光実が和哉が倒れているのを見つけたのは、沢芽市の件を片付けた後、マミと合流して魔女を狩っていた時の事だ。
時刻は19時丁度。小雨がまばらに降っていた。
尋常ならざる魔力と轟音を感知したマミが光実と共にその魔力を辿って行くと倒れている和哉を発見したのが事の顛末だ。
木々は派手に倒され、何かの破片がまばらに飛び散っている。それがジンバーの装甲片である事に気付いたのは、倒れている和哉を見つけてからだった。
「酷い怪我ね……」
「……どうするんですか」
光実は問う。マミにとっては和哉はほむらと行動を共にしていた。所謂敵だ。
「あの娘と行動を共にしていたとはいえど、このまま放っておくわけには行かないでしょう。近い内に騒ぎになるだろうし」
マミとしては、些か和哉自身に思う事があった。和哉は何度かさやかやまどかを助けようとしていたし、実際問題彼に一度命を助けられている。それを無視して見捨てる事などマミの性分ではなかった。
マミは倒れている和哉に近づき、怪我の度合いを確かめる。
「取り敢えず傷はマシにしておくわ」
和哉の怪我は見てくれは相当なもので、血だまりこそ出来ていないが何も知らない人間が見れば不審に思う事間違いナシだ。
ここで放置すれば大騒ぎになるだろうし(と言うか地下駐車場でよく騒ぎにならなかったものだ。沢芽市は半ば日常茶飯事ゆえに何ともないが見滝原ではそうはいかない)、魔法少女をそんなので動きづらくされたら困る。
光実は傷がある程度回復した和哉を背負い、一旦まずマミの家に向かう事となった。こんな時間に女の子の家に向かうのは些か思う事はあるだろうが、あまり四の五言っていられまい。
「巴さん」
「何ですか?」
光実がマミを呼ぶと、いつも通りににこやかに応対する。ここで魔法少女の事に付いて話しておく気にはあまりなれないような、そんな気がした。
だが、何時か突きつけなければいけない。残酷だけれども。
―――もう君は長くないかもしれない、だなんて事は。
暁美ほむらの言葉を全面的に信じる気にはなれないが、敵であるはずの周子が肯定した辺り、信じるしかない。
少し前、二人だけお茶会に参加させられた光実はマミから、取り留めのない話しで、マミの契約した理由を聞かされた。彼女は数年前の凄惨な事故の被害者の一人だったらしく、それに巻き込まれた自分と両親に待つものは死だったらしい。
そんな中マミはキュゥべえに『生きたい』と望んだのだと言う。
マミのように生に執着した人間に「貴女はゾンビです」なんて事を言えるのか。いや、普通の少女に言えるのか。キュゥべえの口から吐かせる事は簡単だが、律儀な事にあの可愛い縫い包みの皮を被った白い悪徳セールスマンは光実の近くには居ないし、呼び出しに応じる事は無い。
所詮自分は邪魔者でしかないらしい。
それにマミはキュゥべえを信頼し切っている節がある。
マミの認識ではある意味彼は一昔前の特撮の赤い光球か、アニメのマスコットキャラクターに近い親切な人のようなポジションだ。
―――どうすれば良い。どうすれば、彼女らに負担を与える事無く真実を教えられる? そしてそれを信じさせる事は出来るのだろうか?
