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カルデアのマスター、藤丸立香にとってクリプターとは倒さなければならない『敵』そのものであり、彼等が管理する異聞帯とは即ち人類史を正しくする為に消去しなければならないものである。
Aチームのリーダーたるキリシュタリアを筆頭として、彼等の戦力は過剰と言わざるを得ない。
かつての様な
キャプテン・ネモ、シャーロック・ホームズを味方として、カルデアは再び人理を救う為に戦いへと出たのだ。
その過程で、彼等は相対する敵たるクリプターについて、分かる限りの情報ではあるものの、それらを改めて確認していた。
「―――さて。
エクエス。その名前が出ただけで、カルデアの空気が重たいものへと変化する。
顔を背ける者。歯を軋ませる者。苦虫を噛み潰したよう顔を浮かべる者。そのどれもがバラバラな様で、殆ど同じ様な感情を抱くものばかりだ。
何より、特にそれが顕著だったのは―――他ならぬ、藤丸自身だった。
「エクさん……」
「…君達の気持ちもよく分かる。私も彼と親しくしていた一人だからね。だからこそ、これは大切な確認だ」
「エクエス・アエテルタニス。第六特異点『神聖円卓領域キャメロット』で出会った彼の事だね。私もよく記憶しているよ、何せ―――」
「何せ、出会い頭に『まさかこんな所で出会うとはな、切り裂きジャック』と言って私に斬り掛かって来たからね!」
「はいストーップ、ストーップだよホームズ。シリアスに私情を持ち込まないでくれたまえー?」
憤懣やるかたないとはまさしくこの事か! と言わんばかりに不満げなホームズを宥める様に、麗しい女性の姿から可愛げな少女の姿になった万能の天才たるダ・ヴィンチはまともにツッコんだ。
あー、そういえば第一印象最悪だったな……と、その当時の事を思い出したのか、職員達が苦笑を浮かべる。
ホームズの気遣いか。或いは本当に私情なのかは彼のみぞ知る事だが、少なくとも彼のお陰で重苦しい空気は霧散した。
「よりによって大量殺人鬼と一緒にされるとは夢にも見なかった! 世界最高の探偵にして唯一の顧問探偵である私が! あのジャック・ザ・リッパーであると! いったいどういう推理、もとい妄想をすればそうなるのか気になって仕方ないね!」
「えー、こほん。暴走気味の名探偵は置いておいて、エクエスについて改めて情報を纏めようか。確認と考察も兼ねてね」
軽く咳払いをして、ダ・ヴィンチは話を戻す。
「改めて、最後のクリプター―――Aチーム8人目のマスター、エクエス・アエテルタニス。異端の魔術師達の家系、魔術を民を守る為に使う『魔術騎士』の家系であるアエテルタニスの生まれ。我々カルデアと共に人理修復を果たした、かつての仲間だ」
「エクエス・アエテルタニスか……前々所長であるマリスビリー・アニムスフィアがカルデアに勧誘したと噂は聞いていたが、まさか本当だったとは…。あー、話を聞けば聞く程に私はお前達が信じられん! あの狂人と共に人理修復を果たすとか訳が分からん!」
新所長―――ゴルドルフ・ムジークはドン引きしていた。
魔術騎士の家系アエテルタニスの名を持ちながら、しかしアエテルタニスの誰一人として、エクエスという人間の存在を認めようとはしなかった。
人の姿をしていながら人ではなく、人でないにも関わらず人らしい言動と思考を有する存在――――――人の形をした怪物、突如として発生した『不死』。
アエテルタニスの管理する書庫、その奥の奥の奥に置かれた古い書物の中でのみ名が語られる、正体不明を体現したかの様な男こそがエクエス・アエテルタニスなのだ。
魔術界隈でも、その名は広く知られていた。だが、それは決して良いものばかりではなく、寧ろ根も葉もない噂の様なものばかりだ。
