機動戦士ガンダムEXT. 〜偽りのニュータイプ〜 作:西宮 凜
【宇宙世紀〇〇八八年十一月二十日・北米「ニューヤーク市近郊」】
カラバという組織には、地球連邦軍を示す錨印、ティターンズの「鷹」のような記章はない。勿論、反地球連邦へと下った際の、錨の消し後のようなものはあるが。
カラバ・エア・フォース──カラバ空軍第十九飛行小隊を意味するその刻印より、元々あった連邦章を消すことの方が抵抗があった。
ティターンズ、ネオ・ジオンとの連戦によって、エゥーゴ同様疲弊したカラバへ、停戦に引っ掛からない形で増援を送る。
先日発表されたらしい、ネオ・ジオン地上軍撤退に間に合わなかった、或いは応じなかった残敵を先んじて潰し、戦後のカラバのお株を奪う。
どうも再び占領下に置かれた、ニューヤーク市民を解放するため、というだけでもないらしい。
しかし、それもそうだ。
ジオン本隊は宇宙港の新設された、ケープ・カナベラル基地を攻撃中らしく、地上軍司令部が撤退を決意した今、大都市とはいえ占領を維持するとも思えなかった。
尤も。つい先日でさえコロニーを落とし、何ら罪のないダブリン市民を虐殺したジオンだ、人質を取らないとも限らないだろう。
『第十九小隊へ。こっからは無線は使えなくなるぞ』
そんな連邦軍司令部の思惑の一部や、ジェイムスが来る前の連邦軍──一年戦争終盤における、各部隊の点数稼ぎ等の因習を教えてくれた、新たな上司が呼び掛けてきた。
彼自身は通信設備の強化がなされた、専用のブラッド・ハウンドに収まっている。本人が残念そうに語っていた通り、ビッグ・トレー級は来なかったらしい。
「リリパッド了解。ガリバーは……」
『私もオッケーだよ、ジム‼︎』
右耳からの応答を聞き、左耳の声へと訂正して伝える。
過保護に異議も唱えたくもなるが、どうせ返答は
それよりも、今はこの自由を満喫していたい──今のここには特務の監視も、歪んだ望郷の哀愁もない。
やはり、
「ジムって、
接続飛行中を現すド・ダイ改と映る、強化されたジム改のシルエット。
ジェネレーターやバックパック、肩部、脚部までもが一新されたそのホログラムを見、ジェイムスは毒づく。
『ガリバーって、なんか呼びづらいんだもん。それに私もガリバーは嫌だし』
箱のような形態で近くを飛ぶ、その巨体らしからぬ発言である。
しかし歳、声相応の少女と見ると、それは相応の意見でもあった。
「じゃあ、なんて呼んで欲しいんだ」
『……フレイヤっ‼︎』
彼女は嬉しそうに出力を上げ、夜空に咲く筋をより強く煌めかせた。
ジェイムスもド・ダイの出力だけでなく、自らのジム──ジムⅢ用パーツを各所に付けた、ジムⅢ改のスラスターにも火を吹かせた。
──なかなかどうして、彼女も頭が回るようだ。
今の加速は癇癪ではない。事実、
『ナミカーさんが付けてくれた名前だから。大切にしたいな、って』
ミノフスキー濃度が高まる中、フレイヤのその言葉だけはハッキリと聞こえた。
◇◇◇
「少佐、おやめください!」「サイコには近づくなと上層部が……‼︎」
サイコガンダムのクレーンを降りると、先とは違う足音が響いた。女物の靴ではない。
それでいて、自分らのような兵士とも違う。上品な軍靴の足音だ。
「それはコックピットん中の問題だろ⁉︎」「違うったら…!」
部下らしき男を怒鳴りつけた男は、やや泥らしき汚れが見えるものの、きちんと将校服を着こなしている。恐らくに、ここの基地の者でもなければ、ニタ研の関係者でもないのだろう。
ジェイムスは何となく意図を察して、彼の部下に軽く手振りをした。どうやら「任せてくれ」と巧く伝わったようだ。
しかし上司の方はといえば、そう不安そうに去っていく部下には構いもせず、むしろ清々としたと言ったような表情である。
「すまんね、言っても聞かんもんで」
「多分、余計なことしたら銃殺ですよ。ジューサツ」
一瞬きょとんとした顔をするも、次の瞬間には白い歯を見せた。
