世界への帰路〜Return to the world〜 作:碧谷十色
第三話 旅立ちと
昼過ぎ、昼食をごちそうしてもらった後、船に来ていた。
「やっぱり、大きな船よね。わたしね、結局船の動かし方わからなかったわ」
「え!? どうすんだ?」
「どうもこうも、どうにかするしかないでしょ。ある程度地図は読めるわよ。コンパスがあれば、どうにかなるわ」
「適当だなお前。嵐でも来たらどうすんだ」
「それは大丈夫よ。ここら辺の海域は穏やかなの。この海域を離れるならちゃんとした航海士が必要だけど、それまでは大丈夫。でもまぁ、最近は海賊が多いから、そこは気を付けないといけないけどね」
「海賊? お前、戦える?」
「戦えるように見える?」
お世辞にも言えない。ひどいかもしれないが。
「……見えないな」
「でしょ。あんたは? 見たところ、鍛えてはありそうよね。記憶があったころ何をしてたか知らないけど、もともと旅をしてたんだから、それなりには強いんじゃない?」
「そうだといいけどな」
「海賊とかに襲われたら、よろしくね」
「えぇ……」
「よろしくね」
「……おう。まぁ、襲われないことを願うことに全力を尽くすよ」
「わたしもそうするわ」
そうである。簡単に旅に行こうと決めたはいいが、よく考えてみると大変なことばかりだ。オレもアルスも(俺は記憶がないから)旅は初めてで、経験はなし。航海術も何もかも全てなし。嵐や海賊に遭遇すれば、きっとなす術なく海に沈んでしまうだろう。
「この船だって、二人で旅するにはあまりにも大きすぎるよなぁ」
「そうね。ちょっと、ううん結構、寂しい感じ」
「だよな。もっと仲間が欲しいな、オレは」
広い船はやはりものが少ない。ここにアルスの荷物を積み込んだとて、せいぜい小さな部屋が一つ埋まるかどうか、である。
「ま、これだけ広かったら、何人か増えても一人一部屋はあるわよね」
「お前は、この部屋だよな。じゃ、オレはあそこの部屋にする。別に置くものも何もねぇけどな」
太陽が少し真上からズレた。風は南向きでちょうど良い、波は穏やかだった。
「船出日和ってやつじゃない? よくわからないけど、きっと天気はいいから」
「風もないしな。多分船出には向いてるぜ。知らねぇけど」
「本当に今日行くのかい? 確かに私は許可を出したが、こんなにもすぐだとは思っていなかったよ」
「いいでしょ。善は急げっていうじゃない。それに、とても天気がいいわ」
「お前はそういう人間だったね。よくわかっていたよ。行って来なさい」
「……うん。行ってくる」
少しだけ、オレはこの場を離れたくなった。今は二人の、二人だけの時間を作るべきと思ったのだ。
だが、離れてはいけないとわかっていた。オレがアルスを誘い、連れ出すのだ。旅は危険だ。それこそ、何年も旅をしていた彼女の父親が、海に攫われるように。それでも彼女は恐ろしい海に美しさを求めて旅に出ると決めたのだ。決定打は間違いなくオレだ。オレは、彼女に美しい海を見せなければならない。彼女の期待を裏切ってはならない。オレはトクとアルスに誓って、海の美しさを信じなければならない。
「怪我のないようにね。生きて帰って来なさい。……お前の父親を、信じなさい。お前が信じたいものを信じなさい、いいね」
「うん。大丈夫。わたしは、海が綺麗だって信じてるよ」
「ならいいんだ。……それと、世界中の知識を盗んで帰って来なさい」
「ふふ、勿論よ」
アルスは笑っていた。
「よし、行くぞ。出発だ」
「えぇ」
船に乗り込む。座礁していた船は先ほど無理やり押し出した。船はゆったりと波に揺られていた。
「ふぅ、出発ね。なんだかドキドキするわ」
「オレもだ。なんか緊張するっていうか、落ち着かねー」
あとはこの錨を上げて仕舞えば船は島から遠ざかる。
「おーい、トク!部屋貸してもらったり、いろいろ世話になった、ありがとう!……よし、アルス、錨を上げるぞ、いいか?」
オレは横にいる彼女を見て問う。彼女はオレから視線をずらした。
「トクさん!今までありがとう!行ってきます!!」
「あぁ、行ってらっしゃい、アルス」
「出発だ!!」
錨を勢いよく巻き上げる。アルスは泣いていた。笑ったまま泣いていた。オレも目の奥が痛くなって、耐えた。
アルスともトクとも、出会って1日ばかりだ。それなのに、こんなにも感動できる。きっとこれはアルス自身が心に生きているからで、トクもアルスの心を抱きしめ続けて来たからだ。それが、出会ったばかりのオレにもわかるほどだったからだ。
帆を上げた。南向きの風が帆を押して、船をおす。スピードは出ないが、船は確かに動いている。
