機動戦士ガンダムEXT. 〜偽りのニュータイプ〜 作:西宮 凜
【宇宙世紀〇〇八八年十一月十四日・ニューギニア「ポートモレスビー総司令部」第三会議室】
老齢の男はノックもせずに、自らの秘書官へドアを開けさせた。胸元の刺繍には二本の青線、そして三つの星が輝いている。
つまりここ、地球連邦軍という組織の中では、気を遣うべき相手などほぼいない訳だ。
「珈琲だったか紅茶だったか。例の男は前任者と違い、中々に頭がキレるようだな」
「はっ。ホワイトやホワイトの愛人の尻拭いとしては、この上なく上出来かと」
シャンデリアの煌めくその影には、同じような階級章、同じような年齢をした将官が二人。黄色い二本線と三連星を持つ、気まずそうな中年の佐官が一人、既に座って談笑していた。
内容は身内の情報筋から皆、聞いてある。またこれは、わざわざ資料を作らせるような、真っ当かつ公的なものでもない。
だからこそ、変に気張らずとも良いわけだ。
男は柔らかい肘付きの椅子へと、他と同じようにどっすりと座った。
「ホワイトもバカな男だ。愛人共々データを改竄して、逃げ込んだ先でおっ死ぬとは」
空席となったうちの一つを横目に、嘲笑を混ぜつつ男は言った。
現在ではルナツー要塞と並ぶ宇宙軍の二大拠点であった、コンペイトウ要塞及び鎮守府の基地司令官にまで成った男が。
愛人の少佐はエゥーゴに、ホワイトは大将から政府へと鞍替えを試みたようだが、共々今は生死不明。彼に至っては、ダブリンで連邦軍和平派の特使として、連邦高官と合流して以降足取りが途絶えている。……そもそもが、ここを無視したスタンド・プレイだ。どのみちもう帰っては来なかっただろう。
そんな故人を偲ぶよりも、現在の逼迫した状況の方が関心があるのは、ここにいる誰もが同じであった。
「例の停戦協定にしても、主導したのは我が連邦軍や連邦政府でなく、月面に巣食うあのタヌキだというのに。そんなことだから、足元を掬われるのだよ。ハマーンは」
「とはいえ黙認を取り付けるまでは、完全にグレイの独断専行です。釘を刺しておくべきなのでは」
おどおどとした、それでいて几帳面な情報部大佐が資料を差し出す。そんなものなしに、ここにいる全員が知っている名だ。ホワイトの後釜になるよう工面したのは、他でもないこのメンバーなのだから。
その外見からしてコンペイトウより、キリマンジャロが似合いそうな、マメな男──「バーガー・R・グレイ」。
鎮守府ホワイト時代における「布告前のアクシズとの交戦を命令した教唆犯」として、
しかしあの紅茶好き、なかなかどうして頭が回る。
むしろ対アクシズ戦の肯定派筆頭につくことによって、嘘ごと自らを正当化し、得た地位を残そうと打って出たのだ。
それも、カラバやエゥーゴによって立場の弱まった、
我々《ここ》の場では猫を被り、今度は配下にジャッカルの皮、あるいはハイエナのそれを被らせようという男だ。
「否。ティターンズの遺したデーターも向こうにある。何かと手厚くもてなさねば、だ」
「まあ我々とて立場は同じよ。ゴップ議長の顔色次第で、ここの席ごと首が飛びかねん」
常に誰かの「出来心」によって、誰もが今を「生かされている」。
黄金律とは少し違うが、ここの中では共通の認識に他ならなかった。
「して、連邦政府の様子はどうだ?」
この何気ない言葉と同時に、室内全員の目線が動いた。
これ以外はほぼ談笑のようなものであり、これこそが今日の本題である。
その報告のためだけに、後ろ盾も肝っ玉も貧弱極まる、彼のような男を置いたまであったのだ。
「いっ、依然変わりなく。交渉も順調のようですし、手筈通り例のフェイズへ移るかと」
震えた声でも、自慢げであった。
事実、この報告は千金に値するものであり、誰もが待ち望んだ応えでもあった。これで、作戦の本格始動──戦後の連邦軍を見据えたM作戦の完遂、そして何よりアクシズの崩壊が、ほぼ秒読みに入った訳である。
「前回にしても今回にしても、ジオンはいつもこうだ」「〝ネオ〟ジオンですぞ、閣下」「ジオンはジオンさ」
情報部大佐のその視線、元い「楽観視だ」という声もご尤もだが、こと地上軍に関してはもう関係がない。
如何にどちらかが生き残ったとしても、もう一度ダカールをなどとは行かないだろう。ちょうど、ティターンズとエゥーゴによって疲弊した、この地球連邦軍のように。
ともなれば、することは目の前の異物の除去や、来年度からの組織変革やその先を見据えた、状況の整理だけで良い。
「傍から見れば、タダ飯ぐらいの愚鈍な巨体、だそうだな。まあ、それ位でちょうど良いではないか」
「あとは地上に棲みついたネオ・ジオンを、古いジオンごと宇宙へ放り上げるだけですな」
「なぁに。カラバ内部の掌握や、例のサイコガンダムの処理もある」
ニューギニア基地拡張によって、
マーキュリーのように打ち上げるだけではない。サイコによるVと、地上掃討によるVを合わせた、Mの内実。
ともかく作戦の本格始動は、今この時からである。
「お楽しみはこれから、という訳さな」
【宇宙世紀〇〇八八年十一月十八日・北米「ハミルトン基地」】
『ザクタイプに乗ってたら、迷わず私も撃っちゃったかもよ?』
その少女の声を聞いたのは、自分一人だけであると後で分かった。
遺骸残骸その他は一通り、基地の端へとまとめられていた。朝焼けの光にはミデア・タイプをはじめ、何機もの輸送機が影を作っている。ハミルトン基地に着任して以来、見たことのない光景であった。
「また生き延びちまった、か」
格納庫自体が半壊したというのもある。しかし、ゆうに一小隊は直せるはずのそのスペースで、修繕を受けているのは自機だけだった。
幸いにして、失った・大きな損傷があったのは肩部だけだ。乗り手を失った他のジム改のものを据え付ければ、それで済む程度だったらしい。
だがその光景は「引き継ぐ」というよりも、体の良い在庫処分のようにしか見えなかった。
ジェイムスがそう思うような要因が、また一個小隊分増えたようである。
『すまん、ここの責任者を問い合わせたい』
「基地裏のテントだァ、そこにいるだろォッ」
大声を張るのも場所を示すのも、これで二回目のことである。
見覚えのあるそのエンブレム──土星のような記章を据えた、そのエゥーゴのジムタイプは、光信号による礼だけを述べ去っていった。
ミデア級でもないその輸送機には、AE社のロゴが入っていたのは気のせいではないだろう。
「ここでしたか、
新たな基地守備隊たちの足音に紛れ、近づいてきたのは彼女ではない。しかし聞き覚えのある女の声であった。