「ねえ、ぼっちちゃん、これ見てみてよ」
「あっえっ!?……何ですか?」
バイトの最中、後藤ひとりは、伊地知虹夏に声を掛けられ、外に連れ出された。
もしかすると、バイト中の接客態度についてこっ酷く叱られるのではないかとビクビクしていたひとりに、虹夏ちゃんは、自らのスマホを差し出したのだった。
スマホの画面に映し出されていたのは――。
「……オーチューブですか?」
ひとりも利用している有名動画サイト『オーチューブ』。その見慣れたレイアウトが、虹夏ちゃんのスマホに表示されていた。
「そうそう。〈再生〉ボタン押してみて」
「……分かりました」
ぼっちは、やはりこれも見慣れた色の〈右向きの矢印〉を押してみる。すると――。
「これは……」
再生されたのは、流行りのロックバンドの曲をギター演奏する動画だった。映っているのは演奏している手元だけで、つまり、ギターと上半身だけが映っている。
「……これって、私?」
そのようにひとりが判断したのは、使われているギターが、ひとりが普段使っているギターとよく似た黒いレスポールであり、かつ、演奏者が着ている服が、ひとりのトレードマークであるピンク色のジャージだったからである。
「これって、ぼっちちゃんなの?」
虹夏ちゃんに聞き返される。
ひとりは、数年前から、『ギターヒーロー』の名義で、ギター演奏動画をオーチューブにアップしている。そして、その動画は、虹夏ちゃんのスマホで今再生している動画と同様に、手元だけを映し、流行のロックバンドの曲を演奏するものなのである。
しかし――。
ひとりは、大きく首を横に振る。
「……違います。これ、私じゃありません。私、この曲をオーチューブにアップしたことありません。それに、撮影のアングルも、私の動画とは違います」
だよねえ、と虹夏ちゃんは相槌を打つ。
「この動画のアップ主の名前は『ギターヒロイン』っていうんだよね」
「え!? あっ、それってパクリじゃないですか!」
『ギターヒロイン』という名前は、明らかに『ギターヒーロー』をもじっている。名前だけじゃない。ギターも、服装も、やってることも、全てが『ギターヒーロー』、すなわち、ひとりのパクリなのだ。
「あのお、虹夏ちゃん、こういう場合ってどうすれば良いんでしょうか? 警察に通報?」
「いやいや、ぼっちちゃん、実害さえなければ、真似られることは決して悪くないことだと思うよ。逆便乗効果で、ぼっちちゃんの動画の再生数も増えるかもしれないし」
「……たしかにそうですね」
それに、〈パクられている〉のではなく、〈リスペクトされてオマージュされている〉のだと思えば、決して気分も悪くはない。
「ぼっちちゃんは気付いてないかもしれないけど、『ギターヒーロー』のオマージュ動画って、色んな人が沢山アップしてるよ」
「え!? あっ、マジですか?」
「うん」
虹夏ちゃんは、ひとりからスマホを取り返すと、オーチューブの検索窓に『ギターヒーロー』『真似してみた』と打ち込む。
すると、ひとりの動画のように、手元だけを映したギター演奏動画が、サムネイルにズラリと並んだ。ギターの種類は、黒いレスポールだったりそうでなかったり。服装も、ピンク色のジャージだったり青色のジャージだったりモコモコのパジャマだったりといった具合である。
虹夏ちゃんが、ひとりの肩を小突く。
「よっ! この人気者め!」
「いやいやいやいや、に、人気者だなんて滅相もないです。本当に、人気者だなんて、えへへ」
「ぼっちちゃん、嬉しいのが顔に出てるよ」
「そ、そんな……えへへ」
アンチコメントを見てしまうのが怖くて、普段はエゴサをしていなかったのだが、たまにエゴサもしてみようかな、とひとりは思う。ありがとう。私に優しいネットの世界――。
「あっ、それで虹夏ちゃんは、どうして『ギターヒロイン』の存在を私に教えてくれたんですか? リスペクト度の高いファンの存在を教えるため?」
