「これで半分くらいは揃ったかなあ」
通路に戻った伊地知虹夏が、喜多郁代のバッグの中を覗き込みながら、言う。
「そうですね。半分くらいは後藤さんができあがってる感じですね」
「で、喜多ちゃん、次の〈破片〉なんだけどさ……」
「どうかしましたか?」
「場所は分かるんだよね」
「おお! さすが先輩です!」
喜多が、キラキラと輝く目で虹夏の顔を見る。
「いや、だって、歌詞がものすごく分かりやすいじゃん。『大人になんかなりたくないよ』って。どう考えてもピーターパンじゃん」
「……私は気付いてませんでしたけど、たしかに言われてみるとそうですね」
「ただ、場所は分かっても、行けないんだよね」
「どうしてですか?」
「だって、『ピーターパンのネバーランドアドベンチャー』って最近できた新アトラクションで、『ファンタジースプリングス』内にあるでしょ?」
「そうですね」
二〇二四年六月にできたばかりのディズニーシーの八つ目のテーマポート『ファンタジースプリングス』。このエリアは当面の間、入場が制限されており、エリア内にある主要アトラクションのうちいずれかのプレミアムアクセスかスタンバイパスを持っていないと、立ち入ることができない。
「さっきサイトで確認したけど、『ピーターパンのネバーランドアドベンチャー』は、もうプレミアムアクセスもスタンバイパスも全部出ちゃってるよ」
虹夏は、ため息を吐く。普段よりも声が暗いのは、先ほど、後藤ひとりの〈破片〉を触ってしまったことによる影響かもしれない。
「先輩、サイトじゃなく、アプリの方を確認してみてください」
「え!? アプリ?」
喜多に言われたとおり「Tokyo Disney Resort App」を開いた喜多は、目を見張った。
「『ピーターパンのネバーランドアドベンチャー』のスタンバイパスを持ってるじゃん! いつの間に!」
「さっきキャンセル待ちで拾ったんです。アプリの更新を繰り返してると、たまにキャンセルが出るんですよ」
「さっきから喜多ちゃんがずっとスマホを弄ってたのはそういう理由だったんだね! 今日の喜多ちゃん冴えてるね!」
「普通に『ファンタジースプリングス』に入りたかっただけなんで、完全にラッキーなんですけどね!」
ディズニーシーという陽の場では、喜多の本領が発揮されるに違いない、と虹夏は思った。
「じゃあ、喜多ちゃん、早速『ファンタジースプリングス』に向かおう!」
「伊地知先輩、待ってください! 『ファンタジースプリングス』は入場できる時間が指定されてるんです! 私たちが入れるのは今から一時間半後です」
「へえ、そうなんだ。じゃあ仕方ないね。せっかくここまで並んだし、『インディ・ジョーンズ』に乗っちゃおうか」
「そうしましょう! 楽しみです!」
…………
ディズニーリゾートにおけるテーマパークの待ち時間は、大抵、良い意味であてにならない。
すなわち、表示された待ち時間よりも短い待ち時間で乗り物に乗れることがほとんどである(万が一逆のことが起きると、客からのクレームの対象になるからだろう)。
想定よりも早く『インディ・ジョーンズ』を乗り終えた二人は、買う気がない落下時の写真を見てゲラゲラ笑ったり、出口付近のショップでダッフィーとシェリーメイのカチューシャを買ったりする時間があった。
シェリーメイの耳を頭に生やした喜多は言う。
「伊地知先輩、そろそろ時間です。『ファンタジースプリングス』に遊びに……いや、残りの後藤さんの〈破片〉を探しに行きましょう!」
…………
「うわあ、幻想的……」
「伊地知先輩、泉の岩の部分が彫刻になってるんですよ! これはシンデレラ……ですかね?」
「そんな感じだね! SNSで『白雪姫が見つけにくい』って話題になってたから、エリア内を回って探してみよう!」
「そうですね!……いや、ダメです。先に後藤さんの〈破片〉を探しましょう」
二人は、緑とカラフルな造花で彩られたファンシーな景色を眺めながら、アプリの地図を頼りに『ピーターパンのネバーランドアドベンチャー』へと向かった。
その途中――。
「伊地知先輩、あれってもしかして……」
喜多が指差したのは、アトラクションの外側に飾られている巨大な〈赤い船〉のマスト部分である。
