどさ、例えばまたどっかの部隊の誰かが私達を糞尿部隊ってバカにしてるの見かけたらさ。ソーイチクンは見て見ぬふりする?」

 

 ……そんなの

 

「するわけない。噛みついてでも食って掛かるよ」

 

 当たり前じゃないか。もう俺はのらりくらりとやり過ごすのはやめたんだ。

 

「ほら。トニックさんの影響全然消えてないじゃん。いくらこっぴどく裏切られてもさ。ソーイチクンはトニックさんの言った言葉を心の奥底に刻み込んでいる。だから消えないよ。ソーイチクンは成長したまま」

「でも、それじゃあ……戦えないじゃないか! 好きなままじゃダメなんだ。嫌いにならなきゃ、憎まなきゃ……勝てない……」

「憎しみだけで戦わなきゃいけないの?」

「それは……」

「私達だって憎しみだけでお祈りしてるわけじゃないよ? 死んだ人が安らかに逝けるように願いを込めて祈ってる。トニックさんの言葉を借りるなら戦ってるって言うのかな?」

「…………」

「ソーイチクンさ、難しく考えすぎだよ」

「え?」

「ソーイチクンはソーイチクンのままで戦えばいいんだよ。トニックさんが好きな自分のままで戦えばいい。それでいいんだよ」

 

 バンビはそう言ってニカッと笑った。

 

 俺のままで戦う……か。

 

 いつかトニックさんは俺にこう言った。「そうあってほしい」「そうあり続けてほしい」と。

 

 俺がミラさんやトニックさんのような強くて優しい人間になりたいと言った後に、彼がそう言ったんだ。

 

 俺の言う強くて優しい人間は、きっと憎しみや怒りといった負の感情で戦うような人間じゃない。

 

 俺の戦う理由は、俺が一番よく知っているはずだ。

 

 誰かを守りたいからだ。

 誰かの悲しむ姿を見たくないからだ。

 誰かの命を救いたいからだ。

 

 だから憎しみを抱きながらジンと戦っちゃいけないんだ。

 

「と言っても私達が直接トニックさんと戦うわけじゃないんだけどね」

 

 たははーっとバンビが頭をかいて笑う。

 

「ありがとうバンビ。俺、なんかわかった気がするよ」

「ほんと? 元気出た?」

「ああ、めっちゃ出た」

 

 俺がそう言うとバンビはバチコーンとダブルピースを決めて笑った。

 

 コツコツコツ、と誰かが階段を上がってくる音が聞こえる。

 紅色の髪の毛が目に入る。ミラさんだ。

 

「ソーイチ君はいるか」

「あ、はい! います」 

 

 隣でバンビは「シダンチョー乙でーす」と手を振っている。

 

「…………」

 

 ミラさんはなんだか思いつめたような顔をして目を伏せていた。

 

「ミラさん……?」

 

 ミラさんはやがて意を決したようにこちらに向き直り、口を開いた。

「ソーイチ・オトギリ、貴様を第七師団から追放する」




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