オルフェーヴルとの日常の日々 短編集   作:トマリ

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オルフェーヴルがトレーナーを賭けて勝負する話

 

 ────切っ掛けは、単純なものだった。

 

 季節が秋から冬へと変わり始める頃。とはいえ善戦している太陽のお陰で時期の割には暑過ぎず寒過ぎずの気温となっているような、そんなある日の昼休み。

 

「なんだそれは」

 

 とある教室にて。たてがみのような髪を揺らす、天上天下唯我独尊ウマ娘であるオルフェーヴルは怪訝そうな声を上げていた。彼女の眼前には、スマホの画面がある。

 

「おいおい、急に視力が悪くなっちまったのか?」

 

 オルフェーヴルの対面に座っているスマホの持ち主は、この時期には暖かそうなグレーのニット帽を被った鹿毛のウマ娘、ナカヤマフェスタだった。スリルを求める勝負師という、オルフェーヴルとはどう考えてもジャンルが違うウマ娘でありながら、不思議とウマが合っている人物である。

 そんな彼女が出し抜けにスマホを見せてきたというのが今の状況なのだが……果たしてそこに映っていたのは、

 

「見ればわかるだろ?茶漬けだ。アンタと、アンタの姉が好物のな」

 

「見ればわかる。余が聞いているのは、何故それを余に見せるのかということだ」

 

 腕を組み目を細めるオルフェーヴル。……彼女とその姉、ドリームジャーニーが大のお茶漬け好きというのは一部の者の間では有名な話であり、(主にジャーニーが)様々な商品を試すことや新しい食べ方の開発にも余念がない。中でもナカヤマフェスタの地元にある茶漬けはお気に入りの内の一つらしく、ジャーニーが彼女の元に届いた物を引き取りにくるのもよくあることである。

 

 ナカヤマフェスタはそんな姉妹と地元との仲介業者のような役割を担っているのだが……

 

「またアンタの姉に茶漬けを頼まれたから昨日地元に連絡してたんだがな、その時に……詳細は言えねぇが、あるルートからこの茶漬けを仕入れたと聞かされた」

 

 ニット帽を被り直しながら言う。確かに映っていたお茶漬けは、オルフェーヴルたちがいつも食べているものとは違っていた。

 

「ただの茶漬けじゃねぇ。普段アンタらに渡してるのとは1ランク……いや、2ランクは上の高級品だ」

 

「ほう」

 

 一瞬だけ、オルフェーヴルの尻尾が波打った。その動きをナカヤマフェスタは見逃さない。

 

「せっかくだからこっちも送ってやるって地元の奴らは言ってたんだが……私はアンタらほど茶漬けに興味があるわけじゃねぇから、正直送られても困るって部分はある」

 

「…………」

 

「ま、どうせならそれの価値をちゃんとわかる奴に食ってもらった方が、茶漬けも本望ってヤツだろ。で、私が知る限りこれを一番喜びそうなのはアンタら姉妹だ。だからこれも追加でアンタらに渡すってのは別にやぶさかではねぇ。……やぶさかではねぇ、が」

 

 そこでナカヤマは唇の片側を吊り上げた。

 

「かといって、当初の取り引きにはなかったブツを無条件でオマケに付けてやるほど、私はお人好しになった覚えもねぇな」

 

「ほう」

 

「賭け金は手に入った。そして目の前には暴君。なら、やることは一つだろ?」

 

「なるほど。つまり貴様は」

 

 フェスタの言葉に、さっきよりも強くオルフェーヴルの尻尾が動く。上げた声には、明らかな悦びの色があった。

 

「この王に、勝負を仕掛けるというのか。とんだ身の程知らずよ」

 

「受けるも受けないもアンタ次第だぜ?アンタが受けねぇなら、この高級茶漬けはゴルシにでも送っといてやるよ」

 

「面白い。その豪胆さ、乗ってやろうではないか。存分に余を楽しませてみせよ」

 

「そうこなくっちゃな」

 

 ひとしきり笑い合うと、ナカヤマは用済みになったスマホを懐に仕舞って入れ替わりに長方形のプラスチックケースを取り出した。そのケースを開けると、中にあった二枚のカードを指で挟み込む。

 

「ソイツが持ってる勝負運ってのは、案外簡単なゲームで測れるもんだ。時間は有限だからあんま時間を掛けた勝負にするわけにもいかねぇし。なら、ここは純粋なトランプゲームの────」

