ストライクウィッチーズ-乙女たちにジュラルミンの翼を- 作:社畜新兵
戦場に生きる者たちの 誇り、記憶、そして運命の交錯 を描く。
「模擬空戦、開始する。」
ヘルムート・ヴィッツは、スピットファイアのスロットルをハイに上昇しながら無線でそう告げた。
眼前の空には、一機のメッサーが鋭く旋回していた。
メッサーを駆るのはハンナ・ユスティーナ・マルセイユ。
“アフリカの星” とも呼ばれる彼女は、歴戦のエースパイロットとして知られている。
ヘルムートにとっては、あくまで「一人のエース」に過ぎなかった。
マルセイユはヘルムートに執着し、この模擬空戦もマルセイユの強い希望によるものだった。ふたりには因縁があるらしい。
だがヘルムートはマルセイユを覚えていなかった。なぜなら最後に会ったのは、マルセイユが12歳の頃 だったからだ。
しかし、マルセイユの飛び方を見て、ヘルムートの胸に 妙な懐かしさ がこみ上げてくる。「どこかで見た飛び方だ。誰だ?」
それが誰なのか、思い出せなかった。
ババババッ!MG-34の銃声が響き、模擬弾が空を切る。
ヘルムートはスピットファイアを傾け、急旋回で射線を外した。
マルセイユの動きは無駄がなく、読みづらい。偏差射撃は性格にヘルムートを捉えようとする。ヘルムートはとっさに機体を滑らせ、銃撃をかわした。
さらにマルセイユはメッサーの加速性能を活かし、一気に背後を取ろうとする。
「ほう、やるな」
不敵に笑いながら、ヘルムートは即座にロールし、カウンターでマルセイユの機体の後ろへ回り込む。
だが、彼女もまたそれを読んでいたかのように、低高度へとダイブし加速する。
交差し、離れ、再び交差する。
次第にお互いの動きが洗練され、戦場の空気に包まれていく。
「お前、本当に強いな」
タタタ!!ヘルムートのMP40短機関銃が短く火を噴いた。だが当たらない、MP40の射程はあまりにも短すぎた。
「くそ!!もう弾が!!」
思わずヘルムートは呟く。
「ほう、もう弾切れかい!!先生!!
マルセイユのメッサーが大きく旋回し、ヘルムートの前に立ち塞がる。
MGを突きつけるマルセイユがぽつり
「弾切れだ」
そう言うとマルセイユはヘルムートのMP40を何気なく確認した。するとボルトが後退したままだ。
ヘルムートはスロットルを軽く戻し、彼女と向き合いMP40短機関銃を向けいった。
「こっちはまだある」
しまった!弾切れはブラフだった!マルセイユはとっさに回避機動を取ろうとする。それを許すほど、ヘルムートは甘くはなかった。PAPAPAPA短く一斉射。
MP40の模擬弾が放たれ、マルセイユのストライカーにヒットする。マルセイユの両足のメッサーにはペイント弾がべったりと付き、決着がついた。
マルセイユはスロットルを緩め、ヘルムートの機影を視界に収めたまま、微かに口角を上げる。
「さすが」
「模擬戦では、わざと苦戦しているフリや、弾切れのフリ、苛ついたフリをするんだ。実戦では役に立たないから教えてなかったな」
ヘルムートは淡々と告げる。
しかし、その最後の言葉を口にした瞬間、彼女の視界に、過去の記憶が蘇る。ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ。
訓練教官をしていたころ、彼女とよく模擬戦をした。泣き虫で、でも我慢強く、タフで必死に食らいついてきた。母親とファーストネームが同じだから、泣き虫ハンナちゃんと呼んでいた。あの頃はまだ、10代になったばかりの子供だった。私にワシワシと頭を撫でられるのが好きだった。
忘れかけていた記憶が、飛び方を通じて呼び覚まされる。
「ハンナちゃん?」
静かに名を呼ぶと、彼女の目が見開かれた。
