世界への帰路〜Return to the world〜   作:碧谷十色

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第一章 始まり
プロローグ


 

 どうしてこんなところにいるのか、全くわからなかった。それどころか、何も覚えていないことに気付く。

 目の前には青い空が広がっていた。うっすらとところどころに雲が浮いていて、時々吹く風が心地よかった。ずっとこのまま寝転んでいてもよいのだが足にかかる水だけがうざったくて体を起こした。

 海があった。広い広い海が。足にかかる水は海の波であった。見渡す限り島っぽいものはなくて、ただひたすらに水平線が広がっていた。

 足を濡れないように曲げる。しばらくの間、何も考えずにただ座っていた。途方に暮れる、とはこのことを指すのだろうか。直前の記憶も全くない。何も覚えていない。それでも不思議と怖くはなかった。むしろ記憶が全くないこの状況が妙にしっくりくる。

 「ねぇ、あんた、生きてる?」

 突然、声をかけられた。少し高くて、困惑したような声色だった。

 驚いて後ろを振り向くと、うっすらと緑がかった茶色の髪の女が立っていた。

「うわぁ!」

「うわ、な、なによ。生きてたのね。びっくりさせないで」

 そりゃ、こっちの台詞だ。急に声をかけるな。

「で、何してるの? 見ない顔ね、旅人?」

「いや、えっと……。覚えて、なくて」

 俺がそう言うと、目の前の女は意味が分からないという顔をして、それから口を開いた。

「覚えてないって何? どういうことよ」

「覚えてねーんだよ。本当に。ここはどこだ? 俺のことは知らないか?」

「し、知るわけないでしょう。あんたのことなんて。そうね。ここがどこかは教えてあげられるけど」

「無人島とか、そーいう類ではねーよな?」

「違うわ。ここはビュー。ビューアイランド。綺麗な島よ」

 予想していたことだが、全く持って聞いたことがない名前であった。

「ビュー……。聞いたことねぇな……」

「ほかの島とか、そう! あなたの出身の島の名前は?」

「いや……。覚えてねーんだよ。何にも」

 女はそのまま首をかしげて、それから俺の後ろ側を指さした。

「あれは、あんたのじゃないの? あんな船、昨日まではなかったわ」

 そう言われて、俺は後ろを振り返った。船が海に浮かんでいる。いや、砂浜に半分乗り上げている。俺は何となく、その船に見覚えがあるような気もしたが、はっきりとはわからなかった。

「お、れの。かも、しれない」

「なんでそんな自信なさげなのよ。自分のことでしょう?」

「だから、何にも覚えてねぇんだって」

「あぁ、そうだったわね。まぁ、きっとあの船はあんたのよ。この島の人は、ちゃんと港に船を置いてるから。あんな風に適当に、さらには乗り上げさせて放置するなんてことしないわ」

 少し、言い方が酷いのではなかろうか。まぁ、その通りなので何も言えないけども。

「そうか、だったら、俺のものなんだろうな」

「きっとね。で、あんたのものだとしたら、あんたは旅人でしょうね。もしくは漁師。でも船には漁に使う設備は全くそろってないわ。だからきっと、あんたは旅人よ」

「よくわかるなお前。俺ですらわかんねーのに」

「だってあんた何も覚えていないんでしょ」

「あぁ、そうだった」

「なーんであんたが忘れてるのよ」

 女が呆れたように言った。

 俺は、旅人だったのか。どこからどのように旅をしていたのだろうか。あんなに大きな船で旅をして、仲間はいなかったのだろうか。何も、わからない。

「船の中、見てみる? きっとあんたのものだし。何かわかるかもよ」

「確かにそうだな。……船に入ってみよう」

「私も見ていい? 少し気になるわ」

「おう、いいぞ」

 大きな船だった。やっぱり見たことがあるような気がして、でも何もわからなかった。

 船の中に入ると、少し物が散らかってはいらが荒らされた様子はない。

「……綺麗ね。それに、なんか、物が少なすぎない?」

「あぁ、 確かに……。俺、ほんとに旅人か?」

「もしかしたら、違うかも? それに、他の仲間とかはいないのかしら? こんなに大きな船で1人はおかしいでしょう?」

「……。俺、仲間がいたのか?」

「知らないわよ。探すの」

 船の中には人の気配なんて微塵もしない。それに、仲間がいるとしたら、物の少なさがよりおかしくなる。

 

 船の中のダイニングらしきところに行くと、一冊の本が置いてあった。決して分厚くない、でも何故か大切な物な気がする本。

 表紙には装飾が施されていて、真ん中には水色の宝石が一つ嵌め込まれていた。

 本に手を伸ばす。

「わぁ、その本綺麗ね」

 いつの間にか隣に来ていた女が覗き込む。

 俺はページを一つめくる。開くとそこには手書きの文字が並んでいた。

「日記かしら?」

 読み進めると、一つの単語が目に入った。

 ドクン、と俺の中の何かが音を立てる。

 身体中の血液がぐるぐる回っている。

 “リーブ“

 それだけの、たった三文字。

 あれ、俺はこれを知ってるぞ。この島の名前を知っているぞ。俺は、俺は?

 この島は俺のなんだ? 俺はこの島を知っている?

 この本は? この本は、俺が書いたんじゃないか?

「ねぇ、どうしたの? 何かあった?」

 焦ったような声が耳に入って、俺はやっと身体中の熱が冷めるような感覚がした。

「……い、や。大丈夫。……」

 そうだ。俺はこの本を書いた。いや、本というより日記か。いや、置き手紙だろうか。

 俺は、記憶がなくなるのがわかっていたのだろうか。そして、記憶をなくした俺がこの手紙を読めば何か引っ掛かると、それすらもわかっていたのか。

 俺がこれを書いた時、どんな状態だったかも知らないが、やけに落ち着いた文章だった。

「これを書いたのは、俺だ」

「え、あんたがこれを? じゃあ、あんたの名前は、ノック?」

 ノック、ノック

「あぁ……そんな、名前だった気がする」

「じゃあ、あんたは、記憶がなくなるのをわかってたの? それに、このリーブって何? こんな名前の島、初めて聞いたわ」

「リーブ……。俺は、覚えてねぇ。その島を知っているのは確かだけど、でも俺はその島を知らない」

「……どういうこと?」

「わからねぇ」

 俺にも、わからない。

 何も知らないはずなのに、俺は何かを知っている。

 リーブに行けば、わかるだろうか。いや、行かなくてはならない、何故だか、そんな衝動が俺の中を駆け巡った。

 パタリと、本を閉じる。

 

「俺はノックで、この日記を書いていて、記憶がなくて、リーブに行かなきゃなんねー」

 思い出した少しの情報を口に出す。口に出して音にしてみるとまぁ、変なことを言っているのがわかる。

「……」

 あぁ、そうだ。俺はこの女の名前を知らない。

「お前は?」

「……まだ、名乗ってなかったかしら。私はアルス。あんたの言ってることが少しもわからないわ」

 理解することも諦めたように、アルスは自己紹介をした。




読んでくださりありがとうございます。十色と申します。
ちゃんと完結まで持っていけるかはわかりませんが、頑張ろうと思います。
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