 

 ナカヤマは挟み込んでいたカード────普通のジョーカーと予備のジョーカーを除外するように机の端に置いた。

 

「『ブラックジャック』でどうだ?」

 

「貴様が好きに決めろ。見苦しく言い訳をされては興醒めだ」

 

「ハッ、そりゃお互いにだな」

 

 ブラックジャック。ポーカーなどと並んで、トランプでは比較的定番のゲームだ。

 一応簡単にルール説明をすると、最初に配られる二枚のカードとそこから追加で引くカードの数字を足して21を目指すことになる。ただし数字の合計が21を超えるとその時点で負け。尚、ジョーカーは除外され、JとQとKは全て10、Aは1か11として扱われる。

 

「とはいえ……せっかく王であるアンタとやるんだ。普通のブラックジャックじゃつまらねぇ。だからいくつかルールを変えてぇんだがどうだ?」

 

「好きにしろ」

 

「そんじゃあまず、引けるカードは三枚までだ。それで、本来のブラックジャックはお互いに二枚ずつカードを配られてそこからどうするかを決めるんだが……それを片方のプレイヤーが一度にやるってのはどうだ?要するに、片方のプレイヤーが二枚目か三枚目まで引いて合計値が確定してから、もう片方のプレイヤーが一枚目を引くってわけだな。そして引いたカードは公開する。その方が面白いからな」

 

「構わん」

 

「ならもう一つだ。カードを引く時は……こんな風に横一列に並べられたカードから選んで取る。山札の上の選ばれた一枚を取るより、この列の中から直感を頼りにカードを選び取る方が、よりヒリつくだろ?」

 

「いいだろう」

 

 素直でいいねぇそうこなくっちゃ、とナカヤマフェスタはニヤリと笑い、ジョーカーの欠けたカードの束を淀みない手付きでシャッフルしていった。

 イカサマを疑われないように、カードがしっかり混ざるように、入念に。合間にはリフルシャッフル(トランプの山二つをV字形に曲げてから一枚ずつ重ねていくシャッフル)までしていた。

 

「……して、貴様は何を望む?」

 

 そんな中、唐突にオルフェーヴルが言葉を発した。ちょうどシャッフルを終えた頃だったのもあり、ナカヤマは「どういう意味だ?」とカードの山を彼女に渡す。

 

「知れたこと。賭け事とは、同一の価値のものを賭けてようやく行われる。貴様が賭け金を用意するならば、余も同額を出す。……貴様は何を望む?」

 

 なるほど、と彼女はオルフェーヴルのシャッフルを眺める。

『賭け』とは公平に行われるもの。片方が賭けたならば、もう片方が賭けないということは許されない。

 それは『気遣い』とか『律儀』ではなく『掟』だ。勝って何かを得る以上は、負けて何かを失わなければならない。

 

 でなければ賭けは盛り上がらない。

 

 それを理解しているからこそ、ナカヤマフェスタは顎に手を当て考える。

 

 ────さて、何を奪えば目の前の王はヒリついてくれるか。

 

 目の前のシャッフルと同じぐらい素早く頭を回転させるが、中々良い案は浮かばない。

 思考を纏めるときは、なるべく雑念となり得るものが視界に無い方が良い。そう思いナカヤマが王から視線を外して廊下の方を見た、まさにその時だった。

 廊下側の窓から見えた光景に刺激された形で、彼女の脳裏に圧倒的閃きが走った。

 

「……なぁ。アンタに賭けてほしいもの、決まったぜ」

 

「なんだ。早く答えろ」

 

 目を向けずに言うオルフェーヴルに対して……ナカヤマフェスタはどこか、イタズラ小僧のような笑みを浮かべていた。

 

「私が勝ったら、アンタのトレーナーをもらおうか」

 

 ピタ、とオルフェーヴルの動きが止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────じゃあ、もう一回確認するぜ?」

 

 トランプの束を持っていない方の指を立てナカヤマフェスタが言う。

 

「勝負は一回きり。内容はブラックジャック。アンタが勝てば私はいつもの茶漬けに加えて高級茶漬けもアンタに渡す。私が勝てば────」

 

 立てた指をそのまま横にして、彼女は自分とオルフェーヴルに挟まれる形で机の一辺に立っている男性を指差した。

 

「────そこにいるアンタのトレーナーはアタシがもらう。それでいいな?」

 