「よかった。船は動いてるわね。このままちゃんとまっすぐ進めば、大きな島があるわ。私たちみたいな旅人や、海賊まで、とにかくいろんな人がいる島よ。ビューとは近いから、きっとすぐ。でも、方向がわからなくなったら大変だから、一応ずっと確認しておきましょう」
「すぐってどれくらいだ?」
「1日もかからないはず。父が昔言っていたわ」
「じゃあ本当にすぐだな」
「えぇ、気を抜かなければ大丈夫なはず」
気を抜かなければ。そう、気を抜かなければ。本当にそれだけか?旅人の敵は海路だけじゃない。
海賊のことをオレたちは完全に忘れていた。
「ね、ちょっと、ノック!? あ、あれって、海賊船!?」
ぼぅ、と海を眺めていた頃だ。突然焦ったようなアルスの声が聞こえた。そして海賊船、という単語の意味を理解して、オレも大いに焦った。
「か、海賊船!?そうか、この海域には海賊がいるって言ってたよな」
「えぇ、忘れてたわ。ど、どうするの!?」
「とりあえず逃げろ! オレ達じゃ海賊にやられちまう!!」
「逃げるって、どうするのよ!?」
「帆の向きを変えろ。で、それから、オールだ。オールで漕げ!」
「そんなんで逃げれるの?」
「知らねーけど、そうするしかねーだろ?」
「そうね、そうよね。頑張るわ」
帆の向きを大急ぎで変えて、それからオールで必死に漕いだ。正直言って、オールに意味があるとは思えない。そもそも、こんなにも大きな船をたった二人の小さなオールで動かせるわけがなかった。
「いや、いやよ、わたしこんなすぐに襲われるなんて考えてなかったわ……死にたくないわよ……」
「だ、だい、大丈夫だ。オレ、多分、鍛えてるし。うん、多分……うわぁぁ!!」
「え、なに、、きゃー!!」
もう真後ろに海賊船が見えている。掲げられたドクロの旗がはためいている。
「やべ、乗って来やがった、もう逃げられねぇ!!」
「ちょっと、どうにかしてよ。わたし、まだ死にたくないわ。まだ始まったばかりでしょうが!」
何人かの海賊がオレの船に乗ってきて、こちらへ歩いてくる。ニヤリと笑った顔が悍ましい。なにやら挑発じみたことを叫んで、こちらへ飛んでくる。
「いや!こないでよ!」
アルスの叫ぶ声が聞こえて、オレは拳を握りしめて振り上げた。うめく声が聞こえて、オレは海賊を一人、吹っ飛ばしたのだと理解した。それから、オレの体は驚くほど軽く動いた。片手で数えられなくなるほどを吹っ飛ばして、自分で自分が信じられなかった。オレは自分で自分の動きを理解できていない。きっと、これは体だけが覚えている記憶だ。オレは何も覚えていないが、体は覚えている。だから、こんなにも戦える。
「すごい、すごいわ、ノック!やっぱりあんた強いのね。よかった、これで助かる」
海賊団は、オレが何人かを吹っ飛ばしたおかげか、倒れた仲間を回収して、足早に逃げていった。
「吃驚した。オレ、結構強いじゃねぇか」
「ほんと。強いわ。それに、あの海賊団、小さくて良かった」
「あれで小せーのかよ」
「えぇ、何十人と船に乗っているのが山ほどあるわ」
「どうすんだ。そんなのに遭遇したら、流石にやられちまうぞ」
「……そうよね、それは流石に化け物じゃなけりゃ無理だわ」
「やっぱ、仲間が欲しいな。航海術を持っているやつ、もしくは強いヤツ。できればどっちも」
「いつかはどちらも必要よ。この海域を出れば航海士なしじゃ自殺するようなもの。強い人がいなけりゃ海賊の餌になって終わり」
「だな、それじゃ、お前が言ってた大きな島に着いたら、まずは仲間を探そう」
「……あ、……」
アルスの顔が、一気に青くなる。
「ど、どうした?」
「どうしましょう。みち、みちがわからないわ」
「え?」
「さっき海賊から逃げたから、全部わからなくなっちゃった。どうしよ、どこにいけばいいのかも、ここがどこなのかもわからないわ」
「え、それって、やばいよな?」
「えぇ、すごく、物凄く、やばい」
「……遭難?」
「えぇ、そうね……早速ね……。やっぱ、航海術はある程度覚えてから海に出るべきだった……」
「ありえないほど急いだのはお前だぞ、アルス」
「ごめん、すごく楽しみだったのよ。舞い上がっていたわ」
「いや、いいけどさ。オレも航海術も何もわからねーし。で、どうする?」
「……波に任せて、待つ……だけね」
「……取り敢えず、神に祈っておくよ」
続き!ですよ!
やっと旅立ちましたね、この子達。これからどんな冒険が待っているのでしょう。まぁ、開始早々に遭難していますが、これからどうなるか見守っていただけると嬉しいです