事の発端は鹿目まどかが、志筑仁美を見かけた事から始まった。一緒に帰ろうと声を掛けようとした所である事にまどかは気付いたのだ。首筋に特異な模様が浮かんでいる事を。マミが以前助けた投身自殺しようとした女性に付いていた魔女の口付けという奴だろう。
尚、タトゥーという可能性はまどかの脳内には全くなかった。性格と育ちからして有り得ないし、そもそも学校にばれたら退学モノである。
「仁美ちゃん? ねぇ仁美ちゃん?」
仁美の前まで駆け寄って、声を掛けるが目の焦点が合っておらず、上の空。一体何事かと思い、まどかは仁美の両肩を掴んで、揺らしてもう一度彼女を呼んだ。
「仁美ちゃん、どうしちゃったの仁美ちゃん!」
まどかの必死の呼びかけが功を奏したのか、仁美の目の焦点が合い、まどかの姿が彼女の目に映った。
「あら、鹿目さん。ごきげんよう」
「ねぇ、何処に行こうと……!」
「何処って……ここよりずっと素晴らしい所。ですわ」
まどかの質問に恍惚とした表情で答える仁美。この状況に不穏さを感じたまどかはどうすれば良いのか考えるべく頭をフル回転させる。
「そうだ、鹿目さんも是非ご一緒に。えぇ、そうですわ、それが素晴らしいですわっ!」
まどかの意志を聞くことなく仁美は早歩きで何処かへと向かっていく。見失う訳にはいかないとまどかは携帯でいつでも連絡できるように、用意しておく。周囲を見渡すと数人の人々が仁美と同じ方向へ、ふらりふらりと歩いて行く。彼らは例外なく眼が虚ろでまるでゾンビのようであった。
彼らは引き寄せられるかのように小さな廃工場へと向かっていく。恐らくそこに集まっていくのであろう。念の為仁美に確認してから、まどかは内容を悟られないように手で口を覆いつつ携帯電話で光実に助けを求めた。
因みにマミを呼ぼうとは一瞬考えたが、マミが打ち明けてくれた話を思い出すと呼ぶに呼べなかったので取りやめた。
光実は居場所を聴いてから直ぐに電話を切ると、背後から自分の肩が軽く叩かれている事に気付いた。誰だろうか。光実にしては早すぎると思いながら背後を向くと、部活帰りらしい、重そうなバッグを持った和哉が立っていた。
「よう」
「え、早乙女先輩どうしてここに?」
「いやさ、何かゾンビみたいにふらふら歩いている集団を見たもんで変だなって思ってな。お前は?」
「わたしも、仁美ちゃんの様子がおかしくてそれを追いかけてみたんだけど……」
どうやら似たような経緯で和哉もここに居るらしい。光実と遭遇する事で一触即発な状況に陥る事をまどかは少し危惧したが、関わらなければ仲良くすることは出来ないし、光実自身ほむら達を敵視している様子があまり見えなかった為、きっと大丈夫だろうと信じる事にした。
廃工場に、まどかたち含め多くの人が入るとシャッターがガラガラと喧しい音を立てて閉じてしまった。閉まったシャッターを見て和哉は舌打ちする。
これで逃げる事が困難になった。最悪変身して無理矢理シャッターをぶち抜いて脱出する事を考えなければならないのだ。
まどかたちより先に廃工場に居た男は木箱に座ってぶつぶつと何かを言っていた。
「こんな小さな工場一つ満足に切り盛りする事が出来なかった、こんな時代に俺みたいな奴の居場所なんてないんだろうなぁ」
まるで呪詛の様に聞こえて来る言葉にまどかと和哉は思わず顔を顰める。それは二人がまだ子供であるが故に本当の絶望を味わっていないが故か、それとも。
別の人に視線を移すと、30代ぐらいの女性がポリバケツと二種類の洗剤を持って現れた。彼女は廃工場の中心地にポリバケツを置き、二種類の洗剤を何のためらいもなく置いたポリバケツに流し込む。洗剤のボトルには『まぜるなキケン』と書かれている事に気付いたまどかと和哉は一気に顔を青くした。
詳しい事は知らないが、混ぜると化学反応を起こして有毒ガスを起こしてしまうのだという。まどかは母親に忠告された事を、和哉は最近の洗剤を混ぜた事により全滅した家庭があるというニュースを思い出して、まどかと和哉は鞄を投げ捨て、彼らを止めるべく駆け出した。