だからこそ、マシュはエクエスが狂人であるという事を否定した。
「狂人などではありません! 実在すら信じられず、ただの御伽噺でしかなかった『ソウル』の業を現代で完成させた、時計塔に所属したままだったならば『
『ソウル』。そう呼ばれる概念が、魔術の世界には存在する。
一説では魔術師達の悲願にして宿願たる『 』に最も近しいもの、『 』からはみ出された漂流物とすら言われるそれは、神代よりも古き時代の長編叙事詩と『BLACKSOULS』シリーズでその存在が言及されている。
しかし、魔術師達の多くは決してそれを扱おうとはしなかった。『
「だからそれが可笑しいって話ネ!?」
故にこそ、ゴルドルフは断言した。そのソウルの業を現代で完成させた事が、完成させようとした事自体があまりにも狂気的なのだと。
そもそもとして、ソウルという概念はその存在がにわかには信じ難いものであり、実在なんてする訳ないとされていたものだ。長編叙事詩もBLACKSOULSもソウルについて詳細している訳ではなく、読者達もまたあくまでも
それは確かな神秘だが、故に理解は出来ず前提となる部分から未解明過ぎた。
ソウルの業を魔術として現代に定め、理論を構築して極めたならば、その魔術師は確実に『 』へと至るだろう。だが、決して覆す事の出来ない現実とでも言うべきか、人間は無から有を生み出す術など持たない。
存在するのかしないのかすらあやふやで、誰も信じないそれを確立させて極めるなど、挑戦と言うよりは愚行のそれだ。ならば今ある魔術に工夫を施して極める事こそが近道であり、ソウルの業を利用するなど一考の余地すらない。
「エクエスはそのソウルの業で以て
執行者。正式名称を『封印指定執行者』。
それは魔術協会の手先。封印指定―――希少能力を持つ魔術師に与えられるもの―――された魔術師を保護する為に魔術協会から遣わせられる、封印指定を執行する魔術師の事である。
通常、封印指定から逃亡したとしても何ら問題はない。ただ静観されるのみで、手荒な事を協会はしない。だが、それはあくまでも逃亡した魔術師が何もしていなければ、でしかない。
逃亡した封印指定の魔術師が、潜伏先で無関係な人間を巻き込んだ人体実験に及んだともなれば、協会の敵対組織にして対極となる『聖堂教会』が黙ってはいない。
全ての異端を消し去り、人の手に余る神秘を正しく管理することを職務とする聖堂教会にとって、魔術協会が扱う魔術を『異端』に他ならず、故に排斥せんとする。
そんな聖堂協会が派遣させるのが、『代行者』と呼ばれる強力な戦闘要員だ。異端を排するが為、神の意向を『代行』して罰する者達の戦闘能力は、並の魔術師では太刀打ち出来ぬものだ。
協会側からすれば、重要な神秘を排斥される事は今後の魔術の研究において多大なる遅れを及ぼすもの。それを阻止するべく、『執行者』という存在は誕生した。
最悪の場合、封印指定された魔術師と代行者を同時に相手しなければならない場面に遭遇する可能性がある執行者。彼らに求められるのは、『如何に戦闘向きであるか否か』であり、故に彼らは揃って強者なのだ。
その全てを―――エクエスは撃退した。
「キリシュタリアやデイビットに並んで、彼の異聞帯を攻略するのは困難を極めるだろうね。彼の強さは、私達がよく知っている」
「急所必中の魔剣、攻撃する度に威力と速度が上がる双剣、魔力消費をゼロにする杖、必中の黒魔術……武器も魔術も挙げればキリがないよね、エクさん」
「はい。まさしく、強敵にして難敵。私達の戦闘思考の癖も知られている以上、個人的には一番の脅威かと」
マシュと藤丸の二人は共にエクエスと前線に立った、今のカルデアで最もエクエスを知る人物だ。彼女達の頷き合いには、スタッフ達も同意せざるを得ない。
