✝
想像、妄想の類
ここはトリニティ総合学園。キヴォトスにおける三大学園の一つ。その敷地内の一角にある聖堂には、様々な人が訪れる。
今日もまた、悩みを抱えた迷える羊がやって来た。
こんにちは。今日はどうされました?
「私は見てはいけないものを見てしまいました」
私たち教会とシスターは、ここで話された内容を口外することはございません。
安心して胸の内を吐き出されて下さい。
それで、見てはいけないものとは?
「はい。
あれは、この前の休日のことです。
私は校外に出ていました。街中を歩くのが好きで、特に趣のある路地や建物を探したりします。そんなとき、ふと気になって路地裏へ入ってしまいました。何か声が聞こえたような気がしたのです」
路地裏は危険です。無闇矢鱈に入ってはいけませんよ。
「はい、そのとおりでした。
奥の方に足を進めると、声が聞こえてきました。何か争っているようでした。きっと、その時に来た道を引き返せば良かったのです。
しかし好奇心に駆られ、私は喧騒の方へと向かってしまいました。
次第に声は明瞭に聞こえてきました」
キヴォトスは結構治安が悪い。それはもうすこぶる悪い。
生徒たちはとても頑丈で、銃や爆弾で死ぬことは無い。とは言え、痛いものは痛い。挨拶に鉛玉のプレゼントは普通しない。
治安の終わっている街の路地裏に入るとどうなるのか。
答えは、カツアゲされる。
不良達に囲まれ、金目の物を剥ぎ取られるのだ。そして、よく鴨にされるのがトリニティ生だったりもする。
しかし、今回は違ったようだ。
不良生徒、スケバン達は今日もカモを探していた。そして目を付けたのは修道服の少女。
「おっと、どこに行くのかな」
「帰りたければ、金をだすんだな!」
少女の前に飛び出し、銃を突きつけ、進路と退路を塞ぐ。
しかし、いわゆるカツアゲという状況に陥っても、脅している生徒は何の変化も見せない。
「おいくら欲しいのですか?」
少女は聖母のような笑みを絶やさずに、慈悲深い瞳でもって、懐から財布を取り出した。
「全部だよ、全部!」
脅しているはずなのにその姿から、こちらが憐れみを受けているような気がして苛立つスケバン達。
はいどうぞと、財布からクレジットを取り出して、てきとうに放り投げる。
そんな行動がトリニティのシスターから繰り出された事に、面々は思考が止まった。
「‥‥‥こ、こんの、クソシスターッ! 馬鹿にしやがってっ!」
「このやろ、一回痛い目に遭わないと分からないみたいだな!」
「家に帰れると思うなよ。人質としてせいぜい丁重に扱ってやるからな」
1人が提案した。その場で金を払ってもらうより、得られる金額が大きいからだ。なにより、地面に落ちたお金を、脅した相手の前で拾い集めるなど惨めで、プライドが許さなかった。
皆が騒ぎ立てる中。
「はぁ”ぁ”ぁぁぁーーー」
誰かの深い溜息が響き渡った。
幸い、それは誰のものかすぐにわかった。
渦中のシスターだ。
「てめぇ、自分の状況分かってるのか?」
人質となるシスターの、怯えることも、焦ることもしない、しまいに溜息までつく始末。そんな態度は、スケバン達の怒りを引き起こした。
それでもシスターは態度を崩さずに、次なる言葉を放った。
「せっかく私が慈悲を与えたのに、其れを拒否なさるなんて、なんて愚かな」
「あ”あ”ぁん?」
「それを拾わないのですか? 貴女達の欲したお金ですよ」
そう言って足下を指さす。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「拾わないのですか?」
一向に動かない彼女たちにもう一度、指をくいくいと下を向け、散らばったクレジットを示す。
その動作で、不良達は怒りの限界に達した。
「‥‥‥‥クソ尼、無事で帰れると思うなよ」
おそらくリーダーのドスの効いた声と共に、周りの不良達は銃を構え始める。
「なるほど、それが貴女達の答えなのですね。残念です」
本当にシスターは残念だと思ったのか。その口角は上がっていて、むしろ悦んでいるように見えた。
「やっちまーー」
