機動戦士ガンダムEXT. 〜偽りのニュータイプ〜 作:西宮 凜
ガラスの向こう──眼下のハンガーに整然と立ち、小人達に身体を弄られているような、黒い巨体。
元は白く、自らの押した「廃棄」の印によって、一度はフレーム状態にまで身を剥がされた素体だ。今もその体躯に群がっている、上から見ればアリのような研究員達からは「冷蔵庫」の愛称で親しまれたと聞く。愛がニュータイプ能力に左右する、などとはお笑い種だが、多少は作業能率も向上しよう。
今更サイコを完成させようが、連邦軍は見向きもしないやも分からない。ローレンと共に、マークツーやG-Ⅴの技術がジオンへと渡った今、サイコ以上を作れないのは致し方ない状況であるが。
しかし、ティターンズ発足の折よりスポンサーを降り、年々予算を絞ってきた連邦軍本部だ。情報操作のあるなしを置いても、ニューホンコンでの恨みもある。今更ちり積もった悪感情を、この一機で挽回できるかは望み薄であろう。
それに対する保険にして、本命が──サイコに比べると小さくも見える、もう一機の「ガンダム」。
アナハイムの依頼で制作を行なった、試作ガンダム0号である。
AE社の意図するプロジェクト、イミテーションGPに基づいて作った機体故、見てくれはガンダムの名に恥じるような、旧技術によってなされている。構造を参考にしたジム・カスタムやアレックス、今や旧式と言えようガンダムマーク・ツーのようなパーツさえ窺える始末だ。
しかし、封印技術というのは恐ろしいものだ。
ムラサメ研を示さんがために、サイコミュを搭載したというのもある。が、機体本体の性能自体も、一時は協力関係にあったティターンズ製最新機、ローレンが見せたようなアクシズ製MSにも劣りはしない。
連邦の目の届かないところで、このような機体がピョンヤン研でも作られているとは。なんとも、なんともといった話であろう。
ムラサメ博士は見下すかのように、改めて整備ハンガーを見渡し、微笑う。
研究所の未来を拓くのは──忌まわしき
それとも「呪い」を再構成した、ガンダム試作0号の方か。
サイコに座る金色の少女、0号に乗り込む緑色の青年を見て、博士はほくそ笑んだ。
アレら強化人間の始祖を失えば、ピョンヤンに頭を下げざるを得ない。
胸糞悪いの範疇を超えた、あのピョンヤン
『ゼロっ、機体の起動は許可していないぞ──』
時に宇宙世紀〇〇八七年、十二月。
後に「ゼロの反乱」と呼ばれる、その当日であった。
【宇宙世紀〇〇八八年十一月十七日・北米「ハミルトン基地」】
機体も身体も双方ともに、訓練の名を借りたしごきに疲れ果てた。
機体には修繕が、身体には休息が必要な頃合いである。
『本日はこれまで、各班順次に格納庫へ戻れっ』
そぼ降る小雨に負けないようにか、先ほど打ち負かした相手は叫ぶ。隊長というのは肩書きだけだ。ことにMSでの戦闘技能では、奴に負ける点など一つとして無い。
しかし、自分は自ら「降りた」のだ。
口にせず反芻をするだけで、現状への文句は全くない。
そうこうしているうちにハンガーへと着いた。改めて見れば、僻地の拠点にしては豪勢な整備場だ。左右区画合わせて十機、三個小隊は収容できる。(一部小隊には欠損が見られるため、全てのスペースは使用しないが。)
また、広さだけでなく設備も良い。屋根があるだけの露天駐機でなく、分解用・整備用のクレーンまで備え付けられており、整備班の機嫌はいつも良さそう見えた。それこそアッシマーやギャプラン等、試作機他系統機を見事に扱った、スードリ内部の充実感を思い出す。
確か、あの頃はアクト・ザクに乗っていたか。
そんな郷愁の念に追われていたが故か、警報への反応には一瞬、遅れた。
『敵襲、敵襲‼︎』『基地南西より、航空機っ』
『いやっ、可変MSだ‼︎』
叫ぶが早いか姿を現す。その紫の編隊はミサイルを射出し、掩体壕にも似た整備場の目の前が焼き払われた。
向こうにしてみれば威嚇射撃か。しかし如何に左遷地といえど、脅しに屈する軍ではない。
「サーベルの交換と補給を頼むっ」『は、早ェ‼︎』『うわっ』