事実、彼の戦闘力は魔術師としてあまりにも規格外なのだ。そのあまりにも強力極まりない戦闘能力から封印指定を受けたと言われても、何ら疑問はない程度には。
しかし―――だからこそと言うべきか、ゴルドルフは訝しんだ。
「くっ……聞けば聞く程に勝機が見えてこんぞ。というか、そもそもとして奴は何故裏切ったのだ? 話を聞いたり、様子を見たりする限り、奴とは決して悪い関係ではなかったのだろう? それこそ仲間だと断言する程には」
「それが分かれば苦労はしないんだけどねぇ……」
そう、彼らが最も疑問に思うのは其処だった。
共に人理修復を成した仲間にして友人。七つの特異点で、『人理』という人類が紡いできた長い長い歴史を見て、其処で暮らす人々と関わってきた。
最後まで戦い抜いて、勝利を祝った仲だった筈だ。それなのに―――エクエスは、クリプターとなって敵に回った。
その理由は分からないままだ。何せ理由を問おうにも、当の本人が気が付けばカルデアから姿を消していたのだから。
「……正直、今でも私は信じられない。エクさんが敵だなんて」
「先輩……」
「私が知ってるエクさんは……ちょっと天然で、だけど優しくて、とても良い人。たまに怖くなる時もあったけど、あの人は絶対に誰かを見捨てたり、酷い事をしようとはしなかった。そんなエクさんが裏切るなんて……」
少女は思い出す。
初めて、彼と出会った時の事を。
◎
彼女が初めてカルデアに来た時……要するに、
献血やら何やらの話で言いくるめられて、裁判されたら完全にカルデア側がアウトな、言い訳のしようもない『拉致』をされてカルデアのマスターとなる事になった日に、藤丸とエクエスは出会った。
「ん? 貴公も追い出されたのか?」
カルデアの所長であるオルガマリー・アニムスフィアによる説明会で、ばっちし居眠りをこいてしまった藤丸は彼女に怒鳴られ、容赦なく退室させられてしまった。
さてさて、どうしたものか。そうなった時にふと再び扉が開いて、一人の男が現れたのだ。
後ろを一つに結った灰の様な銀髪、光が薄い黒い眼と使い込まれた黒布を羽織った青年だ。
「も、って事は……貴方も?」
「あぁ、豪快に居眠りしてしまってな。お陰で追い出された。だが、アレだ。こういう場所での長話というのは、厭に眠気を誘うものだろう?」
「あはは、確かに。私も小学校の頃とかよく寝てた気が…」
言い訳は言い訳だが、随分と納得出来る言い訳だ。まるで正当性があるかの様に言って、やれやれと肩を落とすエクエスに、つい藤丸は笑った。
校長先生の長い話を聞いていれば、誰もがなる現象だ。あの類の長話は、不思議と退屈と眠気を誘う。所謂、あるあるというやつである。
「これも何かの縁だ。まずは自己紹介といこう。私はエクエス。エクエス・アエテルタニスだ。良ければ、名前を聞かせては貰えないか?」
「立香です。藤丸立香。ちょっと前まで花の女子高生でした!」
「リツカか。良い名だ、憶えておこう。ではリツカ、早速だが歩こうか。どうせ終わるまで暇なんだ。折角だ、カルデアを色々と案内をしよう」
「え、良いんですか?」
「勿論。貴公、見た所一般人だろう?」
「えぇ、まぁ……あはは」
カルデアの廊下を歩きながら、エクエスからの指摘に藤丸は苦笑いで頷いた。僅かな雑談と立ち振る舞いから容易に察せられる程に、彼女の在り方は魔術師のそれとは全くの無関係だった。
だがそれも当然だ。少し前まで高校生で、なんか執拗い人の話を半ば折れる様な形で聞いてみれば眠らされて。
訳の分からん不思議生物にほっぺをぷにぷにと触られてから目を覚ませば、何やら聞き覚えのない言葉のオンパレードだ。
ぶっちゃけた話、途中まで聞いていた説明の内容も何一つとして彼女は理解出来ていなかった。
「ふむ。尚更、疑問だな。何故
