世界への帰路〜Return to the world〜 作:碧谷十色
空は、憎たらしいほどに晴天だ。帆を押す風が先ほどよりは少し強くなった。
「どうしよう。わたし、このまま餓死なんて嫌よ。どこかの島にたどり着くといいけど」
「地図見たってなぁ。今オレ達がどこにいるのかもわからねーし。……今できることは、外を見張ることだな。少しでも島っぽいのが見えた時に、見逃したらそれこそもう終わりだ」
「もちろん。絶っっ対に見逃したりしないわ。死にたくないもの」
「あぁ、食料と水は何日か分はある。あとは風に任せよう……それくらいしかできねー」
「少しずつ食べていかなきゃ。少しでも生きていられるようにするの」
酷いものだ。出航してまだ初日。あれだけの準備で出発しようとしたのがいけなかった。冷静に考えれば、勢いだけで出航したのは頭がおかしい。
神に祈り、あとは絶対に島を見逃さないように、目を凝らすのみだ。それだけだ。それしかできない。
「もう、夜ね。どうする?どっちかが寝る?」
「そうだな。おれが見張るから、お前が先に寝とけ、しばらくしたら起こす」
「わかったわ。お願いね」
夜の海は静かだった。海賊にはもう遭遇しないことを願いながら、島の明かりを願う。
月がちょうど真上に来た、それぐらいの時だった。
少し右側前方に、島と思われる淡い光があった。
「おい、アルス!!起きろ!」
「……えぇ?何?」
「島だぞ!あそこ、見えるだろ?」
「……本当だ!よかった、よかった!」
舵を切って、進行方向を右にずらす。近づいてみるとやはりそれはしっかりとした島で、人もいそうである。港も整備されており、何隻か漁船らしきものが置いてあった。
「これって、適当に港とか使っていいのかな?」
「どうだろう。わたしたちお金も碌に持ってないから、使用料とか取られたら困るわよ」
「そしたら、全力で謝るかな」
「そんなので許してくれるの?」
「おい!誰だ、こんな夜中に!」
港の方に男が3人ほどいて、こちらに何やら刃物のついた棒をむけている。
「海賊……ではないのか?」
「違います!わたしたち、遭難してしまって、島が見えたから助けてもらえると思って。あなたたちに敵意はないわ。海賊なんかでもないわ」
「……わかった。信じよう。そこに船を止めろ。だが、少しでも何かをしたら、わかっているな?」
3人の中で一番若いであろう長身の男が言った。
「あぁ、もちろん。ありがとう」
港に船を置かせてもらって、島に降りた。
「デカい船で来やがるから、どんな奴らかと思ったが、お前らガキ2人だけか?アオ、テメェと同じくらいじゃねぇの?」
「……そうだな」
さっきの長身の男はアオというらしい。アオはオレたち2人をじっくりと見て、それから口を開いた。
「こっちに、集落がある。小さいが宿もあるから、そこに泊まれ」
「……あー、オレたち金がねぇんだ。旅始めたばっかでさ。何も考えず出てきたから……」
「……俺の家にいけ。弟がいるから、事情を説明すれば寝床ぐらい用意できる」
「ありがとう。助かるわ」
アオは軽く頷いて、海の方へ歩き出した。
「あれ、集落には行かねーのかな」
「今日の港の見張りはあいつなんだ。あいつが見張りの日は安全だぜ」
「あぁ、島で一番強ぇ。若いくせに俺たちをすぐに超えちまうからよ。1人で小さい海賊を追い出したこともあんだぜ。あいつは俺たちの誇りだ」
「へぇ、すげーんだな。島で一番強いのか」
「そうそう。だから、怒らせねぇほうがいいぜ。明日の朝日が拝めなくなる」
「肝に銘じておくわ」
「はは、大丈夫だ。あいつは短気じゃねぇから。島に危害を与えなけりゃいいさ」
なるほどアオは強いらしい。オレたちは海賊なんかでは決してないから、きっと怒らせるようなことはないだろう。
集落についた。あまり大きくはなく、人も少なそうだ。
「ここだ。ここがアオの家」
1人の男が呼びかけると、少し幼い少年が出てきた。
「はーい。何?……お客さん?」
「あぁ、お客さんだ。寝床を準備してやれって、アオが」
男が説明をする。アオの弟はそれを聞くと、オレたちに向かって笑いかけた。
「遭難とは、大変でしたね。おれはアクアです。部屋なら常に一つ開けているんです。そちらを使ってください」
アオに面影があるようなないような幼い顔でオレたちを部屋まで案内してくれた。部屋に着くと、彼は去り際、少しだけ困ったように微笑んで、オレたちに聞いた。
「あなたたちは、きっとおれの兄と同じくらいですよね」
「……えぇ、多分ね」
「そう、ですよね。もしよければ……いえ、やっぱりなんでもありません。変なこと言ってごめんなさい。気にしないで。部屋の中は自由に使っていいので、くつろいでください。では」
少し急いだように部屋から出ていく彼を見て、オレとアルスは顔を見合わせた。
「あの子、何が言いたかったんだろう」
「さぁ、でも、無理に聞くのはよくないだろ」
「そうね、一旦忘れたほうがいいかしら」
「だな」
勝手にあくびが溢れる。今日は疲れた。
床に布団を敷いて、そこに寝転がる。
「わたし、この形の布団は初めてだわ。本を読んだりして、あるのは知ってたけど」
「珍しいのか?」
「……珍しくは、ないと思うわ。地域差、みたいなもので、どっちが多いとかは聞いたことないわね」
「ふーん」