「そう言いたいところなんだけど、ちょっと気になることがあるんだよね」
「気になること?」
「この動画を見て」
虹夏ちゃんは、再度、『ギターヒロイン』の動画を再生した。もっとも、先ほどとは別の動画である。
その動画で、『ギターヒロイン』が演奏していた曲は――。
『星座になれたら』――ひとりたちのバンドである『結束バンド』のオリジナル曲だった。
…………
薄暗い部屋の中で、布団の上に座り、ひとりは考え込む。
『ギターヒロイン』の正体は、一体誰なのだろうか――。
『ギターヒーロー』の真似をして、流行りの曲をギターで弾くユーザーがたくさんいることは理解をした。
しかし、結束バンドのオリジナル曲を弾いているユーザーは、『ギターヒロイン』しかいない。
――当然だ。結束バンドは、メジャーでもインディーズでもデビューしていない無名バンドであり、楽曲のCD化さえしていない。『ギターヒーロー』の知名度に比して、結束バンドの知名度は、著しく低いのである。
結束バンドの存在を知っている者は限られている。基本的には、拠点としているライブハウスである『下北沢STARRY』に出入りをしている者か、もしくは、先日の秀華高校の文化祭ライブに参加した者くらいだろう。
『ギターヒロイン』は、一体どのような経緯で結束バンドを知ったのか――。
それに――。
『ギターヒロイン』が『星座になれたら』を弾いている動画を見た時から、ひとりはずっと震えていた。
『ギターヒロイン』が結束バンドの曲を弾いているということは、『ギターヒロイン』は、『ギターヒーロー』の正体が後藤ひとりであるということを知っているということではないか――。
ひとりは、『ギターヒーロー』の正体が自分であることを、結束バンドのメンバーにすら言っていない。バンド内で、ひとりが『ギターヒーロー』の中の人であると知っているのは、演奏の癖からそれを見抜いた虹夏ちゃんだけである。
ひとりは、自らが『ギターヒーロー』であることを隠している。
それなのに――。
『ギターヒロイン』は、まるで、『ギターヒーロー』の正体を暴こうとしているかのようではないか――。
『ギターヒロイン』の正体を見抜くために、ひとりは、『ギターヒロイン』の動画を順に見ていくことにした。
『ギターヒロイン』が動画のアップを開始したのは、比較的最近のことである。ここ最近は、ひとりのバンド活動が忙しく、本家の『ギターヒーロー』の動画更新が滞っていたので、その間に、まるで間を縫うようして『ギターヒロイン』が現れたという格好である。
演奏している曲は、『ギターヒーロー』の動画更新が止まったあとの流行曲が主なので、『ギターヒーロー』とはほとんど重なっていない。
なお、『ギターヒロイン』が演奏している結束バンドの曲は『星座になれたら』だけではなく、他にも三曲もコピーされていた。
動画を見ることで、ひとりが見極めようとしたのは、『ギターヒロイン』の演奏の癖である。『ギターヒーロー』――すなわち、ひとりの演奏には、ビブラートなどの点で独特の癖がある。それを『ギターヒロイン』がどこまで再現できているのかがとても気になったのである。
似ている――気がする。
ただ、どこまで似ているかを正確に判ずることは難しい。なぜなら、動画の音質が悪いからである。
また、動画の画質も悪く、そのせいで、使っているギターや着ているジャージも、似ている、ということまでは分かるが、丸っきり同じものなのかどうかまでは判断がつかない。
全体的な再現度は高いとは思うが、ディテールまで真似できているかどうかについては、動画の質の低さのせいでよく分からないのである。
気になったのは、いくつか混じっていた〈演奏ではない動画〉である。
『ギターヒロイン』は、ギターを持たず、日常のアレコレについてダラダラと喋る動画も複数アップしていた。
