在りし日の悪夢、或いは箱庭   作:全智一皆

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第二幕 冒険と再会

 

■  ■

 さて。それでは暫く時を戻そう。

 時間にして9ヶ月も前。要するに、エクエス・アエテルタニスという存在がBLACKSOULS異聞帯を任され、実際にその地に足を付けた日の事である。

 

「まったく、懐かしい事この上ないな。まさかまた、この景色を焼き付ける事になろうとは」

 

 足を付けしは『聖森』。メアリィ・スーが創り出した箱庭『ロストエンパイア』において、主人公であるグリムが仲間を手にする最初のマップである。

 グリムは図書室で謎の少女アリスを目の前で殺害され、濡れ衣を着せられて牢獄に入れられていた所を聖女ジャンヌに助けてもらう所で飛竜ヘルカイザーに焼き焦がされるという、中々にショッキングな光景が続く。

 その果てに辿り着くのがこの聖森であり、この聖森で最初の仲間であり終盤まで頼もしい仲間となる妖精「リィフ」と出会う事になる。

 

 エクエスは初めて訪れる筈の其処を、まるで懐かしむ様に笑いながら前へ前へと進んでいく。

 

「勇士よ。此処は汝の故郷なりや?」

 

 エクエスの肩に乗りながら、キョロキョロと森を見るウサギ―――エクエスが白紙化する前の地球で召喚したセイバーのサーヴァントは、そう尋ねた。

 

「いや? 私の生まれ故郷はロンドンだよ、セイバー。ただまぁ、ある意味では故郷とも言えるのかもしれんな。私にとって、この森はとても思い入れが深い場所だ」

「なるほど。此処は良い所だ、空気が美味い。良い人参と首はあるだろうか!」

「随分とウサギに染まってしまったなセイバー。いやまぁ、首を欲してる時点であまりウサギらしくはないが。理性を取り戻してこれとか、もしヴァーナイに見られたらと思うと……うん、止めておこう。何を言われるか分かったものではない」

 

 かつて共に屍竜を討伐した兎騎士の事を思い出したが、エクエスはすぐにそれを止めた。

 セイバーがウサギの姿をしているのは、彼がとある邪竜の首を斬り落とした際に呪いを受けてしまったからだ。誰もが誇り、語り継がれる英雄に相応しき勇士であった彼は、しかし呪いを受けてウサギの姿となり、それは一族にまで受け継がれる事になってしまった。

 彼は本来なら人の姿をしている筈だが、もう誰も彼が人だった頃の姿を憶えていない所為もあって、ウサギの姿で『座』に登録されてしまったらしい。

 最優のクラスとされるセイバーとして召喚されたは良いものの、やはりかつての『首狩りのビースト』としての面影が残ってしまっているのか、軽度の狂化スキルを持ってしまっている。

 結果として、確かな理性を取り戻してはいるものの生前の人間の時の状態に完全に戻れた訳ではない不完全なものとなってしまった。

 父親が理性を取り戻したのに、ウサギに染まりつつある姿を息子に見せられるか。そんな酷な事が出来る筈もない。

 狂人だの何だの言われても、エクエスには人の心がまだ残っていた。

 

「それで勇士よ。我等は何処(いずこ)へ向かっているのだ?」

「森の中央だ。記憶が正しければ、其処に篝火がある。取り敢えず篝火に触れておく(セーブしておく)に越した事はないだろう。もしかすれば、懐かしい友人も居るかもしれないしな」

 

 篝火とは、BLACKSOULSに登場した概念。不死者達にとっての復活地点、所謂『セーブポイント』だ。

 それに触れる事で、主人公であるグリムは死んでもその篝火から復活する事が出来る。

 黒く穢れた魂。その黒き灰を燃やし、己を甦らせる。不死者とは、そういう者なのだ。

 

「左様か! では道中の戦闘は?」

「何を今更―――前と同じだとも。何ら変わりはない。立ちはだかるならば狩り殺す、それだけの事だ」

 

 がさり、と草陰が揺れて何かが顔を出す。

 獣だ。人間のそれよりも大きく、獰猛さを醸し出す様に牙を見せ付け、グルル……と唸る黒い獣が三匹と現れた。

 本来ならばこの森には居ない筈の存在。星の医療、その原典(オリジナル)―――『獣の病』が蔓延した古き都に住み着いていた獣達。

 

「この森にまで出てきたか。此処は『禁忌の森』とは違うのだがな。いや、ある意味では禁忌か? くくっ…全く、愉快なものだな」

 