舞に裕哉の事を隠していた時とは少し違う上に少しタチが悪い状況だ。
魔法少女の魂の具現化であるソウルジェムをいったん離してしまえば、身体は死体となる(再び近づけば元通りになる)ので一発でキュゥべえへの不信が高まるだろうが。ショックは大きいだろう。だがこのまま黙っているのは危険だ。何時知らず知らずのうちに魔力と言う生命線が枯渇して死に至るか分かった物では無い。
自分が失望される事には慣れている。避けられる事も。もしかしたら自分が何か仕掛けでも施したのかと曲解される可能性だって0じゃない。
けれども―――現状維持程危険な選択肢は無い。
とは言えど、ソウルジェムを引き離す事なんで出来るかと言われれば不可能か。
何も知らない側とは言えど魔法少女の生命線に等しいものをホイホイ渡してくれるとは到底思えない。
思い悩んでいると気付けばマミのマンションの一室の扉の前にまで辿り着いていた。
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「―――ぐっ」
「気がついたのね」
そう時間が経たないうちに和哉は目を覚ました。どうやら来客用らしい布団に和哉は寝かされており、上体を起こし状況を確認する。
「ここは―――」
「巴さんの家です」
「アンタは……」
和哉の質問に答えた光実に和哉は眼を顰めた。
当然だ、人殺しだのなんだの言われている身だ。だが和哉は眼を伏せた。
「一体何があったんです」
光実の問いに和哉は黙ったまま、俯いたままだった。そしてぽつりと語り始めた。
「魔法少女が魔女になる。その瞬間を見て俺は何もしてやれなかった。そして俺はソイツに引導を渡してやる事さえも敵わなかった。それどころか連中の仇だったのさ、俺は」
何を言っているのか分からない、そう言いたいようなマミの顔。当然だ、魔法少女が魔女になるだなんて信じられる話しでは無いだろう。特にマミには。
人を疑う事に慣れている人間には案の定な真実だったが。
「詳しく、話して貰えませんか」
「……話してどうするんだってんだよ」
ふらりと和哉は布団から起き上がり立ち上がる。まるで幽鬼の如く。彼からはまるで生気が感じられなかった。
「―――もう、考えるのは止めにする。巴さん、だっけ。有難う」
そう言い残して和哉はリビングから玄関に出て行く。まるで出遭ったばかりの頃から凄まじいまでの変わりように光実は言葉を失わずには居られなかった。
「……今の魔法少女が魔女になるってどういう事?」
マミが問うと和哉は力なく振り向いて応えた。
「信じないだろうけれど、お礼に言って置く。あんたはキュゥべえに利用されている。アイツは奇跡を売ってるんだよ。そのお代は―――アンタら魔法少女の魂だ」
「……その言葉を信用すると思っているの?」
字面にすると、そのマミの返しは強気に見えるが明らかにその声色は動揺していた。
「信じないのは良いけれど。自分のやっている事。ゆっくり考えてみてくれ、俺みたいになりたくなければさ。何故魔法少女たちは隠遁生活せずに必至こいて魔女を狩り続けるのか、その理由を考えてみるのもいいかも知れない」
和哉はそう言うドアを力なく開けてマミの家を出て行った。
廊下に残されたマミとその後ろに立つ光実は閉められたドアを茫然と見ながら立ち尽くすだけだった―――
それから無言になった。会話と言う会話も始まらず、マミは自分のソウルジェムをぼんやりと見ていた。ソウルジェムは金色に煌々と光を放っていた……
迂闊にキュゥべえを呼ぶ事は危険だ。
キュゥべえ自体益々得体の知れないものになっている。ここで迂闊にキュゥべえを呼べば何をされるか分かった物では無い。今は先ず、キュゥべえに詳しいであろうほむらと相談して対策を練った方が良いだろう。……そう、光実は思っていたものの、光実の心境は些か焦っていた。
/
気付けばもう8時を廻っていた。
光実は会話も無く「彼の言っている事の真偽は分かりませんが何があるか分かりませんので、暫くは僕に任せて下さい。また来ます」そう言い残してからマミの家を出た。
暁美ほむらとの連絡は取れない。
だが必ず自分の前に現れる事は確信していた。
「呉島さん―――」
ふと声を掛けられた。マミの家を出て10歩ぐらい歩いた時のタイミングだった。声のした方を向くと、そこにはさやかが立っていた。
さやかは光実のもとへと歩み寄ると、鞄から何かを取り出した。それは何か布で包まれておりそれを何なのかと思って布を外すとそれは―――
「戦極ドライバー、どうして?」
もしもの為に自衛用としてさやかに渡した戦極ドライバーとオレンジとバナナのロックシードだった。何故こちらに返す必要があるのだろうか。
やはり、実際の殺し合いに臆してしまったのだろうか。……そう思えば少し仕方のない話しになってしまう気がしたが―――実際はの所状況は違っていた。
「この力、私には危ないんじゃないかって。そう思ったんです」
「えっ」
受け取った戦極ドライバーからさやかの顔に視線を移す。そこには俯いたさやかが居た。一体何故そんな事を思ったのか。光実は少し気になって……
「少し場所を変えましょう」
そう言った。
/