お堅い将校服に似合わず、豪胆で豪快な性格のようだ。
襟元に「少佐」の階級章、胸のプレートには彼の名前だろう、ロバート・ヒッカムの文字が見えた。
「聞いてはいたが、予想以上だな。ヒッカムでいい、ジェイムス
「彼女の言葉が正しければ、今は大尉、らしいですよ」
ジェイムスは遠くにいた彼女を見つけ、こっそりと指差した。
そもそもとして、コーネル自身が腕を組み、足先を鳴らしながらこちらを見ていたのだ。指を差そうが文句は言うまい。
ヒッカム少佐は横目にだけ見て、何が面白いのかまた笑う。
「どうやら俺は、よっぽど信用がならんらしいな。まあいいか」
「で、ここには何の様なんです? 少佐殿」
手厳しいな──片手で制帽のツバを下げると、苦笑交じりにヒッカムが呟く。
手隙であるはずのもう片手には、何やらバスケットが握られていた。
ちょうどコーネルが持ってきたような、小物などが詰められる日用品である。
「どうにかアレのパイロットにも頼むよ。何、変な物なんざ入っちゃいない」
木籠をそのまま手渡され、恐る恐る中身を覗いてみる。軍用糧食というのは何となく分かるが、今までに見たことのないラベルだ。表記も少々豪華であり──牛をデフォルメ化した絵の横には「一〇〇%オリジナル」の文字が踊っていた。
今や嗜好品の域となった(軍による「余計な栄養調整」のなされていない)本物の
「MS戦が戦場の華となった以上、パイロットが一番食べるべきだ。無論歩兵や通信科、整備班や補給班のような映えない者たちにも同様の扱いをしてやりたいが」
さりげなく腹を摩りながら、駐機しているミデアを彼は眺める。
その頃になってジェイムスはようやく、レーションにある「指揮官用」の文字に目が留まった。
なるほど。サングラスを掛けてパイプを咥えた、牛のようなキャラクターが敬礼をしているのは、どうやらそういった意図らしい。
「ま、これは俺の善意であり、秘密ってワケだ」
絵のようなバイザーこそ掛けてはいないが、まさにレーションの指揮官のように、ヒッカム少佐はタバコを蒸す。北米の秋は早朝であれば、十度を下回ることも珍しくはない。
だが、同じ白い息でも火気を伴う。ジム改のある格納庫の方──作業現場から出てきたのは、そういった理由もあるのだろう。
お互いにサイコの足元に座り、煙の行く先や虚空を見つめる。
「大変な、二年間だったそうじゃないか」
「現在進行形で、ですがね」「……言うねえ」
ヒッカムは再び苦笑を混ぜて、躓いたように顔を揺らす。わかりやすく、今の言葉にダメージを受けたらしい。
更なる面倒に巻き込んだ御礼、そんな
「ま、キミを護衛役に抜擢したのは、私でなく上層部の方なんだ。だが、あの戦闘は私も見ていた。後方のホバー・トラックでね」
吐き捨てるような言い方然り、あくまでビッグ・トレー級のような、マトモな大部隊指揮車両ではなかったことにご立腹のようだ。
しかし、そこまでの口調はひどく機嫌が良く、皮肉のつもりにも思えない。アンダーグラウンド・ソナーから推察したのか、あるいはといった手段は謎だが「見ていた」ということに嘘はないのだろう。
カートンから二本目を取り出す頃には、やはり上機嫌に戻っていた。
「命令がなければ私が推薦していたところだ。本物だよ、君の腕は」
「しかし、自分は」
謙遜ではない。事実である。
基地の四隅にまとめられた、ザクだのジムだのの残骸の山。
格納庫の中に残ったただ一機、自らのジム改を順々に見つめ──ジェイムスはヒッカムへ、見開いたその目を即座に向けた。
「人にはな、やれることとやれないことがある」
ジム改に施されていた作業は、最早修繕や補習でもない。
見覚えのないバックパックが、肩部が、脚部が。元々のパーツから換装されていた。
それは一年前に対峙した、アウドムラの「白いヤツ」にも似た出で立ちであり──。
「だからこそ、俺はその『できること』ってもンの手伝いをしたいのサ」