「そうです、今までどこにいたんですか?」
無線越しに、彼女の声が震えているのが分かった。長い年月を経て、ようやく 自分の存在を思い出してもらえたのだ。また会うと約束した相手に。
「大きくなったな」
ヘルムートの言葉に、マルセイユの瞳が潤む。
「はい」
空の青が、二人の交差を包み込んでいた。
「ヘルムートの教室」
教室は静寂に包まれていた。窓の外には雪がちらつき、凍てつく風がガラスを叩いている。
教壇に立つのは、ヘルムート・ヴィッツ。彼女の銀髪は淡い光を反射し、黒い軍服が凛とした雰囲気を際立たせている。教室には数十名の生徒たちが彼女の言葉に耳を傾けていた。
「ロンメル元帥のとった電撃戦は…」
彼女の声は冷静で、雪のように静かに降り積もる。しかし、その穏やかさのせいか、いくつかの机では生徒たちが船を漕ぎ、ある者は完全に意識を失い、別の世界へと旅立っていた。
「アハトゥンク!!!」
突然、ヘルムートの鋭い声が教室に響いた。
生徒たちは驚き、眠気から一気に現実へと引き戻される。眠っていた生徒たちが、バレていないかと不安そうに身じろぎした。
「今寝てたやつ! 立て!!」
緊張が教室を支配した。彼女の視線が鋭く生徒たちを見渡す。
「そこと! そこと! そこだな!! 早くしろ!」
おずおずと五人の生徒が立ち上がる。どの顔にも「しまった」という表情が浮かんでいた。
ヘルムートはしばし彼女らを見つめ、静かに尋ねた。
「ほう、私の授業は退屈か?」
生徒たちは俯き、誰も口を開こうとしない。
すると、ヘルムートは微かに笑った。そして、意表を突く言葉を放つ。
「ならば、昔話をしてやろう。退屈しのぎに」
教室が静まり返る中、ヘルムートは話し始めた。
「お前たちは十四か、十五か。……私には、十四歳の部下がいた」
生徒たちは息をのむ。
「エイミーという名前だった。家族思いでな。いつも母親と弟たちのことを心配していたよ。軍に入ったのも、早くに稼いで家計を助けるためだった」
ヘルムートの目が遠くを見つめるように細められる。
「士官になりたがっていた。お前たちが今受けている士官教育を、彼女も望んでいたよ」
一人の生徒が、思わず口を開いた。
「その人、今はどうしてるんです?」
「バカっ!」
すぐに、隣の生徒が小声で囁く。だが、もう遅い。
ヘルムートは静かに、その生徒を見据えた。そしておもむろに口を開いた。
「今? 私が士官に推薦した次の日に、ネウロイに焼かれて死んだよ」
生徒たちは息を飲んだ。
「一瞬だった。跡形も残らない。直撃だったからな。蒸発したよ。悲鳴すらなかった」
教室の空気が凍りつく。
「お前たちは考えたことがあるか? どれだけ恵まれているか?」
ヘルムートは生徒たちをゆっくりと見渡した。
「空襲のない平和な夜に寝て、出撃命令もなく朝食をとる。安全が担保された日々を生きる。そう、平和だ」
彼女の声が少しだけ震えた。
「その平和を手にするために、どれだけの人間が犠牲になったと思う? 何千万人が死んだと思う?」
彼女は教室の机を強く叩いた。
「エイミーはな!お前たちが今座っているその席に座ることすらできずに死んだんだぞ!あの子の母親は私の膝にしがみついて泣き叫んでいったよ。どうして?どうしてあの子は死んだんですか?あなたがいながら!その時の言葉が今も頭にこびりついて離れない!あの純真無垢な笑顔が忘れられない!!死んでいったやつらが忘れられないんだよ!」
生徒たちは何も言えなかった。
「1939年から統合戦闘航空団ができるまで、カールスラントのウィッチの損耗率は50%を超えていた!」
静寂が、深く教室を覆い尽くす。
「わかるか? 2人に1人は帰ってこなかったんだ」
生徒の一人が嗚咽を漏らした。