蟷螂の斧のような機体と共に、ぽつりぽつりと悲鳴が爆ぜる。
「急いでくれっ」
サーベルの交換は済ませてくれたが、それ以降からは逃げてしまった。
仕方ない、とジムⅡ用のライフルを手に取る。内壁の専用ガンラックに掛けられていたため、整備済みではあるようだ。
しかしながら、各種数値の打ち込みはまだなようで、ジム改に握らせてもドライブしない。これだからジムは。ジェイムスは舌打ちをする裏で、アクトザクに乗った頃を必死で思い出した。
この期に及んで懐古、ではない。機内入力による手動でのドライブ手順を、入力キー片手に思い出していたのだ。
『ジム、出れるのか⁉︎』
「今やってるっ」
接続確認を認めると、そのまま機体を走り出させた。
これであと数秒で撃てるはずだ。
基地のフェンスを突き破り、敷地内へ侵入する「スカート付き」へ狙いを定めた。黄色く塗り替えたってドムはドムだ。
3、2、1。
ビンゴだ。確か、ドワッジといったか──ドムタイプはビームをもろに食らい、胸から頭が一筋に抉れる。ホバー制御が途端に崩れ、雨天時に相応しいスリップ機動の後、大破した。
途端に機体の立膝をやめさせ、格納庫奥へとステップを取らせる。
次いで上空から極太のビーム光。あの紫の編隊からだろうものが、斜め向きに地面へと降り注いだ。何もかも、ジムのものとは比較にもならない。
こちらの主力はジム改と2F2。
向こうは例のドワッジといい、旧式機も少しは混じっているらしいが、あれらが加勢すれば正しく「壊滅」だ。
初報が可変機、と伝えたのも分かる。あのクローの位置はアッシマーと同じ、TMAあるいはTMSの基本構造だ。後に必ず、人型になって降りてくる。
その前に数を──と、願ったり叶ったりのタイミングで現れた。
整備場の内壁を外から突き破り、再びドムタイプが自機へと襲いかかる。
その手には歯ブラシのような獲物が握られていた。どうやらビームの刃を備えた、ハルバード的な兵装らしい。
ジェイミーは今度は間違えずに、最速で左手にサーベルを握らす。
今日の訓練と同じようなものだが、今度のは振りの速度が違う。ジェイムスはその唐竹割りに対し、回避でなく切り払いを選択した。
連邦系特有の桃色の光と、ジオン系を示す黄色とが競り合う。そしてその刃の織りなす影で──そのドム「らしき」機体のモノアイとダクトが、一気に強さを増しだした。
「……コイツ、ただのドムじゃない⁉︎」
ビーム光、姿勢、機体出力。見るからに全てが負けていた。
心理的な問題などではない。そのドムタイプはジム改と比べても、頭一つ分巨大であった。
「くそッ」
終わってみれば一瞬だったのだろう。もう片手のライフルを撃つ暇もなかった。
ジェイムスは土壇場で「蹴り」を入れ、姿勢を崩させた隙にステップを取る。
だが向こうからすれば小突かれた程度で、ステップの着地より早く立ち直っていた。そうして再びジムを捉えると、背中から「何か」をばら撒いて飛ばした。
「誘導兵器かっ」
ジムの頭部からバルカンを放ち、咄嗟の判断で迎撃する。
しかし──バルカン砲が夕闇に描く、その二本の破線を見届ける最中。敵の腕が捲れるように可動し、ドムが射撃体制に移り始めた様子を見、ほとんど反射で操縦桿を弾いた。
空飛ぶコマのうち一つを落とし切れず、一基がサーベルを握る左肩を切り裂く。それに構わずジム改は着地し、スラスターを全開にして横っ飛びに移る。
釣られる形でバルカンの射線も、ドムの胸部から腕部へと着弾点を変えた。判断の時間がないこともあるが、ロックオンでない以上相手も気付かない。
いつの間にか迫り出してた
──そうか、あの時の「ドムもどき」も、きっと。
ジェイムスは〝仕掛ける側だけの猶予〟を活かして、ビームの矢を引き絞り、撃つ。撃つ。撃つ。
──受ける側は後手に回る。
──その僅かな隙こそが、攻め手の肝なんだ。
三発の光線はほとんど同じ、コックピットと思しき胸部へと続けざまに突き刺さった。
これが性能の差なのだろう。ビームは貫通しなかった。
しかし
ビームを受けて仰け反った後、モノアイの灯は静かに失せた。