在りし日の悪夢、或いは箱庭   作:全智一皆

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第四幕 侵入者

 

■  ■

「カルデアはロシアに姿を現したか。デイビットの予想通りだな」

 

 エクエスは『図書室の夢』の椅子に身を沈めながら、一冊の本に意識を向ける。

 題名も無ければ内容も無い。ただの一文字すら書かれていない白紙の本。その一頁には、極寒用の礼装に身を包んだ橙色の少女(カルデアのマスター)が、幾人ものサーヴァント達を従えて戦闘している様子がリアルタイムで映し出されていた。

 映像が文字として書き込まれる様に、一刻一刻と寸分違う事なく完璧に映し出されるそれは、元を辿れば観測者―――より正確に言うならば、悪辣極まりない支配者の力、その一端だ。

 自らが創り出した箱庭の中で生きる登場人物(被造物)が、主人公(造物主)によって生かされ、犯され、殺され、壊される様を腹を抱えて眺めている支配者(創造主)

 それを原典(モチーフ)としてエクエスが創り出したオリジナルの観測術式。

 空に浮かぶ星を観測機(カメラ)とすれば、その下の存在全てが被写体となって、エクエスが持つ本に映し出されるカラクリだ。

 

「襲撃からそう経っていないというのに、もう戦闘か。確かダ・ヴィンチが殺されたと聞いたが……それすら糧として進むか。相変わらず眩しい奴だよ、君は」

 

 ただの一般人でしかなかった少女が、人理修復を成し遂げた英雄へ。それが今となっては世界の破壊者ときた。

 それでも、少女は歩みを止めないのだろう。もう泊まれないのだろう。

 平和な世界から引っ張り出されて、彼女は既に普通を捨ててしまったのだから。

 捨てなければならない所まで―――追い詰められてしまったのだから。

 

「……さて」

 

 ぱたん、と本を閉じる。

 目の前の縦に長いテーブルに本を置いて、エクエスは気の張った肩の力を抜いて、背もたれに全身を預けた。

 図書室には、オルゴールから音楽が奏でられている。

 何処か恐怖心を煽る様な、しかし大人しげで神秘的な雰囲気を感じさせるその音楽に心地良さを感じるのは、ひとえにそれが懐かしいからだろうか。

 

勝負あり(チェックメイト)。また私の勝ちですね」

「――――――また負けたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 少女の悲痛なる慟哭が図書室に鳴り響く。

 きーん、と耳鳴りをすら発生させるその叫び声にエクエスはつい顔を顰めてしまう。

 その一方で、慟哭を上げる少女と対する白い従者は涼しい顔をしていた。寧ろ何処か勝ち誇っている様にも見えた。

 

「メイベル様。些か声がデカすぎます。此処は図書室なのですよ? 静かにしてください」

 

 頭を抱える紺色髪に赤いリボン、フリルのドレスワンピースを身に纏う少女「メイベル」に、ぴしゃりと言い放つ白髪赤眼の兎耳の従者の名は―――「ノーデ」。

 両者共に現地で契約したエクエスのサーヴァントであり、()()()()である。

 エクエスが本を通してカルデアの動向を観測している中、二人はエクエスの真隣でチェスをしていた。

 それもただのチェスではない。ファストチェス、スピードチェスとも呼ばれる早指しゲームで、60秒から120秒で駒を打つ『ブリッツ』の最中であった。

 

 本を読んでいる最中だと言うのに、真隣から駒を進める音と時計を止める音が交互に鳴り続けるというわりと迷惑な環境に身を置いていたエクエス。

 そんな彼から見て正面の方に座っていた―――ノーデはエクエスの隣―――メイベルは目尻に涙を浮かべ、そんなこと知るか!と言わんばかりに声を荒らげ、

「うるさいうるさい! 静かにすべき図書室で淫らに交合(まぐわ)ってた雌兎に言われたくないんだけどっ!?」

「なっ…!?」

 

 腹いせにとんでもない爆弾を投下してきやがった。

 

「ワタシは知ってるわ! 狸寝入りでわざと罰を受けようとしたんでしょ!? はー、なんて卑しいのかしら! 見なさいエクエスくん、卑しか兎ばいっ!」

「誇張無しの事実(マジ)だから否定出来ないのが何ともなぁ」

「エクエス様っ!?」

 

 助け舟は無かった。あんまりな八つ当たりだ。可哀想に。

 嘘でも否定してやれば良かったのかもしれないが、しかし残念ながらエクエスはこれで悪戯好きなのだ。特に知人をいじくるのが大好物である。

 まさしく……愉悦!

 

「しかしメイベル、これで見事60敗達成だな。……もうぶっちゃけるが、君はチェスの才能無いのでは?」

「ふ、フフ……まだまだね、エクエスくん。ワタシは未だ本気を出していないのよ。副王たるワタシが本気を出したら、白痴が目覚めちゃうもの。それに、ワタシとしては遊戯如きに本気になるなんてみっともないと思うのよね」

 

 やだやだと呆れる様に、メイベルは肩を竦める。

 虚無の少女メイベル。彼女こそ外なる神の副王。この箱庭異聞帯に()()()()()()()()()の一人。

 そんな彼女の本気とは、即ち月に寝そべる『白痴』の目を覚ます鐘の音だ。ただ瞼を上げるだけで、あらゆる全てをぱっと消し飛ばす魔王の目覚まし時計だ。

 あまりにも壮大で大袈裟なものに聞こえるかもしれない。だが、これは確かな事実だ。 

 ……まぁ、結局のところ突き詰めてしまうも、先の対戦での負け惜しみと言うか、醜い言い訳でしかないのだけれど。

 