「私のように手足や目を失った将兵は山ほどいた!!」
その声は静かだったが、教室の空気を重く押しつぶした。
「お前たちが今享受している平和は、数え切れない屍の上に築かれた、危うく、尊いものなんだよ」
彼女は静かに息を吐いた。
「私はな、死んだ部下たちに!戦友たちに言いたい!」
ヘルムートは大きく息を吐き続けた。
「安心して眠ってくれ。お前たちの意志を継いだ優秀なウィッチたちが、カールスラントの空を今も守っている。と」
教室をじっくりと見まわしへるームートはまっすぐと立ち言い放つ。
「そのために、私はここに立っている」
静寂のあとに、ヘルムートは鋭く言った。
「生半可な気持ちでいるやつは帰れ!!」
誰も動かない。
「帰れる家があるんだろ?帰りを待っている人も。お前たちには故郷があるんだろ!」
しんとした沈黙の中で、すすり泣く声が聞こえる。
ヘルムートは、深くため息をつき。
「はあ、目が覚めたか?」
誰も答えられない。彼女は教壇を見つめ、ふっと息を吐いた。
「眠気覚ましにはなっただろう」
そして、静かに黒板に向かう。
「授業を続ける」
黒板にチョークの音が響く中、何人かの生徒は目を赤くし、鼻をすすっている。ヘルムートは気にしない。だが、一言だけ言う。
「泣いてるやつ、顔を洗ってこい」
そして、彼女は再び、チョークを走らせるのだった。
ヨアヒムの黄昏
司令室の中には、タイプライターのカタカタという音が静かに響いていた。窓の外では夕日が傾き、空が橙色に染まっている。ヨアヒム・ベルリッヒは机に向かい、淡々と報告書を作成していた。その細い指が鍵盤を叩くたびに、一文字ずつ無機質な記録が綴られていく。
そこへ、小早川比呂が静かに扉をノックし、中へ入った。
「失礼します。報告書を持ってきました」
小早川は書類を手にしながら、一歩前に進む。ヨアヒムは軽く顔を上げ、小早川の姿を認めると、淡々とした声で答えた。
「ありがとう、そこに置いておいてくれる?」
「はい」
小早川は机の端に報告書をそっと置く。そのとき、ふと目に入ったのは、写真立てに収められた一枚の写真だった。写っていたのは、まだ幼い赤ん坊を抱えたヨアヒムと、一人の男性だった。ヨアヒムの表情はどこか柔らかく、幸せそうに見える。
「あ!これ、お子さんですか? かわいいですね」
何の気なしに小早川は聞いた。ヨアヒムの手が一瞬止まり、写真へと視線を落とす。そして、静かに微笑んだ。
「ありがとう。娘のリーリアよ」
「へえ、今はブリタニアに?」
何気ない質問だった。しかし、その言葉にヨアヒムの表情がかすかに曇った。
「ブリタニアに、連れていきたかったわね」
「え?」
ヨアヒムは写真をじっと見つめたまま、静かに言葉を続けた。
「夫のポートとリーリアはね、ベルリンの駅で別れたきりなの。それからは会えてない」
小早川の胸に、重いものが落ちるような感覚が広がった。
「そんな、すみません」
思わず謝ると、ヨアヒムはゆっくりと首を振った。
「私とヘルムートは、ベルリンを守るために必死に戦ったわ。でも、ネウロイは残酷ね。人が集まった駅を徹底的に破壊した。戦いのあと私は必死に瓦礫をかき分けたわ、でもだめだった何も、見つからなかったの」
静かな語り口だった。しかし、ヨアヒムの声の奥には、決して癒えることのない痛みが滲んでいた。小早川は言葉を失い、ただじっと彼女を見つめる。
「あの時から、心にぽっかり穴が空いたみたい。私の時間は止まったまま。家族も何も守れずに。私は、何のために戦っているのかしら」
ふと漏れた呟き。その声は、夜の風に消え入りそうなほど小さかった。
しかし、ヨアヒムはさっと涙を拭い、ニッコリと微笑んだ。
「ごめんなさいね、嫌な話だったでしょう?下がっていいわ」