「それは駄目!」
「それは止せ!」
だが、まどかは前方にいた仁美に片腕で止められてしまう。仁美とは思えない腕力にまどかは驚きを隠せなかった。人としてのリミッターも外れたとでも言うのか。
一方でまどかと同タイミングで走り出した和哉は木箱に座ってぶつぶつと色々言っていた男に通せんぼされていた。それに構わず和哉は強行突破を仕掛けるが、男の対応は意外にも確実だった。ゼロ距離まで詰められたとき、男は和哉の鳩尾に拳を叩き込んだ。
「……ぅ!?」
鳩尾から刺すような痛みが和哉を襲う。その痛みに耐えられず2歩3歩と後ずさりしてしまった。男の体格は和哉より上で少々鍛えているのかがたいも良い。恐らくまともに殴り合っては勝ち目はないだろう。
「邪魔をしてはダメ。アレは神聖な儀式ですのよ」
「邪魔をするな今、大事な時なんだ」
仁美と男が口々に二人の行動を咎める。
「で、でも、アレ危ないんだよ!? あんな事したら皆死んじゃうよ!」
「何が神聖だ! そんなに死にたいのかよッ!」
それに反駁するまどかと和哉に仁美たちは全く動じることなく、恍惚とした表情で上を向いた。
「そう、私たちは今から素晴らしい世界に旅立ちますの。それがどんなに素晴らしい事か分かりませんの? 生きてる身体なんて邪魔なだけ。貴女も直ぐにそれが分かりますわ……!」
まどかの手を掴んで、まるで芝居がかった動きでまどかを同じ道に引きずろうと説得をする。それに感極まったのか、周囲の目が死んでいる者たちは大きな拍手を仁美たちに送った。
――何処の宗教だよ……!
余りにも不気味な光景に和哉は思わず毒づく。痛みに堪えながら、強行突破するべく上着の懐から戦極ドライバーとロックシードを取り出した。
「なんだそれは」
男の問いに和哉は無視し、ドライバーを腰に巻き付けロックシードを開錠した。
【メロン】
「変身!」
ベルトにロックシードをセットし、間髪入れずにカッティングブレードを一回倒す。
【ロック・オン ソイヤッ! メロンアームズ! 天・下・御・免】
頭上に発生したクラックから落ちて来たメロン型アームズユニットが和哉の頭に被さり素体を形成してからユニットが鎧の形へと変形。和哉はアーマードライダー影武へと変身する。そして、立ちふさがる男を避けて、混ぜられた洗剤が入っているポリバケツのもとへと走り出した。
周囲の者たちは影武を止めようとするも、アーマードライダーの走力は並の人間の比では無い、簡単にポリバケツのもとまで辿り着き、それを以て窓ガラスのある壁まで走る。
「くぉんにゃろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
雄叫びを上げつつ、窓ガラスを盾持ち左ストレートで叩き割り、右手に持ったポリバケツを外へと放り出した。放り出されたポリバケツは周囲に入っていた洗剤をまき散らしつつ、地面に落ちて転がっていく。……外には誰も居なかったと思いたい。
「や、やった……?」
それを集団自殺の阻止を見届けたまどかは安堵の表情を見せる。影武もしてやったりと小さくガッツポーズしていると……人の影が近づいて来るのを感じ影武は後ろを向いた。
「……げっ」
神聖な儀式の邪魔をされたのが余程気に入らなかったらしい。ゾンビの如くゆらゆらと影武のもとへ来て、飛び掛かって来た。応戦は……出来ない。してしまえば死人か怪我人が出る事間違いなしだ。相手は素人だし、それは出来ない。
魔女結界が見つからないようでは逃げるしかない。
窮した影武。その時、シャッターがゆっくりとむりやりこじ開けられる光景が影武の目に映った。そこから見える緑色の腕。それが何なのか分からないまどかと影武では無かった。
「「呉島(さん)!?」」