「あー……えっと、実はですね。――――――――――という訳でして」
「うわぁ……それは酷いな。いや、本当に酷いな? 言い訳のしようもない完全な拉致ではないか。カルデアの人事はどうなっているんだ」
子供攫いとか有り得ない。心底信じられないといった表情で、何かあればすぐに言うんだぞと狂人に気遣われる藤丸。
ソウルの御業を完成させる為に人体実験を行った身でどの面下げて言ってるんだと思うかもしれないが、それはまた別の話。
医務室、食堂などの主な場所の案内を済ませてからも二人は雑談を交わしながら、カルデアを歩き回って、再び説明会場の前まで戻ってきた。
すると、
「フォウ!」
「がふっ」
白い獣が容赦なくエクエスの顔面に突撃をかましてきた。
突如の奇襲に反応出来ず、肩に乗られる程度の重たさの小動物による突撃によって生じた衝撃でぐらりと体勢が崩れそうになる。
よろ、よろ、と、何歩か下がって何とか体勢を立て直し、エクエスは獣の首根っこを引っ掴んだ。
「毎度の如く
「フォウ! フォーウ、フォウフォーウ!」
「誑かすとか失礼な事を抜かすな、獣畜生め。ただ後輩を案内していただけだ」
「あ、さっきの子だ。やっほー」
「フォウ!」
「先輩、それにエクエスさん。ようやく見付けました」
首根っこを掴まれながらも抵抗する謎の白い生物―――名前をフォウと言う―――を、目隠れ眼鏡女子後輩ことマシュに投げ渡す様にして、エクエスは無表情を浮かべた。
「……マシュ、この白い畜生をしっかり管理したまえよ。出会う度に顔面タックルされては流石に敵わんぞ、私も」
「私も注意しているのですが……どうにも、フォウさんはエクエスさんを見ると顔面にタックルをかましたくて仕方ない様で」
「えー……エクエスさん、この子に嫌われてるの?」
「……さてな。顔面タックルかましてくる獣だ、少なくとも好いてはいないだろうさ」
他より己の身体が強いという自覚はあるが、それでも人だ。手のひらより少し大きいサイズの獣が顔面に勢いよくタックルしてくるとか恐ろしい事この上ない。
「まぁ、それはそれとしてだ。マシュ。見付けたという言い方から察するに、私か彼女に何か要件が?」
「はい。説明会も終わりましたので、先輩の個室を案内しようかと。それと、オフェリアさんがエクエスさんを呼んでほしいとの事で」
「おぅふ……オフェリアか。絶対に叱られるパターだな、これは」
「おそらく……というか、ほぼ確実かと」
無表情を崩し、明らか面倒くさそうな顔をするエクエス。
ううむ……と、顎に手を当てて思考する様な仕草をしてから数分。エクエスは踵を返した。
エクエスは 逃げ出した!
「よし、私は逃げる。オフェリアの説教は長くて敵わん。ついでにカドックも要らん口を叩くしヒナコも毒を刺してくる。エクエスは転んで死んだ、伝記にそう書いておけ」
それだけ言い残して、エクエスは颯爽とその場から去って行った。
集合の時間に間に合わず遅刻してしまいそうなウサギもかくやのスピードだ。あれこそ、まさしく脱兎の如くと表現すべきなのだろう。
「ダイイングメッセージか何かかな?」
「『その程度で死ぬ様な奴じゃない』と言われるのがオチかと思いますが……というか、何故に伝記なのでしょうか?」
「伝説になりたいんじゃない? なんか古風な喋り方してたし」
「えっと、エクエスさんのアレは素なんです。なので、決して世で言う厨二病などではなく……それに、エクエスさんは実際にとても凄い人ですから」
「そうなの? うーん……あんまりそういう風には見えなかったけど。なんか、ちょっと変だけど優しい人って感じ」
「だいたい合ってます」
「合ってるんだ!?」
これが、彼等の初対面。関わりの始まり。
それから暫くしてから―――人理焼却を破却させる旅は、始まったのだ。