ズガガガガガッとマシンガンが火を吹き、ショットガン、サブマシンガンもそれに続く。
ことはなかった。その代わりに、鈍い銃声が響き、リーダーの頭が仰け反って崩れ落ちた。
「あら、何か仰りました? 途中までしか聞けなくて」
これが聖職者のやることか。この場の全員はそう思った。
「クソっ、撃て、撃てっー」
「煩いですね。おや、ここに丁度いい盾があります」
そう言って手にしたのは、先ほどセリフをぶった切られた生徒。
これはもう、聖職者であるとか以前に、人としてどうかしているとしか言いようがない。
「腐れシスター!」
「外道め!!」
「あら、威勢がいいですね」
罵倒もなんのその。
人を盾に制圧していった。
片手に持っているのは、ハンドガンにしては大口径なもの。カスタムされたパーツは鈍い金色に輝いている。
ドンッ
まるで大砲のような音。
「うぎゃっ」
ズドンッ
「うっ」
銃声一つに人1人が倒れて行く。
「くそぉー」
相手はハンドガンに対し、こちらは様々な火器が揃っていながら、粛々と制圧されてゆく現状にヤケになる生徒もいた。
そんな生徒に一切の躊躇いもなく、撃ち抜く。
乱射されても、盾(生徒)を使って捌いてゆく。
気がつけば辺りは死屍累々。死んではいないが、気絶した不良達が散らばっていた。
「‥‥‥‥ん、ぁ、どうして寝てたんだ、、、はっ! あのクソシスターッ!!」
盾が目を覚ました。リーダーなだけあり、他の不良よりかは強いようだ。
「あら、お目覚めですか? もう少し寝ていれば良かったものの」
「おい! お前た、ち、、、?」
攻勢にかかろうとしたが、周りの現状を見て意気が窄んでしまう。
「このっ! っ!!?!?」
「汚いその口を閉じろ」
銃口を額に突きつける。
凍える声音は、いつもの笑顔から放たれた。そのチグハグさがさらに恐怖を煽る。
「ひっ、わ、悪かった。謝るから許して」
「いいえ、赦しはありません。残念ですが今日は神が不在です」
パァン
「っっ!!!」
「おや、まだ意識がありますか」
「やっ、やめっ」
懇願は無慈悲に。
銃口が溝尾に向く。
パァン
「うっ!」
「しぶといですね」
パァン
「ぃやっ、嫌っ。痛っ」
パァン
「‥‥‥‥」
「ようやく静かになりました。あら、失禁されてしまいました」
恐怖で涙と鼻水と何かでぐちゃぐちゃになった顔の生徒が気を失った。
その姿に、見ているだけで怖くなりました。
早く戻ろうとしましたが、恐怖でてんぱってしまった私は、物音をたててしまったのです。
カツン
「誰だっ!!」
銃口がこちらを向いたと思います。そんなことを確認する間もなく私は駆け出して、その場を後にしたのです。
それは、大変な思いをしましたね。大丈夫です。今後気をつければ良いのです。ですが、あまり暗い場所へ1人で行くものではありませんよ。
‥‥‥‥それで、見てはいけないものとは、一体何ですか?
「‥‥‥‥はい。
どうかご内密にお願いします。
覗き見ていて気が付きました。そのシスターの正体は、伊落マリー様だったのです。
私はこの事を本人に、あるいはシスターフッドに伝えるべきか迷っていました」
‥‥‥‥‥‥‥」
「はー。スッキリしました。
‥‥‥あの、シスター?」
「そのシスターの声って‥‥‥‥こんな声じゃありませんでしたか?」
「え?」
あの底冷えるような声。路地裏で聞いた声。それが、仕切りの向こうから響いた。
「あっ、、あ、ぁ、、、あっ」
冷やせが顔、背中から出て、喉が一瞬で干上がる。
「覗いていたのは貴女でしたか。ふふっ、わざわざご足労ありがとうございます。おかげで探す手間が省けました。
しかし、どうしましょう」
顔や表情が見えないが、威圧感が伝わってくる。
「あっ、ありがとっ、とう、ございました。私はっ、っここの後、よ予定があるので、おお暇ささせてぃいただきます」
呂律が回らない。
「ええ、 もちろんー」
不条理はこの世にいくらでもある。
「‥‥‥駄目です」
「へ?」
パァーン
「ぁがっ!」
私の逃走と、意識はそこで終わった。
「 Rest in peace.」
思いつきにて