機動戦士ガンダムEXT. 〜偽りのニュータイプ〜 作:西宮 凜
【宇宙世紀〇〇八七年六月二十七日・東アジア「ニューホンコン」郊外】
「予定時間より少し早いが、始まったようだな」
結局夜明けを待つどころか、日付すら跨がなかった。戦闘の禁じられたニュー・ホンコン特区は、朝日無くして燃えている。
作戦時間よりは僅かに早いが、元より大尉はこのつもりだった。ホンコン市長が反地球連邦組織に対し、本日付でアウドムラを離水させるよう呼びかけたと知らぬことはあるまい。
むしろ知っていたからこそ──ルオ商会を通して、
『ウッダー大尉も怒ってるねェ』
『でも、あのブラン少佐も墜とされたんだろ?』
上空一◯◯◯メートルから歓談交じりに、燃える市街を遊覧飛行。当然、消化活動に駆けつける訳でも、そのベースジャバーで市民を助けるでもない。むしろこれは、街を燃える手助けである。
いくら
「各機、私語を慎め。いつあそこから援護のMSが出てくるかも分からないんだ」
悲鳴のような灯と火を睨み、操縦桿のグリップを握りしめる。
お前らさえここに来なければ。眼下で偽装網を解きつつある、そのオレンジの船体を見て歯軋りした。
これは内戦であって、戦争ではない。何が正規でどれが非正規か、敵も味方も陣営も、そして信頼すらも、薄れて見えてならなかった。
『気合い入ってんな、臨時編隊長さんよ』
『オタクのロザミアってのがもっとマトモなら、今頃オレらはまだピョンヤンで寝てたのにな‼︎』
日本のムラサメ研とともに援軍に出た、ピョンヤン研究所所属のハイザック部隊。ピョンヤン研といえば他の研究所のそれを上回る、極度の財政難と聞いてはいるが、兵士の質までとは恐れ入る。
自らは常人用兵器のテストパイロットであり、ただでさえ機密の塊のような、強化人間計画に関わる彼女とは接点などない。
ただ……他所の研究成果に口を出すぐらいなら、ピョンヤンも強化人間の一人や二人、送ってきて欲しいものである。
『今ならアウドムラを獲れるんじゃねえか。まるで無防備だぜ』
舌打ちをするとともに、濃度が上がった。機体間通信も距離が離れると、途端乱雑に様変わりする。
ミノフスキー粒子の散布とは、信憑性のある地震雲だ。
「高度を下げるな各機、我々の任務はウッダー大尉の支援であって、アウドムラを墜とすことじゃない。大尉と〝サイコ〟に任せれば良いんだ」
『じゃあ……お前は大尉となら喜んで、市街地の破壊にも降りるんだな?』
右横後ろを追随する、青いハイザックの目がぎらりと光った。
違う、奴は良心を問いてるんじゃない。ただこちらを弄びたい、揶揄って楽しみたいだけなんだ。
そのつもりだ──覚悟でもない覚悟を口にするのと、警報が耳を劈くのはほぼ同じタイミングだった。
『機体後方っ』『クソ、アウドムラか‼︎』
丁度入り江をやや通り過ぎ、旋回を掛けようかという最中だった。「狙っていたのか」とも言いたいが、どこで回るかなどはこちらのさじ加減である。偶然だ。
敵機接近の報を受け、再び火器管制をチェックする。自身の操るハイザックは元より、ベース・ジャバーの方も問題はなかった。
僚機からもモノアイの点滅、簡易的な光信号で応答が来た。攻撃準備完了の合図である。
三機のハイザックは軌道を変え──水面スレスレから上昇を始めた、赤い「スカート付き」のような機体を正面に捉えた。
「撃てェ────‼︎」
戦闘濃度に浸されて、声が溺れ切ってしまわないように。こうした大声を張るのは戦場の常である。
太古の昔ではウォークライとも言ったか。戦地の狂気や恐怖の色に、心が負けてしまわないように、そんな役割を持っていたか……。