「負け惜しみここに極まれり、ですね。これが副王とは……嘆かわしい事」

 

 それを分かっているからだろうか。ふっ、と鼻で笑うノーデ。

 耳がピンと立っている辺り、わりと勝ち誇っているのだろう。

 自分が負かした相手が情けない言い訳をぺらぺらと述べて、しかも才能が無いなんてマスターに言われている様子を面白がっているのかもしれない。

 生前ならそこまで感情を表に出す事はなかったが、サーヴァントになってからは色々と解放された影響か感情が豊かになっている様だ。

 

「うるさいわよウサビッチ!」

「……エクエス様、暫しお待ちを。彼女を追い出しますので」

「きゃー、助けてエクエスくーん。ウサビッチに襲われるー♪」

「このまま眺めているのも良いか」

「エクエスくーん?????」

 

 あーれー、と虚空から現出した目に見えぬ何かに足を捕まれる。

 投球フォームの如くソレはうねりを起こしながら身をしならせ、鞭の要領で音速へと達する。如何に外なる神の副王と言えども、しかしその身体はみすぼらしい少女のそれだ。

 ソニックブームによる風圧で放映なんて出来ないやべぇ顔面を晒しながら、メイベルは夢から放り出されたのだった。

 

「煩わしい様を見せてしまい、申し訳ありません。エクエス様」

「いや、久しぶりに良いものを見れた。あの様に騒ぐのも嫌いじゃない。…カルデアを思い出す」

 

 懐かしさに胸が染まる。暖かく、故に自分とは全くの無縁だったものに、ふと笑みが溢れた。

 自ら敵となる事を選んだ。もうかつての様に馴れ合う事が出来ないというのは、些か寂しいものがある、と。

 敵の分際で何を言うのだと、自分でも思う。袂を別ったのは自分だと理解している。だが、それでもあの頃の記憶、記録が消される訳ではなかった。

 楽しいと。面白いと。そう思った当時の感情に、決して嘘偽りはない。『人』として、心の底から―――そう思っていた。

 

“はっ……未練タラタラだな。笑い話にもならん。重たい男なぞ、ただ卑しいだけだろうに”

 

 心の中でささやかに己を嘲笑(わら)う。

 すぐにソレを切り捨てて、クリプターとしての自分に切り替える。

 もう敵だ。それは決して覆る事のない絶対条件。目的を果たすその為に、自らその道を歩んだ事だ。今更、それを緩めるつもりはない。

 郷愁は良い。だが、それに囚われる事は愚かだ。あまりに情けなく、馬鹿馬鹿しい。

 そう切り捨てようとした―――刹那。

 ぐらり、と―――『瞳』が揺れる。

 

「……?」

 

 エクエスは異質な感覚に包まれていた。

 心臓を直接握られている様な、不快で、得体の知れない圧迫感。それは言語化する事が難しい、得体の知れないものだった。

 部屋の空気がやけに重い。先程までの穏やかな一時が、まるで最初から無かったかの様だ。

 壁際の時計が時を正常に刻む。耳に刺さる秒針の音が、何故だか気味悪さを覚えさせる。

 ふと窓の外に目を向ける。外は暗く、闇に沈み切っている。

 いや、それは闇というにはあまりに深すぎた。夜と説明するにはあまりに黒く、月も星も無い空間がただただ無限に広がっている。

 その中点を見詰める。薄い光を灯した双眸ではなく、その脳に刻まれた歯車。それが回す『瞳』で、一点を真っ直ぐ射抜く様に視続ければ、

 

『――――――』

 

 白が、顔を出す。

 闇に溶け込む黒い双眸が、じぃっと窓から見詰めている。

 

“ほう。ソレが君のお気に入りか。君の新しい玩具か。気に入らない、気に入らないなぁ……”

 

“僕はお前の下僕(しもべ)にはならない。軍門に下る事もない。僕は復讐者(アヴェンジャー)だってさ。実にピッタリだとは思わないか”

 

“歯車が廻る。我が子が叫んでいる。悪夢を与えろと。さらなる劇場を創り出せと。君なんかに操られるぐらいなら、僕は喜んで君のお気に入りに下るよ”

 

“メルヘンなんてクソ喰らえだ――――――すぐにお前の玩具も、ぐちゃぐちゃにしてやるよ”

 

 ……何かが消えた。

 /悪夢が檻から消えた。

 ………何かが飛び出した。

 /醜い白鳥が飛び立った。

 

「――――――アサシン(■■■■)バーサーカー(■■■■■■)、来い」

「―――此処に居るわ」

「ん……飛んで、きた」

 

 赤と黒が揺れる。

 図書室の夢に、二人の使者が現れた。

 耳を模した赤いフードのついた外套を羽織った露出の多い服装、金髪に碧眼の少女。

 黒布の上に汚い皮を結んだ格好に、小柄な体格に見合わぬ巨大な斧を引っさげた少女。

 彼女達もまた―――エクエスのサーヴァントである。

 

「お前達はこれから暫くカルデアと行動を共にしろ。あの劇作家は必ずカルデアと接触する。悪夢を与える最強の悪夢霊だ、実力は計り知れん。奴を相手取れるとしたら、お前達二人以外に居ない――――――命令だ、絶対にカルデアのマスターを死なせるな。最悪、それ以外はどうなろうと構わん」

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