その樹の名前は空想樹。天まで届くその樹は、二つの世界を形作る為に必要不可欠な大切なものでした。月日が経つに連れて、樹はもっと育っていきました。
けれど、ロストエンパイアで暮らす五人のお姫様と箱庭に住む神様達は、その樹が不快で不快で堪らなかったのです。
一人目のお姫様が言いました。
「妾の領地に、あんな樹など要らんわ!」
二人目のお姫様が言いました。
「けろけろ、あんな樹があったら、わたしと王子様が会えなくなっちゃう!」
三人目のお姫様が言いました。
「ぼくが育てた樹だもの、切っても良いわよねぇ♡」
四人目のお姫様が言いました。
「いらない…あんな醜いもの、いらないわ…」
五人目のお姫様が言いました。
「世界の変革を完遂するには、あの樹は邪魔ですね」
五人のお姫様は、皆で樹を伐採する事にしました。大きな大きな樹ではありますが、普段は仲が悪いお姫様達が皆で力を合わせれば、樹を伐採するなんて赤子の手をひねる様に簡単な事でした。
時は同じくして、ワンダーランドに住む顔の無い神様は空想樹を見て、こう思いました。
「私と彼の箱庭は不要なもの。あんな樹の下に居ても、あの人は来てくれない」
燻りの森に住む燻り狂える獣は、こう吠えました。
「ぶるっがぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!! 我様を見下すとは生意気なッ! その皮を削ぎ、根を掘り起こし、へし折ってくれるッ!」
キャロル川の奥地に住む屍の竜は、こう笑いました。
「あの樹を倒したら、キミはまた来てくれるかな〜?」
病みたる時計塔の頂上から見下す狂鳥は、こう叫びました。
「あの樹の上から見下すのも悪くはなそうだが、そんな事よりもぶっ倒す方が気持ち良さそうじゃないかッ!」
かくして、女達は一同に会して、空想樹は折られてしまったのでした。
■ ■
《BLACKSOULS》―――そう呼ばれる物語が存在する。
ある者は世界で最初に創られた二次創作だと言い、またある者は世界で最も醜い二次創作だと言い、またある者は実に人間らしい最高で最悪な二次創作だと言う。
少女であると言われる事もあれば、妖精であると言われたり、或いは神格と言われたりなど、その正体について様々な諸説を持った正体不明の作家「メアリィ・スー」によって造られた、童話的ダークファンタジーだ。
世界で最初に作られた二次創作にして、人類史上類を見ない最低最悪の二次創作として知られるその物語は、処作である『BLACKSOULS』と続編である『BLACKSOULSⅡ』の二作品がある。
そのどれもが、ありとあらゆる童話をドメスティック且つバイオレンス且つグロテスク且つセクシャル的に改変して詰め込まれているという、その時代においてそう簡単には受け入れられない代物だった。
神代よりも古い時代であるとされる「火の時代」の出来事を書き記したとされる長編叙事詩『DARK SOULS』、かつて古都ヤーナムに蔓延った『獣の病』と独特的で冒涜的な神秘の哲学、そしてコズミックホラーを想起させる物語を記した本『Bloodborne』等の作品と似た様な箇所が幾つも見受けられる事から、それをモチーフにして改変した童話を詰め込んだものとされている。
その冒涜的な内容から魔術師達の間では酷い代物だと罵られるばかりだが、現代の様な二次創作が普及した時代においてBLACKSOULSという作品は、一般人達の間では大変素晴らしい作品だと絶賛されていた。
嫌悪と賞賛を一身に受けたその作品は世界に知れ渡り、あらゆる評価を受けて現代に広まった。
羽虫と罵られながらも愛される妖精、最も人気があると言っても過言ではない赤ずきん、アリスの姿をした這い寄る者、清楚の皮を被った劣情白兎など、魅力的なキャラクターが数多く登場する。
けれど、その悉くが救われない。確かな救いはなく、素晴らしい幸せは味わう事は出来ない。だが、それこそ創作物。そのオリジナルが存在する。
似ているから、似せたから。本来の歴史から逸れたという訳ではなく、作られた設定が歴史を飲み込んだ世界。
それが―――似て異なる狂気の世界を巡り合わせて、生み出された結果。
「我が異聞帯という訳だ」
『マジで終わってんな!』
「開幕から酷くないか、ベリル?」
今は定例会議の場。そのホログラム越しに顔を映すのは、異星の神より各所の異聞帯を任せられた
反骨の魔術師―――カドック・ゼムルプス。
現代の戦乙女―――オフェリア・ファムルソローネ。
人を拒絶する女―――芥ヒナコ。
天狗堂の天才―――スカンジナビア・ペペロンチーノ。
人間の頂点―――キリシュタリア・ヴォーダイム。
空っぽの殺人鬼―――ベリル・ガット。
異常者とされた天才―――デイビット・ゼム・ヴォイド。
そして、最後に。