そんなことをふと、思い出した。
「避けた⁉︎」『キムっ』
ケネディ・ポートで墜とされた
〝スカート付きモドキ〟は勢いよく、自らのド・ダイ改から手を放し離脱。背中の大仰なスラスターを吹かせ、ふわりと夜空に赤を舞わせた。蹴るような離脱だった手前、三方向だろうとメガ粒子の線は、ゲタにも敵機にも当たらない。
そしてその最中、背中にガンラックのようにかけられていた二挺が突如、火を──光を吐いたのだ。
『キムっ、動けっ‼︎』
二本の殺意の閃光は、赤い敵機の
途端に機体は膨れ上がり、青い装甲が赤く弾け飛ぶ。
『舐めやがってェ……‼︎』「おいよせ‼︎」
機内モニターに浮かぶリミットを見て、というよりもヤツに怖気付く形で、咄嗟に僚機を制止する。しかし理性よりもトリガーが早い。
既に右側に姿はなく、僚機はマシンガンを放ちながら接近を開始していた。
ハイザックのザク・マシンガン改を当てるには、有効射程内へと詰めなければならなかった。
「あと一分で増援が来るんだぞ……‼︎」
一瞬、届くはずのない声に、誰かが耳を傾けた気がした。
推力を弱めて降下したゲタに、背中向きに合流した赤い機体が、この時より目の色を変えたように見えた。……いや、その緑の頭部モノアイが、実際に変色したという訳ではない。
途端に何か、こちらの意図を察したような──。
『ええい、まだ誘導は効くハズだ……!』
僚機の声が掠れて聞こえた。散布濃度は未だ十全ではないらしい。
マシンガンの当たらなさに見切りをつけたか、僚機の腰からは噴煙が見えた。腰部左右にマウントされた、三連装ミサイル・ポッドだ。
次々に撃ち出される計六発は、幸いにも誘導が機能しており──あの赤い〝スカート付きモドキ〟に追いすがり、爆散した。
上から見れば分かる。爆発する高度がおかしい。
そう看破をするが早いか、黒煙からは
『なに⁉︎』「回避だ、今すぐ‼︎」
下方の黒煙が晴れるよりも早く。ミサイルポッドのそれよりも大きい、グレイの弾頭が飛び出してきた。意表を突かれた形となった僚機は、既に上半身を吹き飛ばされている。
その結果を見定めもせず、頭部のひさしが上向きに開いた、あの赤い機体が煙から飛び出てきた。
頭部のバルカンにも似た火器で、弾頭を射抜いたとも言うのか、コイツは──。
「くそッ、くそッ……‼︎」
増援合流の時間となった。しかし、それがなんだというのだ。
ピョンヤンの連中が言う通りだ。自分は臨時の編隊長に過ぎず、なにもすることができなかった。
攻勢に舵を振り切ることも、小隊を生かして立て直すことも。
なにも、なにも。そんな虚しい弾幕でしかなかった。
沈め──といった殺意の三発に、ザク・マシンガンはついぞ掛からなかった。赤い機体はバズだけを置いて、燃える市街地へと進路を変えていく。
最早、常人にはどうしようもなかった。
正三角を描くように放たれた弾頭《それ》を、完璧に避ける術などすぐには出ない。急加速しよう、減速しようと判断する頃には、既にタイムオーバーだった。
弾頭は的撃ちのようにゲタを捉え、ベース・ジャバーそのものと、ハイザックの脚を綺麗に吹き飛ばした。
『たかが一機だぞ⁉︎』『パクがやられた‼︎』
『コイツは……ニュータイプかッ』
頭上に舞っていた青い蝿が、ひとつ、またひとつと爆ぜては消えていく。戦闘濃度によって穴開きにされた、歪な断末魔だけを耳に残して。
本当に、そうだったら仕方がないのだろうか。
ニューホンコンの浅瀬にて擱座した、ハイザックので独りごつ。
ジェイムス・リドル少尉にとってはほろ苦い、一年前の出来事である。