「原宿でフリフリなオシャレな服を買ったとか」
とか
「新しいメイク方法を覚えた」
とか
「昨夜はハンバーグを作って食べた」
とか。
ただし、機械的な処理によって声は変えられており、かつ、映っていたのは首から下のピンク色のジャージだけだったので、正体を特定することは困難だった。
「あああ、もう! 全然分からない!」
ひとりは、スマホを放り出し、布団の上で仰向けになった。
一体誰が、一体何のために、こんなことをやっているのか――。
それとも、たまたま『ギターヒーロー』のファンの人が、たまたま結束バンドのことを知って、結束バンドのことも気に入り、その曲をコピーしているだけなのだろうか――。
「……あれ?」
天井を見つめていたひとりは、見慣れないある〈物〉の存在に気が付いた。
あの黒い〈物〉は間違いなく――。
ひとりは、スマホを手に取り、ムクっと立ち上がる。
全てが分かった――。
絶対に――絶対に許さない――。
…………
「ちょっと! これってどういうこと!?」
ひとりは、ソファに深く腰掛けていた『ギターヒロイン』の鼻先に、スマホを突き付ける。
「ああ、バレちゃったかあ」
〈オーチューブ〉に自らアップした動画を見せられて、『ギターヒロイン』は観念したようだが、悪びれた様子は少しもない。
我が親ながら、その面の皮が厚さには驚かざるを得ない――『ギターヒロイン』の正体は、ひとりの母親である後藤美智代だった。
「お母さん、いい加減にしてよね! いくら家族だからといえ、犯罪だからね!」
「何が?」
「盗撮に決まってるじゃん! 私の部屋に勝手にカメラを仕掛けたでしょ!」
ひとりが部屋の天井で見つけたのは、黒光りする監視カメラだった。一体いつから設置されていたのだろうか。バンド活動が忙しくて、全然気が付かなかった。
「うーん……ダメだったらかしら?」
「ダメに決まってるじゃん! 毒親過ぎるでしょ!」
そこまで言われても一切反省の色がないお母さんの様子を見て、自分には本当にこの人の血が流れているのだろうかと不安になる。
お母さんのやったことは、娘の部屋の盗撮、そして、その盗撮映像の無断アップロードなのである。
『ギターヒロイン』の動画に映っていたのは、後藤ひとり自身だった。あれは、ひとりの練習風景だったのだ。
ひとりは、部屋にいるときは、寝ている時間以外はだいたいいつもギターの練習をしている。
万が一結束バンドのリードギターをクビになった場合、すぐに別のバンドに〈再就職〉できるように、最新のヒット曲の練習は常にしていた。
もちろん、結束バンドの曲は何度も繰り返し練習している。
お母さんは、そうしたひとりの練習風景を、天井に設置された監視カメラによって撮影し、その手元だけを拡大し、『ギターヒロイン』の名で〈オーチューブ〉にアップしていたのである。
「お母さんのことを悪く思わないでね。ひとりは最近忙しくて〈オーチューブ〉に動画をアップできないみたいだったから、代わりに動画をアップしてあげてただけだから」
「余計なお世話だから!」
「親切心だったのに……」
果たしてそれを本心から言っているのだろうか? 実際のところ、『ギターヒーロー』がそれなりの広告収入を稼いでいることから、それにあやかることによって、お小遣い稼ぎをしようとしただけなのではないだろうか……。
そんな怪訝な目で見ないで、と慌てるお母さんを見て、ひとりは、さらに不信感を募らせる。
「というか、お母さん、アップしてるのは盗撮動画だけじゃないよね? 雑談動画もアップしてるよね?」
「最近、愚痴を聞いてくれる友だちも少ないからねえ。お母さん、配信の楽しさに目覚めちゃったかも」
「雑談配信するのは構わないんだけど、私のジャージを勝手に着ないでよ!」
「お母さんもまだまだ現役JKで通るでしょ? うふふ」
この人は狂人だ、とひとりは思った。
(了)
地の文が多くなってしまいましたね。