 ―――収納空間(インベントリ)に指先を滑らせる。虚空を裂くような感触とともに、馴染んだ重みが手に戻ってきた。

 瞬間、空気が変わる。

 鞘の中で眠るそれの名は、『鬼神刀』。エクエスが最も使い慣れた武器だ。

 鯉口を切る音が静寂を裂き、刀身が日の光を帯びながら顕現する。その刃は鋭く研ぎ澄まされており、まるで自身が生き物であるかのように鼓動を感じさせる。

 

「獣狩りだ。派手に行こうか、セイバー」

「委細承知! 我が首狩りの蹴り技、御照覧あれィッ!」

 

 姿形を呪われた勇士と共に、緑の地を蹴った。まるで疾風の様に、二人は大地を駆け抜ける。

 その一瞬にして、空気が緊張に支配される。獣は唸りをさらに強め、身を僅かに退ける。

 まるで縮まる距離に怯えているかの様だ。だが、それも長くは続かなかった。

 痺れを切らした様に、獣は咆哮を上げて、がっと口を開く。鋭い牙は、まさしく刃物のそれだ。

 自らに迫り来る脅威を、理性無き獣はその曝け出している本能に従って噛み千切ろうと飛び掛る。

 

「噛みか。引っ掻きであればパリィ出来たんだがな。中々どうして、思い通りに動かん。セイバー、二体任せる」

「早速の大仕事、承った! 数は多ければ多い程に良きなり!」

 

 鋭い牙も、凶暴な貌も、騎士とウサギは全く恐れない。もはや敵と認識しているのかも怪しい程の余裕を見せて、一人と一匹は敵を分けた。

 

「ふっ――」

 

 身を捻り、腹を喰い破ろうとせん獣の(あぎと)を躱す。

 翻る黒衣の外套にすら掠りもしない単調な攻撃に嘲笑を送り、エクエスは獣の首に這う様に、愛刀を振り上げる。

 

『Grauuuuu―――――!!!!!!!!!!!』

 

 悍ましく妖しい光を漏らす刃が、空を走って獣の硬い皮膚を斬り裂く。

 大きな穴の空いたペットボトルを思わせる様な血潮が、斬り飛ばされた首から溢れて止まらない。誰が見ても分かる様な、呆気のない死だ。

 

「我が勇士に遅れは取れんッ! 疾く首を落とせィ!」

『Gruaaaaa―――――!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 矮小な躰が宙を舞う。

 己を容易に上回る巨躯を捉える赤眼には、一切の迷いは無い。

 首を狩り取るという意思の下、かつて首狩りのビーストと呼ばれた勇士は、身を捻じる様に小躯を回転させ、目標に向けて蹴りを穿つ。

 まるで剣の如き鋭い蹴りが、獣の喉に炸裂する。ウサギから放たれたものとは思えない威力を叩き出すそれは、枝の様に獣の首をへし折り、蹴り飛ばした。

 

「ひとぉつッ!」

『Gruaaaaaaaa――――――――!!!!!!!!!』

 

 敵は残り一体。両者の距離は僅か。獣とウサギ、互いに間合い。

 小細工は無い。読み合いすらもない。二匹の間にあるのは、どちらが如何に速くその首を狩り取る(噛み殺す)か否かのみ……!

 

『Guaaaaaッッッッッッッッッッ――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

「オォッ!!!」

 

 獣が先手を取った。その巨躯に秘められた膂力を全て脚部に注ぎ、地面を抉って跳躍する。

 おぉ、と観戦に徹していたエクエスは感嘆する。まさか獣が自ら宙を跳ぶとは。やはり獣の膂力というのは、人のそれとは比べ物にもならないものだと再認識する。

 だが、そうだとしても―――ウサギには遠く及ばない。

 

「ただ獲物を喰らうだけの獣ではないかッ! 非礼を詫びる、汝もまた一人の勇士なりッ!」

『Gaaaaaaa――――――』

「その首、しかと狩り取り喰ろうて備えようッ! 首を寄越せィッ!」

 

 獣の跳躍を勇士と讃え、セイバーはそれに応える様に全霊を以て跳躍する。

 まるで砲弾だ。脚力だけで成された跳躍は、もはやウサギのそれではない。

 もはや回避は叶わない。真っ直ぐに跳んだウサギの、口の中に隠された鋭い牙が獣の喉に突き立てられ、そのまま勢い任せに喰い千切った。

 空から溢れる鮮血が雨の様に降って散る。首を失った肉塊は、ぐしゃりと生々しい音を立てて伏して事切れた。

 