狂人と呼ばれる男―――エクエス・アエテルタニス。
其処は何処にでもあって何処にもなく、現実と夢幻の境界線に立つ世界―――『図書室の夢』。
その中央で、青色の映像画面に映る仲間達と会話をしていたエクエスは、自分の異聞帯の事を話した瞬間にAチームの一人であるベリル・ガットから、開幕早々からぶっちゃけられてしまった。
『これを酷いと言わずして何て言うんだよ! よりにもよってBLACKSOULSのロストエンパイアとその続編であるBLACKSOULSⅡの不思議の国が混合してるとか、とんでもない歴史と在り方だ! お前が今もこうして生きてるのが不思議で仕方ねぇよ!』
メアリィ・スーが生み出した物語であるBLACKSOULS、這い寄る者が生み出した箱庭の物語BLACKSOULSⅡの融合。BLACKSOULSという物語を知る者にとっては、これが如何に過酷で最悪な事なのかと理解するのは実に容易い事だ。
どちらも同じBLACKSOULSではあるが、BLACKSOULSとBLACKSOULSⅡでは舞台が異なる。
BLACKSOULSの舞台はロストエンパイアと呼ばれる世界。BLACKSOULSⅡの舞台は不思議の国のアリスで知られる
他の異聞帯が、異なる歴史を歩んだ一つの国であるのに対して、エクエスが担当する異聞帯はその二つが融合してしまったらというIFの
BLACKSOULSの舞台であるロストエンパイアは、深い霧によって
それ故に、BLACKSOULSに登場する街や自然、国の殆どは魔獣が跋扈していて、機能している場所がある事自体が珍しい。
続編であるBLACKSOULSⅡの舞台である不思議の国は、BLACKSOULSの主人公であるグリムという名の探索者に惚れた『這い寄る者』が不思議の国のアリスをモデルとした箱庭だ。
其処はロストエンパイア以上に狂気に満ち溢れた場所であり、ロストエンパイアの創造主ですら「ロストエンパイアがどれだけ優しかったか」と遠回しに言及している程だ。
そのロストエンパイアと箱庭が融合した世界。それは常に死と隣り合わせの地獄と何ら変わりはなく、そうとしか言い表せない過酷な環境でしかない。
そんな異聞帯を担当する事となったエクエスに対して、ベリルが放つ言葉は決して的外れなどではない。命が幾つ有っても足りない様な場所なのは、実際にその通りなのだから。
『そうね、これには私もベリルに同感だわ。エクエス、貴方ちゃんと食事は取れてるの? 睡眠は? 生活は充実してるの?』
「待て待て。そう一気に尋ねてくれるなよ、オフェリア。睡眠は、そうだな。此処が夢の中の様なものだから、一応取れてはいるのだろうな。生活については申し分ない―――此処には、頼もしい世話人が居るものでね」
そう言ってホログラムから目線を外し、向こうで椅子に腰掛けたアルビノ兎の様な白い髪と赤い目を持った、胸元に時計が付けられた白い服の女性へと視線を送る。
エクエスからの視線に気付いたのか、彼女は微笑を浮かべて応えた。
そんな、とても長い付き合いなのだ。
「という訳で、心配は無用だとも。そういうオフェリアの方は大丈夫か? 確か北欧だったろう? カドックのロシア程ではないにせよ、かなり寒いだろう?」
『まぁ、平気という訳ではないけれど……私は大丈夫よ。強いて言うなら、寝るのが少しキツイって所かしら』
『待て、ファムルソローネ。エクエスは食事について答えてないぞ』
カドックの鋭い指摘が突き刺さり、ぐっ……とエクエスが苦い顔を浮かべ、オフェリアの目が鋭くなる。
カドックぅ……と恨めしそうな目線をホログラム越しに送るが、カドックは何処吹く風でやってやったと良い表情をしていた。
「待て、いや待ってほしい。決して食事を摂ってない訳ではないんだ。美味しいスープをよく飲んでいるとも。だがな、理解してほしい。俺の異聞帯はおそらくベリルに並ぶか、それ以上に酷い環境にあるんだ。そんな環境で、満足に食事を摂るのは難しい」
『む……それは、確かにそうね』
『そうねぇ、ロストエンパイアも箱庭も碌な環境じゃないのは確かだし』
『おいおい、じゃあエクエスはあの【ウミガメモドキ】のスープを飲んでるのかよ! かーっ、羨ましいぜ!』
BLACKSOULSⅡに登場するキャラクターの一人である『ウミガメモドキ』という少女が経営する『ウミガメレストラン』。
物語の最中では休業しているが、主人公が尋ねて誓約を結び、それを進めていく事で彼女が作るスープが飲める様になる。
異聞帯が異聞帯である為、食べれるものも飲めるものも決して多くはない。そんな異聞帯においての貴重な食料だ、無駄にする事など有り得ない。
味は絶品だ。環境が過酷過ぎるのもあって、より美味く感じる。だがずっとそれが続く、は流石にエクエスでもキツかったらしい。