その笑顔はどこか儚げだった。
「し、失礼します」
小早川は一礼し、部屋を後にする。しかし、扉の向こうへ出ても、胸に残るものは消えなかった。
ヨアヒムの強さの影には、決して消せない痛みがつきまとっている。それは、戦争に引き裂かれた時間と、失われた幸せの欠片だった。
ヨアヒムの覚悟
解放されたベルリンの街を、ヨアヒム・ベルリッヒは珍しくタバコを吹かしながら歩いていた。
空は鉛色で、冷え切った冬の名残が残る風が街を吹き抜ける。かつての戦場は少しずつ傷を癒し、人々の活気を取り戻しつつあった。
だが、ヨアヒムの瞳は変わらず沈んだままだった。
しばらく歩くと、彼女は足を止め、静かに目を走らせた。
「あった」
小さくつぶやくと、慰霊碑の前に立ちすくむ。
「ヨアヒム」
背後からヘルムート・ヴィッツの声がかかった。
「ポートとリーリーアをね、ここに入れてもらったの」
ヨアヒムは慰霊碑に刻まれた夫と娘の名前を指さし、淡々と告げた。
「そうか、残念だ」
ヘルムートはうつむき、深く息をついた。
「遺骨収集に参加したけど、ダメだったわ」
ヨアヒムはタバコを指で弾きながら言う。
「ネウロイの瘴気にさらされた人骨はね、あっという間に粉々になっちゃうの。衣服なんか、残りもしない。あれじゃあ、誰が誰かなんて分からない」
その声には怒りと悔しさが滲んでいた。唇を噛みしめ、握った拳は小刻みに震えている。
「それは、辛かったな」
ヘルムートは必死に言葉を探したが、それ以上、何も言えなかった。
「でも、これでいいの」
ヨアヒムはかすかに笑った。
「せいせいしたわ。覚悟が決まった」
「覚悟?」
「私は、来るべくオストマルク攻略戦に参加する。ネウロイどもを根絶やしにしてやる。部下も集めたわ。私みたいに、大切な人や故郷を失った人間。戻るべき場所がない、どうしようもない奴らよ」
そう言ったヨアヒムは笑顔だった。だが、それは幸福に背を向けた者の狂気を孕んだ笑顔だった。
「そうか」
「あなたは?」
「一緒に行くよ。乗りかかった船だ、それに」
ヘルムートはタバコをくゆらせ、ニカッと笑った。
「それに501の連中ばかりにいいかっこさせておくのも癪だしな」
「じゃあ、あなたとジェーンは来るのね」
「おい、あいつも来るのか?」
「当たり前じゃない」
「癪だなぁ」
「エバンスは?」
「あいつはマンハイムの復興をやる。帰る場所がないと困るだろうってさ、逃げたのさ」
そう言いつつも、ヘルムートは内心、安堵していた。
「そのほうがいいでしょう」
「ああ、それとな、小早川とナタリアもついてくる」
ヘルムートは今度は嬉しそうに言った。
「あの二人は返したほうがいいんじゃない?」
ヨアヒムは少し驚く
「いいや、小早川は“戦う意味が知りたい”ってさ。ナタリアは“本当の平和が欲しい”って。だからついてくるそうだ」
「あなたの影響ね、困ったものだわ」
二人はいつの間にか歩き出し、活気に満ちた市街を抜け、酒場の前にたどり着いた。
「さあ、みんなお前を待ってる。決起集会だ。気前よく頼むぜ、司令官!」
ヘルムートが嬉しそうにヨアヒムの背中をたたく。
「そういうの、苦手なのよね」
ヨアヒムはやれやれといった様子でため息混じりに呟いたが、ヘルムートは構わず酒場の扉を押し開けた。
中には彼女たちを待つ、ならず者たち。戦うことしか知らない、帰るべき場所を失った者たちがいた。
「あ! 遅いですよ、隊長!!」
小早川が二人を見つける。
「皆、集まっています! 主役はこちらへ!」
ナタリアがそっと二人を壇上へ促した。おお!と歓声が上がる。
士気は旺盛だった。
彼女たちは、新たな戦いへと漕ぎ出そうとしていた。
いかがだったでしょうか。