「良き勇士だった。この身に蓄え、弔ってやらねばな」

「言動がセイバーと言うよりはバーサーカーのそれだな。やはり人理においても、彼の元を憶えている人は居ないという訳か。……いかんな、本気でヴァーナイが心配になってきた。大丈夫かアイツは」

「我が子も我に劣らぬ勇士だ! 何の心配も不要なりぞ、勇士よ」

「そっちの心配ではないんだが……まぁ良い。先に進むとしよう」

 

 この箱庭の何処かに居るであろう友人に、心の中で合掌を済ませてエクエスはヴォーパルと共に、再び森の奥を目指して歩を進めた。

 

 

 

 

 森の中は、エクエスが思っている以上に大した変化を経ていなかった。

 『聖森』。

 エクエスにとって、決して其処は悪い思い出ばかりの場所ではなかった。寧ろ良い思い出に溢れた場所でもあり、ある意味では最も印象深い場所でもあった。

 その場所で出会った人々の事は、今でもよく憶えている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だからこそ、エクエスは何処か楽しそうだった。まるで――――――まるで、久しく会っていなかった我が子に会える親の様に、ソワソワしていた。

 

 此処に来るのは、初めてである筈なのに。

 

「楽しそうだな、勇士よ」

「うん? 私がか?」

「うむ。森を闊歩すればする程に、勇士はまるで我が子に会う父の様だ」

 

 セイバーに指摘されて、エクエスはやっと気が付く。

 確かに、そうかもしれない―――と。自分は今、■■年振りにこの森にやって来て、かつての■人達に会える事を喜んでいる。

 自覚はした。だが、それはそれだ。指摘される事は恥ずかしい。エクエスは確かに()()で、そういった羞恥の感情も持ち合わせていた。

 なので、エクエスはセイバーに悪戯の意を込めて言葉を投げた。

 

「それは経験則か?」

「むぅ……言えぬ!」

「そう恥ずかしがるなよ、貴公。そら、言ったらどうだ? うん? なぁに、遠慮する事はない。私と君の仲じゃないか。どうせ目的地まではまだ時間があるんだ、存分に語り合っても(ばち)は―――」

 

 当たらない。そう言い切る前に、口が閉じる。

 

「――――――」

 

 涼しい風が木々を凪ぐ。緑色の髪と羽が、ゆらりと靡く。

 

「ふん、ふん、ふんふんふんふーん♪ ふんふんふんふん、ふんふんふんふんふんふんふーん♪」

 

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 勇士? と呼ぶセイバーを置いて、エクエスはゆっくりとした足取りで、花園を踏み抜いた。

 収納空間(インベントリ)に両の手を走らせる。酒瓶を呷り、呷り、放り投げる様にして収納空間(インベントリ)へと戻す。

 鬼神刀を掴み取り、抜刀して上段に構え、言葉を投げる。

 

()()()()()、森の妖精さん。お楽しみの所を邪魔ひて申し訳ないが、少し良いだろうか?」

「んー? なになに、どうしたのっ?」

 

 少女が振り向く。表情が変わる。

 其処には―――禍々しく悍ましい妖気を放つ刃を振り下ろす男が居たのだから。

 少女は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――――死ね」

 

 エクエスはフラニス酒を飲んだ。

 エクエスはフラニス酒を飲んだ。

 エクエスはロイヤルティーを使った。

 エクエスは『黒の斬撃』を放った。

 エクエスは『黒の斬撃』を放った。




首狩りのセイバー
エクエスが召喚したサーヴァント。アルビノのウサギの姿をしているが立派なサーヴァントであり、かの名高き騎士王に劣らぬスペックを持っている。

かつてエクエスと共にカルデアで日々を過ごしていた際は、うさぎ耳のカチューシャを付けた着物姿の女剣士と激戦を繰り広げた。

『鬼神刀』
深海に墜ちる途、船の墓場に捨てられた屍が持っていた、呪われし鬼武者の力が宿る刀剣。
薄く反った刀身は悍ましい妖気を漂わせる。

使用者のHPを削る代わりに、あらゆる攻撃が急所に突き刺さる特性を持つ。
それはその刀に斬られた者達が込めた、怨嗟の証か。或いは、鬼武者の呪いの末か。
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