変えた場所は土手だった。暗夜に染まった川は少し離れた外灯の弱くなった光を反射して弱弱しくちかちかと光っている。人気の少ない場所だったが、さやかが文句を言わなかったのは信頼されているが故か。
だが、明らかに街中で話して良い内容では無い事には間違いなかったので人気の少ない場所っまで足を運ぶ必要があった。
「この力で、マミさんやまどかを傷付けてしまったんです。しかも碌でも無い人間とは言っても身を守る為に貸してくれたこれで……」
さやからしくない、と思った。まどかを傷付ける理由があるのか。それにマミからは何も聞かされていなかった。その疑問の答えはきっとそれは言うまでも無く―――
「理由は?」
「魔女につけ込まれたんだって。あの運転手が、私の友達を轢いた運転手が居なければ友達がバイオリンの夢を断つような事にはならなかったんだって気持ちが膨れ上がって―――それであんな事に。」
光実は渡された戦極ドライバーとロックシードにふと視線を移した。これは元々貴虎が人類を守る為に造ったものであり、戦極が野望を果たす為に造ったものでもある。そしてその目的を果たすために沢山の人間たちの手に渡った。
一人は自分にしか出来ない事を果たすために。
一人は力を手にする為。
一人は自分の居場所を守る為。
一人は高貴な者としての責務を果たす為。
他にも数多くの人間に渡って、運命を択んできた。その時には既に戦極の思惑から離れて行っていたのには間違いないだろう。所詮この力に正義も何もない。純粋な力だ。故にどんな色にも染まりやすい。
確かにさやかのその時に使った力は所謂『悪』にカテゴライズされるものだろう。だが、それは誰にでも抱く感情を外部から無理矢理ブーストさせられたような物であってさやかに非は無かった。
それにこれまで見て来た美樹さやかと言う人間は明朗快活で人を平気で襲う悪人とは思えるタイプでは無かった。人には裏表があるとしても、ほむらを憎悪していたのはキュゥべえを傷付けたからだ。
悪意とは言い難いものから出た感情だった。
「でも、あたし自身、こういう力には向いてないんだと思うんです。実際アイツを憎いって思ったのは事実で。呉島さんみたいには―――なれません」
さやかは弱弱しい笑顔でそう言ったけれども、それは違うとは胸を張って言えた。
「それは―――違うよ。美樹さん。そんな事言ったら僕は真っ先に力を棄てなきゃいけないよ」
それは少し、卑怯な言い回し。
戦極ドライバーを使う資格など誰でもあるのだ。所詮『そう言う物』なのだから。
「幻滅するだろうけれど、僕も似たような事があった。自分の意志で、仲間を傷付けたんだけれども。取り返しのつかない事もしてしまった」
さやかはまだ引き返しが付く。
自分はもう挽き返しが付かないし、引き返せるとしても引き返す気は無い。墓まで持っていく。許す許さないでは無く、そのまま背負う事を択んだ。罪を背負って未来を切り開く事を決めた。後ろ指さされようとも。
一方でさやかはそんな馬鹿な話があるか、と少し仰天していた。
「もし、まだ気に病んでいるならこの力―――持っていて欲しいんです」
差し出された戦極ドライバーとロックシード。それを受け取る勇気はあまり無かった。
「どうして」
「貴女なら大丈夫だと、そう思ったんです。本当に酷い人なら、それこそ自分は一切悪くないってふんぞり返ってますから」
冗談交じりに笑う光実。けれど眼は笑っていないようで、暗闇でよくわからないけれども涙は間違いなく出ていないけれども泣いていた気がした。いや―――きっと、気のせいだ。
彼にどんな過去があるかどうかさやかには分からなかったがあの植物化現象の真っただ中で壮絶な出来事があったのは容易に想像出来た。
「美樹さん、君は―――この力を手に入れた時、何をしたいって思った?」
「それは―――」
問いかける光実は真剣そのものだった。こういうかわいい系イケメンに真剣な表情で向き合ったらドキドキするものなのだが、今、この時はそんな気はしなかった。
嘘は言えなかった―――
「最初困惑しました。こんな力を手に入れて何が出来るのかって。でも魔女と戦っていると何となく思ったんです。自分にも友達を守る事が出来るんだって、マミさんの手助けが出来るんだって。結局はあたしの身には余る代物だったんだって思い知らされたけれど」
そう言うと光実は微笑んで、戦極ドライバーを握らせた。
「だったら持っていて欲しい。使えとは言いません。けれども貴女が持っていても大丈夫だって、信頼出来るって、そう思ったんです」
握らされたロックシードとドライバー。
信頼されている事が少し嬉しくも、自分はそんな信頼されるほど大した人間じゃないとも思えた。
「あっ……」
「もう遅いですから。そろそろ家に帰った方が良いかもしれませんね」
さやかはふと声を上げようとした瞬間、光実は立ち上がった。どうやら聴こえて居なかったらしい。まぁ、だからと言って何を言おうとしたのか声を上げた当のさやかにも分からなかったが。
「近くまで送ります」
魔法少女としての資格を失った自分だがこの力を使って良いのか。それは逃げているだけなんじゃないのか。魔法少女になれないと言う現実から。
握らされたバナナとオレンジのロックシードが心なしか、自分を試しているようなそんな気がしてならなかった。
力は所詮力でしかない。その力をどう使うか。