その〈赤い船〉の正体は、ピーターパンに出てくるフック船長の海賊船であり、マストに引っかかっている仄暗いものの正体は、ひとりの〈破片〉に違いなかった。
「伊地知先輩、やりましたね! 後藤さんの〈破片〉がすぐに見つかりましたね!」
しかし、ダッフィーの耳を生やした虹夏は、首を大きく横に何度も振っている。
「喜多ちゃん、違うよ。あれはぼっちちゃんの〈破片〉じゃないよ」
「えっ!?……でも……」
「違うの! あれは違うの! ぼっちちゃんの〈破片〉がそんなに簡単に見つかるはずがないの!」
まるで子どものように金切り声を上げる虹夏の様子を見て、喜多は、ようやく空気を読んだ。
「……そうですね。多分〈あれ〉は違いますね……多分。まずはアトラクション内を探索しましょう。そこで見つからなかったら、念のために〈あれ〉を確認してみましょう」
「うん。それで決まり。喜多ちゃん、『ピーターパンのネバーランドアドベンチャー』の建物はこっちだよ!」
…………
最新のVR技術が駆使された『ピーターパンのネバーランドアドベンチャー』でキャーキャーはしゃぎ、その後、ローストビーフ味のポップコーンを堪能し、その後、船のマストに引っ掛かってたひとりの〈破片〉を回収した二人は、白雪姫のロックアートを探し当てたのち、『ファンタジースプリングス』エリアを出た。
その頃、冬の陽はもう傾きかけていた。
「多分、あと一箇所だね」
「そうですね」
大体四分の三くらい集まったバッグの中のひとりを覗き込んでから、虹夏と喜多は、ほぼ同時に中華麺を啜る。
二人がいるのは、ディズニーシーの中央付近『ミステリアスアイランド』内にある、異色の中華ビュッフェ『ヴォルケイニア・レストラン』である。
机の上には、例のメモ用紙が広げて置いてある。
…………
3・2・オーオーオー
禁忌をおかしたアダムとイブは
高い空から堕ちていく
散らばった愛は光り輝く
大人になんかなりたくないよ
…………
しかし、そのメモ用紙は一応広げてあるだけで、二人は、歌詞に見向きもせず、ただひたすらに『黒胡麻とトマトのパルメザンチーズ担々麺』と向き合っている。
要するに、すでに歌詞の解読を諦めてしまっていたのである。
「伊地知先輩、私たち、ここまでよく頑張りましたよね」
「だよね。四分の三も集めたんだもんね。上出来だよね」
「残りの四分の一は粘土か何かで埋めればなんとかなりますよ」
「帰りにギフトショップで子ども用の粘土が売ってないか見てみよう」
「そうですね。それより次は何に乗りましょうか」
喜多はスマホを弄りながら、口ずさむ。
「3・2・オーオーオー。3・2・オーオーオー」
時折、喜多は、このフレーズを繰り返し口ずさんでいるが、決して歌詞の意味を考えているわけではない。
様々な調子を試しながら、歌っているのだ。
「3・2・オーオーオー。3・2・オーオーオー……私、このフレーズ気に入ったかもしれません」
「最初は厨二病臭いなと思ってたけど、案外盛り上がるかもね」
喜多は、レンゲをマイクに見立てて、自らの口元に持ってくる。
「3・2」
そして、虹夏の方にレンゲの先を向ける
「え!?」
「伊地知先輩、3・2」
「……ああ。そういうことね。オーオーオー」
「3・2」
「オーオーオー」
テーブルの上でコールアンドレスポンスを繰り広げる二人。
窓と向かい合うように座っていた虹夏が、〈ある人〉の存在に気付いたのは、ちょうどその時だった。
二人の位置からは背中しか見えないその人物は、身体の正面から柵に寄り掛かっている。
『ミステリアスアイランド』の中心にある海をじっと見つめてるのだ。
「ねえ、喜多ちゃん、あれって……」
「……リョウ先輩ですよね」
特徴的なショートカットの青髪。後ろ姿だけで十分に判別がつく。あれは結束バンドのベースの山田リョウである。
「でも、リョウ先輩、なんだか様子がいつもと違う感じがしますね」
「たしかに。今にも入水自殺しそうな雰囲気だよね」
「私もそう思いました。窓越しなのに、負のオーラがひしひしと伝わってきます。担々麺を食べ終わったら、声を掛けに行きましょう」
「そうだね」
…………
「おーい、リョウ」
「リョウせんぱーい」
二人が声を掛けても、リョウは振り返らなかった。眼下の海の渦巻きに完全に心を奪われてしまっている感じだ。
