「誰かを思えば穢れた血が僕に当たってくるなんて何の真似だい?」
マルフォイは怒り心頭という感じで尋ねてくる。
「ごめんなさい、ちょっと……」
「ちょっと、だって。君は考え事か何かしていて僕にぶつかったのか」
「いいえ」
「だったら何だ」
やばい、ここで答えを間違ったら今後、嫌がらせ程度ではすまなくなる。
「まさか、わざとぶつかってきたのか? 僕をこけさせるために」
「違う!」
私が弁明しようとした時だ。
「何か揉め事か、誰か面倒事を引き起こしたのか」
この声は管理人のフィルチさんだ。あの人は何故か生徒を目の敵にしているので捕まると絶対に許してくれない。さっきの私の声を喧嘩か何かと勘違いした様だ。
マルフォイは舌打ちし、今日は許してやる、と言ってこの場から走り去っていった。
何とか助かったが、このままでは私がフィルチさんに捕まってしまう。足音がかなり近く感じる。私は近くの部屋に逃げ込んだ。
フィルチさんは私が部屋に逃げ込んだのと同時に現場にたどり着いた様だ。しかし、誰もいないので絶対に見つけてやると言ってどこかに歩いていった。
「助かった」
私はほっと胸をなで下ろし自分が入った部屋を見る。大きな鏡が一つ置いてあるだけで、後は何も置いていない。でも、狭い部屋でもない。ここは何のための部屋なのだろう。鏡は部屋の真ん中に置かれている。
気になるので鏡の側まで歩いていった。近寄ってみたが、大きいだけの普通の鏡にしか見えない。なんでこんなところに鏡が置いてあるのだろう。鏡の正面にまわって鏡を覗き込んでみる。
覗き込んだ瞬間、私は目を疑った。そして、隣を見る。次に部屋の中を見渡す。誰もいないことを確認してもう一度鏡を見る。最初に見た時と同じものが映る。私は鏡に映るものから目が離せなかった。
その日は結局、門限ぎりぎりまで鏡を見ていた。
あの日から毎日ではないにしてもあの部屋に行ってしまう。いつ行っても鏡はあの日と同じものを映す。映しているものが現実でないことは最初見た時に分かっている。
だとすると、あの鏡が何を映しているのか。そんな疑問にたどり着くことは自然な流れで、けれど、自然に答えが出てくるものでも無く色々と考えた。そして、三回目にあの鏡を見た帰りに思いついた。ああ、そういうことか、と。
そして、今日、確かめるためにもう一度、あの鏡を見に行く。授業は終わっている。
この数日は何故か授業に集中できなかった。呪文学では危うくゴイルを浮かばせかけたし、変身学では、ねずみを針山に変えるはずが、気がついたら手鏡になっていた。ゴイルはバカなので自分が浮かびかけたことすら分かっていないだろうし、マクゴナガル先生も何故かできあがってしまった手鏡を前にして違う課題だと怒るべきか、よくできた、と褒めるべきか、少し悩んでいた。結局、評価はしてくれたけど。今は大丈夫でもいつか怪我をしそうな気がする。魔法薬学は気をつけないとあれは唯ではすまないだろう。
目的の部屋の前に立つ。扉を開けると、この前来た時と同じ位置に鏡があるだけの空間が広がっている。鏡の前に行き、鏡を覗き込む。鏡にはこの前と同じ光景が映る。確信した。やっぱり、この鏡は恐らく……。
私が立って鏡を見ていると、部屋に誰かが入ってきた。誰か、だけを確認してその人物が近くに来るまで待つ。彼女が近くに来るのを見計らって声を掛ける。
「ダフネ、この鏡に何が見える?」
私が横に避けてダフネが鏡を覗ける状態にする。後ろにいるダフネの様子は見えないが、鏡を見たダフネが小さな声を出して驚いている。私より驚きが小さいのは、魔法界に住んでいたからだろう。
