私がその日の授業が終わって寮に向かって歩いていると、男の子が三人近づいてくる。
「君がアリア・サンロだな」
「そうだけど……」
見るからに性格が悪そうな金髪の少年が話しかけてきた。同じスリザリンの生徒で名前はドラコ・マルフォイ。そんな彼のすごく上から目線の物言いに私は少し不機嫌になる。
「君はマグル出身なのかい?」
「そうだけど、何か」
以前も聞かれた質問に私はぶっきらぼうに答える。
「君のような『穢れた血』が何故スリザリンにいるのか、と思ってね」
「穢れた血?」
「ああ、そうか。そんなことも知らないのか。この際だから教えてあげるよ。穢れた血は、君のようなマグル出身者のことさ」
「えっ……」
「スリザリンには君のような『穢れた血』はいらないんだ。スリザリンは魔法族のための寮だからね。正直言って目障りだから僕の視界に入らないでくれないか」
「……」
言い返さないといけない時があるとすれば、今この時だと思う。だけど、言い返せない。分かってしまったから……。今の言葉で理解してしまったから……。
私がマグル出身だと知った先輩の反応、みんなの雰囲気、そして……、ダフネのどこかよそよそしい態度。それらが私の勘違いではなく、マグル出身の私に向けられたものだと。言い返す? 何を?
マルフォイ達と一緒に歩いていたスリザリン生を見る。そして、彼らの目を見て思う。あの目は蔑みの目だ、と。ダフネは? 先ほどまで一緒にいたダフネを探す。ダフネは近くにいた。けど、私が彼女を見ようとすると、彼女はすぐに目を逸らしてしまう。
訳が分からなくなった私はみんなとは逆方向に逃げた。
近くのトイレに駆け込んだ私は誰もいないことを確認してから、個室に入って鍵を閉める。そして、泣いた。言われた悪口に耐えきれなかったのか、ダフネが目を合わせてくれなかったのが辛かったのか、考えても結局分からなかった。唯、悲しいから泣いた、分かったのはそれだけだった。
涙が枯れる程泣き尽くした私は、さっきの出来事を少しずつ思い出す。穢れた血、初めて聞く言葉なのに、その言葉は私の心に突き刺さる。
「魔法族のための寮」
マルフォイが言っていた言葉を口に出す。私はスリザリンの中で異質な存在なのだろう。マグル出身者、今、思えば、あの寮に私の他にマグル出身者はいない。少なくとも、マグル出身と公言しているのは私だけだ。それでも、私の状況がまだよく掴めない。そう言えば、ハーマイオニーが、図書館があるって言っていたことを思い出す。図書館に行って調べよう。寮には今帰りたくない。個室から出て鏡を見ると、泣いた後がはっきりと分かる。
「酷い顔」
こんな時、涙の後を消す呪文があればいいのに。魔法って不便だな。
図書館に行って、本を探すのは大変だった。それでも、数冊スリザリンについて書かれた本を探し出す。目次を見て、それらしいところだけを読んでいく。お昼頃からずっと読み続けて、大体、読み終わった頃には何となく自分の状況が分かってきた。
純血主義。古くから魔法界にある考え方で、生粋の魔法使いや魔女だけの家系を純血とし、逆にマグルから産まれた魔法使いや魔女は穢れた血として、排除しようとする考え。今でもその思想がスリザリンで引き継がれている。つまり、私はスリザリンにおいて排除するべき穢れた血、かぁ。
本は全て元の位置に戻して図書館を出る。本を適当に戻そうとしたら、司書さんに怒られたので。寮に戻ろうと思ったけど、お腹が空いたので、大広間に夕食を食べに行く。かなりギリギリの時間なので人が少ない。私は料理が消える前にお皿に盛って食べる。料理は冷めている訳でも、普段と違う訳でもないけど、あまりおいしく感じなかった。夕食を食べ終わって帰ろうとするが、気が乗らない。でも、他に行く場所も無いので寮に帰る。
合い言葉を言い、中に入ると、まだ談話室に人がいた。今はできれば誰とも会いたくない私は入り口の近くの暗がりに隠れる。隠れるとは言っても、談話室からは見えにくい位置に立っているだけなので誰かが帰ってくれば、すぐに見つかってしまうけど。
「ホント、あの女の顔、見た?」
「ええ、あの顔は傑作よね」
私のことだろう。ここから顔は見えないが、声で分かる。私と同じ一年生だ。その後も、せいせいした、穢れた血が、等、私の悪口を言っていた二人は最後に、
「グリーングラスもあんな奴と同室だ、なんてね」
「でも、結構親しそうに見えたけど」
「まさか、ありえないわよ。それに、もしグリーングラスがあんな穢れた血と親しくするんだったら、あいつと同じ様にするだけよ」
二人は嫌な笑い方をしながら部屋に戻っていく。そうして、談話室から人の気配が無くなる。私はあの間に誰も外から帰ってこなかったことに一安心する。私は無人の談話室を通り、さっさと部屋に戻る。
部屋に戻ると、ダフネがいた。ダフネは何か言いたい様だけど、私はそれを無視してベッドに入る。今日色々なことがあった。廊下での出来事、純血主義、先ほどの会話。今日は何も考えたくない。私はどうにか疲れから来る睡魔に従って眠りに就いた。
翌朝、私が目を覚ますと、ダフネはまだ寝ていた。
ダフネも純血主義者なのだろうか。
私がダフネの寝ている姿を見て思ったことはそれだった。ダフネ自身も純血だ、と以前聞いたことがあるので、その可能性は高い。
それより、一つ気になることがある。昨日の二人の会話。
『グリーングラスがあんな穢れた血と親しくするんだったら、あいつと同じ様にするだけよ』
あいつとは、まちがいなく私のこと。私がダフネと仲良くする。そうすると、ダフネも私と同じ状況になる。
具体的なことはまだ何もされてないので、どうなるかは知らない。でも、良いことにはならない。言い切れる。完全な無視か、それとも、嫌がらせか。
私がダフネに近づけば近づく程、ダフネに迷惑がかかる。
ダフネ自身は私と親しくすることの意味を理解していたのだろう。それが今までの微妙な態度だった。
私という存在に関わると、純血主義に背く、それでは、自分も排除の対象になりかねない。でも、私が話しかけてくるのを完全に拒むこともできない。
優しい子なんだなぁ。私のことなんか最初から無視すればいいのに。そう思いながらもう一度、寝ているダフネを見る。同じ女の子である私から見て、かわいいと思う寝顔である。まだ起きそうにはない。
ダフネとは、同室なのだから、嫌でも会うことになる。でも、ダフネまで巻き込みたくない。
「よし、決めた」
私がダフネと話すのを止めればいい。それから、ここにいる時間も減らせばいい。
後は、マルフォイの視界に入らない様に最小限の努力でもすれば良し。私は大人しく端っこにいよう。それで、何とかいけるだろう。
私は早速紙と筆記用具を持って、図書館に行くことにした。あそこにはスリザリン生はあまり来ないだろうから。