虚な目をしたボーイッシュ少女がようやく振り返ったのは、虹夏が肩を叩いた時だった。
「……虹夏、郁代、私のことが見えるの?」
まるで幽霊みたいなことを言う。
「私がロインを送っても二人が返事くれないから、私、二人に忘れられちゃったかと思ってた」
虹夏と喜多は、顔を見合わせる。
――オカシイ。いつもの山田リョウではない――。
「二人して可愛いカチューシャなんかしちゃってさ。どうせ私の存在を忘れて二人で遊び呆けてたんでしょ」
「ギクッ……リョウ先輩、そんなわけないじゃないですか」
「郁代、今、『ギクッ』て言った」
「あっ、いや、その……」
「喜多ちゃん、落ち着いて。それから、リョウも落ち着いて聞いて。これには深いわけがあるんだ」
虹夏はこれまでの〈ぼっち探し〉の経緯を掻い摘んでリョウに説明した。
今日すでに三つのレストランと二つのアトラクションを堪能しているということは、もちろん割愛して。
「ぼっちの〈破片〉……これのこと?」
リョウは、ズボンのポケットから、怨念のこもった〈何か〉を取り出した。それはポケットに入るように、小さく折り畳まれていたのである。
それは、探し求めていた最後の〈破片〉にほかならなかった。
「そう! それそれ! リョウ、どこで見つけたの!?」
「そこ」
リョウが指さしたのは、『ミステリアスアイランド』の名物アトラクション『海底2万マイル』へと向かう螺旋状の通路のあたりだった。
「『海底2万マイル』……2万マイル……もしかして『3・2・オーオーオー』ってそういう意味だったの」
「伊地知先輩、何か分かったんですか?」
「距離の単位である〈1マイル〉って、〈約1.6キロ〉を意味するから、単純計算すると、2万マイルは3.2万キロ、つまり、32000キロ」
「なるほど! 『オーオーオー』は掛け声じゃなくて、数字の〈0〉だったんですね!」
伊地知先輩さすが進学校に通ってるだけありますね、と喜多に持ち上げられて、虹夏は満更でもない顔をする。
「まあ、自力では答えに辿り着けなかったんだけどね。それにしても、リョウ、途中で現れて良い仕事をしたね」
「なんとなく私と共鳴するものがある気がしたから拾った」
「リョウもぼっちちゃんも友だちが少ないという点では共通するもんね」
「リョウ先輩は〈孤高〉で、後藤さんは〈孤独〉なんですけどね」
リョウはもうすっかり暗くなった空を見上げる。
そして、ボソリと呟く。
「……死にたい」
「なんか、リョウがぼっちちゃんの〈破片〉に触れちゃったことで良くない化学反応が起きちゃってるみたいだね」
「陰を通り越して鬱って感じですね」
「とにかくリョウ、早くぼっちちゃんの〈破片〉を喜多ちゃんに渡して! ぼっちちゃんの復活の儀式を行うから!」
喜多は、リョウから受け取った最後の〈破片〉をバッグの中に詰めると、すると、バッグの中身が金色に光り始めた。
「ま……眩しい」
「ぼっちらしくない輝き」
「リョウ先輩、誰しも生まれてくる時は輝いているってことじゃですか?」
「二人とも辛辣だねえ」
一生分の輝きを放った後、野暮ったいピンク色のジャージを着た少女が復活した。
ついに今日、初めて結束バンドの四人が集結したことになる。
「……あれ、もう夜だ。私、今まで何してたんだっけ……」
「ぼっちちゃん、今までの記憶はないの?」
「いや、なんというか、夢を見ていたというか、ぼんやりと楽しかった記憶はあるんです。まるで、行きたいと思ってたところにひと通り行けたような」
虹夏と喜多は、同時に安堵のため息を吐く。二人だけでディズニーシーを満喫してしまったことに対する免罪符を得た気分だった。
「でも、私、結束バンドの四人で何かアトラクションに乗りたいです」
「私も乗りたい。まだ今日、何にも乗れてない」
喜多が、笑顔で手をパンと叩く。
「実はさっき偶然、キャンセル待ちで『トイストーリー・マニア』のスタンバイパスが取れたんです! 結束バンドの四人で得点を競い合いましょう!」
(了)
ミステリ色弱めの作品でした。基本ミステリしか書けない人間ですので、普段の五倍くらい疲れました。
執筆のためにこんなにググったのは初めてかもしれません。
なお、原作だとぼっちちゃんは絶叫マシン苦手設定(コミックス4巻)なので、タワテラに乗りたがるはずはないのですが、そこは目を瞑ってください苦笑