 その言葉を受けてもオルフェーヴルは腕を組んだまま黙っている。反応したのはむしろ……というか当然そのオルフェーヴルのトレーナーの方だった。

 

「いや良くないけど!?ちょ、どういうことオルフェーヴル!?何がどうなって……僕はナカヤマフェスタのトレーナーになるの!?え、クビってこと!?」

 

 紆余曲折あってオルフェーヴルの担当トレーナーとなった彼は、いつもオルフェーヴルと接している時のようにあたふたと冷や汗を流していた。

 昼食を終えて廊下を歩いていたら急にナカヤマフェスタに引っ張り込まれてこの状況なのだ。無理もないだろう。

 しかし彼の担当ウマ娘であるオルフェーヴルは一向に答えようとしない。代わりにナカヤマフェスタがどうどうと宥めてくる。

 路地裏に連れてかれて何をされるのか、と色々アングラな想像をしてしまいトレーナーは背筋を震わせる。助けを求めるように担当ウマ娘の方を向くと……その祈りが通じたわけではないだろうが、だんまりを決め込んでいたオルフェーヴルが不意に顔を上げた。

 

「……何故」

 

「ん?」

 

「何故、貴様が余のトレーナーを欲しがる?」

 

「そりゃ決まってんだろ」

 

 愚問だ、と言わんばかりのナカヤマフェスタ。

 

「世間に名が知れてる『暴君』を担当してるトレーナーと街に繰り出せるんだぞ?これほど楽しくてワクワクすることがあるか?私が案内してやるのも良いが、コイツのお出掛けプランを見るのも良いな。暴君のトレーナーが普段どんな場所へ通っているのか、純粋に興味もある」

 

「いやあの、すごいのはあくまでオルフェーヴルであって、僕自身はただの凡庸な新人トレーナーなんだけど……」

 

 自信が無い問題に挙手をする時のように弱々しくトレーナーが口を開く。だがそれを無視して、ナカヤマフェスタは「それに」と……ウマ娘にしか聞こえないぐらいの声量で続けた。

 

「まぁ、本当の理由はもっと単純だ。コイツを賭ければ、アンタはよりヒリついた勝負をしてくれると思ってな」

 

「────」

 

 その言葉を聞いたとき。

 オルフェーヴルの表情が、変わった。それは顕微鏡で見比べてもわからないような極々微細な変化だっただろう。しかし、確かに変わっていた。

 

「……よかろう。受けてやる。余が負ければ、コイツは一日お前にくれてやろう」

 

「えぇ!?ちょ、オルフェーヴル……!」

 

 トレーナーは猛抗議しようとしたが……オルフェーヴルの目を見ると、ふと止まってしまう。

 

「貴様は、余が負けると思っているのか」

 

 ……彼女の目は、いつものとはどこか違っていた。上手く言えないが……視線自体はいつも通りの鋭いものなのだが、どこか内包する成分が違うというか……。

 オルフェーヴルの視線と自分の視線を数秒ほど絡ませ、トレーナーはんとなくそれを感じ取った。

 

 二人の間で僕の人権はどうなってるの??

 

 喉元まで出かかった言葉をグッと飲み込み、トレーナーは素直に賭けの対象役と審判役を務めることにする。

 確かにオルフェーヴルの言う通りだ。レースはもちろん、このようなゲームであろうとも、オルフェーヴルが負けるところなど想像できない。だから、トレーナーが慌てる必要など最初からなくただどっしりと構えていれば良いのだ。

 

 ……本当は理由の大半は、既にここまで盛り上がっている勝負に今更水を差そうものならどんな目に遭わされるかわかったものじゃないからなのだが。

 何はともあれ、こうしてトレーナーの人権が賭けられたカードゲームが、オルフェーヴルとナカヤマフェスタの対戦カードで始まったわけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公平を期すために二人がシャッフルした山札をトレーナーが更にシャッフルする。その間に二人はコイントスをしており、結果ナカヤマフェスタが先行に決まったようだった。

 

「じゃ、山札頼むぜ?」

 

 ナカヤマフェスタの言葉に頷くトレーナー。ここで詰まると二人の勝負の出鼻をいきなり挫くことになるとトレーナーは緊張したが……カードは無事に横一列に綺麗に広げられた。

 

「じゃ、まずは私からだな」

 