「美味なのは確かなのだが、やはりスープだけではどうにもな。それに、殆ど同じものが続くのは精神的にも苦痛だ。という訳で、何か食料を分けてくれ。マジで。デイビットの所は南米だったか? コーンとかないのか、コーン。日本で食べた焼きとうもろこしが食べたい。後はカカオだ、チョコが良い」
意外と要求が多いな、とデイビット・ゼム・ヴォイドは表情を変えずに答えた。
デイビットが担当する異聞帯は南米。永久焦土と化した地表の代わりに生命が満ち溢れた広大な地下世界で、進化した恐竜の種族であるディノスが完璧な霊長として、進歩や発展の必要なく生きる世界だ。
生活出来る文明を有しており、地帯的にもとうもろこしやカカオが取れる場所なのは確かだ。
意外と言うべきか、BLACKSOULSという物語が最も広まった国である日本の文化にも精通しているエクエスにとって、焼きとうもろこしという食べ物は至高であった。
『俺のサーヴァントの問題で、あまり多くはやれないが。それでも構わないか?』
「勿論。もうこの際、ちゃんと食べれるものなら何でもいい」
『じゃあ、アタシの方はナンを送ってあげるわ。パンとは少し違うけど、かなり美味しいわよ?』
『パンか、茶葉くらいしかないけれど……』
意外にも肯定的なデイビットの意見に続き、インド異聞帯のペペロンチーノ、北欧異聞帯のオフェリアが食料を送る事に頷いてくれた事に、エクエスは感嘆した。やはり持つべきは良い友である。
「おぉ…! ありがとう、ペペロンチーノ、オフェリア。やはり持つべきは友だな、これでやっとスープ以外の食事にありつける。……という訳でカドック、貴公の方は」
『僕にも集るのか……残念ながら、こっちの担当は作物の栽培もままならない極寒の地だからな。お前の所に分けられる余裕はない』
「むぅ……そうか。ではヒナコ、貴公の方は」
『面倒くさい。なんで私がお前に食糧を譲ってやらなきゃいけないのよ』
カドックは異聞帯が異聞帯である為に無理なのは分かる。だが、芥ヒナコの方は即座に断ってきた。面倒くさいの一言で。
エクエスとヒナコの関係は、何とも言い難いものだ。基本的に他者と関わろうとしない彼女だが、しかしエクエスとはよく絡んでいた。カルデア内でも、それは小さな噂になっていた。
決して仲が悪いという訳ではないのだ。だが、仲が良いのかと問われると頷くのは難しい。そんな複雑な関係だ。
「冷めた事を言うなよ。肉も満足に食えないんだぞ、俺は」
『だから? 別に死にはしないでしょ、それくらい』
「頼む、豚三頭をくれ」
『いきなり要求をデカくしてきた…!? 三頭とかふざけてるのか!? どれだけ食べるつもりだ、お前!』
「サーヴァントにも食わせてやりたいのでな。後は保存用だ」
『……こほん。そろそろ、本題に入ろうか』
Aチームのリーダー的存在―――キリシュタリア・ヴォーダイムが軽い咳払いをすると、全員がはっとした様に空気を元に戻した。
まぁ、エクエスは特に何か気を張っているという訳でもないのだが。
現に、全員が会議に意識を向けている中でエクエスだけは相も変わらず自身のサーヴァントの頭を撫でり撫でりとしていた。
異星の神より空想樹と呼ばれるものを与えられ、それを担当する異聞帯へと植え発芽させてから早くも三ヶ月。異聞帯の書き換えは完了され、クリプター達は計画の第一段階を終了した。
―――ただ一人、エクエスを除いて。
『第一段階は終了と言った所かな。これも君達の尽力あってこそ……と言いたい所だが、一つ気になる点がある。エクエス』
「うん? どうした、キリシュタリア」
『君の異聞帯の空想樹はどうなった? 報告は都度聞いているが、どうにも曖昧だ。君らしくない』
「あー……聞いてしまうか。遂に聞いてしまうのか、貴公。そんな酷な質問をしてしまうのか」
遠い目を殺して、死んだ魚の様な目を浮かべるエクエス。
エクエスの異聞帯には秘密がある。異聞帯が異聞帯だからという言い訳がありはするものの、しかし異聞帯を任されたマスターとしてはあまりにも有り得ない過ちがあった。
エクエスは、ずっとそれを隠してきた。隠し通してきたのだ。だが、遂にその秘匿も暴かれる。
秘匿とは暴かれるものだ。暴かれぬ秘匿など秘匿ではない。
『え…いや、そんなつもりはなかったのだが……』
『…………エクエス、貴方、まさか―――』
『いやいや、待て待てオフェリア。流石にそりゃねぇだろ。なぁ、エクエス?』
『エクエス……お前』
『これは記憶すべき事項になるな』
「俺の異聞帯の空想樹は、伐採された。手が付けられない五人の姫と神々によって」
狂気と狂気が満ち溢れ、入り乱れる狂乱の世界。
捻じ曲げられた暗闇の童話が混じり、安寧など存在しない無秩序な悪夢の中で物語は記されていく。
暗き魂、穢れた血、途絶えぬ闘争の中で、楽しい遊びを続けましょう。