龍玄が身を低くして少しだけ開いたシャッターを潜って内部に現れた。……なんとマミも一緒だ。
まどかはマミが怖い目にあって欲しいとは思っていなかった為、正直申し訳なく思った。だからと言って光実や和哉に総てを押し付けたいとも思っては居ないのだが、自分は契約をしないとほむらと約束している為にどうしようも出来なかった。
きっと、自分は卑怯者だ。後ろで見ているばかりで都合のいい時だけ彼らの力を借りている。
ほむらとの約束を破って卑怯者から脱却するか、飽くまでほむらたちとの約束を守って卑怯者となるのか。未だ、まどかの胸にはその葛藤が終わらずに居た……
/
龍玄とマミがまどかを庇うように前に立ち、影武が人々から逃げ回っている間、マミがソウルジェムを使って魔女結界の入り口を探し当てる。そして――
「見えました、呉島さん」
マミの一言で龍玄は無言で頷いた。マミが指さした先は物置部屋だった。幸い目を付けられているのは影武だけでまどかは集団自殺しようとしていた人々にはアウトオブ眼中のようだ。まどかを逃がして3人で魔女を潰す事を考えた光実は、まどかに耳打ちする。
「鹿目さんは今の内に逃げて下さい」
「え……でも」
何を思ったか、まどかは他を置いて逃げる事に難色を示すが、これ以上魔法少女を増やさせる訳には行かなかった。暁美ほむらの言った事が本当ならば、更に取り返しの付かない事態に陥る可能性が高い。
「僕たちは大丈夫です。心配しないでください」
「……わかりました」
不承不承ながら引き下がるまどか。それを見届けた龍玄はマミの方を向いた。
「それでは、行きましょう」
「……はい」
マミの反応が悪い。何時もならばキレのいい返事をしてから行動を始めるというのに。光実は何となくだが、マミの様子が自分たちが周子一派から救出されて以降何かおかしいように感じた。だが、今はそれを気にしている場合では無い。このまま放っておけば魔女の口付けを受けた連中が何をしでかすか分からないし、ゾンビのような人々に追い回されている影武が気の毒である。
まどかが廃倉庫を出て、足音が遠ざかるのを少々強化された聴覚で確認してから、龍玄とマミは物置部屋まで走り出した。序でに影武も回収する。
「こっちへ!」
龍玄の呼びかけに答えて影武は遅い来る生身の人間たちを躱してから、ぎりぎりの所で物置部屋の扉を開き入り込み無理矢理扉を閉める。多少の抵抗に遭ったが、魔女の口付けで常時火事場の馬鹿力の人間相手でもアーマードライダーの全力を持った力には押し負けてしまい、容易く物置部屋に引きこもる事に成功した。
後は、結界の入り口をこじ開けて侵入するだけである。
「危なかった……うぉあ!?」
先程まで散々追い回され続けていた影武は、疲れてしまったのか扉の近くの壁にもたれかかる。だが、扉からはガシガシと殴りつけたりする音が聴こえて来るので、影武はそれに怯えて扉から大きく離れた。
何という執念。鉄製の扉だというのに開けようとしているのか。
龍玄は、彼らに対して得も言われぬ恐怖感を覚えた。
そうこうしている内に、マミの力で結界の入り口がこじ開けられて青白い空間が広がっていく。大人でも腰を曲げれば何とか侵入出来るであろう所まで開けられると、龍玄たちは意を決して、結界の中へと飛び込んだ。
/
飛び込んだ先はまるで、水の中のような空間であった。
ゆらゆらと空間を漂い、己の存在が曖昧になるような感覚に襲われる。
龍玄はブドウ龍砲を構えて、魔女を探す。
――何処だ……何処にいる。
視線の先には同様に空間を漂っているマミと影武の姿がある。魔女を探している内に、まるで立体感の無い馬の形をした使い魔がテレビのようなものを担いで、龍玄を囲んでやって来た。
狙いを定めて、紫色のエネルギー弾をブドウ龍砲で撃ちだす。……だがそれはひらりと躱されてしまった。諦めずに何発か撃ってみるものの、それは悉く躱されてしまう。
――狙いは正確な筈なのに……何故?