 脳内だけでゴング音が鳴ったと同時に、ナカヤマフェスタが一歩前へ出る。

 

 横一列に広がったカードに添って、彼女の黒目が吟味するように右から左へと動いた。当然、見つめていれば絵柄が透けるなんて細工はあるわけがない。

 

(……とはいっても、一枚目ではあんまり悩む要素ないような)

 

「『一枚目で悩んでも仕方ない』……みたいに思ってるか?アンタ」

 

 考えてたことをほぼ言い当てられて肩が震える。見れば、いつの間にかナカヤマフェスタはニヒルに笑っていた。

 

「甘ぇな。私から言わせりゃ、この時点で勝負は始まってんだよ」

 

 同意するようなオルフェーヴルの視線を後頭部に感じながら、トレーナーはナカヤマフェスタがカードを選ぶのを見守る。やがてナカヤマフェスタは横一列のカードの、彼女から見て右側にあたるカードを取った。

 

 表にされたそれは……クラブのJ。つまり10だ。

 

「ハッ、幸先が良いが……重要なのはこの後だ」

 

 言葉と共に数秒ほど考えた様子を見せると……ナカヤマフェスタはそのカードから六枚ほど隣に位置するカードを取った。

 

 数字は……ダイヤの8。

 

「……デカいのが続いたな。こりゃ」

 

 ニット帽からはみ出ている髪をカリカリと掻くナカヤマフェスタ。その横でトレーナーも考え込む。

 現在の合計は18。これでも充分勝負できる数だ。むしろこれ以上引くと21を超える確率の方が遥かに高い。

 

 なれば当然────

 

「当然、もう一枚だ」

 

「へっ!?」

 

 当たり前のように発言したナカヤマフェスタに審判役のトレーナーが驚いてしまった。

 

「ひっ……引くの!?ここから!?」

 

「はぁ?当たり前だろ」

 

 声を震わせるトレーナーに、ナカヤマフェスタはむしろ彼の方がおかしいのではと言うような呆れた顔をしている。そしてオルフェーヴルも、同様の色を滲ませた目で見てきていた。

 

「3を引けば21に行けるってのに、引かない理由がどこにあるんだよ。ギリギリを攻めてこその賭けだろうが。それに相手はあの暴君だ。これぐらい通さないと勝てねぇ」

 

 唖然としてしまうトレーナーに彼女は「まぁ見てな」と笑いカードに視線を戻す。……その顔は、今日のどの瞬間よりも爛々と輝いているように見えた。

 心底つまらなさそうにカードから手を離すナカヤマフェスタ。急いで描かれている数字を見てみるとそれは……クラブの2だった。

 

「えっ……3以下を引いた!?すごっ!?」

 

「すごくねぇよ。ここで3を引けねぇ時点で、私もまだまだだな」

 

 離したカードと入れ換えるようにして棒付きの飴を取り出すナカヤマフェスタ。

 ……と、あまりの豪運についトレーナーもテンションが上がってしまったが、これでナカヤマフェスタが勝利にかなり近づいた。普通にオルフェーヴルはピンチの状態である。

 

「お、オルフェーヴルっ……どうすんのこれ……」

 

「おい」

 

 アングラな世界が目の前まで迫ってる、とトレーナーが訴えようとした時、遮るようにオルフェーヴルが声を発した。彼女は腕を組んだまま、真っ直ぐにトレーナーを射貫いている。……その表情はいつにも増して仏頂面であり、とても感情を読み取ることはできない。

 ……そういえば、勝負が始まってからオルフェーヴルはやけに口数が少なくなってるなと思っていると、オルフェーヴルは広がっているカードを静かに顎で示した。

 

「左端と、そして真ん中から二つ右だ」

 

「へ?」

 

 思わずトレーナーが聞き返してもオルフェーヴルは表情を変えぬまま、

 

「左端と真ん中から二つ右だ。貴様が取れ」

 

「あっ、は、はいっ!」

 

 ようやく命令されたのだと理解しほぼ反射的に返事をする。トレーナーはオルフェーヴルの側に回ってすぐさま指定のカードを取った。

 それを見たナカヤマフェスタが眉を潜める。

 

「おいおい即決かよ。まさかとは思うがアンタ、全部を運否天賦に任せてんじゃねぇよな?あくまで自分の直感で選ばねぇと賭けの意味がな────」

 

「『運』など余には必要ない」

 