「最初見た時、私はびっくりしちゃった。私にとって鏡は自分を映すだけの物だから。ダフネはどう?」
「……私もこんな鏡は初めて」
「そっか、だったら次にこう思わない。この鏡が映しているものは何なのか」
ダフネは私が言った疑問に、はっとする。私はダフネの方にゆっくりと体ごと向ける。
「ダフネは分かる?」
ダフネは首を横に振る。
「私も最初は分からなかったよ。でも、鏡の内容が自分にとってどういうものか考えてみるとさ……分かっちゃった。この鏡は自分のその時の一番の願いを見せるんだよ。だから、ダフネが見たのはダフネの願い」
ダフネの願いが何かを私は知らない。ダフネはもう一度鏡を見て、目をつぶり考え込む。きっと、鏡に映った光景と自分の願いが一緒なのか考えているのだろう。
目を開いたダフネは私の目を見て話しかける。
「アリアは何が見えるの?」
「私? 私は……ダフネと一緒に笑ってるよ」
「え?」
「私とダフネが仲良く笑いながらお話してるんだ。私、すごく嬉しそうな顔でね」
そう、鏡の中では、ダフネと私はすごく仲がいい。まるで、鏡の向こう側にもう一つの世界があって、そこでは二人は仲良しで、それを私に見せつけている様に見える。すごく嫌な気分にさせられると同時にすごくうらやましく感じさせる。そんな光景。それでも私がここに何回も来てしまうのはこの光景が私の願いだからだろう。
「ごめんね、ダフネ。迷惑だよね。私みたいな穢れた血と一緒にいるだけで迷惑がかかるのに私がダフネと仲良くなりたいなんて、考えちゃいけないのに……」
「そんなことない!」
ダフネの大きな声が部屋に響いた。
「アリアは私に聞かなかったけど、アリアは私が鏡を見て何が見えたか分かる?」
「……ううん、分からない」
「私もアリアと一緒だよ。私とアリアが一緒に笑ってる」
「えっ」
「アリアがさっきこの鏡は見る人の願いを映しているって言った時にすぐに納得したもの。私はアリアと仲良くなりたい。そう思っていたから」
「……でも」
「正直に言うと、私も最初、関わりたくないって思っていたこともあるよ。でも、アリアは私のために距離を置いて、自分がつらくても私のことを考えて。そんなに優しい人をマグル生まれだからって私は無視したくない」
ダフネは私に対して言いたかったことを一気に言ったのだろう。息切れしている。それに最後の方は少し半泣きみたいな声になっていた。
今はもう手で顔を覆って泣き出している。きっと、ダフネもつらかったのだろう。私とスリザリンのどちらを選ぶか。純血主義を捨てて私を選ぶか、私を捨てて純血主義を選ぶか。私だったらどちらを選ぶか、分からない。でも、嬉しかった。ダフネが私と仲良くしたい、と言ってくれたことが。それこそ、私の方が泣きたいぐらいなのに。
「ダフネ」
私がダフネに歩み寄って呼びかけると、ダフネが顔をあげる。泣いているせいで目の周りが真っ赤になっている。
「ダフネ、私の友達になってくれる?」
「うん……」
ダフネは短く返事をして、嬉しさからか、また泣き出す。これ、今誰か来たら、絶対に私が泣かせたと思われるよね。間違ってないけど。
それからダフネが泣き止むまで待ってから鏡を背にして、色んなことを話した。何が好きだ、とか、趣味は何だ、とか、そう言えば初めて会ったのはあの時だったね、とか。
部屋が暗くなっても話題は尽きなかったが、お腹も空いたので大広間に行くことにした。立ち上がって部屋を出て行くが、この時、全く鏡のことは気にならなかった。
鏡はもう私に必要の無い物だったからだろう。鏡が見せてくれる光景を見なくても、今の私には望んだ光景が目の前にあるのだから。