光実は仮面の下で歯ぎしりする。使い魔を叩き落とそうとしている内に、別のモニターを担いだ平面な馬型使い魔がモニターの電源を入れた。モニターに映っているもの……それは、茶色の龍玄が白い鎧武者にトドメの一撃を入れる瞬間。そして光実が守ろうとしていた少女が消滅する瞬間。丸腰の人間を怪人に襲わせる己。
実際にあった事とはいえ、一瞬目を覆いたくなるような光景だった。
光実はかつて自分のやった事は忘れはしなかった。心に強く刻み付けている。それが魔女に見透かされていたとでも言うのだろう。自分の内面にずかずかと入って来る魔女に軽い不快感を覚えはしたが、目を背ける訳には行かなかった。
龍玄はしかと、嘗ての自分を見た後その映像を持ってきた魔女たちを見据える。
『黙ってろ、クズ』
「礼を言うよ魔女さん。お陰で戦う理由を再確認出来たよ」
屑と言い放つ言い放つ嘗ての自分の映像に龍玄は拳を作って……使い魔の持って居るモニターを殴り割った。
/
マミが使い魔に見せられていたものは、もしもの光景であった。もしも影武が割って入る事無くお菓子の魔女に食われていたらという光景。頭を噛み千切られ、頭を無くした身体も喰われてしまう光景。
――そうだ、私はきっとそうなる事を恐れているんだ
戦いの中で感じるようになってしまった恐怖心。戦闘中死んでしまったらどうしようと、何度思った事か。最近それがひどくなりつつある。
恐れが魔女を倒さなくてはという使命感を上回り、銃を持つ手が震え、弾丸は弱くなる。
今のマミには使い魔を撃ち抜く力すら、残されていなかった……
/
龍玄は、一体使い魔を倒したもののやはり弾丸は他には満足には当たりはしなかった。恐らく心の中が見透かされているからであろう。
だが、出鱈目に弾丸をばら撒いて当たるモノではない。どうすればいいと考えたその時、近くに居た使い魔が総て黒い閃光に斬り飛ばされた。
「……早乙女君!?」
斬り飛ばしたのは影武だった。影武は目の前に現れたものを片っ端から無双セイバーとメロンディフェンダーで斬り捨てていく。恐らく本人は何も考えずに斬っているのであろう。影武の動きが読めず、混乱する使い魔に龍玄は見逃すことなくそれにつけ込んで弾丸を叩き込み片っ端から消滅させていく。終いにはマミを囲んでいた使い魔までも消し飛ばした。
使い魔が粗方消滅した所で、龍玄は使い魔に弄ばれていたマミの様子を見て確信した。……何かが有ると。初めて会った時のような力は何処へ行ったのか。このような使い魔に苦戦するとはらしくないと感じたのだ。突然の魔法少女体験コースの終了といい、一体何があったのだろうか。
それを後で何かしらの方法で知るという事にして、まずは魔女の始末に掛る。
影武の隣へ移動し、ドライバーのブドウロックシードを外しキウイロックシードへと取り換えて、カッティングブレードを倒す。
【ハイィ~ッ! キウイアームズ! 撃・輪・セイヤッハッ!】
キウイアームズへとチェンジし、銃と入れ替わりに二つのチャクラムを手にした龍玄は上方を見上げる。そこには黒い腕を側面に生やしたパソコンが浮いていた。恐らくあれが魔女であろう。差し詰めハコの魔女というべきか。
龍玄と影武はそれぞれの武器の刃先をハコの魔女に向け、飛び掛かる。重力も有ったものでは無い空間な為、まるで自分がどこぞのM78星雲の戦士になったようだ。
龍玄がキウイ撃輪をハコの魔女目掛けて両方投げつける。襲い来るキウイ撃輪をハコの魔女はそれを躱すが、それだけでは終わらない。影武がメロンディフェンダーを投げつけてから斬りかかる。
飛んでくるメロンディフェンダーを避け損なったハコの魔女の片腕が吹き飛び、影武に通り抜けざまに一閃を叩き込まれる。そして、ブーメランの如く帰って来るキウイ撃輪がハコの魔女に襲い掛かりパソコン型の身体に切り傷を付けられる。
そして……
【ハイィ~ッ! キウイスカッシュ!】
出来た隙を逃すことなく、帰って来たキウイ撃輪をキャッチした龍玄はドライバーのカッティングブレードを一回倒してから、怯んだハコの魔女に向かって必殺キックである龍玄脚を叩き込んだ。
確かな手応え、ならぬ足応え。
龍玄の片脚がハコの魔女の液晶画面らしき部分に突き刺さり、ヒビが入る。そして叩き込んだ脚を離して、再生する前にトドメを刺すべくキウイ撃輪でハコの魔女へと叩き付けるように直で縦に振るった。
「これで……トドメだ!」
ハコの魔女が縦三分割に割れ、残骸が下へと落ちていく。そして――グリーフシードだけを残して、ハコの魔女は四散する黒い瘴気と化し消滅した。
そして数秒経つと魔女結界が揺らぎ、この水中のような特異な魔女結界は殺風景な物置部屋へと戻って行った。
どうも最近脆い魔女ばかりな気がしてならない。お菓子の魔女みたいな化け物も欲しいですね(一応あのべらぼうな再生力には理由が有りますが)
まどかは、約束を守るか破るか。
マミは、恐怖心か正義か。
さやかは、滅私か打算か。
光実は、己の意志か否か。
何時になったらジレンマに終止符が打たれるのやら。それどころか問題は増えるばかりで……現時点でブレないのはほむらと杏子ぐらいか。