 何の思考も躊躇もなく。

 オルフェーヴルはトレーナーが取ったカードを受け取ると、外野が心の準備をする暇もなくあっさりと表にした。

 

 そこにあったのはそれぞれ────スペードのKとハートのA。

 

「……えっ?」

 

 トレーナーの目が点になる。オルフェーヴルが引いたカードはKとA。それぞれ10と11だった。これはつまり……

 

「ぶっ……『ブラックジャック』だと!?マジかよっ!?」

 

 棒付き飴を吐き出しかねない勢いで前のめりになるナカヤマフェスタ。

 ブラックジャックにおける『ブラックジャック』。最初の二枚が10点札とAだった場合に起こる特別な役。揃えばその時点で────仮にこのルールにおいてさっきナカヤマが三枚目で合計を21にしていたとしても────問答無用でオルフェーヴルの勝ちだ。

 称賛を通り越して、トレーナーは口許に手を当て絶句してしまう。ナカヤマフェスタも同様の様子で冷や汗を流していた。

 

「まさかここでその役を引き当てるとはな……なんつー豪運……!」

 

「『運』など必要ないと言っておろう」

 

 心臓に直接響くような言葉。声がした方では、オルフェーヴルは既に勝負がついたにもかかわらず何故か三枚目のカードを引いていた。

 

「何故なら、王の道は運ではなく『必然』によって成り立っているからだ。故に王は間違えぬ。迷わぬ。余が動けば、それだけで余の正しさは証明されるのだから」

 

 一片の迷いも含まない声音で言いながら、オルフェーヴルは新たに選び取った一枚を表にした。

 

「あとは『世界』が余についてくればよい」

 

 そこには……ダイヤのKがあった。

 

 ブラックジャックにおけるAは1か11として扱われる。もしAを11とすると合計が21を超えてしまう場合には、Aは1として数えることになるのだが……。

 10と1と10。仮にAを1として数えた場合の三枚でも、合計は21ピッタリとなっている。

 オルフェーヴルの完璧な勝利だった。

 

「マジかよ……完敗だなこりゃ。どうやら私は、起こしちゃいけねぇモンを起こしちまったらしい」

 

 悔しさを文字通り噛み締めるように、ナカヤマフェスタはガリッ、と口の中の飴を噛み砕いた。だが飴を潰していく度に、その顔には次第に炎が燃え上がっていく。

 

「ハッ……いいねぇ。これがアンタの実力ってわけか。いつか負かす時が楽しみだぜ」

 

「……余の力を目の当たりにして尚折れぬ闘志は認めてやろう。次の時まで、牙を研いでおけ」

 

 勝負が決着し敗者となった者の務めか、薄く笑いながらナカヤマフェスタは散らばったカードを纏めていく。その間にオルフェーヴルはさっさと背中を向けた。

 

「賭けの内容、覚えているであろうな?」

 

「もちろんだ。今度、アンタの姉がいつもの茶漬けを取りに来たとき一緒に渡すってので良いか?」

 

「よい。……それと」

 

 先の話題とは明確に分けるように発された言葉。それにナカヤマフェスタはつい腕を止めてしまう。

 

 窓からの風にたてがみのような髪をなびかせながら、王は静かに宣告した。

 

「今後は、余のトレーナーを賭けに使うことは余が認めん。わかったな」

 

 それだけ言い残すと、勝負を終えた彼女はさっさと教室を出ていってしまった。その後ろを未だ衝撃が抜けきってないらしいトレーナーが『ちょ、オルフェーヴル!?』と追いかけていく。……律儀にナカヤマフェスタに頭を下げてから。

 

 まるで嵐が過ぎ去った後のように。

 人がいなくなり、教室は急速に温度が下がったような感覚がした。

 

「……自分を賭けようとした奴に律儀に頭下げてんじゃねぇよ、ったく」

 

 ナカヤマフェスタは短く息を吐くと、トランプをプラスチックケースに戻し、二本目の棒付きの飴を取り出す。

 それからまたゆっくりと頭を回転させた。

 

「……さて。次はどうやってあの実力を引きずり出すか」

 

 舌で撫でた飴は、仄かなストロベリーの味がした。

 

 

 

 

 

 

 

 





この話でpixivに上げていた分は終わりです。
ここからは新しい話が書ければ追加していく感じになります(超スローペースでしょうが)。


ここまで読んでくださった方がいれば、ありがとうございます。

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