眠かった。アルスが喋るから返事をしようと思っても眠気がそれを超えてくる。
気づけば朝日が部屋に差し込んでいた。アルスはもう起きていて、身支度をほとんど終えている。
コン、と扉を軽く叩かれた。
「起きられていますか?」
「今、起きたところだ。少し待っててほしい」
「わかりました。なるべき早く準備してくださいね」
布団を畳んで、部屋の隅に置く。扉を開いて玄関に向かった。
「あ、おはようございます」
「おはよう。すげー寝れた。ありがとう」
「それはよかった。それでですね、今日はお二人に見てもらいたいものがあるんです。だから、急いで欲しくて」
「何かあるの?」
「はい。道場に行けばわかります。ついてください」
「道場?戦ってるのか?」
集落の中を少し歩くと、広い道場があった。
「あ!あれって、アオ、っていうやつだよな」
道場には、大きな木刀を持ったアオがいた。アオ以外にも何人かはいるが、アオが一番目立っていた。何もない広めの空間に相対して立っていて、少し不自然だった。
「おれの兄です。今から、手合わせを行うんですよ。兄対それ以外です」
「え、1人で?」
「そうです。ぜひ見てください」
見物人はオレたちだけではなかった。小さい子供から大人まで色々な人が集まっている。多くはないがこの小さい集落を考えると、結構な人が来ているのではないだろうか。
「そろそろ、始まりますよ」
どこからか、パンッと軽快な音が鳴った。木と木を思い切りぶつけたような音だった。手合わせは激しかった。目が離せない。アオが1人、また1人と倒していく。俊敏な動きではなかった。ずっしりと構えていて、芯がある。
「あいつは本当、この島にいるんじゃもったいねぇよなぁ。この島のやつじゃ相手にならねぇ」
ふと、近くにいる人の声が聞こえた。
「そんなに強いのか?」
「ん? 見ててわかんねぇか?あいつはこの島一番さ、誰も勝てやしない。それどころか誰も相手にならねぇんだ。だから早く島を出ちまえってずっと言ってんだがなぁ」
「島を出る?」
「修行の旅さ。この島で強い奴は、旅に出ることになってんだよ。人が少ない島だからな、強くなって戻ってくるんだ。あいつは今まで島にいたやつでもとびぬけて強い、さっさと旅に出るべきなんだ」
会話をしている間もアオはどんどんと倒していく。あと半分もいないんじゃないだろうか。
「じゃあさ、なんでアオは旅に出ねーんだ?」
「あぁ、それはなぁ。俺たちもわかっちゃいるんだ……あいつは、自分に資格がねぇと思っとる」
「あんなに強いのに?島で一番強いのはオレでもわかったぞ」
「……おれの兄は、ずっと前に4つ上の兄を亡くしたんです。シアンという名前でした。おれはその時とても小さかったからあまり覚えてないですが、両親から聞きました。……その日、島に海賊が襲ってきたのです。それも、小さい船じゃなくて、大きくて人もたくさん乗っていたと。島の人はみんなで追い払おうと戦っていました。当時島で一番強かったシアンももちろん同じです。試案は全線で戦っていました。すごい激闘だったらしいのですが、怪我人こそいれど、死者はシアンのみだったと聞いています。……兄を、アオをかばって死んでしまったと。シアンはこの島で一番強い剣士でした。ですから、兄は、シアンこそが旅に出るにふさわしい人物だったと言って、旅に出ないのです。島を守る役目もあるって。兄は、旅に出たいと思っているはずです。強くなりたいと零すことがよくありますから。おれも、旅に出てほしいです。そう思ってます」
「……あいつは、旅に出たいと思ってる、それは間違いねーんだな?」
「はい。それは間違いなく。ずっと一緒に暮らしていますし、兄はよく先祖の旅路の記録を眺めています」
「じゃあさ、オレが連れ出してやるよ。ちょうど戦える仲間が欲しかったんだ。アオは強いからさ、仲間に欲しい」
「あなたが、海へ?」
「はは、そりゃいいなぁ。アオの野郎はよぉ、強いのはいいが、ちと素直じゃねぇんだ。他所からやってきたお前が無理やり連れてくほうが上手くいきそうだ」
「……そうですね。もしあなたが兄を連れて行ってくれるなら、嬉しいです。でも、兄は断ってしまうと思います。おれたちだって、何度も兄を説得しましたが、その度に断られます。……でも、本当に、兄を、兄が旅に出ることになってくれたら、」
「お前が良いっていうなら、オレは本気で誘うぞ。……アオはいやだと言っても無視して誘うぞ。アオをこの島から奪っても良いんだな?」
「……いい、ですよ。それが兄の願いなはずです。おれの願いです」
アクアは少し考えてからそう言った。青色の目は、オレを見ていた。
それから間もなく、もういちど軽い音が鳴った。手合わせが終わったらしい。道場には一人だけぽつんと佇んでおり、疲れた様子は見せなかった。
オレは迷わずその一人の男へ駆けて行った。アオは少し驚いたようにこちらを見た。
「なぁ、アオ。お前強いんだな。オレの仲間になれよ。一緒に海に行こう!」
「……は?」
思った通りの返事が返ってきた。海のような深い青が、困惑を示していた。
十色です。読んでくださりありがとうございます。執筆が遅いもので、前作投稿からだいぶじかんがやってしまいましたが、まぁ、この作品を読んでくださる方は少ないですからきっと大丈夫でしょう。読んでくださった方には大きな感謝を。